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第五十五夜 古代神殿の国、ナヤーデ。

 古代神殿の国、ナヤーデ。


 港町から出航した船で向かう事が出来た。

 飛行機も列車での旅も疲れていた為に、たまには船に乗るのも悪くなかった。

 十数時間の船旅を終えて、ウォーター・ハウスは古代遺跡と神話の国である『ナヤーデ』の地を踏んだ。いつものように、パンク・ファッションを身に纏い、綺麗な金髪を風に靡かせている。


 白亜の家々が広がっている。

 所々には古代遺跡を模した神殿が並んでいた。

 太古の昔、神々の世界が語られていた場所だ。


「まったく貴方という人は…………」

 先に飛行機で向かっていたレスターは真っ黒なドレスを翻し、呆れた顔をしていた。

「別にいいだろう。急げば状況が変わるわけじゃない」

「まあ。そうなんですけどね」

 確かにウォーター・ハウスは、何かしらの“プロ意識”というものが無い。自由人だ。そんな彼のいい加減な性格をレスターは最近、熟知し始めてきた。

 自分と真っ向から正反対。

 だからこそ、戦闘の相性は良い部分があるだろう。

 互いに、ファハンの雪原で、殺し合ったからこそ、互いの実力は信頼していた。



「そうか。やはりヴァシーレはマトモに私の言う事を聞かず、裏切ったか」

 電話の向こうにいるコルトラの部下が説明していた。


 ブエノスはチャイの紅茶を啜りながら足を組み、椅子に座っていた。

 此処は、白亜の神殿の内部だった。

 本来の側近である新たな部下が、彼の傍らには佇んでいた。


「やはり。ちゃんと私の言う事を聞く犬がいい」


 アリット。

 彼はブエノスの下に向かっていると聞いた。

 グレーゼの方も、彼の下に向かうだろう。

 そういう風に教育した。


 ブエノスはいつだって狂犬に首輪を付けている。

 そして彼の飼い犬はいつでも彼の下に戻ってこれるように教育している。

 だから、飼い犬はこちらに戻ってくるだろう。

 そして、存分に使ってやればいい。



「ブエノス様…………。ブエノスの下には後、二人程、部下がいます。側近は僕とアリットの二人だと言っていましたけど」


 グレーゼとは『ナヤーデ』の港町で待ち合わせていた。


「正直。僕自身、自分の立場をどうすればいいか分からない」


「別に今、決める必要はありませんよ」

 レスターは無感情に告げた。


「貴方はただ、今までの人生が全て作り物でしか無かった。その事実に向き合うしかない」

 レスターの言い方は極めて厳しいが、それもまた事実だった。


「で。どんな連中だ? ブエノスの残りの部下は?」

 ウォーター・ハウスは淡々と訊ねる。


「表稼業は女優をしている女の人と。カメラマンをしている男性です」

 グレーゼはスマートフォンで写真を見せる。

 どうやら、それなりに地位のある人物らしかった。


 そもそも、ブエノスの表の職業はTV局のプロデューサー兼ジャーナリストだ。

 一番、戦略としてされてやっかいなのは、有名人にプロパガンダをまき散らされて、街中の人間がウォーター・ハウス達に敵意を向ける事だ。

全世界中に“人類の敵”として宣伝されてしまっては溜まったものではない。……レスターはその戦略を取られた時の為に、ムルド・ヴァンスの権力の濫用など、色々と手は売っていると事前に告げていた。


「女優の方はローシャイゼ。カメラマンの人はラグドラ。二人共、間違いなく異能者ですが。能力は分かりません。ただ二人共、戦力になるとブエノスは言っていました」


「じゃあこの二人。ブエノスの前に現れるのでしたら」

 レスターは無表情で告げる。


「私が首を落とします」

 レスターは何も言わなかったが、残月が殺害された事に対して怒りを露わにしているのだろう。レスターと残月は知己の中だ。レスターの瞳には、敵対する者は、全員、生首にして晒してやる、といった暗い感情が宿っていた。

