第三十六夜 騒乱の観察者達。 2
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『フェイタル・イリュージョン』。
それが彼の名だと、眼の前にいる者達に告げた。
賭博カルテルの道化師メテオラと、売春斡旋組織のボスに任命された変幻自在の両性具有の少年ヴァシーレ。
二人の前に現れたのは、ラッパー風の格好をした如何にもストリート・ギャングといったいで立ちの男だった。スケボーを手にして、半壊した建造物の上に立ち、二人を見下ろしていた。
「何者か知らねぇーが、俺達を始末しに来たんだろおぉ?」
メテオラは異空間から、何本ものナイフを取り出す。
「ひひひっ、おい、メテオラ。俺達の実力を知らねぇ、三下だぜ、あいつ。ポロックの『オルガン』の手のモノかな?」
「いや……、何か毛色が違う気がすんなあ」
メテオラはすぐに能力を使う事を警戒していた。
「この俺様は見ての通り、ストリート・ギャング団を結成していた。ドラッグの流通、コピー商品のバイヤー、密造酒の製造、それから銀行強盗。なんだってやったなあ。楽しかった、本当に楽しかったぜ。今は丸くなっちまったがなあぁ」
そう言いながら、ラッパー風の男は勝手に歌を歌い始めた。
「テメェらのミッションの中にはなあ。知っているぜぇー。民間人から犠牲者を出さないって事も入っているんだってなあぁあー。最高じゃあねぇか。ならよぉー、俺達は俺達の好きなように調理させて貰う、ぜ」
突然、あらゆるマスクを被った老若男女が現れる。
彼らは手に手に、鉄パイプや拳銃といったものを手にしていた。
それと同時に、サイや象、巨大なカエルやワニといった生き者達の姿に酷似した生体兵器達が、次々と二人のマフィアのボスへと襲い掛かっていく。
「俺と俺の上司は混沌を望んでおられる。さてと、そろそろ、退散させて貰うぜ」
そう言って、フェイタル・イリュージョンを名乗った男は、その場から逃走しようとする。スパン、と、彼の首と胴が離れた。メテオラの能力だった。射程距離内に充分に入っていた。
ヴァシーレは取り出した暗器の刃を手にして、襲い掛かってくる生体兵器達に立ち向かっていく。
「今、この俺がブッ殺してやったラッパー風の男。あいつは、本体の声を伝達しに来ただけだ。本体は別にいる。そして、人間を大量に操作する事が出来るのか。最低だな」
「どうする? 道化師さんよぉー」
「俺は生体兵器の気持ち悪いぃー動物共を殲滅さえる。ヴァシーレ、お前はこの敵に操られている街の連中の急所を外して戦闘不能にしてくれ。俺の大雑把な力だと、繊細な動きが出来ねぇー、ヴァシーレ、お前がやるんだ。一緒にこの街を守るぜっ!」
メテオラとヴァシーレは、しばしの間、睨み合う。
「メテオラ。テメェには、まだムカ付いているんだからな」
「もう終わった事だろ? いい加減に根に持つのはいい加減にしやがれ、テメェ、それでもマフィアかよ?」
メテオラの性格はさっぱりしている。
どちらかというと、陰湿的に他人を恨みがちなヴァシーレとは正反対の性格をしていた。
ヴァシーレは舌打ちすると、分身を出しながら、次々と襲ってくる民間人達に当て身を与えて行動不能にしていく。仮面を剥がしてみるが、どうやら、仮面の力で肉体と精神のコントロールを奪われているわけではないみたいだった。仮面を剥がした人間の顔は、まるで薬物中毒で発狂しているような顔をしている。……つまり、『フェイタル・イリュージョン』という男は、薬物を使って人間を操作する超能力を使う者なのだろう。
メテオラは次々と襲い掛かってくる生体兵器の群れを自身の能力でバラバラにしたり、高い処へと移動させて地面に落下させたりして、打ち倒していく。
メテオラは考えていた。
この敵の狙いは何だ、と?
