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第四十八夜 メリュジーヌの暗い森。

 大国メリュジーヌにある真っ黒な森。

 この森には、普通の生物とは違う生き物が生息していた。

 何でも、生命を創る異能者が生み出した生物の成れの果てらしい。

 おおかた『オルガン』のポロックか?

 分からない。


 元々、お抱えの殺し屋であったヴァシーレは、マフィアのボス達である六大カルテルが瓦解した後も、別の依頼人に付き、フリーの殺し屋として動いていた。


 今回の依頼人の願いは、この森の奥に住んでいる者を始末する事だ。


「さてと。どうしたものかなぁー」

 ヴァシーレは金に黒が混ざる髪の毛を掻きながら、森の前に佇んでいた。

 此処では神隠しが頻繁に起こっているらしい。

 出来れば、その調査も行って欲しいとの事だった。

 始末する対象と関係があるのか、それとも関係が無いのか。


 列車を降りて、森の入り口に辿り着くと。

 ヴァシーレは小道を行く事にした。

 ……人間が手入れしていた形跡はある。

 

 鳥の鳴き声が響き渡っていた。


「……もし、鳥の動きで、俺の存在を感知しているってタイプの異能者なら、まずいかなあ…………」

 得物ですぐに迎撃出来る体制を整えておかなければならない。


 森の中を進んでいくと、生き物を見つけた。


 馬だ。

 馬が走り去っていた。

 白い馬だった。


「なんだあ? 白馬の王子が乗るような馬か?」

 こんな森の中には、少しそぐわなかった。

 何か奇妙だ、と思ったら、それは間違いなく、警戒する必要がある。

 ヴァシーレは馬を追うべきかどうか悩んだ。

 いや。

 優先順位は、標的の始末だ。


 途中、沼に半分沈んだ馬車を見つけた。

 沼には、白骨化した馬の死骸が浮かんでいる。

 馬車の残骸と、馬の死骸は大量に見つける事となった。


「なんだ? 此処は?」

 ヴァシーレは不気味なオブジェを気にしないように進んでいく。

 

 森はかなり入り組んでいた。

 ヴァシーレは標的である人物が住んでいるであろう小屋を探した。


 此処は何十年も前から放置されている。

 依頼人はこの標的は生きていても死んでいても困らないが、目障りな分には生きていては困ると言っていた。

 詳細は分からない。

 詮索するつもりもない。


 ヴァシーレにとっては、関係の無い事だった。

 だが、金さえ貰えればそれでいい。


 始末する標的の事に思索を巡らせながら道を進んでいると、何者かがヴァシーレを追ってきた。


 それはボロボロに朽ち果てた馬達だった。


 皮膚や肉を残した馬もいれば、完全に白骨化した馬もいる。

 ゾンビ馬……アンデッドといった処か?


 ポロックの創り出すような生物兵器の類か?


 あるいはこの森の主の異能か何かなのか?