 ウォーター・ハウスはあくまで“部外者”のつもりだ。

 だが彼らに協力するつもりでいた。


「暴君。貴方はブエノスの方を」


「ああ。分かっている」


 最強のテロリストと最強の暗殺者が並んで歩いている。

 傍から見えるグレーゼには奇妙な光景に移った。


「あの…………。僕をスパイだと疑わないんですか?」


「ふん、お前程度で俺達をどうこう出来ないだろ」

 ウォーター・ハウスは軽くあしらう。


「それに。すでに貴方の体内に何かブエノスが仕込んでいるかなど、暴君が検査済みですし」

 レスターは小さく溜め息を吐いた。

 グレーゼの体内には、小型爆弾。盗聴器。盗聴カメラ。電流を生む道具などがもろもろ仕掛けられていた。ウォーター・ハウスはそれらを全てグレーゼから取り除いたのだった。


 グレーゼは“人間としての権利”をブエノスから与えられていなかった。

 生まれた時から人の形をした道具でしかなく、ただ使い捨てられるだけの何かでしかなかった。都合の良い言葉を聞かされ、必要な時には捨て駒にされる玩具。


 アリットもそうなのだろう。


「アリットが私達の前に立ちはだかったら、どうします?」

 玲瓏の剣士は訊ねる。

「殺す。二度は無いだろ」

 殺人者は答えた。


「ダメですよ…………」

 レスターは首を横に振る。

「何故だ?」

「貴方は貴方自身が思っているよりも、優しいですから」

「………………。ふん、どうだろうな……」

「また。…………そうですね」

 レスターはグレーゼの方を眺めた。

「ですので、アリットが立ちはだかるなら。私が始末します。ブエノスの犠牲者をもう増やさない為に」

 

 二人はブエノスの“居城”へと向かっていく。

 そこはTV局ではなく、この辺りの古代神殿を買い取って屋敷として使っているものらしい。


「僕は、どうすれば?」

 グレーゼが二人に訊ねる。


「何処にでもお好きな処に。貴方を縛るものは、もう何も無いのですから」


「僕は…………。自分の意思が分からないよ…………」


「知らんよ。勝手に生きろ」

 ウォーター・ハウスは冷たく言い放った。


 グレーゼはポケットからナイフを取り出して、自身の首に押し当てる。

 そして刃を横に引いた。

 グレーゼの首から鮮血が流れる。

 彼女は地面に倒れた。


「暴君………………」

「いや………………」

 ウォーター・ハウスは辛辣な表情を浮かべる。


「俺は生きたいと願う奴に力を貸す事は出来るぞ。だが死にたいと願う奴に対しての情が分からない。生きようとしない奴の意志に報いる事なんて出来ない。…………」

 そう言うウォーター・ハウスは唇を噛み締め、迷っているみたいだった。


 グレーゼの身体をしばらく見ていると、彼女の背中から三本目、四本目の腕が生えてくる。グレーゼに移植されたもう一つの生命。背中から目玉と口が生える。グレーゼは立ち上がる。彼女は涙を流していた。


「双子の姉妹が…………。僕に生きろと…………」

 黒髪の少女は涙を流す。


「喉の傷も浅い…………。お前は生きたがっているんだ。だからグレーゼ。お前は生きろ。……あの港町に、俺達の仲間がいる。お前を受け入れてくれるだろう。生きる理由は後から探せ。あいつらはお前の居場所になってくれるだろ」

 ウォーター・ハウスは笑う。

 グレーゼは暴君に近寄る。

 暴君はグレーゼを抱き締める。


「…………。辛かったな、今まで…………」

「うううう、えぐっ。ありがとう、御座います………………」

 人生を上位存在によって、ぐちゃぐちゃに壊され続けていた、闇の中にいる少女はただただ涙を流し続けていた。


 ウォーター・ハウスはしばらく泣かせた後、彼女を話す。


「じゃあな。一応、俺には恋人がいるし。そいつに怒られる。港町に着いたら、そいつに守って貰え」

「いい女性なんですね?」

「ああ。この世で一番だ」


 グレーゼは頷くと、船へと向かっていった。


 レスターは鼻を鳴らす。


「大した伊達男じゃないですか」

「女の扱い方に、多少、慣れているだけだよ」

 ウォーター・ハウスは笑わなかった。

 レスターも笑わなかった。


「じゃあ不快な奴を」

「始末しに向かいますか」

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