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第五十九夜 決着…………。

「おそらく。ブエノスが潜伏しているのは『レーシー』だろうな。戦争が起きている国だ」


 頭と腹に包帯を巻かれたヴァシーレはベッドに横たわりながら、不貞腐れていた。

 本人いわく、分身の一人に死んだフリをさせて、ブエノスの眼を掻い潜ったらしい。先日、二人に家を襲撃されて余裕が無くなっていた為に判断が鈍っていたお陰もあるのだろうとヴァシーレは告げた。


「悪かったな。ラトゥーラを連れ出して」

 ヴァシーレは罰が悪そうな顔をしていた。

 実質、ヴァシーレのせいで、ラトゥーラは死んでしまったといって責められても仕方無い状況だった。


「いえ。貴方だけでも無事で本当に良かった」

 レスターは珍しく優しい表情をヴァシーレに見せる。


「なんだよ。師匠面?」

「対等な友人として心配していましたよ」

「あ、そ」

 ヴァシーレは見舞いに貰った林檎をしゃりしゃりと齧り始める。


「『レーシー』には『オルガン』……ポロックの生体兵器の隠し場所があるだろ。俺が奴なら、それを利用する」


「どちらにせよ。その生体兵器は処分しておかなければなりませんね」

 レスターはいつものように溜め息を漏らす。


「ウォーター・ハウスとグリーン・ドレスの二人が、すでに出発したそうです」


「早ぇな」

 ヴァシーレは今度は、蜜柑の皮を剥いて齧っていた。


「では。私は帰りますよ」

 レスターは病室を出る。


「これから、どうするんだよ?」

 ヴァシーレは訊ねる。


「そうですね。彼らの帰りを……港町で待ちますよ」



 ブエノスには、もう後が無かった。

 六大利権は崩壊。その利益を裏側で啜る事など出来なくなってしまっている。元々、ブエノスは『ヘルツォーク』『ハイドラ』『アルレッキーノ』『ゴースト・カンパニー』の利権を吸い取って利益を得ている立場だった。そのどれもが崩壊していった。あるいは残された遺産は封鎖された。


 コルトラは港町で死亡。

 ケイトは自死。

 この二人と共に、利権を裏から手にする予定だった。

 …………野望は何もかもが潰えた。


 六大利権以外に存在していたマフィア達は、レスター一人の力で抑えられていると聞く。

 かつて『オルガン』のボスが拠点にしていた場所で、朽ち果てた培養プラントなどを眺めながらブエノスは歯噛みしていた。……もはや自分には後が無い。頼れる部下も死んだ。仮にもビジネス・パートナーと言える者達も死んだ。後ろで操れる組織なども無い。


「惨めな男だな…………」

 誰かが囁いた。


 アリットだった。

 空ろな瞳で、ブエノスを眺めていた。


「黙れっ!」

 ブエノスは喚く。


「私はただでは死なんっ! 連中を最低でも道連れにしてやる…………」


「オルガンの秘密兵器が、この場所にあるんだろう?」

 アリットは訊ねた。


「そうだ。そして、お前は飼い犬としての役割を果たすのだ」

 ブエノスは嘲笑する。


「ほお。随分とシケた場所に閉じ篭っているじゃないか」

 よく聞こえた声が暗い建物内に響き渡っていた。


「チキン野郎の成れの果てって、こんな感じなんだろうな」

 女の声が聞こえる。


「来たかっ!」

 ブエノスは冷や汗を流す。

 そして横たわるアリットの首の後ろにスタンガンのような形状の先に、鋭利な注射針のようなものが付いた道具を突き立てた。


「おい、ああ、何を…………っ!」


「お前が『オルガン』の最終兵器に“為る”んだよっ!」

 アリットの全身は変形していく。


 アリットは巨大なライオンの姿へと変わっていった。

 瘴気のようなものを全身から噴出し、尾は無数の蛇だった。

 さながら、アリットは神話の怪物のようになった。


「さて。行け。奴らを食い殺してこいっ!」

 ブエノスはかつて部下だった者に命ずる。



 まず、怪物と化したアリットは、グリーン・ドレスの炎の弾を浴びた。

 次に、ウォーター・ハウスの打撃と、そしてウイルスを喰らってよろめいた。


「お前はどうでもいい。ブエノスは奥だろう」

 ウォーター・ハウスは、巨大な神話の怪物と化したアリットを無視する事に決めた。もはや意志らしき意志など残っているか分からない。なら巨大な動物でしかなかった。


「おい。私はこいつの相手してやろうか?」


「ああ。しっかり焼いてやれっ」

 ウォーター・ハウスは奥へと進む。


 そして地下通路を見つけた。

 ウォーター・ハウスは気配を感じ取っていた。


 奴の息遣いのようなものを感じる。

 見えないが、確かに奴は……ブエノスはいる。


「お前は惨めに殺してやるよ」

 ウォーター・ハウスは冷たく言い放つ。


「ナヤーデのお前の家で逃げられたのは、広い場所だったからだ。此処はもう逃げ場なんて無い。お前も、もう気付いているんだろう? なあ、TVプロデューサー。お前は今まで散々、舞台劇を作ってきたんだろ。それで視聴率を稼いでいた。なら、今度は俺がお前の幕引きとしての舞台を作ってやるよ」

