第三十一夜 『オルガン』ポロックの拠点へ。1
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臓器売買組織『オルガン』の拠点の一つを見つけた。
この施設には、よくポロックが出入りしていると聞いている。
時刻は、真夜中の二時を少しだけ過ぎた処だ。
メテオラと残月は、それぞれいつもの格好と武器を携帯していて、その場所へと辿り着いていた。護衛はいない。……二人共、面子を掛けてでも、ボス直々にポロックの暴走を制止……あるいは始末する事を考えていた。
「やっぱり、他にも誰か呼べばよかったかしら……?」
「いや。駄目だぜー。俺のトコで奴の動向を探らせた部下達が惨殺死体で発見された。あのクソババア、ふざけやがって…………」
…………、やはり、下手な戦力では駄目だ。
メテオラも残月も、それなりの実力者だ。
下手な能力者程度では返り討ちに合うと言っていい。
二人が発見した『オルガン』の拠点は、地下の穴グラだった。
地下深くへと続いている、大きな洞窟を改造したものだと聞かされている。
地下へと続く階段を発見する。
メテオラは罠の確認を怠る事なく、階段を一段、一段、下っていく。
「死臭がするわよ」
残月は鼻を押さえる。
「そこら辺に転がしているんじゃねーのか? あの女の事だからよー」
「新鮮な死体……、腐乱死体……、古い死体の臭い全てがするわ」
「あいつ、死体性愛者だっつー、噂聞いた事あるんだけどよお。残月、奴の能力の全貌はどれだけ知っている?」
「人体を操作する能力……という事くらいしか聞いた事が無いわ」
「そうかよ……、その情報だけでも、奴の心の闇みてーなものが見えるなあ…………」
メテオラはトランプを投げていく。
からん、からん、と、侵入者を攻撃する為の振り子状の断頭台が現れて、トランプを切り刻んでいく。トラップは一応、張ってある。
だが、得体の知れない気味悪さがあった。
「生きている何かが確実にこの先にいるわ」
残月が言う。
「生きている……? 普通に『オルガン』の構成員じゃあねえぇのかよ?」
「生きている“何か”よ。それ以上は分からないわ」
何かが、二人の足元を駆け抜けていく。
残月は顔を蒼くする。
啜り泣き声のようなものも聞こえた。
「何っ!?」
「落ち着けよ、ネズミだ。タダの本物のネズミ……」
メテオラは唇を震わせる。
……なんだ? これは一体!?
ネズミは背中から、人間の指のようなものが生えている。
メテオラは跳躍して、階段を降りる。
そこには大型の業務用冷蔵庫があった。
小さな蛍光灯がブラ下がっている。
彼は周辺にトランプを撒いていく。
何が来ようが、これで防御も攻撃も出来る。
メテオラは何処からともなく火の点いた燭台を取り出して、空中に懐中電灯代わりに固定する。
木製の手術台のようなものが見えた。
手術台の上には古く乾いた血のようなものがこびり付いている。ボロボロの血の付いたノコギリも転がっていた。
「なんだあー?」
メテオラは態勢を低くしながら、周辺を見回していた。
何か、大きな水槽のようなものがある。
そこからは異様な臭いを発していた。腐敗臭、アンモニア臭。そして、その他のガス。
「メテオラ。それ以上、近付かないで。……それ以上、あんたが見てはいけないわ」
残月は煙草をポケット灰皿に入れる。
この気分屋の道化師は、水槽へと近付いていく。
そして、彼は中にいる者に光を当てた。
「メテオラッ!」
残月は叫ぶ。
メテオラは息を飲んだ。
水槽の中に入っているのは、一人の少年だった。まだ十代の前半といった処だろう。彼は全身の皮膚が焼け爛れていた。……おそらく、中には酸性か、アルカリ性か、分からないが、全身が焼け爛れていた。……どうやら、未だ生きているみたいだった。
彼は咄嗟に助けようとする。
残月は彼の背中を掴む。
