第四十一夜 魔窟への突入。 1
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ミニバンの車を運転したのはレスターだった。
シンディと、メテオラと、グリーン・ドレス、ウォーター・ハウスは運転免許証も無ければ、当然、車の運転などという事が出来ない。
「何故、貴方達はマトモで常識的な事が出来ないのですか」
レスターは唇を震わせていた。
「ですよね……。僕、散々、こき使われましたもの……」
そうラトゥーラが返す。
もう一人、車を運転が出来る人間であるヴァシーレは、傷が深かった為にウォーター・ハウスから治療は受けたものの、失った体力の回復の為に、ポカリスエットなどを飲んで栄養を補給していた。
ムルド・ヴァンスと別れ、ウォーター・ハウス達と合流してから、二時間程経過した頃だろうか。TV局に辿り着くにつれて、暴風や稲光、そして雪のようなものが激しくなっていく。極めて異常気象だ。
「これは……ガローム・ボイスの能力ですね」
「ああ。そうだな」
ウォーター・ハウスは後部座席で大欠伸をしながら、答えた。
「ヴァシーレ。確かに貴方が始末したんですよね?」
「…………、ああ、確かだぜ。心臓を正確に突き刺した。……似たような能力者って事は無いのか?」
「情報にはありません」
レスターはTV局に辿り着く。
その建造物は、霜の要塞と化していた。
稲妻が建物の壁を電流の走る有刺鉄線のように光り輝いている。更には、異様なまでの大型台風と小型竜巻が建物の外壁の辺りを守っていた。
「俺が行く。この俺にはあんな防御壁なんざ、紙みてぇなもんだからな」
メテオラが未だ走行していた、車を降りる。
メテオラは何も無い地面に浮いていた。まるで、そこに透明なガラスがあるかのように、彼は佇んでいる。
「私も行ってやろうか? 私にも、あんなの関係ねぇえ」
グリーン・ドレスが言う。
遠回しにメテオラを挑発しているような口調だった。お前一人では心許無いだろ、と。だが、メテオラは特に気分を害さない。レスターは神妙な顔をしていた。
「いえ。敵側には、アルレッキーノのコルトラがいる。メテオラの“面子”に掛けて、此処は彼を真っ先に行かせて欲しい」
そう言って、レスターは車を止めた。
ムルド・ヴァンスの姿が何処にも見当たらない……。
彼は、既に中に突入してしまっているのか。……あるいは…………。
†
空間を自在に変形、操作出来るメテオラが、TV局内部に侵入する事になった。
他のメンバーも……、決して油断慢心しないレスターでさえ、メテオラを一人で行かせる事になった。……もっとも、この件に関してアルレッキーノのメンバーであるコルトラが絡んでいるとなれば、面子を立てる、という事でも、メテオラを最優先するべきだったのだが。
……ウォーター・ハウス、言っていたなあ……。マフィア同士の“面子”ってのは、ダセェーってな、死んだエスコバーレやポロック。それから、ケイトにムルドの奴もそいつには、強くこだわってやがるよなあぁ。残月もだな……。
正直な処、メテオラにはマフィアのボスとしての“面子”というものが分からない。だからこそ、なりふり構わず伸し上がったヴァシーレともウマが合うのかもしれない。レスターから聞いた話だと、ヴァシーレは殺し屋としての矜持が無く、よく裏切り癖があるらしいのだが……。
「面子か……。俺がアルレッキーノのボスの座に就く前から勝手にいて、勝手に好き放題していたらしいなぁ。あの警視総監殿はよおぉっ!」
彼は通路の中を歩いていた。
その気になれば、ポロックの位置をこの建物の内部で把握する事が出来る。本来ならば、メテオラの絶大なまでの能力ならば、敵でさえ無いと思われていた女だ。だが……彼女は自信たっぷりに、この都市を壊滅させている。ムルド・ヴァンスの逆鱗に触れる筈なのに……、そして、コミッション全体に宣戦布告している筈なのに……。
メテオラはおもむろに、通路の途中を歩いていく。
……何か、罠を仕掛けられていないか慎重に……。そして、後続が後に続きやすいように。
通路の途中だった。
牛のような仮面を被っている大男が現れた。
牛のような仮面と評したが、巨大な角と禍々しい形状を見るからに、何処かバフォメット像の頭部のようにも見える。
巨大な鉈を手にしている男だった。
確かヴァンベルドと言ったか。
コルトラのお気に入りの部下だった事は耳にしている。
この国の警視総監であるコルトラにはマフィアとしての裏の顔があり、警察組織には秘密裏に凶悪犯罪者の中から彼個人の軍隊を作っているのだと。おそらく、ヴァシーレが倒した相手は、コルトラの部下の一人だろう。
メテオラは何も構える事無く、悠然と、眼の前にいる男に告げた。
「退けよ。十秒待つ。バラバラに解体されたり、体内に大量のナイフを埋められたくないだろぉ?」
眼の前の巨漢、ヴァンベルドは大鉈を振り翳した。
メテオラは、この男を始末する事に決めた。
それは、数秒後の事だった。
メテオラは予期せぬダメージを受けていた。
メテオラは地面に這いつくばっている。
口からは吐血していた。
どうやら、内臓を酷く損傷したみたいだった。
外傷らしきものは、無い。
……今、何をされた!?
