第四十五夜 地上350階の摩天楼。
ヴァンピーロ。
そこは、アルレッキーノの本部がある場所だった。
吸血鬼伝説になぞらえられる都市であり、経済の大部分が賭博産業によって成り立っていた。一度、カモにされた者は血の一滴すらも残らないという事だろう。
大都市だ。
巨大なビル群が並んでいる。様々な絢爛豪奢な装飾がビルには施されている。
アルレッキーノの本部である巨大ビルの前に、グリーン・ドレスとシンディの二人は立っていた。天高くバベルの塔のように聳え立っているその摩天楼は、実に350階という理解不能な高さなのだと聞く。ビルの名前は『ヴィアンカ・グラス』。何でも、初代アルレッキーノのボスの愛人から取った名前だとメテオラから聞かされている。
「飛んでいくか?」
グリーン・ドレスはシンディに訊ねる。
「どうしましょう?」
シンディは大量の蝶を生み出していく。
「メテオラからは、エレベーターで上へ向かってこいって言われているな。ヘリなんかで屋上に行けないんだと。何か仕掛けがあるんだろうぜ?」
グリーン・ドレスは気怠そうに言う。
「ドレスさんなら…………」
「いや……」
グリーン・ドレスは、メテオラの能力に敗れている。もし、ビル全体から何かの異能が発せられていたとするなら、対処出来かねないかもしれない。
ひとまず、彼女は、熱を感知する為の“眼”のヴィジョンを生み出して、空高くへと浮遊させていく。
“眼”は、すぐに十階、二十階…………、そして、五十階、七十階へと上へと進んでいく。
「何か分かりますか?」
シンディが訊ねる。
「何も無ぇな。今の処は、いや、なんだ……?」
グリーン・ドレスは、何かが落下してくるのを感じ取った。
人型だ。
体温を感じる為にまだ生きている。
ビル高くから落下した……何者かによって、突き落とされたのか……。
ビルの百二十階くらいだった。
人型のものは風のようなものに当たる。
豪風だった。
そのまま人型は風によって全身が細切れにされて、空中に霧散していった。
処刑された、といった処だろうか。
「なるほどな」
「何か分かったのですか?」
「ああ。ビルの百階を超えた辺りだな。風による妨害がある。人を簡単に圧殺出来る風力だな。私の身体なら、もしかすると耐えられるかもしれないが……」
グリーン・ドレスはシンディの方を見る。
「足手まといにはなりたくありません! ……でも、地上からエレベーターで、上に登りましょう」
「……素直でいいぜ」
二人は正面限界から入る事にした。
受付係にメテオラから貰ったトランプのカードを渡す。
スペードのエースだ。
受付係はそれを見ると、すぐに二百階まで続く、エレベーターを案内してくれた。何気ないトランプのカードだが、VIP専用のカードであるのは本当だったらしい。
二人はエレベーターに乗る。
エレベーターの壁は透明で、途中のカジノルームやポーカー、スロットなどの部屋を眺める事が出来た。世界中のギャンブラーがこのビルの中では日夜集まり、世界中の富裕層が一夜にして破産していく。透明なエレベーターの壁はある種の悪趣味ささえあり、ギャンブラー達の熱と末路をまじまじと見せられていく。途中、熱帯魚を飾ってあるBARテラスもあった。大浴場もあった。ホテルの部屋だと思わしきものもある。
「ドレスさん……。このエレベーターって、そう言えば、外は透明じゃなかったような」
「マジックミラーだな」
「つまり……」
「VIP専用のエレベーターなんだろ? ギャンブラー共の狂態を胴元が鑑賞して楽しむ為の装置だろうよ」
酒池肉林を繰り広げている部屋もあった。
ディーラーの女を金で買えるのか、ラブホテルらしき部屋もある。男が女を愛撫していた。こちらからは丸見えだった。
剣闘士のような格好をした男達が、各々の武器を取って殺し合いを行っている場所もあった。その少し先には、手術室のような場所があり、破産したと思われた人物が生きたまま臓器を抜き取られているみたいだった。……シンディが口元を抑える。
「もうしばらく目をつむっとけ。私も少し、気分が悪い」
グリーン・ドレスはシンディを優しく抱き締めた。
しばらくして、二百階へと辿り着く。
二人は二百階の部屋へと入る。
豪奢な赤いビロードのカーペットが広がっている。
「後。150階、上があるんだろう?」
グリーン・ドレスは監視カメラに向かって訊ねた。
<さてと。よく来てくれたな。礼を言うぜ、本当に二人で来たんだな>
メテオラの声だった。
「貴方も降りてこいよ。しかし、このビルは本当に悪趣味だな」
