第三十三夜 一触即発
事務所の中だった。
グリーン・ドレスは未だ、メテオラを睨み付けている。
メテオラの方は、彼女から負わされた火傷痕の残る肌に包帯を巻いていた。メテオラの顔には湿布が貼り付けられている。二人共、睨み合い、どちらかが先に仕掛けたがっているのを、ウォーター・ハウスと残月の二人が押さえ込んでいた。
黒い高級車に連れられて、ラトゥーラとシンディの二人も事務所に入る事になった。二人はおどおどとはしているものの、その瞳には覚悟を決めているような眼差しがあった。
メテオラと残月は、ウォーター・ハウスの要求通り、部下を一通り、事務所から出して、六名だけで話合うという形を取った。
残月はぷかぷかと煙管をふかし続けていた。
「色々と聞いておきたい事がある」
ウォーター・ハウスは二人を警戒しながら、席に座った。
「まず俺達に付いてだな。お前らとやり合うつもりは無い。ついでに、ガキ二人。ラトゥーラとシンディだっけな。賞金首のリストから解除した」
メテオラは何処からか取り出したチョコ棒を齧りながら、ソファーに座っているラトゥーラとシンディの二人を一瞥した。
「それは確かなんだな?」
「マイヤーレって組織が潰れたからな。依頼主は死亡しているし、連合はいつまでもお前らに賞金を掛けられない。事実上、俺達は戦う理由が無いってわけだ」
そう言って、道化師はおどける様に、お手上げのポーズを行う。
「だが、俺達、アルレッキーノとハイドラ側からしてみれば、余計な事をやりやがってって話だ。マイヤーレが壊滅したせいで、俺達の間で利権争いは苛烈を増すだろうし、おそらく一般市民にも大量の犠牲者が出るぜ」
「ふん。知った事か」
ウォーター・ハウスはわざとらしく悪態を付く。
「こちらとしては、マイヤーレを壊滅させたのは正当な理由からだ。ラトゥーラ達二人を一方的に搾取して支配しようとしたのはマイヤーレだ。俺は彼らに協力して組織自体を破壊しただけだ。それにしても道中、散々、殺し屋を仕向けてくれたな。何度も死に掛けた」
彼は居すくむ事なく、対峙するマフィアのボス二人を睨み付けていた。
「ふざけないでよ。ウォーター・ハウス、あんた、あたし達、舐めているんじゃあないの? こっちがわざわざ下手に出て、顔出ししてやっているのにさ」
残月は思わず、苛立ちを隠せず怒りを露にしていた。
「舐めているのは、そっちだろ。マフィアのボス二人だか何だか知らないが、そちらが一方的に一般市民のガキを踏み躙って、報復されたら賞金を掛けて殺し屋を仕向ける。大概にしろって話だ。で、あれか? 手痛いしっぺ返しを喰らったら、逆ギレって奴か? ああ、そうだよな? マフィアの幹部やボス連中の命の価値は上等。そこら辺の市民の命の価値はゴミ同然って考えがお前らなんだからなあ?」
そう言うと、ウォーター・ハウスは出されたブランデーに口を付ける。
何もかもが、馬鹿馬鹿しい、といった態度だった。
今にも、手にする得物である銃器に手を伸ばそうとする残月に対して、今度はメテオラの方が制した。
「残月。暴君の言う通りだぜ。俺達の世界は正論が通じない間違った倫理を一般市民に押し付けている。マフィアに利用されて狙われた奴は骨の髄までしゃぶられろ、抵抗する権利は無ぇえってな。俺達の世界では、一般市民を家畜か何かだと、ランク付けしてやがるんだよ。罪の無い人間だろうが、弱い者は踏み躙っていいっているルールなんだ」
メテオラは足を組んで、皮肉とも自嘲とも言えない口調で話す。
「だからって、あたし達が、彼らに下手に出るのは気に喰わない。メテオラ、あんた、本当に甘ったるい」
「甘い、ってか、今回の場合は、交渉手段だよ。なあ、残月、お前さー、俺よりも倍くらい生きてるだろ? だから、ちょっと引き際、考えろよ」
メテオラがそう言うと、花魁風の衣装を纏った女はしばし押し黙った。
「暴君ウォーター・ハウス、確か、お前、武器商人のボスであるムルド・ヴァンスとやり合ったんだっけか?」
「少しだけな。俺の力は奴に奪われたままだ。取り返すのを手伝ってくれないか。奴は俺自身の為に始末しておかなくちゃあならない」
「それに関しては、お前とムルドの問題だな。俺と残月の知った事じゃねえよ」
「まあ。一人で始末しに行くさ。だが、お前の話だと、奴が死ぬと困るんだろ?」
「…………。その通りだな」
メテオラは息を飲む。
「奴は六大利権の一つである銃器の売買の利権を握っているからな。奴が死ねば、コミッションは崩壊していくだろうな」
「ふん。知った事か。俺はムルド・ヴァンスを探して始末するぞ」
「…………。それに関しては、お前の力を返すように一応、話をしておく。だが、お前らの問題だからな。暴君、一応はだな。コミッションにカルテル、それらのバランスによって、この社会は成り立っているんだぜ?」
「それに関しても、俺の知った事じゃあない」
「そこのガキ二人。そいつらの家族のような犠牲者が俺達の崩壊に比例して増えてもか?」
「知った事じゃねえよ。俺には一切、何の関係も無えぇ」
ウォーター・ハウスは言い切った。
「くははっ。やっぱ、お前、暴君って言われるだけの事はあるな。秩序も何も関係無い。自分の正義を正当に行って、周りなんてどうだっていい。それがもたらした結果がどうなろうとってな」
「お前らに正義なんてあるのか?」
