第三十二夜 コミッション最強の男、アルレッキーノのメテオラ 1
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今日の食糧の買い出しは、ウォーター・ハウスが当番だった。
彼はスーパー・マーケットへと向かっていた。
バスに乗れば、10分くらいで目的地には着く。バスに乗ってもいいが、歩いていくと、港町の運河の景色が見える。昼下がりだ。風がとても心地よい。
そんなわけで、彼は行きは、いつも歩いて食糧の買い出しに向かっている。
運河が見える道中、高級車が彼の後を尾けてきていた。
ウォーター・ハウスは、鼻を鳴らして、先程から尾けてきた高級車を交差点を曲がった処で待つ事にした。がた、と、車の扉は開かれて、中に入っていた人間が彼に近付いてくる。両手にずっしりと重いモノを手にしている。おそらくは、ショット・ガンの類か。
どうやら、彼の後ろにいるのは女だ。足音で分かる。
「用件を聞こうか」
彼は振り返らずに訊ねる。
「後ろの席に乗って。同行してくれないかしら?」
「この俺を始末しに来たのか?」
「……さあ? ひとまず、近くのレストランに行かないかしら」
「何なら、俺は、此処でやり合うつもりでいるんだが?」
「冗談。デートのお誘いに来たのよ。私と一緒に食事をしましょう」
「生憎、恋人がいるんでな。知らない女にナンパされても付いていくつもりは無いな」
ウォーター・ハウスは鼻を鳴らす。
…………、かなりの使い手だ。
おそらく、銃撃戦や銃器による暗殺を得意としている。
「食事くらいいいじゃない? 別にホテルのお誘いじゃないのだから。でも、貴方が望むなら」
「冗談じゃないな」
「で、同行して貰えるの?」
「…………乗ってやるよ。ただし、一時間だけだな。買い物に行く道中だったんだよ」
ウォーター・ハウスは注意深く、開かれた車の後部座席のドアの中を覗く。
そこには、白いスーツ姿の女が座っていた。露出した胸元や太股からは、刺青が露になっている。
明らかに、マフィアの巨大カルテルの大物、といった風情の女だった。凄まじいまでの自信とそれに伴う戦闘力を有している。足を組み、煙草に火を点けている。ドライバーの方もそれなりに腕が立つプロの顔付きだ。
ウォーター・ハウスは、女の隣に座る。
「言っておくがな。一時間だけだからな」
「ご心配なく」
「この俺に何の用だ」
「話し合い、って言ったら、信じるかしら?」
女は飄々といた口ぶりで笑う。
「ふん。さてな」
ウォーター・ハウスは腕組みしながら考えていた。
「貴様の名は?」
「残月。麻薬カルテル『ハイドラ』のボスよ。以後、お見知りおきを」
「お前、銃器を扱えるのか?」
暴君は、座席の下に置かれた細長い二つのスーツ・ケースを眼にする。
「あら? お分かり?」
「舐めてくれたものだ。硝煙の臭いがする。俺に接触する前に誰か撃ってきたのか?」
「ええ。何名か。あたしのカルテルの利権を狙う不届き者達を」
残月は酷薄に唇を歪める。
しばらくの間、二人は車が高速道路を走る中、会話を交わしていた。
会話の中で。
二人共、相手に対して、“喰えない”といった印象を持つ事になった。
†
二人は、高級レストランの中にいた。
パスタにピッツァ。
港町の代表料理が運ばれてくる。
高級食材が使われて、一流の主婦によって調理されたものだ。
「そう言えば、紫紺の魔女ラジスを殺したんでしょ? あんたら。……ラジスはそれなりに強いから仲良くやる事にしたのよ。向こうも縄張りの事は分かっていたし、どれだけなら儲けて良いのかも分かっていた。だから、争う事は止めた。やっぱ、秩序って必要だから」
「妥協の産物か? 貴様は独占したいとは思わなかったのか?」
ウォーター・ハウスの表情は、明らかに訝しげだった。
そして、彼は相手の出方を待っていた。それに、会話の中で、様々な情報は手に入る。
「利権は分けるべきだと考えているわ、あたしはね。“チョコレート”くらいなら、魔女にくれてやっても良かった」
「でも、貴様は此処に来る前に何名か殺しているな」
暴君はオレンジ・ジュースの入ったコップに触れる。
「そいつらは、麻薬カルテルのルールをはみ出したクズ共。欲に眼がくらんで、地虫の癖に他人様の家に入り込もうとした害虫。庭でパン屑を漁っているだけなら良かったのだけどね」
残月はそう言って、赤ワインを口にする。