「止めな。あたしらはポロックの『オルガン』の調査に来た。あの女が何をしようが関係無い。そうでしょ?」
「…………、この俺に、止めろ、って言うのか……?」
残月は溜め息を付く。
「分かったわ。……ただ、あくまで、調査の結果よ」
彼女の全身の刺青が光る。
残月の背後から、何本もの頭を持つ空中を泳ぐ海蛇が現れた。海蛇は辺りを漂っていく。
「あたしの『ベアルフル・ストリクス・大海蛇』を出した。この多頭の大海蛇は、地上ではなく地下。あるいは密室でのみ生み出す事が出来る。そして、辺り一帯の生体反応……生体の状態を分析する事が出来る。あんたにも、あたしの能力の一端は見せたくはなかったけど……」
残月は半透明な幾つもの頭を持つ、大海蛇を操っていく。
「…………、やばいわよ。メテオラ。こいつは…………、この施設は…………、完全に人体実験施設。そして、あたし達の周辺全てに“多くの生命の反応がある”」
残月はそのおぞましさに唇を震わせる。
「あたしは麻薬カルテルの女王……っ! あたしこそが、他人の人生を弄ぶ一番の外道だと思っていたけど。あの女はやはり…………っ」
メテオラは気付く。
壁の中で犇めいている大量の腕達。
床に転がっている、猿や虎、鳥といった他の生物と融合した少年少女達。
「出るわよ、メテオラ。怒りの反応がある。激昂しているのよ、あたし達が侵入してきたから…………」
それは巨大なライオンの胴体を持っていた。
頭の辺りに無数の執念少女の上半身が乗っていた。背中には巨大な鳥の翼を生やしている。尾は無数の蛇やムカデが生えている。まるで神話の怪物のような姿をしていた。少年少女達の頭部からは牛やヤギの角のようなものが生えている。
その怪物は床を這っていた、かつて人間だったものを鷲掴みにすると、そのままそれらを生きたまま食べ始めていた。
メテオラは……。
大量のナイフを何も無い空間から、出現させていた。
そして、そのナイフを次々と、その怪物の無数の頭……人間の頭へと投げ付けていく。怪物は悲鳴を上げて倒れた。
「な、な、なんだあ…………。あれは…………、こいつらはっ!?」
「ポロックが作り出した元人間の化け物達……じゃないかしら……」
残月は口元を押さえる。
「とにかく、この施設から出るわよ」
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メテオラはよろよろと身体を傾けて、壁に背を預けた。
「畜生…………があー。……俺は、俺は、駄目なんだ。子供を喰い物にする野郎があっ!」
メテオラは口元を押さえる。
「しっかりしてよ。あんた、マフィアでしょう? それも巨大組織のボス。あたし達はこれ以上、ポロックの『オルガン』の行動に口を挟むべきじゃあないし、あたし達はあくまで奴の暴走を止めるだけ」
残月は何とかして、彼を諭そうとする。
「分かっていたが。『オルガン』は異常だぜ。何もかもが狂ってやがる。ああ、畜生が……」
気狂い道化師は、本当に吐きそうな顔をしていた。
そういえば、残月は、メテオラの妙に子供っぽい純粋さに疑問を感じる。彼のような男……まだ、少年の面影を残したような者が巨大組織のボスなど務まるのだろうか? このドブのように腐った世界を清濁併せ持つものとして、マフィア達は生きているし、それが正しいものだと考えている。
ふと、残月は、彼の生い立ちや経歴に関して訊ねたくなった。
「メテオラ…………」
「なんだよ」
「あたしは…………、空っぽだ。ねえ、メテオラ。あんたやレスターは、何故、こんなゴミのような世界で信念を持てるのかしら? あたしには、人間がクソの詰まった袋にしか見えない。あたしは…………、麻薬ビジネスを糧にのし上がってきた。周りの連中はドラッグでハイになって、最後には廃人になって死ぬ。路上や刑務所で野垂れ死ぬクズも多いわ。そして、いつだって、あたしの代わりは幾らでもいるし、あたしが死んでも、ドラッグによる腐敗はMD中を、この世界中を支配し続ける」
