第三十七夜 オルガンのポロック、吹雪の下に。 3
ウォーター・ハウスはベンチに腰掛けて、のんびりとくつろいでいた。
まるで、先ほど敵から襲撃されたという事を意に介していないかのようだった。
彼は他の三名に、此処から動かないように言っている。
グリーン・ドレスは何だか不貞腐れたような顔をしていた。
シンディは自身の能力を使って、やってくる敵の攻撃を探知し続けている。
少しずつ、雪が降り積もっている。
遠くの方では、明らかに吹雪になっている。小さな竜巻のようなものも見える。空には稲光も走っていた。
妙な感じがする。
一同はそう思いながらも、此処に来るであろう他の者達の到着を待っていた。
ラトゥーラの方は、せわしなく辺りを見渡していた。
その途中、彼はある異変に気付いた。
公園の方だろうか。
森の辺りだ。
何か、ウサギのような生き物が飛び跳ねていた。
「何か生き物がいます。姉さん、ドレスさん」
ラトゥーラは女二人の下に向かおうとする。
彼は背後で、何か気配を感じた。
ウサギのような生き物がラトゥーラの背後にいた。
バリバリ、とその生き物の背中は裂けて、変形していく。
巨大な肋骨のようなものが、ラトゥーラをつかみ取った。彼は自身の能力を出して、対抗しようとするが、あっという間に、全身をつかみ取られて、別の場所へと連れて行かれる。
仲間達に救援の声を上げようとしたが、腕のようなものに掴まれて、声が出せなくなる。ラトゥーラは、そのまま、森の奥へと引きずられていく。
「おい。ラトゥーラの奴、小便か?」
グリーン・ドレスが、呑気な声で話していた。
「私の能力では、この辺りに敵からの悪意や敵意を発見出来ません。……でも、もう一度、念入りに調べます」
そう言いながら、シンディは蝶を飛ばし続けていた。
ラトゥーラは必死で叫び声を上げようとしたが、森の中に開けられた大きな穴の中に引きずり込まれていった。
†
ラトゥーラは地下洞窟の中に、放り出される。
真っ暗闇の中だった。
ちろちろと、明かりが生まれる。
<何故、グリーン・ドレスの体温察知にも、シンディの敵意や悪意の感知にも引っかからなかったのか、不思議そうだねぇ。ひゃはははっ>
声は近付いてくる。
<正解はあのウサギ型の生体兵器には、体温が無く、敵意や悪意みたいな感情が無いからだ。テメェらの能力はこっちはちゃんと調べて、抜け穴を探してんだよ。単に“近くにいた人間を捕獲しろ”とだけ、単純なプログラムを仕込んでいる>
マッシュルームヘアの10歳にも満たない少女が近付いてくる。
少女は青に緑のマントを纏っていた。胸元には印象的な骸骨の顔がプリントされている。
<あたしの名前はポロック。臓器売買組織『オルガン』のボス、ポロックだ。お前、ラトゥーラだろ? 港町で水夫していた男娼志望のガキ>
おそらく、実体を伴わないホログラムだろう。
だが、眼の前にいる女は、確かな邪悪さと禍々しさを放っていた。ラトゥーラが今までに出会った、マフィアや殺し屋の誰よりもだ…………。
人間の命を何とも思っていない者達とは、何度も出会った、その感覚は麻痺し始めていった。だが、眼の前の敵は何というか…………。
ラトゥーラは立ち上がり、自身の能力により渦巻く炎の剣を生み出す。
「来いよ。斬り倒してやるっ!」
ラトゥーラは精一杯、力を込めて叫んだ。
身体の震えが止まらない……。
<ラトゥーラ。あんたを嬲り殺しにすれば、奴らの心は折れるだろうなあぁ。死への土産物だ。あたしの事を聞かせてやるよ>
この洞窟の中には、何者かが犇めいている。
明らかに人間の呻き声や啜り泣き声がしていた。……子供の声だ。
<あたしの能力『ディープ・シー・フィッシュ』は生物の遺伝情報を読み取り、キメラを作り出す事が可能だ。人間の人体も生成する事が出来る。もし、あたしがその気になれば、医学界にも有用な功績を残せる。癌治療、欠損した四肢の再生。病原菌の駆除。あらゆる分野で活躍する事が出来るだろうなぁ。既に、その筋の人間からは、声が掛かっている。だが、あたしはそれをテメェらの言う処の倫理的で道徳的な事に使う考えは持ち合わせてはいねぇ>
それは大量の人間の子供や、胎児の頭だった。
そして、手足だった。
それらが、どろどろに溶解して、結合したものが天井や壁一面に生えている。各頭部からは、呻き声や喚き声、泣き声を上げていた。
<あたしの生み出した生体兵器だ。内臓抜いたガキ共を再利用して作ったオモチャだ。なあ、ラトゥーラ、こいつらを倒してみな? あたしは此処から見ているからよおぉおぉぉ!>
ポロックは下卑た笑いを上げ続ける。
「こいつらは生きているのか?」
ラトゥーラは問う。
