第三十五夜 水精フロルティナ
途中、大きな橋を渡っていた。
雨と濁流が降り注いでいく。
暴君は心の中で舌打ちしながら、橋を渡る。
橋の途中から、無数の水で出来た腕が伸びてくる。グラグラと橋が揺れる。
「なんだと?」
ウォーター・ハウスは跳躍して橋を飛び越えようとするが。
途中、橋が完全に壊れてしまった。
おそらくは、あらかじめ亀裂を入れていたのだろうか。
下は河だ。
彼は河の中へと沈んでいく。
両手両足の自由が効かない。
濁流が押し寄せてくる。
ウォーター・ハウスはそのまま濁流に飲み込まれていく。
彼は何とかして、濁流を押しのけながら、近くの水路へと移動しようと試みる。このままだと、水死体になるまで攻撃を止めないだろう。とにかく、何処かに避難しなければならない。河から上がらなくては……。
足の辺りに水が絡み付いていく。彼はどうにかして、それを振りほどこうとするが、全身が更に重たくなっていく。雨が降り注いでいく。ウォーター・ハウスは気が付いていた。この雨は、自分のいる周辺しか降り注いでいない事に。
甘く見ていたかもしれない、この敵を……。
ともかく、彼はどうにかして、河を抜け出して、岸に出ようとする。
更に水に押し流されていった。
†
完全に飲み込まれてしまった。
何とかして辿り着いた場所は、気付けば、辺りは下水道の中だ。
ネズミが這っている。
かなり、ヤバい。
ウォーター・ハウスはひとまず、視界を確認する。
出口は此処から、数十メートル先にある。マンホールの蓋は開いている。
光が下水道の中に差し込んでいる。
彼はすぐに、そこから外に脱出する事を諦めた。
明らかに罠だ。
だが、此処は明らかに敵のホーム・グラウンドだった。
「畜生が。臭いし、気持ちが悪い。よくもこの俺をこんな場所に引きずり込んでくれたもんだな」
下水道の水は波打っていた。
次第に波打ちが激しくなっていく。
さながら、此処は敵の胃袋の中にいるかのようだった。
しゅっぱん、と。
水流がカッターのようになって、ウォーター・ハウスの右腕を切り裂いた。
ごぽり、ごぽり、と、下水の中で頭の一部を出している女を見掛ける。その顔は勝ち誇ったように見えた。
ウォーター・ハウスは諦めて、右腕をゆっくりと下水の水に浸した。
「来いよ。貴様ごときが俺の首を取れるものならな」
ウォーター・ハウスは、左手の親指で地獄に堕ちろ、のポーズを作る。
「うふふふっ。 暴君ウォーター・ハウス。これで貴方はお仕舞い。見れば分かる通り、此処は完全にこの私のテリトリー。既に貴方は始末されたも同然」
人魚のような姿の女は不敵に笑っていた。
「……女だからな。顔は殴らないようにしてやる」
ウォーター・ハウスは、少しだけ憔悴の顔色になる。
先程の攻撃を受けて、水流が背中に張り付いているのだ。それは見る見るうちに重くなっていっている。このまま水の中に引きずり込み、溺死させようというつもりなのだろう。
フロルティナは水流のカッターを、ウォーター・ハウスに向けて放った。次々と肉が切り裂かれていく音が聞こえる。
大量の鮮血が飛び散っていく。
真っ赤な血が下水道の中に広がっていった。
このまま急所に命中して死亡していればよし、出血多量で死ねばよし、気絶してそのまま水の中で溺れ死ねばよし、といった状況だった。
フロルティナは勝利を一瞬、確信したが、奇妙な感覚に陥る。
与えたダメージが浅く感じるのだ。
ウォーター・ハウスは自ら、かがんでダメージを最小限にして、水の奥深くへと潜ったように思えた。
突然。
フロルティナの腹に何か長いものが突き刺さっていく。
彼女は予想外のダメージに驚愕して反撃を試みようとするが……。
どうやら、腹に突き刺さっているのは鉄パイプだ。血の濁流が彼女の体内から飛び出していく、半ば水と一体化している彼女は溜まったものではなかった。鉄パイプは抜けない。そもそも、マトモな人間ならば致命傷だ。
「武器が必要でな、水の底に転がっていた」
ウォーター・ハウスは水の上に上がっていって、更にもう一つ、鉄の破片をフロルティナの喉へと投げ付ける。水の中を自在に泳ぐ女の喉は切り裂かれる。
しばらく盛大に血飛沫が噴き出し続けた後、ウォーター・ハウスは身体をよろよろと動かしながら、地上へと出る準備を行った。
グリーン・ドレス達と合流しなければならない……。
おそらく、彼女達も敵に襲撃されているだろうから。
ウォーター・ハウス