ウォーター・ハウスは皮肉っぽく言う。
「少なくとも、この俺は、一般市民の犠牲者が増える事をよく思わない」
道化師はそう告げる。
「お前の組織は市民を巻き込んでいないと? 自分は悪い事はしないと言い張るのか? お前だって、ヤクザの親玉だろ」
「悪い事はしている、が……。自分からドラッグやギャンブルに首突っ込む馬鹿と、平穏に小市民として生きようとしている奴らの尊厳は違うと思うって話なんだぜ」
「マフィアらしくないな、お前」
暴君は嘲笑的に言う。
「マフィアらしくない? ふん。俺はな。俺のカジノで膨大な借金作りやがった債務者に対して、腎臓とか眼球とか売らせて金を作らせているし、闇金もやっている。借金ある奴の取り立てもしているし、クスリ売りさばいて頭駄目にさせた後、高額のギャンブルもやらせている。ギャンブルの金が返せないなら、男は過酷な重労働。女は性風俗で奴隷にする。俺だって、大抵の冷酷非情でゲスな事はしている。これで満足か?」
「メテオラ。でも、あんたは優しいとか言われて舐められる。割り切れない。あたしでさえ闇社会のボスの一人として割り切っているのに」
「残月、黙ってろよ。お前まで」
メテオラは眉を顰めた。
「人情派はお前らの業界では流行らないらしいな……、処でお前らのトコで確認したいんだが、アルレッキーノってのはドラッグも売りさばいているのか?」
「いや、ハイドラの下っ端の売り手から買わせるんだよ」
「臓器売らせるのは?」
「オルガンに回している」
「となると、借金のある女を性風俗に回しているのは……」
「マイヤーレだったな。そうやって、俺達の業界は一つの利権を専門にして、他の組織専門の奴らに回している。そうやって業界自体が運営しているから、困るんだよ。たとえば、今、金に困って身体売りたい女とかの職業斡旋所とかな」
「成る程な。そういう事か」
ウォーター・ハウスはようやく納得する。
「つまり。メテオラ、お前らはこういう仕組みの“歯車”として自分自身も生きているって事だろう?」
ウォーター・ハウスは、なおも挑発的に責め立てるように話を告げていく。
「ああ。全くその通りさ。全くその通り、俺達はこの腐った世界で生きている」
「ふん。そうか。自由なんて無いんじゃあないのか?」
「言い忘れたが、ウォーター・ハウス。テメェには何が何でも、協力して貰わなければならねぇー情報がありんだぜ?」
「何だ?」
「もし、ムルド・ヴァンスが死んでしまったらなあ。テメェが取られた力は永遠に戻らないかもしれねぇんだぜ? ムルドに解除させなけれりゃあ、ならねぇ。くくっ、そう都合良く、モノゴトは運ばねぇよなあぁ?」
「お前か、あるいはムルド・ヴァンスが奴の能力に関して嘘の情報を俺に教えている、という可能性は? 確かに、俺に何としてでも手伝って、貰いたいものだろうからな」
「信じるか信じないかは、テメェ次第だよ。……それに、ガキ二人の命だって、俺達は今後、狙わない、って嘘を付いているかもしれない…………」
それまで、沈黙を貫いていた、ラトゥーラとシンディの二人がメテオラを睨み付けていた。
「私達はカルテルと、コミッションと、お前ら連合と戦う覚悟でいる。この命に替えても」
先に、そう口にしたのはシンディの方だった。
「うん、僕達はずっとウォーター・ハウスさんとグリーン・ドレスさんに守られ、助けられ続けてきた。でも、それだけじゃ駄目なんだ。僕達は僕達で自由を勝ち取らなければならない。だから、メテオラ、コミッション、僕達はお前らとだって、戦う覚悟が決まっているっ!」
ラトゥーラは立ち上がり、彼の能力である『ムーン・マニアック』を左手から生み出そうとしていた。
メテオラはそれを見て、拍手を送る。
「おい。ガキ共。よく出来たな。暴君、どうやら、お前なんかよりも、ガキ二人の方が覚悟が上なんじゃあねぇのか?」
「俺には元々、関係が無いって話だったんだけどなあ。それに、一人でムルドを襲撃する事だって出来るんだぜ」
「話が分からねぇー奴だな」
「ウォーター・ハウス。私はそこの道化野郎に侮辱されたまま、此処を去る事は出来ねぇーよ。そいつの顔を殴り潰してやりたい」
口を挟んだのは、グリーン・ドレスだった。
「分かったよ。貴様ら、おい。俺はコミッションに協力してやるよ、お前らにな。ムルド・ヴァンスにも協力しなきゃあならないのか? ああ。目的は何だ? まさか、この俺にマフィアのボスをやれって話じゃあないだろうな? 絶対に断ってやるが」
ウォーター・ハウスはソファーに深く座り、ふんぞり返る。
「違うぜ。共闘だよ。助けが欲しい。一般市民を守る。その目的で、今回、俺達が動いている?」
「どういう事だ?」
「臓器売買組織の『オルガン』のポロックが動き始めた。部下達の情報によると、メリュジーヌの街が奴の実験に使われるそうだ。暴君、赤い天使、それにラトゥーラ、シンディ。俺達に協力してくれねぇか? 立場も、誰が正しいとか誰が悪人だとか、ってのも超えて…………、俺達はポロックのクソ野郎を止めなくちゃあならねぇえ」
ウォーター・ハウスはテーブルに腰掛けて、腕組みをする。
「まあいいさ。だが、俺が王だからな? 俺は何者にも従わない。それでいいな?」
鋭利な顔の青年は、メテオラと残月と、ラトゥーラとシンディの顔を見下ろして告げる。
みな、それに対して承諾した。




