第三十七夜 オルガンのポロック、吹雪の下に。 1
ムルド・ヴァンスとレスターの二人は、ウォーター・ハウス達との合流に向かっていた。
スマホは相変わらず、ジャミングされて電話やメールが送れない。
気温の変化がおかしい。
少し寒い。
雪もぽつりぽつりと降り始めている。
「おい。レスター。今は四月だろ、何故、こんなに寒い?」
「貴方の故郷で縄張りでしょう? 何を言っているんですか? メリュジーヌの春の気候は気まぐれ。気温が寒い。もうすぐ五月ですが、此処は雪くらい降るでしょう」
「それにしてもだな、三十年以上は暮らしているが。何か変だ」
雪が降っている。
猛吹雪になってきている。
氷点下の気温だ。
さすがにレスターも首を傾げ始めていた。
遠くに大きな桟橋が見えた。
その先で、ウォーター・ハウスやグリーン・ドレスと合流する事を考えている。メテオラ、ヴァシーレ、残月との合流も考えておきたい。
吹雪の中から、一人の人物が現れた。
小柄だ。
何処となく、見覚えがある。
ポロックだった。
年齢は十歳にも満たない幼女といった容姿だ。
実年齢は分からない。
おそらくは、三十路も後半に差し掛かったムルドよりも、残月よりも、遥かに年上だろう。青に緑といった寒色系だが、何処かアンバランスなマントを羽織っていた。胸部の辺りには人間の頭蓋骨がプリントされている。ポロックはマントをはためかせていた。
「よう。コミッションの裏切り者」
ムルド・ヴァンスはマフィアのボスとして、コミッションの一員として眼の前にいる女を問答無用で始末しなければならなかった。レスターも同じだ。
「ひゃははははっ、くくくくっ。このポロの心臓はテメェらごときに簡単に渡せないなあ。ポロはもっと利権が欲しい。ガキ共のAV売ったり、内臓売ったりするのって、あんまり稼げないのよね。ムルドよおぉー、あんた、武器商人で結構、稼げてるじゃない? でも、戦争が必要になる。内戦国だとかギャング、マフィアだとかに売るのよりも、ドラッグ、ギャンブル仕切っている奴らの方がムカ付いている」
ポロックはまじまじと、二人の顔を交互に舐めるように見ていた。
レスターはムルドに囁く。
「どうされますか? 一、二秒あれば、眼の前の女の首を落とせますが」
「いや……。こいつは実体があるのか? ホログラムじゃないよな? 何か奇妙だ。何というか、とてつもなく不気味だ」
レスターは一瞬だけ、眼を閉じる。
しゅっぱん、と、閃光が煌めく。
ポロックの首に一線が走っていた。
レスターは鼻を鳴らす。
やはり、手応えが無い。ホログラムか。
「ああ。そうそう、ムルドにレスター。あんたらはこのポロック様が始末する。コミッションは今日、解散なんだ。全部、あたしの利権になる。テメェの組織はあたしの組織に併合されるって奴だなぁ」
雪は少しずつ吹雪へと変わっていく。
雪の闇の中から、何かが現れた。
いつから、そこにいるのか。
それは大量の人間の顔だった。
そして、大量の人間の腕と、大量の人間の足だった。
剥き出しの内臓や骨も露出している。
小さなビル一軒程の大きさはある。
生体兵器。
「ポロック様はテメェらの弱点を研究し尽くしているんだよぉー。そいつに急所は無い。無数に頭も腕も増殖していくぜ。住民達を喰らって巨大化していく化け物だ。レスター、ムルド・ヴァンス、ええっ? テメェらの能力は確かに強大だが、弱点は調べ尽くしてある。このポロック様を舐めたのは本当に愚かだよなあぁー」
そう言いながら、ポロックは蜃気楼のように消えていく。
「もし、あたしの本体に辿り着いたら、そうだなぁ。あたしの『ディープ・シー・フィッシュ』で相手してやるよ。テメェらだろうが、暴君共だろうがねぇえ。ひゃははははっはあはっ!」
