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第五十八夜 曇り空の幕間の月。 2


「こんばんは。暗殺者さん」

 ケイトは振り向く。

 四十路を超えている筈なのに、やけに若々しい顔付きだ、アンチエイジングでも行っているのだろう。


「残念だけど。このわたしには、もう何の力も無いんですよ…………」

 ケイトは少し疲れた表情で椅子に座る。


「六大利権が崩壊した際に、わたしの利権は各国のマフィア達に奪われた……」


「ブエノスか? コルトラか?」


「ええ。確かに彼らもそうですが……。弱小、中堅組織達にもですね。私の『ゴースト・カンパニー』は武力が乏しかった…………」

 ケイトは力無く項垂れる。


「なんだよ。結局、此処まで来て無駄足だったって事かよ」


 ヴァシーレはケイトの喉を見て気付く。

 ケイトの喉はぱっくりと、線が開いていた。

 ぽたり、ぽたり、と、ケイトの喉から血が流れ続ける。


「実は先日。わたしは自死を試みました。それでどうやら、肉体は死んでしまったみたいなんですね」


「おい…………。どういう事だ。なんで生きてる、っていうか、なんで死を選んだ?」


「………………。権力争いに、私は疲れましたから…………。ムルド・ヴァンスも死に、他のみなも死んだ。わたしの会社も無くなろうとしている。……わたしには妻子がいない。わたしの人生は一体、なんだったのか、と思いまして…………」

 ケイトはくたびれた顔でブラック・コーヒーを飲んでいた。


「……一応、わたしの能力はあらゆる攻撃を反射し、鏡のように反転させる能力ですが…………。解除しましょう…………。もうその能力で自分自身を守る意味も無い…………」


 ケイトはだらり、と机の上に倒れた。

 首筋から真っ赤な血が広がっていく。


「…………おい、死ぬのか?」


「ええ。そのようです…………。自身の能力で、一時的に“死を無かった事にして”、肉体が死にゆくという事実を外に飛ばしていたのですが……………」


 ケイトの身体は動かなくなっていく。



ケイトは完全に死んだ…………。


 ヴァシーレはスーツを脱いで、いつもの真っ黒いカットソーとボンテージ・パンツに着替える。暗殺者として動く時の服。ラトゥーラはそのまま、だぼだぼのスーツを着ていた。


「俺は、一体、どうすればいいんだろうなあ。……いや、どうすべきだったか……?」

 ヴァシーレは空ろに月を見上げる。


「人生を変えるきっかけがある筈なんだ……。だからヴァシーレ、きっかけを見つけるべきなんじゃないかな?」

 ラトゥーラは嘆息する。


「ほんと、俺、道化で馬鹿みたいだ……………。六大利権は五名が死亡。一人が自ら辞退。ああ組織の利権は別の処に移っていくんだろうなあ。勝手していた有象無象の組織の連中共に」


「とにかく。今日は帰ろう」

 実際、ラトゥーラは少しうんざりし始めていた。


 闇夜だった。


 銃器を持っている何者かが二人を狙っていた。

 能力者、だ…………。


「『エンジェル・クライ』ッ!」

 ヴァシーレは咄嗟に分身を出す。

 

「『ムーン・マニアック』ッ!」

 ラトゥーラも月の光を吸収する炎の刃を生み出した。


 現れた人物は長い帽子を被った、もじゃもじゃの髪の男だった。

 ブエノス…………。ヴァシーレは顔だけ知っていた。

 明らかに二人に敵意のある視線を向けている。


「ヴァシーレ。君を始末しに来た。ケイトの処に行くだろうと思っていたからな……」

 ブエノスは話し始める頃には、ヴァシーレは手にした大型の刃物で切り掛かっていた。


 ヴァシーレの額が血塗れになる。

 続けて、分身の方の腹と頭に弾丸が撃ち込まれる。


 ヴァシーレは地面に転がっていた。


 明らかにまるで違う場所からヴァシーレは撃たれていた。

 ラトゥーラは状況が分からない、といった顔のまま、二人になった転がるヴァシーレを眺めていた。


「分身の能力者だろう。お前の能力はコルトラから聞かされている。……おそらく、分身と本体、同時に殺さないと死なないんだろう?」

 ブエノスはなおも起き上がろうとする額から血を流す方のヴァシーレの頭に向けて引き金を引く。別の場所から、ヴァシーレの胸元に銃弾が撃ち込まれる。ばしゅ、ばしゅ、ばしゅ、乾いた音が続く。そのまま、ヴァシーレは蜂の巣になり、動かなくなった。


「死んだか」

 ブエノスは嘲り笑っていた。


 ラトゥーラは愕然としていた。

 ヴァシーレの死体が二つ、転がっていた。

 ラトゥーラは叫びながら、自身の能力である『ムーン・マニアック』を発動させる。月の光を吸収していき、巨大な炎と光の渦が生まれる。

 これを、この敵に撃ち込まなければ…………。

 ラトゥーラはブエノス目掛けて、攻撃する。


 攻撃は、まるで命中しなかった…………。

 どうやら、幻影みたいだった。……そういう能力なのだろう。

 ラトゥーラは背後から、肩と胸、腹の辺りを撃たれて倒れる。

 ラトゥーラは意識を失っていく…………。


「まだ死ぬんじゃないぞ。貴様は暴君の友人だろう? マイヤーレにも行ったそうだな。この私は不覚にも、先日、暴君から屈辱を与えられた……。優秀な部下二名も一緒にいたレスターに殺害されたしな」

 ブエノスはラトゥーラの頭を蹴り飛ばす。


「この私に逆らったら、どうなるか…………。貴様は生かすとしよう…………。暴君……。後悔させてやるぞっ!」

 ブエノスは二人のヴァシーレの死体に一瞥すると、ラトゥーラを担いでさらっていった。



 その夜から五日後の事だった。


 人一人が入れるか入れないかくらいの大きさの箱が、シンディの家の前に届いた。

 箱には“ラトゥーラ”と文字で刻まれていた。

 送り主にブエノスの名が刻まれていた。


 その箱を最初に開けて中身を見たのは、グリーン・ドレスだった。

 彼女は口元を抑えて、ウォーター・ハウスを呼んだ。


「…………。最低だな、俺の責任だ。あの男を取り逃した…………」

 ウォーター・ハウスは少しだけ憔悴したような表情を見せた。


「どうする? シンディに何て言う?」

 グリーン・ドレスは怒りと悲しみに満ちた表情を浮かべていた。


「…………メテオラの喫茶店で今、働いてるだろ…………。会わせたいな…………」

 ウォーター・ハウスは顔を覆う。

 そして、箱の中に入っていた、ラトゥーラの頭部を取り出す。

 箱の中には、他に、ラトゥーラだったものの部品が冷凍パックに入れられて、詰め込まれていた。状況からして、数日間の間、少しずつ、このような状態にされたのだろう。


「…………。ラトゥーラの墓を作ろうよ。海がよく見える場所がいい…………」

 グリーン・ドレスは顔を覆いながら、それだけ告げた。


 その日のうちに、ラトゥーラは埋葬された。

 シンディはメテオラに介抱されながら、終始泣き崩れていた。


「ヴァシーレと行動していたのでしょうね。そのヴァシーレもいない…………」

 後から来たレスターも曇った表情をしていた。


 その日は雨で、小雨だったのが途中から、大雨へと変わって墓石に雨粒を注ぎ続けていた。

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