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第五十二夜 『ハイドラ』の崩落。夕日が落ちた日。 3


 地下の大ホールからウォーター・ハウスと残月は上がってくる。

 ちなみに、この隠れ家自体は門番であるマフェットという少年が守るらしい。


 アリットは歯切りをしながら、ウォーター・ハウスを睨み付けた。


「決着は付いたのか?」

「ああ。“話し合い”は終わった。残月はこれから港町に行くそうだ。お前達も付いていくか」


「僕はあんたをまだ信用出来ていないんだよねっ!」

 グレーゼは腫れ上がった顔面でウォーター・ハウスを睨み付けた。


「うるさい女だな」

 ウォーター・ハウスはグレーゼの顔に触れる。

 見る見るうちに、グレーゼの顔の腫れが治っていく。

「ほれ。お前の歯だ。拾ってきた。治してやるから少し黙っていろ」

 ウォーター・ハウスは、グレーゼの前歯を治す。


「随分。お優しいのね」

 残月は呆れたように言う。


「以前は敵対する奴は殺していた。だが何故だろうな。ラトゥーラ達と最初関わって……。それから、残月……。メテオラ。お前らと関わって、俺は少し考えが変わりつつあるのかもしれないな」

 ウォーター・ハウスは晴れた空を見上げる。

 今もなお、この国では戦争が続いて沢山の人間が死に続けている。


「暴力以外で解決出来る方法があるんじゃないかと。最近は考えている。俺は器用では無いから、分からんがな」

 ウォーター・ハウスは座り、日の光を仰ぐように空を眺めていた。


「テメェ。よく言うよっ!」

 グレーゼは立ち上がり、ウォーター・ハウスから離れる。


「レスターも言っていたな。暗殺稼業を止めて、奴は人殺し以外に何が出来るか考えているんだとよ。さてと、お前らはどうする?」


「僕達は、あくまでブエノス様の命令で此処にいるんだよ」


「おい。こっち来い。腹も治してやろう」

「余計なお世話だっ!」

 グレーゼは突っぱねる。


「勝手にしろ。……おい、アリット」

 ウォーター・ハウスは、ネメアのライオンの異名を持つ狙撃手の方を向く。


「お前は自分の親について考えた事はあるか?」

「なんだ? 意味分からねぇな。俺の親はブエノス様だ」

「そうか。……じっくり考えるといい」


 ウォーター・ハウスは残月の方に向き直る。


「さてと。どうする? 明日には港町に行くか?」

「そうね。メテオラ。今、どうしてるの?」

「小さなカフェを経営している。ボンクラだから、カルボナーラ・パスタの作り方一つでも教えてやれ」

「そう。それはいいわね」

 残月は煙管に火を点ける。


「新しい人生、か」

 残月は少しだけ物想いに耽っているみたいだった。


 突然。

 残月の額が撃ち抜かれる。

 

 ウォーター・ハウスは反応出来なかった。

 アリットとグレーゼは、銃弾が放たれた方角を向いていた。


 ウォーター・ハウスは手で治癒する間もなく、残月の頭は何度も何度も狙撃され、その度に頭蓋骨が弾け飛び、脳漿が飛び散っていく。ウォーター・ハウスが触れる頃には、残月の頭半分はほぼ無くなっていた。


 ……完全なる死…………。

 ウォーター・ハウスの治癒の能力を持つ『エリクサー』は死人を蘇らせる事は出来ない。……そもそも人体の新陳代謝を活性化させて、治癒する能力だ。此処まで酷い傷は修復する事が出来ない。


