レスターの過去編 『ダークレッド・ヴァルキュリア』 1
1
……メリュジーヌにて、ポロックと戦う直前のやり取りだった。
†
「メリュジーヌ中で、血と硝煙の臭いが始まったな。それにしても、何年前になるかな。お前がコミッションに入ったのは」
いつものようにどっしりとソファーに座り、児童ポルノを作っていたポロックの作り出したペドファイル用のAVを見ながら、ムルド・ヴァンスは傍らのゴスロリ服を身に纏い直立不動で佇むレスターに訊ねた。
二人はいつも通りの装いだ。
ムルドは眉、鼻、舌唇と、顔面ピアスに顎鬚、洒落たスーツ。
レスターな男でありながら、優雅なゴシック・ドレス。
ムルドは巨大マフィア組織のボスの一人であり、レスターは最強の暗殺者だ。
映像の中では八歳くらいの男児が、何度も何度も、ケツの穴を大の男に犯されている。ムルドはそれをまじまじと眺めていた。
「確か七年くらい前、じゃないですか?」
「もう、そんなになるのか。若い頃のお前は、今よりも、強く、そして美しかったな」
それを言われて、レスターは少し不機嫌そうな顔になる。
「今は?」
「……いや、今も若くて、強く、そして美しいぞ」
「なら、よろしいです」
レスターは満面の笑顔になる。
2
七年前の事だ。
ムルド・ヴァンスは当時、前アルレッキーノのボスであるザルモンドと、医療用チューブに繋がれて寝台から起き上がれないマイヤーレのエスコバーレと一緒に、利権に関して話し合っていた頃の事だ。
既に六大利権に関しては話が進められており、当時から、異形として気味悪がられていた少女の姿をした化け物ポロックや、パソコン一台で多大な利権を得られるケイトは七大利権の一つとして君臨していた。
ムルドはまだ三十代の若造。
それなのに、銃火器という危険なものの利権をコミッション内で担っていた。実質的に多国籍企業の死の商人達と違って、ムルドの組織の身入りは悪い。多数の会社の社長でもあるケイトの方が他国の武器商人達と取り引きを進めている為に、金は捨てる程あっただろう。
エスコバーレはMD全般において、性産業を担っていたが、売春婦達が金をくすねたり、逃亡したりする事が多いとよく愚痴っていた。ザルモンドはカジノは安泰だ、警察共もオフの時は遊びに来ると会議の時にも酒を飲んでいた。
「ドラッグのトップがまた殺された。ハイになって、キマっている部下がいて、そいつに後ろから散弾銃で撃たれたんだとよ」
ザルモンドは両脚をテーブルの上に置くと、ゲラゲラと笑っていた。
「俺達、ヤクザの世界では下剋上が年中行事だ。ザル。テメェも、部下から寝首かかれねーようにしろよ」
「ひゃははははっ。はあっ、そのな、俺が死ぬ時、つーのは。多分、あれだ。路上だぜ。ベッドの上で腹上死ってーのも悪くねーが、路上だ。きっと、少年ギャング団に撃ち殺される」
そう言って、ザルモンドは指先を銃器に見立てて、自身の額を打つ前をする。
「ところでよ、ところで、ヴァンスちゃんよおぉー。お前、女、沢山欲しいんだって?」
「欲しいな。正直、飢えている」
「ならよおぉー。借金のカタに身体売るって奴ら、沢山いんだよー。そいつら俺から買わねぇー? 言い値でいいからよおぉー」
「いいぜ。沢山、サービスして貰う」
そう言って、ムルドは下唇のピアスを弄り、葉巻に火を点ける。
妙にザルモンドは周りを見下している。
彼はケイト以外のみなから反感を買いつつあった。
「ドラッグのトップを新しく決めなきゃあならねえな」
ムルド・ヴァンスはエスコバーレの眼を見る。
「わしに決めさせるな。武器屋、面倒事はお前のような若造が決めろ」
そう言うと、老人は咳を吐く。
老い先短いんじゃないのか……?