侮っていた…………。
コルトラがメテオラを始末して、より良くアルレッキーノの利潤を得たいのは薄々感じていた。なので、からめ手を間違いなく使ってくる筈だった。すなわち、メテオラの能力の概要を知った上での専門の処刑人を……。
ヴァンベルド。
こいつは、メテオラ専門の能力者である可能性が高い。
メテオラの空間操作とその途方もないまでの理不尽な威力に対応出来るだけの人材をコルトラは必ず育成している筈だった。……このメリュジーヌ都市壊滅はコミッションの始末を計画している。ならば、当然、コミッションの各組織のボス達の能力に対応した能力者を精鋭として集めてきている筈だった。
まさか、この自分が負ける……?
半ば、信じがたい事だった。
仮にも、自分はコミッションのメンバーだ。巨大マフィア組織のボスだ。だが……、このヴァンベルドという男……。強い……。コルトラはこれ程までに強いメンバーを組織内に入れていたのか……。
次の瞬間だった。
メテオラは背後に跳躍する。
そして、そのまま、くるり、と、空間を入れて、異空間へと逃げる。
先ほどまで、メテオラが立っていた場所は、地面が大きくめくれ上がっていた。
……分かった、こいつの能力は……。
牛頭はメテオラの存在を探っていた。
コルトラに、自身の能力の全貌はバレている。なら、自分を始末出来る能力者を探すなり、育てるなりしていたに違いない。つまり、この敵は自分と相性が最悪なのだろう。
辺り一帯の壁や地面が猛烈な勢いで崩壊していく。
更に言うならば、その攻撃はメテオラが隠れている異空間にまで、伸びていく。
……衝撃派、振動弾を周囲一帯に送り込む事が出来るんだな、畜生が。俺の攻撃は命中するのか?
メテオラの即座に判断を下した。
懐から、トランプの一枚を取り出して、異空間を伝って、外へと放り投げた。
これは、仲間達への合図である。
†
「メテオラが苦戦している。だが、彼の事ですから、足止めくらいは出来ているでしょうね」
レスターはビルの壁の中から出現した一枚のトランプを見て、車を降りた。
「正面切って突入しましょう。ウォーター・ハウス、グリーン・ドレス、来てくれますか?」
レスターはかつて相対した敵二人に訊ねた。
「ああ。行くぜ」
「当然でしょ?」
二人は車から降りる。
ウォーター・ハウスは首をこきり、こきり、と鳴らしていた。
グリーン・ドレスは早くも、全身から熱を帯び始めていた。
「あの……、僕達は…………」
ラトゥーラは呟く。
「貴方達二人は車で待機していて下さい。おそらく、このTV局内にいる敵は貴方達が戦力になるような相手じゃない」
レスターは辛辣に告げた。
「俺はどうすればいい?」
ヴァシーレは訊ねる。
「ヴァシーは、ラトゥーラとシンディの二人を護衛。外に逃げた敵を追撃。私達の目的はポロックの始末。及び、この騒動の黒幕を探り当てる事。車での待機要員は必要ですよ」
「そうか、重要な任務だな。良かったな、ラトゥーラ。テメェ、足手纏いなんじゃねぇってよ」
ヴァシーレは車の後部座席でほくそ笑む。
ラトゥーラは少し、むっとしたが、すぐに納得する。
ポロックの生体兵器相手に、自分は居竦む事しか出来なかった。何とか、倒す事が出来たが、ポロックは一体、どんな手段で、こちらの心を削ってくるか分からない。
……打倒な配置、と言えた。
「じゃあな。ラトゥーラ、シンディ。それから、ヴァシーレ。ちゃんとお留守番してるんだぞ」
ウォーター・ハウスが茶化すように言う。
「グリーン・ドレスさん、この戦いが終わったら、一緒にパフェ屋に行きましょう!」
これまで黙っていたシンディがそう告げた。
言われたグリーン・ドレスははにかむ。
「一緒に可愛い恰好をしてか?」
「それいいですね!」
女二人は笑い合った。