「MDのマフィアには独自のルールがあって。賭博、麻薬、銃製造、売春斡旋、臓器売買、……他にも色々、ビジネスはあるけど、組織は全てのビジネスに手を出してはいけないって事になっている。たとえば、麻薬売るんだったら麻薬。ギャンブルならギャンブルだけって。まあ、勿論、資金作りは大変だし、多少は他のビジネスに手を出してもいい。でも、それぞれの闇ビジネスのトップは誰か、はっきりさせないと秩序が保たれなくなる。縄張りがあるし、利権争いでの揉め事を最小限に抑える為にね。そして、それぞれの利権のトップでは無い中小の組織達はお零れを貰うだけ……、そういうルール。でも、エスコバーレもサトクリフも死んだし、売春斡旋業のトップは誰なのか揉めるている」
オッソ・ブーコという子羊の煮込み料理が運び込まれていた。
定番のパスタにピッツァも、運ばれてくる。
彼はそれをまじまじと見ながら、料理を最後まで食す事に決めた。
ウォーター・ハウスは、結局、後でグリーン・ドレスに小言を言われるなあ、と内心、溜め息を吐いていた。
「つまり、何だ? 俺達に構っている暇は無い、と?」
「そういう事」
「単刀直入に聞くぞ。ラトゥーラとシンディの二人。マイヤーレのゴミ共に縛られていたあの二人を貴様らはまだ自由にするつもりは無いのか?」
「それなら」
残月は少しだけ不気味に笑う。
「彼らはもう自由の身。マイヤーレに、もはや力は無い。タダの残党の残骸。じきに消滅するでしょうね。あの二人に掛けられた懸賞金も依頼主であるマイヤーレの壊滅と共に無くなる」
「なら、問題無いな。俺のミッションは終わりって事だ」
「処がそうはいかない。あたしは貴方に興味がある。あんたが欲しい」
「どういう事だ? 女なら間に合っている」
ウォーター・ハウスは両手を広げて、大欠伸をする。
「じきに戦争になる。戦争の火種を作った者として、貴方達の協力を仰ぎたい」
「嫌だと言ったら」
「さて…………」
残月は少しだけ考える。
「あんたの伴侶のトコには、別のカルテルのボスが向かっている。奴は最近、あたしの信頼のおけるビジネスのパートナーと言えるわ。いずれ、あんたにはイエスと言って貰う」
「成る程……。力づくでも、協力して貰う、と、聞こえるな」
「そういう事ね」
残月はワインの二杯目をオーダーする。
「しかしまあ。ムルド・ヴァンスが言うには、あたし達の立場は言わば“ダモクレスの剣”。支配者としての立場がそれほど、幸福とは限らない。あたし達の命を狙っている奴らは数え切れない程、多いわけだし」
残月は自嘲的な事を口にする。
ウォーター・ハウスは、トマトの乗ったニンニクの香りが漂うブルスケッタを口にしながら赤ワインに手を伸ばした。
2
ラトゥーラ達の家は囲まれていた。
グリーン・ドレスが外に出て、辺りにいる黒服に身を包んだ拳銃や散弾銃を持った男達を睨み付ける。
「御同行、願おうか」
「はっ。テメェら、白豚共をこの場ですぐに焼殺する事も出来るんだぜ?」
グリーン・ドレスは躊躇なく、両手の指先から炎を束のように生み出していく。
「だが、守るべき人間が二人もいるだろう? 聞かされている。お前が来て貰えば、この家は薪の山にならなくて済むんだがな。既に、爆弾を仕掛ける準備は整っている」
黒服のマフィア達は、冷淡な口調で述べていく。
彼らは能力者でこそ無いだろうが、銃を手にしていている。
ラトゥーラやシンディなら堪ったものではないだろう。
「此処で抵抗しても事態は悪くなるだけだ。何、悪いようにはしない」
高級車の一台のドアの後部座席が開かれる。
「ドレスさんっ! 僕達は二人でこの場をくぐり抜ける覚悟でいますっ!」
ラトゥーラが外に出ようとした。
「いいから入ってろ!」
ドレスは叫ぶ。
「この私を連れていけよ。さっさと。テメェらの頭踏み砕いてやるよ。ゴキブリみてぇーに頭潰されても生きているつーんなら、身体もバラしてやる」
そう言って、グリーン・ドレスは後部座席の中に乗せられていく。
彼女は、全力で暴れるつもりでいた。
†
道路を封鎖されていた。
どうやら、それなりに権力のある組織の者なのだろう。
警察やら何やらを抑える力はあるみたいだ。
此処は、港町の一角……。
何故か、人気が無い。
こんな大きな街から、人の気配が無くなる、というのは奇妙な感覚だ。
しばらくして、グリーン・ドレスは車の外に出される。
どうやら、連れて行かれた先で、存分に暴れる、という目論見を見抜かれていたらしい。まあ、彼女の性格を知っているならば、当然の措置だろう。
此処で、彼女を存分にいたぶって、行動不能にしてから連れていく算段だろうか。あるいは、今、此処で始末したい、という目論見か?