<俺もそう思う。あのマジックミラーのエレベーターについてはなっ! 前のボスだったザルモンドのカスに言えよ! 六、七年くらい前に、俺がぶっ殺したけどな!>
メテオラも心底、嫌そうな顔をしていた。
グリーン・ドレスとシンディの二人はビロードの道を歩いていく。
ビロードには薔薇の模様が彫られていた。
薔薇の道。薔薇の下には茨が描かれている。所々に、人間の骸骨のような絵が描かれていた。
絢爛な世界の下には、刃があり、刃によって多くの人間が死んでいるという風刺か……あるいは自嘲なのか。
グリーン・ドレスは通路の先にあった扉を開けた。
扉の向こうには、メテオラが椅子に座っていた。
「一応、言っておくけれども。俺の実体は350階にある。だけど、この二百階は特別なんだ。見れば分かるだろ?」
メテオラは言う。彼の肉体は透き通っていた。彼は彼の能力で、思念体のようなものを此処に飛ばしているのか、あるいは…………。
この部屋には大量の椅子があった。
全部で、十三。メテオラのを含めて十四といった処か。
最初、それらの椅子には誰も座っていないように見えたが、気配のようなものを感じた。次第に気配は実体を伴ったものと化していく。
突然、部屋全体から啜り泣き声と、恨みの声が響き渡っていく。
大きな顔のようなものが、壁を這っていく。
「見ての通り、ってか、見てもよく分からねぇか。こいつら、全員、元アルレッキーノのボスだよ。アルレッキーノは、その世代のボスを殺したものがボスの座に“座らされる”。俺は六年くらい前に、ガキの頃、あの青白い顔の男…………」
メテオラは部屋の隅にある椅子を指差す。
そこには、青白い顔をして顎鬚を生やしたスーツの男がニタニタと笑みを浮かべていた。
「あそこにいる。ザルモンドっていう男をぶっ殺したから、俺がアルレッキーノのボスになる事になった。俺は、元々はストリートによくいる、ただの少年ギャング団のメンバーでしかなかったんだけどな。俺の異能が強すぎたんだな」
メテオラは苦々しい顔をしていた。
「つまり、この人達は、死んでもなお、権力の座にしがみ付きたがっている人達って事?」
シンディは訊ねる。
「そういう事だろ。俺が死んだら、俺も加わるんだろ。こいつら、引きずり込むんだよ、後続をな。だから、アルレッキーノのボスなんてものは、みなやりたがらねぇ。大体、ナンバー2や、幹部止まりで利益を啜りたがる。その辺りが安全だからな。ホント、人間のクズの集まりだぜ、俺の組織はな」
メテオラは唾を吐き捨てた。
「グリーン・ドレス。頼むぜ。こいつらを消してくれねぇか? 俺は何度も自分の能力でやってみた。だが、消えねぇ。レスターに頼んでも駄目だった。残月でも無理だった。ムルドなら、一人くらいは閉じ込められただろうが。こう、何名もいるとな」
メテオラは大きく溜め息を吐く。
「ふん。テメェのケツ拭きに来てやったら、これかよ?」
グリーン・ドレスは、右手から小さな炎の渦を生み始めていた。
「慈善事業になるぜ。こいつらが消えれば、アルレッキーノがだいぶ、浄化される。死んでもなお、生きている連中から金をむしり取ってやろうってクズが減るんだぜっ」
「そうか。慈善事業だな」
グリーン・ドレスは、バスケット・ボール程度の炎の球を生み出していた。
「じゃあな。俺は350階で待っている。そこで、落ち合おうぜ」
そう言うと、メテオラは姿を消した。
後には、何名もの半透明の男達がグリーン・ドレスとシンディの二人を取り囲んでいた。幽霊だ。幽霊達は、各々、玉座に座りながらそれにしがみつくかのごとく、二人を嫌悪の眼で睨んでいた。
服装は上等なスーツなどを着込んでいたりして、マフィアのそれだった。年齢や人種などは様々だ。高級な腕時計や宝石などを身に付けている。彼らは手に手に銃火器などを持っている。十名以上はいる……。十三名か?
シンディが撃たれる。蝶の群れを生み出して防御したみたいだったが、霊体は生きている者にダメージを与えられるみたいだった。
気付くと、椅子が増えている。
最初は十三人だと思っていたが、歴代のアルレッキーノのボスは、もっと多いのかもしれない。あるいは、アルレッキーノという組織が出来る前から連綿と続いていた賭博利権に縋り付く亡者達の王の群れなのか…………。
いずれにせよ、現世に留まり続けて、今もなお何らかの形でアルレッキーノという組織の利権を貪り続けたい。欲望の渦が彼らの瞳には宿っていた。
「どうします? ドレスさん?」
「決まっているだろ? 全員、燃やすっ!」
そう言うと、グリーン・ドレスは、炎の球を部屋の中心部へと放り投げた。
部屋全体が真っ赤に染まった。