 残月の死体を眼にして、暴君は怒りの表情を浮かべる。

 そして、狙撃手に眼をやった。


 腰元まで伸ばした、うねった髪の毛の男。

 中世ヨーロッパ風の衣装に、鍔の広い帽子をかぶっている。

 不思議の国のアリスの帽子屋の印象の男。


 ブエノス。


 ウォーター・ハウスは、初めて彼と対面する事になる。

 気配はまるで感じなかった……。


 狙撃したのは、この帽子屋の隣にいる兵士風の男みたいだった。


「ああ。アリット。残月の見張りをしてくれてありがとう」

 帽子屋は言う。


「何故。殺したのですか?」

 アリットは訊ねる。


「もう計画に必要無いと判断したからだ。生きていては面倒な敵になるだろう。だから今、始末した」

 ブエノスは業務事項を述べるように淡々と言う。


「…………そうですか…………」


「ああ。それから」

 帽子屋は、この上なく歪んだ、満面の笑みを浮かべた。


「『ハイドラ』の麻薬の女王。残月だがな。過去は弱小マフィア組織のお抱え娼婦をしていたんだ。その時、子供が生まれてな。私が引き取った」

 帽子屋は口元を抑える。


「その時に生まれた子供がアリット。お前だ。私が引き取って、育てる事にした」

 ブエノスは、可笑しくってたまらないといった顔をしていた。


 アリットは言われた意味が分からない、といった顔で、頭が半分無くなった残月の死体を見下ろしていた。


「俺のお母さん?」

 アリットは愕然とした顔をしていた。


「本当はお前に殺して欲しかったんだけどなあ。お前、暴君に手も足も出なかっただろ。仕方無く、私の別の部下に手を下させた」


 アリットは全身を小刻みに震わせていた。


「何故。そのような事を?」

 グレーゼは素朴に訊ねる。


「愚か者を見るのは面白いからだ。グレーゼ」

 帽子屋はふうっ、と、パイプをふかす。


「後。お前に以前、仕事をさせただろ。二人の夫婦の殺害。覚えているか? ちょうど、二年前だったかな」


「あの…………。確か一般市民ですよね? 僕……、わ、私に始末しろと。…………」

 グレーゼは完全に混乱していた。


「ああ。覚えていてくれたか。あれな。お前の実の両親だ」

 帽子屋は本当に楽しそうな表情を浮かべていた。


「……はあ?」

 グレーゼは言っている意味を理解していないみたいだった。


「お前の双子の姉であるエレニだが。未熟児として生まれたが、私が回収した。お前の両親には、お前とエレニは死産だったと、助産婦をしていた私の部下が伝えたよ」

 ブエノスはにいぃ、と、歯を剥き出しにして笑った。


 ウォーター・ハウスは、アリットとグレーゼ。

 そして、残月の死体を交互に見ていく。


 …………彼らの状況は分からない。

 なるべくなら、そこまでの興味も持とうと思わない。


 だが。

 ウォーター・ハウスは動いていた。


 このブエノスという男。

 胸糞悪いから、始末しよう。

 

「おっと。暴君」

 ブエノスは笑う。


「私の本体は『ナヤーデ』という国にいる。今の私は、この彼。この彼が作り出した、光りの幻影だよ。遠く離れた私の映像を、飛ばす事が出来るんだ」

 そう言うと、ブエノスは兵士風の男の肩を叩く。


 ウォーター・ハウスは迷わず、ブエノスと兵士風の男を殴り飛ばそうとしていた。だが、拳は虚空を穿つ。幻影は消滅していく。


 とん、と。

 グレーゼの首筋に何かが撃ち込まれる。


「ブエノス様…………。なんですか? 今のは?」

 呆然自失になりながら、グレーゼは首を傾げる。


「『セイレーン』グレーゼ。君には、脊髄の方にスイッチを仕込んでおいた」


 虚空から声がする。


「君の未熟児の双子の妹だが。君の体内に接合しておいた。君自身よりも、おそらく妹の方が強いぞ」


 めり、めり、と、グレーゼの背中は避けて、巨大な頭部と日本の腕が飛び出してくる。細長い牙と鋭い鎌のような爪を生やしていた。


「君の妹、エレニの事は『バーバヤーガ』と呼んでいる。さてと、私の部下として命ずる。ウォーター・ハウスを足止めしろ」


 グレーゼの背中から生えた怪物は、そのまま腕を伸ばしてウォーター・ハウスへと襲い掛かる。速い…………。

 だが、同時にウォーター・ハウスは考える。

 ブエノス本体は別の場所にいるとして、狙撃手はこの辺りにいる。逃げる為の時間稼ぎだろう。結局の処、ブエノスにとって、アリットとグレーゼは部下兼玩具だったという事だろう。側近にして、良いように使っていた。


 殺人ウイルスを散布する事は出来ない……。

 周りには、アリットがいる。グレーゼともなるべく戦いたくない。


「さて。アリット。私への忠誠を誓い、私の処に戻ってこい。お前に対しては以上だ。グレーゼ、お前もだぞ」

 ブエノスは嘲り笑っていた。


 ウォーター・ハウスは、奇形の姿と化したグレーゼの攻撃を避けながら、光による映像を操作する能力者を探して始末する事にした。


「すまんな。ブエノスは殺せんが。狙撃手は俺が殺してやる」


 そう言うと、彼はグレーゼの脊髄付近に突き刺さっている小さな針を見つけ、それを引き抜く。見る見るうちに、グレーゼの身体の変形が解けていく。

 

 ウォーター・ハウスはアリットと、そしてグレーゼから充分な距離を取った後。目星を付けて殺人ウイルスを散布した。


 何も無い空間から、悲鳴が聞こえた。

 ウォーター・ハウスは、その場へ向かい、見えない何かの首をつかむ。

 そして、そのまま首を強引に折り、もぎとる。


「そうか。敵は二人いたのか……?」

 ウォーター・ハウスは、今、始末した敵が狙撃銃を手にしている事に気付く。


 映像による幻影を作り出す方は、取り逃がしたか……?

 いや…………。

 むしろ、あの幻影。光を屈折させる能力こそが、ブエノスの能力なのか……?

 だとしたら、かなり遠距離に幻影を生み出し、広範囲に渡る能力という事になる。


「ブエノス。殺しに行ってやるぞ」

 ウォーター・ハウスは少し面倒臭そうに、溜め息を付いた。


 残月はどうしようか。この辺りに埋葬でもするか…………。

 アリットを見ると、彼は茫然自失の顔で嘔吐していた。


 彼らは用済みのコマなんだろうな、と思った。


 夕日が沈む中、三人で墓を掘っていた。

 麻薬の女王の末路は、利権を狙う別組織の人間に散らされた。おそらく、ブエノスはもう『ハイドラ』の利権を手にしようとしている。ハイドラという組織は残月が死ねば、解体され、遺産は乗っ取られるだろうという事を聞かされている。


「もう少し良い墓を作ってやればいいんだがなあ」

 ウォーター・ハウスと、アリット。グレーゼの三名はシャベルで穴を掘っていた。


 そう言えば、ポロックとムルド・ヴァンスもメリュジーヌでゴミクズのように散っていった。彼らが死んでも、彼らの負の遺産は別の誰かに渡るだけ。


「俺は一度、港町に戻るぞ。お前らは好きにしろ」

 ウォーター・ハウスはふうっ、と、小さく溜め息を吐く。

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