別の車が到着して、中から、一人の人物が現れた。
そいつは、道化師の格好をしている童顔の男だった。
グリーン・ドレスは、かなり警戒する。
「よう。この辺りの住民全員は避難させたな? どうせ、話し合っても結果は同じだろうしなあぁー」
「はい。手筈通りです」
その男の部下だと思わしき、仮面を被ったカラフルな衣装のジャグラー風の男がかしづく。
この男は強い……。
それが、最初に見た時の印象だった。
ピエロの格好をした、マフィアだった。
顔は童顔で、年齢は二十もそこそこ、といった処だろうか。
「よう。俺の名はメテオラ。アルレッキーノっていう賭博組織のボスをしている。通称・殺人道化師」
「ああん? どうやら、テメェは、格好だけじゃなくて、知能が道化みてーだな。こんな広い場所で、この私に殺してくれって言っているようなものよねぇ?」
「はん。言ってろよ」
メテオラは唇を三日月型に歪める。
「私達を始末しに来たのかよ? ああ? マイヤーレを壊滅させたからか?」
「そういう事だなー。テメェらには責任を取って貰うぜ」
「しかしな。貴方さー。ふざけているんじゃあないのか? 見た処、少年に見えるけど? 下手するとラトゥーラ達と同じくらいの年なんじゃないの?」
「童顔なだけだ。もっと年取っている」
「信じられねぇな。しかし、アルレッキーノとやらのボスがそんなんじゃあ先が思いやられるんじゃねぇのかよ。仮装したガキがボスってのはなあっ!」
グリーン・ドレスはなおも挑発の罵倒を続ける。
「確かにな。俺は青二才だし、よく揶揄される。組織の運営の方も、幹部達にまかせっきりだ。俺はお飾りだって悪口は散々、叩かれている。だが」
メテオラは何も無い空間から引っ張ってきた、ナイフを両手に手にしていた。
「それでも、俺はアルレッキーノのNO1だ。要は俺が一番、強いってわけだぜ」
自信に満ち満ちた眼付きをしていた。
赤い天使は、息を飲む。
「メテオラって言ったか、クソ野郎。一つ、提案しておくぜ」
グリーン・ドレスは大げさに、両手を広げた。
「ピエロキャラってのは、得体が知れなくて、まるで何を考えているのか分からねぇ不気味さってのが売りだ。バットマンのジョーカーはそうだし、イットのペニーワイズだってそう。得体の知れなさと不気味さ。それがカリスマ性ってものに繋がって、恐怖を煽ってくるんだよな。だが、メテオラ」
彼女は挑発の言葉を止める事なく、自身の指先を突き付ける。
「テメェは本当に仮装大会だぜぇ。青二才のクソ餓鬼が粋がっているだけ。テメェからは不気味さも底の知れないさも感じねぇっ! スラムで粋がって、鉄砲玉にされるお子ちゃまみてぇな印象なんだよ! マフィアのボスの鉄砲玉としてな!」
彼女はメテオラから放たれている、底の知れない不気味さ、異様さ、そして、本能的に分かる強さをはねのけようと罵倒を続ける。まるで、自身に、眼の前の敵はタダのチンピラの小悪党、とでも言いたげなように。
「…………、実際、そんな感じの経歴だ。だが、グリーン・ドレス、テメェは勘違いしている。お前さー。ヴァシーレやレスターと戦ったか? 見習えよ。前者は狡猾な策略家。後者は無駄な行為を嫌う完璧主義者。赤い天使―。テメェ、能力が凄過ぎるのは聞いているけどよー。うぬぼれが強過ぎるてーのも聞いているぜ。お前、アタマ悪いだろ?」
今度は、メテオラが挑発を返す。
グリーン・ドレスは鼻で笑った。
「メテオラ。テメェはどう見ても、私と近い直情型の性格だ。なんで、ピエロの格好なんてしている? 隠し事とか、性格に底を隠しているとかって感じじゃねぇぜ? 他人を罠に嵌めようってタイプに見えねえぇ」
「………………。『アルレッキーノ』に対する揶揄だな、含む処があってな。ウチの組織のカジノのロゴマーク、ピエロなの知っているか? 俺がボスになる前からだけどなー。俺はアルレッキーノの何代目かのボスだからな」
メテオラは韜晦を含んだ物言いをする。
「はっ。一応、隠し事ばかりってえぇーわけか。だが、私には興味がねぇな。殺し合いにきたんだろ? やり合おうぜ? これ以上、無駄話を続けても意味ねぇだろ?」
グリーン・ドレスは中指を立てて、メテオラを睨み付けた。
「性格的には俺よりも、遥かに、ヴァシーレの方がトリック・スターだろうな。……それから、俺はお前らに無駄話をしにきたんだがなあー。だが、グリーン・ドレス。戦って話し合うしかねぇって顔しているから、仕方なく俺はやり合うぜ!」
グリーン・ドレスは。
掌に、炎のエネルギーを集めていく。
『カラミティ・ボム』が、メテオラに炸裂する。
メテオラは火達磨になる。
そのまま、ドレスは、宙に飛翔すると、炎を渦巻き状にして、メテオラを中心に火柱を作り上げていく。
これは、脱出不可能だぜ、と、赤い天使は軽く口笛を吹いた。