 もちろん、番犬ならぬ番馬といった処だろう。

 倒すしかない。


 ヴァシーレは得物である、曲がった刃を宙に放り投げる。


 くるくると旋回しながら、刃は馬達の脚を切断していく。

 馬は崩れ落ち、脚を再生出来ないのか、ヴァシーレを追ってくる事は無かった。


 投げた刃を手に戻すと、ヴァシーレはまっすぐに森の奥へと突き進んだ。


 しばらく、森を進んでいくと。


 丸太で作られた小屋があった。


 辺りで木を切る音が聞こえる。


 木こりがいた。

 斧で木を切って、薪を作っている。


 年齢は五十過ぎの初老と言った処か。

 顔を見ると、どうやら今回の標的みたいだった。

 名前はノーモッド。

 依頼人にとって、生きていては貰う人物。


「珍しいな。この森に客人か」

 木こりは、ヴァシーレの姿を見て笑う。


「小屋の中で少し話でもしないか?」

 屈託の無い笑みを浮かべていた。



 ヴァシーレはコーヒーを出されるが、当然、手に付けなかった。

 毒を入れた形跡は無いが、現場に自分の唾液などの痕跡は余り残したくない。


 男はゆったりと、何にも動じていないみたいだった。

 ヴァシーレからの殺気も特に気にも留めていない。


 しばらくして、男はヴァシーレに訊ねた。


「誰から俺を殺すように言われた……?」


「…………。ブエノスだ。TV局関係者の……」


 それを聞いて、男は笑う。

 ……ノーモッド、喰えない男だ。


 だが関係無い。

 今、此処で死んで貰う。

 ヴァシーレは曲がった長刀を取り出す。

 これでこの男の首をはねる事に代わりはない。


「そうか、そうか。奴の手駒か、お前は」

 木こりは笑った。


「……なんだよ。マフィアの犬コロやるのは、いつもの事だよ」

 本来なら、エスコバーレの利権が手に入っていた筈だが。

 今や、ゴタゴタでそうはいっていない。


 アルレッキーノも崩壊したと耳にした。

 更に、ハイドラ(残月)とゴースト・カンパニー(ケイト)の二つの崩壊も時間の問題だろう。

 特に、ハイドラはおそらくはもう持たない……。


「稼げる時に稼いでおくし。俺は”状況”の下僕になるつもりでいるぜ。今後はいずれ、ブエノスが利権を握る。だから、俺は…………」


 ヴァシーレは刃を宙に飛ばしていた。

 くるくる、と、刃がブーメランとなって宙を回転していく。


「お前がムルド・ヴァンスの友人だった男だとしても、俺はお前を殺すっ!」


 こいつの能力が何なのかは分からない。

 だが、出す前に始末する。

 それが鉄則だ。


 カウンター型の能力かもしれないし、別のトラップを仕込んでいるかもしれない。

 だが、ヴァシーレの師であったレスターは言っていた。


 ……一秒でも速やかに、迷いなく敵を始末する事。


 想定外の反撃や罠を想像している時間は、敵に先制攻撃の猶予を与えてしまう。


「ブエノスはお前を切り捨てるだろうな」


「だろうよ! だがお前が死ぬ事と関係は無いぜっ!」


 一本目の投げた刃は牽制と陽動。

 本命は二本目。

 ヴァシーレは素早く、二本目のナイフをノーモッドの胸へと投げ付けていた。


「ヴァシーレ。俺はお前の父親の事も知っている」


 ヴァシーレは……。

 動きが止まった。


「…………。聞きたくない。今更、興味も無い。奴は自分が大物になれると思っていた小悪党だった……」

 ヴァシーレの放った三本目のナイフが、初老の男の喉を付いていた。

 急所だ。

 もうじき、死に至るだろう。


 男は倒れ、血を吐きながら、呻いていた。


「しぶといな。俺は優しいから、テメェの世迷い事を聞いてやるぜ。まだ何か吐いてみろよ」


 反撃の手段があるかもしれない。

 ヴァシーレは後ずさりして、そのまま壁に突き刺さった曲がった一本目の刃を回収する。


「これはお気に入りなんでな。ナイフの方はくれてやるよ」


 ヴァシーレは小屋から出ようとする。

 死ぬ気配を感じないので、振り返ると。

 何と、地面から無数に伸びた植物の蔓がノーモッドの傷を塞いでいた。


「おい。死なないのか?」


「聞け、ヴァシーレ。私に敵意は無い…………」


「敵意は無いね。それにしては、森全体から何か気配が充満しているぜ。俺を殺せって、感じだな」


「私に危害が与えられたら、そういう風に設定されている。


 だが、私はお前に危害を加えるつもりは無い。話を聞いて欲しい」


「んー。お前の”命の核”みたいものは、お前自体じゃなくて、森のどこかにあるだろ。不死身って感じじゃないしな。俺の師匠のレスターだったら執念でそいつを探して、斬るだろうな。だが、俺には、その何ていうか……。自分が物凄い不利でも、プロ意識を持とうって信念が無ぇんだ」