「ヴァシーレ。思ったんだけど、何で、仮面付けてんだ? こいつら?」
「はあ? この敵の趣味なんじゃあねぇか?」
「合理性を考えろよ。ヴァシーレよおぉ。テメェ、敵をハメるの好きじゃねぇか。なら、この敵だって、そういう発想なんじゃあねぇえか?」
ヴァシーレはその可能性に思い至る。
「確かにな。仮面を被って、襲ってきている連中。実は、その中に、本物のフェイタル……なんちゃらが混ざっているんじゃあねぇか? 俺達が民間人を殺害しない、って予測してなあぁ」
「そういう事だ。しかし、こいつは、本当にやっかいだぞ。見分けは付かねぇ」
肉食獣型の生体兵器の一体が、ヴァシーレへと襲い掛かる操られている民間人の一人を喰い殺そうとする。どうやら、怪物達は見境が無いみたいだった。メテオラはその生体兵器に自身の能力をブチ込んでバラバラにしていく。
民間人を行動不能にすれば、生体兵器に民間人が喰い殺される。
なので、まずは生体兵器を全部、始末しなければならない。だが、操られた民間人達はメテオラとヴァシーレを拳銃や鉄パイプなどで襲撃してくる。……この敵はどう考えても、二人の消耗を狙っている。消耗させ続けて、より強力な能力者や生体兵器をぶつけてくるという計画なのかもしれない。
それでも、この攻撃が罠ではないかと分かっていても、二人は民間人と怪物達とた高わなければならなかった。普段はマフィアや殺し屋をやっている。人の命を淡々と始末する役職であり、ビジネスだ。だが、だが、二人は非情になり切れなかった。外道になり切れなかった。敵の計画は分かっている。敵の戦略も把握している。だが、それでも、敵の策略にあえてハマる事しか現状の二人には出来なかった……。
†
レスターとムルド・ヴァンスの二人は、『オルガン』のポロックの始末を率先して行う計画だった。
だが、ポロックの姿が見当たらない。
もっと言えば、彼女の超能力の全貌も分からない。
「ムルド。貴方だったら、何処に隠れますか?」
「そもそも、メリュジーヌにいない。部下達に支持させて、自身がメリュジーヌの何処かに隠れている事を示唆させる」
「最悪な具合に良い手ですが、ポロックはそういう事をするでしょうか? 彼女の性質上、最前列でこの惨状を見たいと考えていると思うんですよ」
「だろうな。俺達の奴のプロファイリングを裏切らないで貰いたいものだ」
「それよりも、ムルド。私は気になる事があります」
「ああ」
明らかに、ポロックに手を貸している人物がいる。
中小のマフィア組織だろうか……、いや。
何か、こちらの情報も筒抜けだ。
コミッションの一人である株や電子機器などを扱っている『ゴースト・カンパニー』というカルテルのボスをしている二十代に見える若々しい中年の男ケイト…………。
他にも、何か大きな組織……政治家か、企業かが、ポロックに協力している……。
「七年前の『アルフヘイム』という国での事を覚えていますか?」
「お前がコミッションに入る、きっかけになった事件だな」
「ええ、貴方に拾って戴いた形です」
「あの時のお前は本当に美しかった。なあ、レスター、お前は本当に美しい。いつだって、俺はお前にかしずきたいんだ」
「…………、止めて下さい。そういう話は」
レスターはムルドを睨み付けた。
「この混乱状態に対して、一番、利益を得られる人物は誰が思い至りますか?」
「お前が七年前に潰した組織のケツ持ちをしていた投資家のブエノスだな。今は映像プロデューサーの仕事しているらしいが……。奴はマフィアでは無いが、極めてマフィアとの関わり合いがある」
「なら、ブエノスが関わっているでしょうね。そう言えば、暴君を始末する時に殺人鬼ガローム・ボイスを動かす際に、ブエノスが何か暗躍していたみたいですが…………」
「それ以上は調査を重ねていくしかないな。取り敢えず、今はポロックだ。ポロックを俺達二人で始末するぞ」
絶対的な封印の力である『ジベット』と、絶対的な破壊の力である『フラガラック』という超能力をそれぞれ有している武器製造組織のボスと、殺し屋のトップ。二人は七年来の強い信頼関係で結ばれていた。




