第五十四夜 幸せの時間は過ぎ去るのが早いから。
「そうか。残月は死んだか」
メテオラは電話の向こうの相手である、ウォーター・ハウスと話をしていた。
「で。やったのはブエノスって奴か。生前のポロックと何かやり取りをしていたと思う。だからメリュジーヌは地獄になった。残月が死んだって事は残月の利権は、ブエノスに奪われるな」
「ああ。そうか。倒すべき敵が分かってきたのか。良かったな、ああ。うん、また電話待ってる」
メテオラは溜め息を吐く。
メテオラは皿洗いをしているシンディの方を向く。
「今日は店仕舞いだ。シンディ。少し話がある」
「あ。なんですか?」
今は午後の二時過ぎ。
客が来る時間は三時を過ぎた辺りと、五時を過ぎた辺りだ。
出来れば、もう少し店を開いて客を待ちたかったのだけど、と、シンディは思う。
シンディの表情を察して、メテオラは溜め息を吐く。
彼は自分とシンディ用にコーヒーを用意する。
「仕方ねぇーだろ。大切な友人の死だ。それに状況次第じゃ、この店自体、襲撃されて無くなっちまうから。話し合うしかねぇだろ」
メテオラはエプロンを外すと、壁にもたれかけて項垂れる。
「あー。やっぱり。此処が連中に見つかるのは時間の問題だな…………」
「んー。どういう事です?」
「いや。俺達はガキだったって事だよ。特に俺。年齢重ねた老獪なクソ共の裏をかけなかったって話だ」
「そうですか…………」
シンディは煙草の箱を取る。
最近は喫煙をするようになった。
後はカフェでお金を稼げるようになれば、服も買いたい。
十代の女の子として、お金持ちな国の普通の女の子みたいな青春を送ってみたい……。
「あの。やっぱり、もう少し業務をしませんか? 皿洗いも残ってます。……サンドイッチを作る為のハムとレタスも切り揃えて……」
シンディは言う。
「…………。そうだな、夕方まで……。考えても仕方が無いし、客には一人でも来て欲しいからな」
メテオラは頷いた。
数時間後。
カフェのバイトが終わり、シンディは家に帰る。
途中、夕食の食材を買った。
すると、家の前にはある人物が立っていた。
「よう。シンディ。一体一で、話したのは初めてだったか?」
黒装束の美少年。
ヴァシーレ。
「何しに来たんですか?」
思わずシンディは警戒する。
「もうすぐ。この港町は地獄と化す。ウォーター・ハウス、グリーン・ドレス。それから、ラトゥーラにも言っておけよ」
「どういう事です?」
「警視総監コルトラが、この土地を狙っている。メテオラも此処に潜伏しているだろ? それもあってな。地獄と化すぞ」
シンディは持っていた食材の一つ。パンを取り落とす。
「マフィアの連中は、何故、私達をそっとしておいてくれないの……?」
「知らねぇよ。だが自由や幸福は勝ち取るしかねぇんだよ」
そう言うと、ヴァシーレはこの場から去っていき、夜の闇の中へと消えていった。
†
家の中ではラトゥーラが待っていた。
シンディは食事を作る。
「お姉ちゃんは、これからどうする?」
ラトゥーラは訊ねる。
「さあ。分からない」
「さっき。僕の処にヴァシーレが来た」
ラトゥーラはセーラー服の裾をいじりながら、神妙な顔をしていた。
「…………。ええ。私も彼と話したわ」
「やっぱり、僕達は戦いから逃げられないのかな…………」
ラトゥーラは悲しげに言う。
「そうみたいね。でも、私はマイヤーレに向かう途中、覚悟はしていた」
この処、ウォーター・ハウスはレスターに駆り出されて、マフィアの権力関係を後処理を手伝わされているみたいだった。グリーン・ドレスはふらふらと港町周辺の散歩に出かけている。束の間の平穏。
そして、ウォーター・ハウスはまたブエノスを倒しに向かうと告げていた。
ラトゥーラとシンディは頷く。
自分達もまた、覚悟を決めなければならない。
「何、辛気臭い顔してんだよ?」
グリーン・ドレスが扉を開けて、入ってくる。
街に行って、アクセサリーショップを巡っていたみたいだった。
「ドレスさん。もうすぐ、此処は地獄になるみたいです」
ラトゥーラは告げる。
グリーン・ドレスはすぐに察する。
「そうか。じゃあメテオラにもすぐに伝えないとな」
みな頷いた。




