第四十夜 ムルド・ヴァンスVSポロック
1
生体兵器達の群れから、かなり距離を離す事が出来た。
レスターとムルド・ヴァンスの二人は、ビルの一角にある人影を発見した。
この街の警視総監であり、アルレッキーノのNO2である五十代の男、コルトラ。
でっぷりと太った体躯は、辺りを小賢しそうな眼で眺めていた。
「どうしますか? ムルド?」
「ああ」
二人は互いに頷く。
「わざと俺達に発見されるように、見晴らしのよい場所にいやがる。今回の件に間違いなく絡んでいるだろうな。レスター、どうだ? 此処からお前の能力で奴の首は斬れるか?」
「ギリギリ、射程距離の外ですね。……計算しているのでしょう」
「だろうな。誘ってやがる。奴は俺達の行動を逐一把握してやがるみたいだな」
二人は妙な事に気付いた。
そして、コルトラの傍らに佇む彼の用心棒である巨躯の怪人である、アーノルドゥ・ヴァンベルド。
身長が190センチはある、牛のような鉄の仮面を被っている大男だ。彼はコルトラの『特殊部隊』に所属しており、あの警視総監の右腕だと裏社会では言われている。……大量殺人鬼ヴァンベルド……、コルトラは凶悪犯罪者を手駒にしているとその筋の世界では有名な話だった。
もう一つ気になるのは、コルトラの背後には、何処かで見た事があるような人間が佇んでいた。
顔は山犬のマスクを被っているが、髪型と体躯は何処かで見た事がある。……マフィアだろうか。痩せ型の男だ。後頭部からはねた栗色の髪の毛が伸びている。その男は、独特の雰囲気を醸し出していた。どうしても、何処かで見た事があるような気がするのだが、二人共、思い出せそうにない……。
「レスター。お前はウォーター・ハウスの処に迎え。俺は一人で行く」
そう言うと、ムルド・ヴァンスは立ち止まった。
「何か目論見があるのですね。向こうはおそらく、我々を誘っている。貴方は更にその虚を付いて、一人で向かうおつもりですが……」
「俺一人で行かせろ」
ムルド・ヴァンスは珍しく、強く言い放つ。
「分かりました…………、けれども、決して深入りはせずに……」
レスターはそう言うと、そのままウォーター・ハウス達との待ち合わせ場所へと向かった。
ムルド・ヴァンスは煙草に火を点けて歩き始める。
「俺の街を……、よくもこの俺の街を連中、好き勝手に汚しやがったな…………」
ムルドにとっては、面子があった。
此処は彼の縄張りであり、そして故郷でもあった。
そのメリュジーヌが、その首都近辺が、大量破壊兵器によって蹂躙され続けて、住民達が皆殺しにされている。……巨大マフィア組織のボスとして、そして、この街を、この国を愛する一国の愛国者として、ムルドにとって、此処が踏み躙られ続けるのは何物にも耐え難い事だった。
コルトラは仮面を付けた二人の用心棒と一緒にヘリに乗った。
そして、まるで、ムルドを誘っているように……いや、明らかに誘いながら、ヘリを進ませている。コルトラの行く先に『オルガン』のポロックが、そして、この騒動を計画しているより強大な何者かがいるのだろう。
ムルド・ヴァンスは煙草の吸殻を地面へと放り投げる。
決して、これ以上、この街を汚させはしない。
2
「暴君ウォーター・ハウスの一味。それから、メテオラにヴァシーレは、遅れて、此処に到着するだろうな」
そう言いながら、ムルド・ヴァンスはこの街のTV局の前に佇んでいた。
入口の階段には、ポロックが鎮座しており、武器商人マフィアの親玉を見つけてニタニタと笑っていた。
両者の間で、刹那、煮え滾るような殺意が沸き上がり、それが一瞬にして沈下する。
先に微笑を浮かべたのは、ポロックの方だった。
「地下に残月がいる。あの女装のカマ野郎のガキはどうした?」
「レスターの事か? ウォーター・ハウス達の下に向かわせた。お前と二人で話がしたくてな」
ムルド・ヴァンスはガチャガチャとスマートフォンを弄っていた。
「おい。連中に詳細を教えているのか? だがなぁ、既にラトゥーラのクソガキにあたしの居場所は教えている。意味なんてねぇぜ」