 ヴァシーレはお手上げといった具合に、両手をひらひらさせた。

 そして、小屋の中にあるソファーに座る。


「分かったよ。聞いてやる。でも、俺、任務失敗とかでブエノスに殺されるの嫌だぜ?」


「そのブエノスだが。ムルド・ヴァンスの所有していた、大量の戦争用の兵器の所有権を狙っている。MD全体で戦争が起こるぞ。他の大陸もだ」


「……俺の人生には関係無ぇよ」


「お前の故郷も焼け野原になる。戦争は胴元が金儲けが出来るからな。そのブエノスが胴元になるだろう」


「……ケイトは?」


「ケイトとブエノスは繋がっている。ケイトが原子力を売り、ブエノスがムルドの組織から買い占めた武器を世界中に売りさばくだろうな」


「…………。はあ…………」


 傷の再生が終わったノーモッドは、空いているソファーに座った。


「なあ、俺はどうすればいいと思う? とにかく漠然と権力が欲しかった、他人の犬として生きるのにずっとウンザリしていたからな」


「今からでも遅くない。行動を起こせばいい」


「そうかよ……」


 ヴァシーレは自分用に出されたコーヒーを飲んだ。

 そういえば、父はコーヒーが好きだった。

 大きな賭け事の胴元をやった後、よく煙草と一緒に苦い味のコーヒーを口にしていた。

 このコーヒーは甘い。砂糖もミルクもよく入っている。


「俺達の業界は、誰が敵か味方か分からねぇ処だ。だが、せいぜい生き抜いてみせるさ」

 ヴァシーレは力なく笑った。


 初老の男も笑った。



「ムルド・ヴァンスは極悪人だった。奴が『ヘルツォーク』のボスとして君臨していた頃。世界中の武器輸出の多くはムルドの息が掛かっていた。奴のせいで、世界中の大量の罪無き命が奪われた」


「ああ。『オルガン』のポロックは、汚れ仕事をあたしにさせているだけだろ、ってよく嘲笑していたな」


「そうだな。ムルドの故郷、このメリュジーヌをポロックの生体兵器の実験場にしたのは、彼女の意趣返しだろう。臓器売買、生体実験、児童買春などの利権を持つ『オルガン』は汚れ仕事として指を差され続けていたからな」


「みんな、みーんな腐っているさ。仲良く地獄に落ちるよ。

そうだな、レスターは腹の底では、ムルド・ヴァンスを軽蔑していた。

レスターだって、同じようなものなのに」


 小屋から少し離れた場所は、川の水が流れていた。

 橋の上から、二人は綺麗な川の流れを見ていた。


 ノーモッドの近くに白い馬が駆け寄ってくる。

 馬の額には、よく見ると、角が生えていた。

 属に言う、ユニコーンか。

 この白い馬の口には、牙が見えた。


「こいつは、こう見えても吸血馬だ。人の肉を食らう。だが、こいつの背に乗っていけば、他の森の生き物達。他の馬達はお前を襲わない。……まあ、そもそも本来なら、私を攻撃した時点で、森から出られない仕組みになるんだが」


「そうか。礼を言うよ」

 ヴァシーレはユニコーンの上に跨る。


 ブエノスに何て言おうか。

 標的は殺しても死ななかったので、始末出来なかったと素直に言うか。

 報酬は貰えないだろう。


 前金は少しだけ貰っている。


 一応、報告だけはしておくか。

 その後は、身を隠すのも悪くないだろう。

 ただ、ノーモッドの話を聞く限り、改めて自分の立ち回りを見直す必要があった。


 白い馬は森のどんな斜面も、軽々と走り続けていた。

 途中、ボロボロに朽ち果てたゾンビ馬達が隣を走ってきた。

 ゾンビ馬達は、当然、ヴァシーレを襲う気配は無い。

 ヴァシーレは気にしない事にした。


 どろり、と。

 ゾンビ馬の一体の顔面が溶ける。

 馬達は崩れていく。

 崩れた屍の中から、ボロボロに焼け爛れた女の姿が現れる。女は全身が崩れた赤子を手にしていた。赤ん坊の声が森全体に響き渡る。

 別の馬の死骸からは、全身が焼け爛れた男女が抱き合いながら泣いていた。

 別の馬の死骸から現れたのは、頭部が飛散して亡くなった両親の近くで泣いている子供だった。

 ……幻覚? ノーモッドの能力……?

 彼らをヴァシーは見た事がある。

 戦争跡地の光景。

 焼夷弾を受けて死んだ人々……。

 ムルド・ヴァンスが世界の裏側でしてきた悪は、計り知れないものがあるだろう。

 だが、メリュジーヌにおいては、まるでムルドは英雄のように語り継がれている。

 表側、ムルドはメリュジーヌを自治しており、周辺住民相手に親しかったとも聞く。世間では、彼の名声ばかりが飛び込んできている。

 だが、ムルド・ヴァンスはマフィアであり、裏で世界中に銃器やミサイルを地雷など、あらゆる武器や兵器を売りさばいていた事は変わりない。


 汚い仕事は、オルガンや、殺し屋であるヴァシーレなどにさせて…………。


「ふん。勝手に英雄になって死にやがって」

 ヴァシーレは吐き捨てるように呟いた。

 もうじき、森の出口なのか明かりが見えてきた。

 馬はけたたましく吠えていた。

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