第四十七夜 それぞれの思惑。
1
地下洞窟への入り口の前には、何名かの門番がいた。
門番達は残月の顔を見ると、驚きの顔をみせ、うやうやしく彼女を通す。ねぎらいと媚びへつらった言葉を投げる。
残月は彼らの言葉を無視して、洞窟の階段を降りていった。
洞窟内には、寝転がった半裸の男女達がキセルを手にして煙を吐き出していた。
所謂、此処は『阿片窟』と呼ばれる場所だ。
もっとも、阿片のみならず、様々なドラッグの中毒者が蔓延しており、此処にいる者達の多くは既に末期症状が出ていた。虫が皮膚の下を這い廻っていると身体中を金属片で掻き毟っている者もいれば、幻覚と会話をしている者もいた。糞尿を垂れ流しにして、虫や汚物で山を作っている者もいた。もはや、ある種の地獄絵図がそこには広がっていた。
「貴方様がわざわざ、出向く場所ではありませんのに」
白衣の小男が、残月へと近寄ってくる。
「あたしも、昔は此処の住民だったけどね。何とか向け出せた」
そう言いながら、残月は自らのキセルからぷかぷかと紫煙を吐き出す。
「くくっ。しかし、此処の連中はいじりがいがある」
「そう言えば、お前は元は脳外科医だったか」
「くくっ」
小男はポケットからノミのような道具を取り出す。
「これで、連中の目頭の辺りを勢いよく突くんですよ。そうすれば、おとなしくなる」
「前時代の技術ね。野蛮な」
「それでも、此処では通じる」
「ヤブ医者が」
今時、ロボトミー手術を好んでいる、この小男に対して残月は呆れつつも、すぐに興味を別のものに変えた。
しばらく、中毒者達の悲鳴と笑い声と鳴き声と嬌声が響き渡る、地下洞窟を歩いていくと、固く閉ざされた門のようなものに辿り着く。
残月は指先から、透明な蛇のようなものを生み出す。
蛇は錠前の鍵穴の中へと入り、鍵を開けていく。
そこは、残月しか入れない場所だった。
「お前も来るか?」
残月は小男に訊ねる。
「いいのですか?」
「私の玉座だ。質素な。しばらく、此処で匿って貰うとする」
残月は、扉の向こうに入ると扉を内側から鍵を掛けた。透明な蛇は、扉の隙間から外で錠前に鍵をしたのだった。
中は小さな宮殿のようになっていた。
残月は『ハイドラ』のボスになってから、部下によって作らせた部屋だ。
彼女はつねに命を狙われている身だ。
だからこそ、各地に隠れる為の場所が必要だった。
部屋の中央には、どこのアパートにでも置いてあるようなソファーとベッドが置かれていた。残月はソファーへと座る。棚もあり、安物のワインが置かれていた。
「さてと。しばらくは此処で籠城するわ。外の様子は、私の能力で視るとする」
彼女はワインを手に取ると、安物のグラスへと注いだ。
小さな証明が残月と背後の壁を不気味に映し出す。
鉄の壁には、巨大な多頭の蛇が彫られている。
残月の背後から伸びる影がうねり、頭が幾つも分かれていき、影全体が伸びていく。
2
「やっぱ、ケイトって男はやべぇーな」
外見年齢は二十代後半に見えたが、整形を繰り返していると聞く。
実年齢は五十近いだろう。
ヴァシーレはUSBを手にしながら、息を飲む。
このUSBの中には、核兵器や最新型ドローンの設計図、効率の良い原子力発電所やスマートフォンの設計図、仮想通貨のツールなどが入っている。このUSBを何処かの国や企業に売り込めば、莫大な金が自分の元に入ってくるだろう。
ヴァシーレはケイトの組織である『ペーパー・カンパニー』の子会社に侵入して、パソコンからデータを抜いてきたのだった。
「ま。データを扱っていた社員は殺されるか、軽くてもクビかな。しかし、こうも簡単に奴の利権が手に入るとはなあぁ」
ヴァシーレはUSBを指先で弄りながら、この中身を買い取ってくれる処を考えていた。MDマフィアの息のかかっていない連中がいい。なら、大陸の向こうの者達に売り付けるか…………。
ヴァシーレは、大きな時計が付いているビルディングの頂上で街を見下ろしていた。
巨大な針が、ちぃ、ちぃ、と、規律正しく音を立てている。
時間帯は夕刻を過ぎている。
街はネオンライトに包まれていた。
……自分は何処に着くか?
ヴァシーレは、既に、エスコバーレに代わり六大利権の売春斡旋利権を手にしている。だが、それはムルド・ヴァンスが死んだ今、現状、砂上の楼閣だ。
ヴァシーレはスマホで時事ニュースを見る。
すると、賭博利権を手にする組織アルレッキーノの事実上の崩壊の記事を眼にする事になった。本拠地の超高層ビルは、爆破テロにあったような惨状と化していた。
「…………。メテオラを探すか?」
ヴァシーレは、あのふざけた顔の道化師の顔を思い浮かべた。