「FXをやっている。今の時間にやっておかないと、金を損するんでな」
「…………、止めちまえ。あたしも舐められたもんだなぁ。敵の前でギャンブルとは上等な精神じゃあねぇえかあぁ? おいっ! 髭面のチキン野郎がっ!」
ポロックは吠えた。
「今、終わった。待たせたな」
そう言って、ムルドはスマートフォンをポケットに仕舞う。
そしておもむろに、マグナム銃を取り出して、ポロックの眉間に向けた。
「おい。化け物。貴様のバックには誰がいる? 吐いて貰おうか?」
ポロックは腹を抑えて、ゲラゲラと笑った。この女は何が可笑しいのか、ただただ、笑い続けている。いつだってそうだった。そう言えば、悲しんだり、怒り出したり、憎んだり、あるいは恐怖したりといった表情をムルドはこの女から見た事が無いような気がする。いつだって。他人を見て嘲り笑っている。一体、何がそんなにおかしいのか……。
ムルドは思わず、マグナムの引き金を引いていた。
ポロックの額に命中する。
…………、何らかの超能力の類だろう。弾丸は途中で削り飛ばされて、空中に雲散霧消した。
「あんたの能力である『ジベット』の鉄の篭を出せよ、ムルド・ヴァンスちゃんよおぉっ」
ポロックは極めて挑発的に告げる。
「なあ、前から聞きたかったんだがよおぉ、ポロック。貴様は一体、何がおかしい? 何故、周りの連中を見ていて笑い続けている?」
「ああ? そりゃあな、あたしは森羅万象の全てがクソに思えるからだよ」
少しだけ、ポロックは笑いを止めた。
ムルド・ヴァンスは、人間一人を閉じ込められる巨大な鉄の鳥篭を出現させる。『ジベット』。それが彼の能力だった。鳥篭の蓋は開かれて、ポロックへと襲い掛かる。
「『ハートレス・アンデッド』ッ! 俺は貴様を始末するっ!」
ジベットの鳥篭が、ポロックを襲う。
ポロックは飛び跳ねて、その攻撃をかわした。
いつの間にか、鳥篭は二つに増えていた。
挟み撃ちで、ポロックを捕縛する形になる。
ポロックはなおも、ムルド・ヴァンスの攻撃から逃げ回っていた。
「ひひゃはははっははっははっ! このポロ様には、そんな攻撃は当たらねぇよおぉっ!」
「さて、どうかな?」
鳥篭は四つに増えていた。
更に、幾つかの小さな鳥篭を、ムルドは生み出していく。この攻撃によって、以前、ウォーター・ハウスの腹を奪った事がある。そして、それはそのままだ。
ポロックの手でも、足でも、奪う事が出来れば、これでムルド・ヴァンスの優位性は保つ事が出来るのだ。……実際、気のせいか、ポロックの顔から、皮肉的な笑顔の裏に、少しだけ焦りが見えたような気がした。
だが……。
ポロックは、ムルドの攻撃から逃げ惑う中、何かを隠し持っているみたいだった。
更に言えば、ムルドにはポロックの能力は分からない。
そもそも、ポロックは、ムルドの『ジベット』の能力の概要を知っていた。元から不利な戦いではあったのだ……。
「コルトラ。出て来いよっ! まだ、あたしを裏切ってねーっつのならなあっ! あんたの兵隊をこのあたしに寄こしやがれっ!」
雪が降り注いでいく。
稲光が空に輝いていた。
何者かが、地面へと落下して着地する。
「お前は…………」
ムルドは言葉を失った。
情報によれば、確かに死亡した筈だ。
少し童顔のような顔立ちの中肉中背の男。身体付き自体はよく見るような体格だ。
確か、先ほど、コルトラの隣にいて、犬の仮面を被っていた。
そう言えば、髪の毛だ。特徴的な癖の付いた髪の毛。おそらくは、レスターも同じように、その髪の毛の癖のようなものを見て、既視感を覚えたのだろう。
ガローム・ボイスだった。
このメリュジーヌの街で、ヴァシーレに刺し殺されたと聞かされていたのだが……。
伝説の猟奇殺人鬼。美しき湖畔の街の殺人鬼と呼ばれた男。
顔は土気色をしていた。
明らかに死人だ。
ムルド・ヴァンスは即座に理解する。