「…………、信念なんてものは無ぇぜ。俺は埋めたいんだ……、過去にケリを付けてぇ。俺はただのガキだった。ただ、選ばれて、能力に目覚めて……組織の元ボスを殺害した。それだけだ。親友を沢山、失った…………」
そして、メテオラは憎しみに満ち満ちた眼で告げた。
「なあ、よお? 金を稼げねぇ奴は負け犬なのか? 数字を取れない奴は? ゴミか? 利用されるだけのクズなのか? どいつこいつも道化なんだぜ。滑稽だ。見世物なんだぜ。そして、幾らでも、もっとデカい権力に利用されるだけの地獄で這いずり回っている亡者みてぇーなもんだ。クズ同士が利用し合って伸し上がろうとして、僅かな利益の為に仲間だって売る。誇りなんて無ぇえ。それが、金と数字の世界だ。一つでも他人より上の数字が欲しくて、プライドなんてかなぐり捨てる…………」
メテオラは……その異様な道化師のファッションや、軽薄な口調、そして“立場”と違って、凄まじいくらいの激情を有している。残月は彼と知り合って、彼の事はよく分かっている。
「………………、俺はカジノ組織アルレッキーノのボスだ。きっと、金と数字を支配している神様みてぇーなもんになっちまったんだ。賭博に溺れる奴らは、地獄の亡者だよ。全員、生きながら死んでやがる」
下っ端のマフィア、犯罪者程、簡単に人を殺す。
コミッションが生まれたのは、調和の為だ。
利権の配分を調停する為には、温和に交渉していかなければならない。
レスターもムルド・ヴァンスも、沢山、人が死ぬ事を望んでいない。ムルドなんて、いつか温かい家庭を持ちたいとまで言っていた程だ。
組織のトップに行けば行く程、どうしようもなく当たり前の“普通の人間”だとか“平凡な日常”に憧れを持つのかもしれない。ただ、残月には分からない。理解も出来ない。彼女は真っ黒な虚無の中で生きている。ドラッグによって発狂していく人間ばかりを毎日のように見てきた。彼女はドラッグを支配してきた……つもりでいた。鉄格子の向こうで生涯を過ごす運命を辿った若者達を思い浮かべる。彼らの命に価値なんて無いと、残月は今でも思う。命に価値なんて無い……。
「メテオラ、やはり、あたし達、二人だけで動くのはマズイ。暴君達への接触も、ムルドとレスターに話した方がいい」
「ケイトは?」
道化師は訊ねる。
「…………、この際、はっきり言うわね。信用出来ない。ケイトは得体が知れない。あいつも、何か分からない動きをしている。そう言えば、連合全体で、暴君討伐の賞金を一番多く捻出したのはケイトだって聞かされている」
「はっ、ケイトもハブりか。何が全国委員会だ。ボス会議だ。仲良しグループだ。結局、まったく互いを信用も信頼もしてなかったじゃねぇか」
「今更、何を…………」
残月は呆れたように言う。
「あたし達の仲は、金と利益。権力と縄張り。そればかりしか無いじゃない? メテオラ、あんた、本当に青二才なの? ガキなの? なんで、あんた、マフィアのボスやっているの?」
彼女は罵りながらも、何処か、自嘲的な感情を含んでいた。
「ああ。だから、コルトラに組織の権力を濫用されて、ヴァシーレのクソ野郎にコケにされ続けている……っ!」
「メテオラ。あんた、最高に、中身も道化だよ。笑えるわよ」
そう言って、残月は吐き捨てる。
「笑える? 道化? この世界もだろ? サーカスだろ? 金、ビジネス、権力闘争、利権争い、なあ、いつまで滑稽な見世物を続けていやがるんだ?」
メテオラは被った帽子を投げ捨てる。
そして、地面に座る。
先程の地下室で、汗が滲み出て、メテオラのメイクが取れかかっていた。
彼の地顔は、まだあどけない少年のそれだった。
ヴァシーレと同じように、彼はまだ二十そこそこの子供なのかもしれない。腐った世界を充分に理解していない、どうしようもないガキ。