<命の定義に関しては興味があるが、あたしは生きているとは言えないと思うね。こいつらは言わば、魂を失った残骸みたいなもんだよ>
「なら、僕は彼らを殺せる……っ!」
ラトゥーラは強い意志で、渦巻き状の炎の剣の柄を握り締めていた。
無数の子供の頭を生やした化け物は、無数の腕でラトゥーラを襲う。頭達は口腔から唾液をまき散らしていく、どうやら、それは強酸のようで、地面を焼いていた。ラトゥーラは何度も何度も、自身の生み出す炎の剣で、その怪物を焼き焦がしていた。胎児の頭蓋は潰れ脳が四散する。眼球が溶け落ちる。悲鳴は音楽となって唱和していた。
「こんな事して、楽しいのか…………っ!」
ラトゥーラは怒りに震えながら、怪物を切り付けていた。
<ああー。おもしれーよ。そいつらを作ったのは何度も絶頂に至ったし、そいつらを苦しみながら生命活動を停止させようとしているアンタを見るのは、もう最上級におもしれー>
幼女の姿をした化け物は嘲り笑っていた。
「やっぱり、生きているじゃないか、この人でなしっ!」
ラトゥーラは本気の憎悪を、ホログラムの少女に向ける。実体があるのならば、このまま切り掛かっていただろう。
<あたし達の世界では誉め言葉だな。でもなんだ、もっと褒めて欲しいわね。あたしは心の無い不死者と呼ばれ続けてきた。生命を弄ぶ者の代名詞として『オルガン』の『ポロック』はマフィアの中で言われ続けていた。あたしはこの世界をゴミクズだと思っている。命はゴミなんだ。なあ、分かるか? 少年>
「分かりたくない、分かりたくないよっ!」
ラトゥーラは絶叫する。
†
メテオラとヴァシーレの二人が、到着する。
二人共、ボロボロだった。
特にヴァシーレの方は、爆弾を喰らったと言って、所々、小さな骨折をしている箇所が多いみたいだった。
ウォーター・ハウスは、今は一時的に仲間である二人の傷の治療を行う。
「レスターと、ムルド・ヴァンスは?」
暴君は訊ねる。
「さあぁーな、会ってねえぇ。この通り、スマホも妨害されてる。でも、あの二人でペアで来るらしいから大丈夫だろ」
メテオラは面倒臭そうに言った。
「残月は?」
「わかんねぇー。奴は一人で来るらしいが。到着が遅れているって事は、誰かや何かと交戦中なんだろ」
「メテオラ。彼女の能力の全貌は知っているか?」
「少しだけなら見た事がある。『ペアルフル・ストリクス』って言って、蛇のようなものを召喚していたが……。よくわかんねぇな、余り強い能力とも思えねぇ。明らかに、この俺にも能力の全貌を隠しているって感じだったぜ」
メテオラの返答に、ウォーター・ハウスは納得する。
ヴァシーレの方は、周りを見ていた。
「おい。ひひひっ、テメェらさ、元気そうだけど。あのクソガキいねぇじゃねぇか」
ヴァシーは、ラトゥーラを探していた。
「ええっ、いなくなりました」
シンディは深刻そうな顔をしていた。
「クソでもしに行って便所見つからないって思っていたんだけどな。何か変だぜ。ヴァシーレ、それから道化師。あなた達はどうした方がいいと思う? 私達はラトゥーラの帰りを待つ事にしているんだが」
グリーン・ドレスはベンチで寝っ転がっていた。
「確かに探しに行って、ミイラ取りが何とやらってのはマズイからな。下手に動けない。俺の能力で一応、探ってみるか?」
メテオラは訊ねた。
「人探しも出来るのかよ。なら、あなたがやってくれ」
「そうだな。だが、お前ら程、精度ねぇぞ。この辺りの空間探って、何か生きている奴がいねぇか、とか、そんなおおざっぱなんだけどな」
メテオラは自身の能力を発動させて、辺り一帯を探る。
「俺達の周り、半径、30メートルの中にはいねぇな。もっとも、下水道とか、地下にいるんだつーんなら別だがな。そうなると、探りにくいんだ」
「はあ。あなたもかよ、メテオラ。役に立たねぇな」
「お前もだろ、炎の天使。こういうの言葉のブーメランって言うんだぜ」
グリーン・ドレスとメテオラの二人はしばらくの間、険悪な雰囲気になっていた。
ヴァシーレはゲラゲラ笑い、シンディは小さく溜め息を付く。
ウォーター・ハウスはしばらくの間、顎に手を置いて考えながら口を開いた。
「後、五分程待って、ラトゥーラが戻ってこなかったら俺が探しに行く。お前達はそこで待っていろ。便所の類だといいんだがな」
メテオラとヴァシーレは、暴君の顔を凝視していた。
口を挟もうと思ったが、止めにした。
巨大組織のマフィアのボス、という面子も何も無い。
メテオラは少しだけ笑った。
「頼りにしているぜ。ウォーター・ハウス」
アルレッキーノのボスは信頼の眼差しで告げた。
「ああ、まかせろ」
裏社会に名を馳せるテロリストの男は、静かに答えた。
 




