第三十七夜 オルガンのポロック、吹雪の下に。 2
レスターは『フラガラック』を放ち続ける。
融合した人間の肉の塊のような生体兵器は、分裂しながら、街の住民や小動物などを食べ続けて更に巨大化していく。キリが無い。一撃必殺で急所を仕留められるレスターにとっては、極めて相性が悪い敵だった。
対するムルド・ヴァンスも、自身の能力『ジベット』によって、敵の肉体の一部を封じていくが、ムルドのジベットが封じられる範囲は、せいぜい人間一人くらいの大きさだ。この化け物は十数メートル、全長で数十メートルの体躯をしている。
「消耗戦になりますね」
レスターは手にした剣を振るいながら、相棒に告げた。
「ああ。俺達ではどうしようもない、それに俺はお前と違って、身体能力が高い方ではない」
ムルドは自嘲気味に言う。
実際、敵の生体兵器からの攻撃に対して、終始一貫して、ムルド・ヴァンスはレスターに守られっぱなしだった。
レスターは持久力も高い。
何とか、持ちこたえて、眼の前の敵を細切れに出来ないか考えているだろう。
ムルドはふと、吹雪の向こう側を見る。
そして、大きく溜め息を吐いた。
「おい。本当にまずい事になったぞ。レスター、やはり引くぞ」
「どうされました?」
口にしている途中、レスターの方も気付いたみたいだった。
吹雪の向こう側に、同じような怪物が何体も佇んでいる。
胸骨が剥き出しだったり、脳が蠢いているものもいる。腸を鞭のように振り回している者もいる。腕がムカデのようになっている個体もいる。それらの怪物達が次々とムルドとレスターの下へと向かっていく。
どうすれば倒せるのか。
やはり、メテオラ、グリーン・ドレス、そしてウォーター・ハウスならば、この敵を殲滅し尽くす事が可能ではないか。合流しなくては。
…………、ウォーター・ハウスか。
おそらく、メリュジーヌ一帯に様々な種類の生体兵器がバラ撒かれているだろう。
ムルド・ヴァンスは思い至る。
……殺人ウイルスをまき散らせる『腹』の部位は、今やムルドの手の中にある。もし、これをウォーター・ハウスに返せば…………。
もはや、暴君と対立する理由は無くなりつつある。
だが、ムルド・ヴァンスにも面子のようなものがあった。
ウォーター・ハウスにしても同じだろう。
「暴君と合流するぞ」
ムルドは告げた。
レスターは頷く。
「これは撤退するしかない。クソ、俺の街を、俺の縄張りをこんな風にしやがって……。俺は此処で生まれ育った。上等なワインの味も知っている。馴染みのレストランもある、それを、それを。畜生が…………っ!」
ムルド・ヴァンスの中には、ポロックとオルガン、そして、おそらくは彼女達を裏から手引きして支援している何者かに対して深い怒りが静かに沸き上がっていた。
「とにかく、ウォーター・ハウス達と合流するぞ。可能ならば、メテオラ、ヴァシーレ、残月達ともなっ!」
「ええ、ですすね」
二人は生体兵器を始末する事を即座に諦めて、待ち合わせ場所へと向かった。
†
ポロックはメリュジーヌ内を観測出来る場所にいた。
彼女のバックには、ブエノスという映像技術に長けた人間が付いている。TV局のスポンサーにはマフィアの企業などがあったりする。持ちつ持たれつつ、という処だ。
ちなみに、ブエノスの制作している番組では、マフィア達の残忍性、臓器売買組織の実態、といったものが制作されており、それは視聴率を高く稼げている。薬物中毒者の実態、マフィアの縄張り争いによる残忍な抗争、一般市民への被害、そんな事もブエノスの番組内で制作されているらしい。だが、実態はTV局とマフィアは裏側でグルだったりする。……そんな事も、メリュジーヌの市民達は知る事は無い。
気狂い帽子屋のような男が、ポロックの部屋に入ってくる。
「やあやは。ひゃはははっ、あんたはどんな風にこの喧噪を、パーティーを楽しむの?」
ポロックは、TV局のプロデューサーに訊ねた。
「そうだな。この大規模な事件は本格的なマフィア同士の抗争、という事で、MD全域に報道されるだろうな。別の大陸にもだ」