「とにかく、ムルドとレスターの処に戻ろうぜ。俺達だけじゃ荷が重すぎる」
そして、メテオラは付け加えた。
「残月よー。俺達は考えなけりゃー、ならねぇぜぇ」
ばしぃいいいいぃぃいぃ、と、メテオラはジョーカーばかりのトランプを切っていた。
「何が? あたしは動きたくない」
残月はキセルから煙を吐き出しながら溜め息を吐く。
「全部、暴君ウォーター・ハウス達のせいだぜぇ。均衡が崩れ始めている。売春専門のカルテルの利権争いが起こるだろうがよー。俺の『アルレッキーノ』とお前の『ハイドラ』。どっちも巨大ビジネスを担っているがなー。競合相手も多い。俺は警視総監サマが裏で動いてくれているが、残月。お前のトコは警察や行政機関のパイプラインが薄いだろ? ……その辺りは甘いんじゃあねぇえのか?」
「あんたに言われたくは無いけど………………、元々、あたしはあたしの代わりは幾らでも生まれて周り続けるって考えで、今の地位にいる」
「そうも言っていられねぇーぜ? ……『オルガン』が暴走すればなー」
メテオラは珍しく嫌そうな顔をしていた。
残月も不快そうに煙草の火を消す。
「ポロック……通称『心無い不死者』。あの女は暴走する……。その時はだなあ。この俺にだってよー、人としての倫理観はある……。幾らビジネスの為とは言ってもよおぉ? 踏み越えてはいけない線ってあるよなあ?」
「……あたしらカルテルが? 馬鹿みたいね。……あの女は嫌いだけど、単に汚れ仕事を請け負っているだけじゃない? あたしの存在だって、数多の人間を不幸にしている……メテオラ……。あんたとあたしは違う……」
「ギャンブルで破産して自殺する奴とか、一家離散する奴。売春する奴、ドラッグの売人に堕ちる奴、殺し合いをする奴、臓器を売って金にする奴なんて幾らでもいる。俺は正義じゃねぇし、くだらねー偽善を垂れ流すつもりはねー。だが…………」
メテオラは頭に王冠のように載せた道化の帽子を取る。
「俺はムルドやレスター程じゃあねぇが…………、最低限のモラルは必要だと思っている……。残月、…………、もし、オルガンが暴走するなら…………、俺達の組織が抑制するんだ……。一般人も、組織の連中も、……犠牲者は多く出るぜ……。あの女の能力は……、邪悪さに底が無いって聞いている……。俺だって、故郷が抗争によって、そこら辺一帯、道路とか小学校とかに死体が転がるような状態に変えたくねー。残月よー、お前はきっと、この世界に対して、空虚感の塊なんだろーが。俺は違うってだけだ」
「偽善者臭いわねえ」
「俺は子供が好きだからな」
メテオラは意外な事を口にする。
「それに、…………、俺からすると、一般市民は大切な客だ。俺の大切なショーに付き合ってくれる……。この世界は腐り切っているが……、俺は非情になりきれねぇ。……マフィアのボスらしくねぇ考えだけどよー」
「だから、権力を警視総監サマにブン取られるのよ。でも、メテオラ。あたしも自分の縄張りを破壊する危険性のある、あの女は止めるべきだと考えている……。いいわ。もし、オルガンが暴走するなら、ハイドラも動く」
残月は飄々としていたが、確かに決意を込めた眼で言った。
「そうか。じゃあ、俺は『サーカス』の準備をするぜぇー。街中に“テント張り”が必要だからなー。俺の能力を仕込んでおきたい」
メテオラは何も無い空中に、トランプを一枚、一枚、置いていく。
サーカス、テント張り……、犯罪や仕事の隠語ではなく、彼自身の超能力に関する何かだろう。空間をバラバラにする事が出来る……。残月は彼の能力は多少、知ってはいるが、彼は能力の全貌を隠している節がある。
「分かったわ……。なら、あたしはあたしの能力『ベアルフル・ストリクス』を仕組んでおく……手を打っておかないと…………。杞憂に終われば良いのだけど……」
残月は彼に同調するかのように、思考を巡らせていた。
残月