誰もが、エスコバーレの、そしてマイヤーレの将来を案じていたが口に出す者はいなかった。
「『ハイドラ』という薬物のバイヤーをしている組織が最近、台頭してきているらしい。本来なら、ドラッグは六大利権の一つだ。利権を脅かす連中は潰して、脅迫しておかなけりゃあ、ならない。だが、極めて有能な人間を組織の六大利権のトップにそえて置かなければ、いずれ、このバランス関係は崩れる事になる。
「『ハイドラ』という組織のボス。残月という女かあ。見た処、三十代後半くらい……俺と同程度の年齢だろうがな。いずれ、接触を考えるとしよう」
「超能力者だと見ているじゃろう? ムルド」
「ああ。間違いなくそうだろうな」
ムルド・ヴァンスは周りから舐められている半面、賞賛と期待もされていた。なので、ムルドの言葉には、他のマフィアのトップ、幹部連中が動く。
「そう言えば、ザルモンド、お前、女、沢山、こちらに回せよ?」
「ああ。安値でいい。買い取ってくれ。お前なら借金くらい返せるだろ?」
「まあな」
ムルドは煙草の火を消した。
†
ムルド・ヴァンスはバイセクシャルだった。
つまり、男とも女とも性交渉が出来る男だった。
彼は半生において、色々な男と経験したし、色々な女と経験を重ねた。そして、気付いた事は、自分の性的欲求の完成系はニューハーフである事に気付いた。
全身に整形を施され、男というパーツを削ぎ落されていく“彼女達”。
そして、彼が何よりも好むのは、その中で異物として輝く股間に残っている男のブツだった。それを口に入れたり、尻に入れたりするのが極上の味だった。
ムルドの私室には、いつも彼の情婦であるニューハーフ達が彼をもてなしている。大体が、借金のカタで此処に売られてきた者達ばかりだったが、ムルドは彼女達に出来る限りよくしてやった。
ムルドはファイル帳を開く。
大体は中小マフィアのボスやその構成員などが載っているファイルだ。
その中に、一際、彼の眼を引く女がいた。年齢は21歳。
それがレスターだった。
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最初、接触した時、レスターは髪の毛を真っ黒にして腰元まで伸ばしていた。
彼いわく、真っ白なお姫様を意識したと言われる純白のロリータ・ドレスを身に纏っていた。
二人は喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
「煙草は我慢出来ますが、ドラッグは混ざってませんよね?」
「心配するな。上物の葉巻だ」
レスターはコーヒーに口を付ける。
「コーヒーを出して貰って申し訳ありませんが。今はハーブ・ティーを飲みたい。クランベリー味の砂糖がたっぷりの奴がいいですね」
「なら、それの金も出してやる。注文しろ」
言われて、レスターはメニュー票を見ると、クランベリーとココナッツ・ケーキを店員に注文する。
「処でレスター。君は暗殺ギルドに入ったなあ。仕事は上々、美しき女装の刃と呼ばれているとか?」
「二つ名には興味ありません。私は私ですので」
美麗の男はカップを置く。
「単刀直入に言うぞ。お前、俺の下で働いてみないか? 待遇は最高のものを用意してやる」
店員からハーブ・ティーとケーキが運ばれてくる。
レスターはハーブ・ティーを半分くらいまで口にして、カップを置く。
「お断りします。ムルド・ヴァンス様。貴方は、その、ゲイでしょう? 残念ですが、私は殿方の夜のお相手をする為に、この仕事をしているわけでも、この格好をしているわけでもありませんよ」
ムルドは大きく溜め息を吐く。
「見破られていたか」
「ええ。そういう目線で見られるのに慣れてますから。それに、私は女の人が好きなんです。恋人だっている。ですが……、…………」
ムルドは、レスターの話に興味を持った。
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