そう言うと、ポロックは消えていった。
†
残骸となった、バーニアックの顔面をグリーン・ドレスは蹴り上げていた。グリーン・ドレスは戦車やら戦闘機やらに変形していく、この男の動力炉を簡単に引き千切ったのだった。発見したのは、シンディだったのだが。
とにかく、グリーン・ドレスの強さはやはり圧巻だった。
ラトゥーラは素直に驚嘆していた。
シンディはどっと疲れた顔をしていた。
「おい。テメェ、テメェんとこのボスの居所を教えろよ」
<し、知らねぇ……、ポロック様の居所なんてよぉ……>
「拷問しても何も聞き出せそうにないな」
助け、という声が聞こえると同時に、グリーン・ドレスは機械人間であるバーニアックの顔面を踏み潰す。脳漿と機械の部品、オイルが一面にブチ撒けられる。
「よう。元気そうだな。俺も敵を倒してきたぞ」
まるで、散歩から帰ってきたように、ウォーター・ハウスが現れる。
少しずぶ濡れだった。
「予定では、メテオラ、ヴァシーレ、残月、そして、レスター、ムルド・ヴァンスと一度、合流する事になっていた筈だが」
ウォーター・ハウスは少しだけ、瞬きをした。
「俺の眼が確かなら、ドレス。それから、ラトゥーラにシンディ。お前達、この敵を倒していないぞ」
暴君はそう言って、ドレスが真っ先に振り向いた。
焼け爛れた樹木や機械の残骸が盛り上がっていく。
それは、巨大なアハトアハト(8・8)高射砲へと変形していく。
ウォーター・ハウスは瞬時に状況を理解して、跳躍した。
巨大な高射砲へと変化した敵の砲台へと手をやる。
凄まじい勢いで、辺り一面の残骸が煙を噴出させ、爆発させていく。
「人間と機械が同化しているのか。俺の腕から出せるウイルスは効果があるみたいだな」
凄まじい勢いで、バーニアックの残骸は爆発していく。
爆風の中、ウォーター・ハウスは無傷で佇んでいた。
「グリーン・ドレス。何か知らないが、おそらく、こいつ弱点の心臓部か脳の部分みたいなものが、複数あったみたいぞ」
「調べたのは私です、面目ないです……」
シンディがすかさず謝罪する。
「問題はだな。こんな化け物共が街中を闊歩している。おそらく、ムルド・ヴァンス達も何処かで交戦中だろう。さて、俺達はどうする? 下手に街中も歩けないしな」
「ポロックとかいう、臓器売買組織のクソガキを始末しねぇとどうにもならねぇ。ウォーター・ハウスよおぉ。あなたなら、どうしたい? 私達は貴方の帰りを待っていた。貴方が司令塔だ。私達に命令してくれよ」
グリーン・ドレスに言われて、ウォーター・ハウスは少し考える。
これまで、姿が見えない敵、隠れて攻撃してくる敵へ反撃する事は何度もあった。
今回の敵は、街全体をフィールドにしている。無関係な住民達も大量に巻き込んでいる。
「しばらく動かない方が賢明だろうな。ムルド達を待つ事にしよう。とにかく、待ち合わせである此処から離れない方がいい」
「待ち合わせ場所なら、バス停が近くにあった場所だよなぁ。じゃあ、少し戻ろうぜ。あの機械人間との戦いで、待ち合わせ場所の公園が近くにあるバス停から離れちまった」
「じゃあ、その場所まで戻るぞ」
ウォーター・ハウスの判断に、みな同意する。
「ああ、そうだ」
ウォーター・ハウスは少し道を戻ると、並木道の木々の中に置いた紙袋を手にする。
「おい。四人分の昼飯を買ってきたぞ。サンドイッチだ。水の敵に遭遇していた為に、少しだけ濡れたが。綺麗なものだ。戦いの途中に、同じように並木道の途中に隠してな。倒した後に取りに行った。オレンジ・ジュースも買ってある。食べるか?」
そんな事を呑気に告げる暴君の様子を見て、他の三名はどっと笑った。