ポロックは何らかの手段で、この眼の前の男を蘇らせたのだ。おそらくは、ポロックの能力と言えるものだろう。そして、死体を回収したのはコルトラ……。
ポロックは嘲笑っていた。いつも通りに。
彼女は嘲り笑いながら、高笑いを延々と続けながら、TV局の建物の中へと逃げていく。ムルド・ヴァンスは突然の新たな敵の登場により、判断を誤ってしまった。ポロックに追撃を掛けていれば…………、いや……。
蘇ったメリュジーヌの猟奇殺人鬼、ガローム・ボイス。
天候を操る能力者……。
冷気がムルド・ヴァンスの全身を覆う。
稲光が周辺に飛び散っていく。
未だジベットの鉄の鳥篭は出現させたままだ。
自身の能力で、眼の前の敵を退けるまでだ。
3
「マフィアの面子ってのは面倒臭いものだな」
レスターが到着して詳細を聞くと、一人でTV局に乗り込んでいった話を聞いて、ウォーター・ハウスは少しだけ呆れたような声を出す。
暴君はどうやら、ポロックの生体兵器を交戦していたラトゥーラの治療を終えた後みたいだった。
「そうですね。それに、このメリュジーヌの街はムルドの故郷ですから。私だって、故郷や大切な人間を踏み躙られれば黙ってはいられません」
「フン。俺の面子も考えて欲しいものだな」
そう言うと、ウォーター・ハウスはレスターに向かって人差し指を向ける。
「俺の腹を未だムルド・ヴァンスは持っていやがる。さっさと返して欲しいものだ」
「そうですね。もはや、我々の間に、わだかまりは無い筈です、が……」
レスターは気付いている。
ウォーター・ハウスとムルド・ヴァンスは、いずれ再びケリを付けなければならない時が来る事を。ウォーター・ハウスの今や空洞と化している、殺人ウイルスの蔓延という強大な超能力を媒介させる腹を本人に返して、それで円満に話が解決する、という話にはならないだろう。ウォーター・ハウスは強く侮辱されている、と、ムルド・ヴァンスに対して思っている筈だ。そもそも、今回の共闘の件でも、腹を返さないまま、共闘を申し込んだ形になっている。
レスターの考えている事をどうやら暴君は理解しているみたいだった。
「俺の身体の一部。奪われた腹を返す条件で奴を助けに行ってやってもいいぞ?」
「流石に、それは貴方と彼の問題ですからね。私が決める事は出来ませんが……」
「奪い返してやるよ。ムルド・ヴァンスからな。じゃあ、レスター、案内しろ。この街のTV局は何処にある?」
「スマートフォンの地図検索機能で出てきますよ……。でも、共に行きましょう。目的は違えどね?」
レスターとウォーター・ハウスは此処に集まってきている者達を見回す。
グリーン・ドレス、ラトゥーラ、シンディ。
メテオラ、ヴァシーレ。
少なくとも、この面子は、この街を“守りたい”といった感覚は共有しているみたいだった。それが様々な理由からだろう。グリーン・ドレスはムカ付く奴に好き勝手にされるのが気に入らないから、ラトゥーラはポロックの生命の冒涜行為が赦せないから、シンディもこの街の惨状に心を痛めているから、メテオラはコミッションに対する厚意の為。ヴァシーレは自身の損得勘定を考えているだろうが……。目的は違えど、今だけは、みな、共通の目的を共にする仲間だ。
レスターはウォーター・ハウスの拳を握り締める。
握手。
「改めて、ファハンではお世話になりましたね」
「テメェの顔は二度と見たくねぇと思っていたんだがな。ホント、よくあの崖から生還しやがってな」
「では、一緒に行きましょう。かの魔城へ」
「ああ。全てはテメェらコミッションの思い通りに動かされている気もしなくはないがな」
「暴君。貴方は自分で思っているよりも、ずっと良き人間ですよ。私達、コミッションのマフィアや殺し屋なんかよりも遥かに」
「じゃあ、行くか。この惨劇を生み出してくれた、面白い奴のツラを拝みにな」
そう言うと、レスターとウォーター・ハウスの二人を先頭にして、残りの者達も続いて、ポロックと、彼女と利害が共通している者達が巣食う魔城へと向かうのだった。
 