レスターは神妙な顔で、ビルの入り口に立つ。
そして、周辺を伺う。
「何者かが戦った痕跡がある。硝煙の臭いが漂い、薬莢が転がっている。マグナムの薬莢…………、おそらく、ムルド・ヴァンスの持ち物。彼は此処で何者かと戦って、今は此処にいない……」
レスターは慎重な顔をしていた。
そして、おもむろに、ビルの扉へと近付く。
自動ドアになっているのだが、中が真っ暗闇だった。
レスターは自動ドアを開けて、建物の内部へと入っていく。
そして、後続の暴君と炎の天使に手を振った。入ってこい、という合図だ。
三名はビルの中へと突入する。
まず見えたのは、エレベーターだった。
レスターはエレベーターに近付く。
「二階から破壊音が聞こえる。メテオラが敵と戦闘中でしょうね」
レスターは天井を見上げていた。
「停止している。階段から上がりますか」
「階段内にトラップが張り巡らされているかもな。エレベーター内をブチ破って、上へと向かうってのはどうだ?」
暴君は提案する。
「良い案ですね。それで行きましょうか。おそらく、ポロックは最上階にいる」
そう言うと、レスターはエレベーターのドアを手にしていた槍で切り刻んでいく。
中からは、天井の見えない空間が広がっていた。何本かの太いワイヤーが上へと伸びている。
「では、こちらから上に行きますか?」
レスターは暴君に訊ねた。
グリーン・ドレスは一階のホールをくまなく調べていた。
「おい。地下に誰かいるぜ。複数いる。体温察知で分かる。どうする?」
ドレスの言葉を聞いて、レスターは数秒考えてから答えを出した。
「後ほど、伺いましょう。まずはポロックと対面しなければ。彼女の性格上、ビルの頂上で私達を待っているでしょうね」
「そうか。失礼したな」
「いえ。ありがたい」
そう言うと、レスターは空洞になっているエレベーターの中へと入ると、壁を蹴りながら最上階へと昇っていった。
ウォーター・ハウスは溜め息を吐く。
「ドレス。炎の翼を出して、この俺を乗っけてくれないか?」
「……、あのカマ野郎、ほんと仕切りまくって勝手だよな」
そう言うと、グリーン・ドレスはウォーター・ハウスを背負い、両腕を炎の翼に変えて羽ばたかせていく。そして、エレベーターの中へと突入した。
†
牛頭は、メテオラを探し続けていた。
合図を送った為に、おそらくはレスター達が既にビル内へと突入している頃だろう。
辺り一面に振動波が送られていく。
戦っているのは、ビルの二階。壁という壁が、粉々に崩れ去っていった。
射程距離はかなり長い。そして、メテオラの空間を操作する、という攻撃にも対応してきている。
……化け物だろ。コミッションの他の連中も勝てねぇんじゃねぇのか? コルトラの野郎、何て能力者を見つけてきやがるんだ……。
メテオラは敵の四方八方から、大量のナイフを投げ付けた。
だが、全ては牛頭に到達する前に、粉微塵に分解されていく。……攻撃がまるで届かない。地面や壁は亀裂が走っていく。
……なら。
メテオラは、敵のいる周辺の空間を弄る。めりめりっ、と、見事に地盤沈下が起こっていく。ヴァンベルドは跳躍して、メテオラが空間操作によって破壊した地面から離れる。メテオラは追撃として、ヴァンベルドの飛んだ辺りの空間をバラバラに解体しようとするが、瞬く間に、身体をひねられて攻撃を避けられてしまう。
どちらも、相手に一撃入れる事が出来ない。
メテオラは少しずつ焦り始めていた。
いや。
この敵は、メテオラの動きを封じる為にいるのだ。
おそらくは、メテオラが最初に乗り込んでくるであろう事を考えて。
「…………、なら、俺はこいつを封じるしかねぇじゃねぇか。他の連中の処に行かせない為になっ!」
二人の猛攻は続いていた。
建物全体が破壊され、粉微塵に削り取られていく…………。