「生体兵器に関する報道は、まだまだ隠して欲しいんだけどにゃあぁ?」
ポロックは楽しげにおどける。
「その点はぬかりはない。気象異常、震災、大竜巻の類として、処理させる。警視総監のコルトラも動いてくれている。それから『幽霊男』もだ。政治家の連中にも、既に金を握らせている。我々の計画は完璧だ」
「ひゃはははははっ、こんだけ大規模に都市をブチ壊しておいて、市民を大量殺戮しておいて、気象異常だと言い張れるのね。なんつーの、マジで、ナチスのホロ・コーストの隠蔽みたいだわなっ!」
「最高だろう? 市民達が奴隷である事が覆る事は無い。彼らは我々、マスメディアの言う通りの現実を受け入れる」
「生物兵器の目撃情報、残骸はどうするのさ?」
「目の錯覚、陰謀論者のデマゴーグだと情報を流す」
「最高だね。世界を全部、嘘で塗り固められるんだ」
「さて、オルガンの女ボス、ポロック様。私はもう行くよ。まだ、一仕事が残っている」
「ひゃはは、本当に助かるよ」
「勢力はこれで一変するだろうな。コミッションは崩壊する。私の収入は今後、増える見込みだ。特にレスターは気に入らない。奴は本当に始末しておきたい」
そう言って、長帽子のブエノスは部屋を出ていった。
そこはスタジオの中だった。
ポロックは楽しそうにスクリーンを見ながら、くつろいでいた。
街中の惨状が、この部屋の中から見る事が出来る。
ニュース・キャスターが報道しているが、中には、監視カメラの類があちらこちらに張り巡らされて、それが実況中継されている。
ポロックは大きな赤色のソファーの上で寝転がり、スナック菓子を齧りながら、ふと、無表情な顔になる。
「ブエノスさあ。あたしが死んでも、どうだっていいだろ? ってか、あたしと連中、どっちが死んでも、テメェ、得するだろ? 上等だぜぇ。あたしも駒だっつーのか、なら、あたしも駒なりに悪足掻きしてやるよ」
ポロックはとてつもなく、暗い感情を瞳に宿していた。
そろそろ、暴君一向、それからムルドにレスター、メテオラ、ヴァシーレ達は合流する頃だろう。自身の生み出した生体兵器の軍団は彼らに壊滅的な打撃を与えられていない。コルトラが派遣してきた人員もヴァシーレに倒された。自分の組織の部下であるフロルティナも死亡した。バーニアックも何の役にも立たなかった。
ブエノスは残月に止めを刺していない。
何か奴なりに目論見がある筈だ。
…………、残月をブエノス側に引き入れる? ……読めない。
いずれにせよ、ブエノスの構想の中には、彼の台本の中には、ポロックを『オルガン』を捨て駒にする事は入っている筈だ。悪足掻きしてやろうと思う。
「あたしの『ディープ・シー・フィッシュ』。どれだけ、この世界に牙を届かせる事が出来るのかな。ああ、ひゃはははっ」
半世紀近く生きてきて、どれだけの人間の人生を踏み躙ってきたのだろう?
ポロックは今更、自らの命を惜しいとも思わない。
最後の花火を咲かせようか。
彼女は、コミッションという制度が作られて、少しだけ郷愁に浸る。
悪態ばかり付いていたが、ドス黒い闇の底の中で生きてきて、人間の命を徹底して弄んできた自分にとって、ほんの僅かな明かりの灯が霞むように見えた気がする。
ポロックは、そんな感情を振り払う。
仲良しごっこなんて、初めから、無かった。
『オルガン』はマフィア組織の中において、外道の最高峰に位置する組織だ。
そして、彼女はその組織のボスであるという矜持を決して忘れない。
自分は命を弄ぶ者、『ハートレス・アンデッド』の異名を持つ女だ。
彼女は自身が化け物である事を、その胸に刻み込んでいる。
だからこそ、このメリュジーヌの盛大なパーティーは、半世紀をかけて彼女に用意されたものだ。その晴れ舞台に自ら向かわなければならない。
ムルド・ヴァンス、レスター、メテオラ、ヴァシーレ。
ウォーター・ハウス、グリーン・ドレス。それから、ガキ二人。
全員、皆殺しだ。
ポロックは青に緑のマントをはためかせて、自ら戦場へ向かう事に決めた。