 ウォーター・ハウスの殺人ウイルスは通路内に放たれる。


 ブエノスは何も無い場所から出現した。


「こ……此処は『オルガン』の培養プラントがあった場所だ……。ポロックの負の遺産は大量にいるっ!」

 ブエノスは何かリモコンのようなものを弄っていた。


 培養プラントは開かれて、中からグロテスクなあらゆる生き物を結合させた怪物が次々と姿を現す。それらは人間の手足が十本以上生えているものや、軟体動物の質感を持ったカマキリのような生き物。頭部が幾つもあるワニのような怪物まで様々な形状をしていた。怪物達は一斉にウォーター・ハウスへと飛び掛かっていく。

 毒。溶解液。麻痺の触手。

 あらゆる生物的な長所を持っているだろう…………。

 だが…………。


 主人であったポロックの手から離れて、培養液に浸かり続けていた怪物達は、全て出来損ないで、しばらく動いた後に、次々と死んでしまった。


「此処はおそらく最終兵器なんて無いぞ。邪悪なマフィアのボスの管理を失って、居場所が無くなったいわば残骸だ。成れの果てってわけだ。ちなみに、そのマフィアのボス。……お前なんかよりも、よほど強く、覚悟みたいなものが決まっていたな」

 暴君はゴミを見るかのように、ブエノスを見る。


 ブエノスは怒りで、懐から発砲していた。

 暴君は腕の動きを読んで、全ての弾丸を避ける。


 そして。ブエノスの首に触れた。


「さて。もうそろそろ死ねよ。ばいばいだ」

「やめ、て、くれぇ………………。ころ、さ、ないで、くれ…………」

 ブエノスは半泣きになっていた。

 全ての仮面が剥がされ、全ての鎧が叩き壊された男は、何処までも卑小で、何処までも惨めだった。


 ウォーター・ハウスは眼を閉じる。

 ブエノスの喉が閉まっていく。

 この男の為に死んでしまった友人が、余りにも浮かばれない。この男のせいで死んでしまった沢山の罪無き命達も報われない………………。思えば、ムルド・ヴァンスやポロックは、腐れ外道なりに筋を通していた。グリーン・ドレスの話を聞く限り、ゲスで矮小な性格だった警視総監のコルトラでさえも…………。最後まで勇ましかった、と。


「ひ、ひいぃぃぃぃ、な、なんでも、す、するぅ……………」

 ブエノスは帽子を落とす。

 頭頂部は白髪が混じり、ただの年を重ねた卑小な老人でしかなかった。


 ふと。ウォーター・ハウスは馬鹿馬鹿しくなり、ブエノスから手を離した。

 ブエノスは涙と鼻水と涎で地面を汚していた。


「はあ……………。俺は一体、何と戦ってきたんだろうなあ…………」


 ブエノスは立ち上がる。

 光の屈折で隠していた武器があった。

 それはアリットに撃ち込んだものだった。

 人間を怪物へと変え従わせる『オルガン』の忘れ形見。


 ブエノスは素早く、ウォーター・ハウスにアリットに使った道具を突き立てようとした。


「おい。ウォーター・ハウスッ! あの化け物、ぶっ殺してきたぜぇーっ!」

 グリーン・ドレスの声が響いた。

 ドレスは巨大なライオンの頭部を放り投げる。

 人生の全てをブエノスの手によって弄ばれた男の生涯は、こうして幕を閉じたのだった。


 ブエノスは一瞬、動揺するが再び、ウォーター・ハウスに人間を怪物化させる道具を突き立てようとする。


「あー。本当に面倒くせぇーな」

 ウォーター・ハウスは振り返り、ブエノスの顔面を蹴り飛ばしていた。

 ブエノスの鼻はひしゃげ、前歯がぽろぽろと折れていく。

「ドレス。もう、あいつお前がぶっ殺せよ。……俺は今、あまり人を殺したい気分じゃないんだ」


「あー。そうかっ! じゃあ、私やるなっ!」

 グリーン・ドレスは両腕に炎の拳を纏っていた。


 ブエノスは命乞いする間もなく、炎の天使に殴られ続けた。

 頬を、顎を、胸を、腹を、肩を、次々と殴られ続け、その度に、ブエノスの身体が発火していく。ブエノスに再三、拳が振るわれようとした時、彼の首から下は、既に炭化して消失していった。


 そして、マフィアのボス達の裏側で暗躍し続けていた小悪党は、その生涯を終えたのだった…………。

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