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第二十七夜 マイヤーレのお城の中。『最初の本』 ニスナス 2

「極めて困った事なのだが…………」

 ニスナスは淡々とした口調で溜め息を吐いた。


「俺の能力は性質上、敵の強さそのものに左右されるのだが……、お前はどうやら、戦闘タイプでは無いらしいな」

 大柄で精悍な顔立ちの男は困った表情をしていた。


「そこをどいて貰いますっ!」

シンディは銃口を突き付ける。


「俺の能力は“中立”だ。等しく、災いが降りかかる」

 ニスナスは不気味に身体を揺らす。


 シンディは銃口から残りの弾丸を発射させる。

 二発の弾丸が、ニスナスの胴の辺りに命中していく。かちゃ、かちゃ、と、シンディは引き金を引き続けていた。そして彼女は弾切れを確認すると、すぐさまポケットから予備の弾丸を拳銃に入れていく。シンディは胸が張り裂けそうなくらい高鳴っていた。


 ……こいつを倒さなければならない……っ!


 自分はこの旅でどれだけ成長出来たのだろう?

 自分自身の人生を切り開く為に、この旅に出たのだ。……自分は奴隷のままでいたくない、マフィア・カルテルの奴隷、というだけでなく、この世界そのものの奴隷なんかで人生を終わらせたくない。


 大男は肩と胸の辺りに負傷しながらも、怯む事は無く、此方を睨み付けていた。ただ、彼は動かない。


「俺の能力『ザ・ブック・オブ・ジェネシス』は、お前達のカルマに反応する……。土は掘り起こすんだ。壁や床、そして大地は俺の能力を発現させて、お前達のカルマを掘り起こす…………」


 ニスナスは何を言っているかよく分からなかった。


 背後でサトクリフが激昂しながら、何かを発現させていた。


「おい。テメェ、突っ立ってねーで、そのガキを始末しろよっ!」

 サトクリフは両手から、何かを解き放とうとしていた。


「出すぜっ! 俺の能力は俺以外を無差別に襲うからなあっ! ニスナスッ! テメェ、突っ立ってるんだったら、俺が直々にそのガキを始末するぜっ!」

 マイヤーレのNO2である男の両手から、大量の電撃が放電されていく、それは鞭のようにしなりながら、地面を這っていく。電撃の切っ先は、大蛇の頭の姿をしていた。


 それは冷酷なまでにシンディを狙っていく。

 シンディはギリギリで大量の蝶を出して、鞭を一度目の攻撃を防御するが、蝶達はボロボロに焼き焦げていく。電撃の大蛇は床や壁に突き当たりながら、辺りを移動していた。


「はっ、脆いチョウチョの装甲なんざ、焼き喰らってやるぜっ!」

 サトクリフは叫び、壁にあった何かに触れていた。


 サトクリフは触れたものを、まじまじと凝視する。

 それは、サトクリフ……彼自身の顔だった…………。


 瞬間。

 サトクリフの全身に電撃が走り去っていく。

 それと同時に彼が出していた電撃の蛇は消滅していく。


「俺の能力は“中立”なんだ。敵も味方も指定出来ない……さて」

 ニスナスはシンディに掴み掛ろうとしていた。

 彼の両手にはロープが握られている。


 シンディはロープで首を締められる。


「仕方無い。お前は直々に首の骨でも折って始末するしかあるまい。お前の能力は敵を攻撃する、というわけではないみたいだからな」

 彼は不敵に笑っていた。


 そして…………。

 大柄の男はシンディに襲い掛かろうとして……。


 サトクリフの方を強く睨み付ける。


「この施設だが…………、サトクリフ殿……、なんですかな? 何故、売春婦達を汚い牢屋に閉じ込めている? 何故? お答え出来ませんか?」

 ニスナスは極めて不快そうな顔で、サトクリフを睨み付けていた。


 サトクリフは自身の能力で火傷した皮膚に触れながら、苦笑いを浮かべる。


「ニスナスよ。最初の本、お前、今、そんな事、関係無いだろうがっ!」

「大いに関係が…………、何しろ、俺は仕事を選びますが故に…………」

 そう言って、二人は少しの間、剣呑になる。


 しばらくして、ニスナスはポケットからスマートフォンを取り出して、何者かに連絡を入れているみたいだった。

 彼は誰かに電話していた。

 シンディは注意深く、ニスナスの行動も、サトクリフの行動も警戒する。……隙があれば、拳銃の引き金を引かなくては…………。


「あの、ムルド・ヴァンス様…………、少しお話が…………」

 ニスナスは電話の向こうの人物に、ためらい口調で何かを交渉しようとしているみたいだった。



「分かった。こいつのやっている事が」

 ウォーター・ハウスは浮かび上がっている自分達の顔を殴り壊して破壊していく。


 すると、ウイルスに感染するグリーン・ドレスと、火達磨になっているラトゥーラのダメージが収束していった。

 ウォーター・ハウスは彼らの傷の治療を行っていく。


 能力はヤバ過ぎる…………。

 だが…………。

 ウォーター・ハウスは、少しだけ違和感のようなものを覚えた。


 ……こいつは、攻撃を止めた……? 何か事情があるのか?


 何処か、ためらいのようなものを感じる。

 こいつは自身の全力を使うつもりが無い。

 能力の発動にためらいのようなものを感じる。

 …………、もしかすると、この能力者は、マイヤーレという組織に雇われているが、何か、このビジネスに関して強い不満があるのかもしれない。

 だとするならば…………、付け入れさせて貰うだけだ……。


「さて。ダメージが深いな。食糧庫を見つけられればいいんだが」

 ウォーター・ハウスは全員の体力の消耗を、かなり危惧しているのだった。



「あー、すまない。ムルド様、俺の美学としてマイヤーレに協力する事は肌に合いません」

<大恩を返せよ、ニスナスッ! 貴様の生活費の援助を散々、面倒を見てきただろうが。また、他のメンバーにゴク潰しだと言われたいのか?>

「俺は彫刻と油絵で生計を立てたい…………」

<やかましい、黙れっ! 確かに貴様は才能がある。だが、生活が出来ない……>

 普段は冷静沈着なムルド・ヴァンスが、電話の向こうで感情を露わにする。


「俺は仕事を選びたいんです、自身の美意識の限りっ!」

<もういい…………、勝手にしろ…………>

 心底呆れたと言った声が返ってきて、ツゥー、ツゥー、と、通話が途切れる。


「俺は路頭に迷うかもしれん。…………だが、サトクリフ殿、俺は貴方の組織に協力する事に嫌悪感を感じている。やはり、女子供を性の道具として利用するのは如何なものか……」

 そう言うと、ニスナスはその場を去っていった。


 シンディはぽかんとした顔をして言葉を失っていた。

 サトクリフは完全に半ば発狂したような顔をしていた。


 上の階から三人分の足音が聞こえる。


 暴君。炎の天使。そして、シンディの弟であるラトゥーラ。

 彼ら三名は準備万端で、この階へと辿り着いたみたいだった。


「食糧庫よおぉー。沢山、缶詰あって良かったよな。腹も膨れたし……ダメージからの完全回復が出来たなあぁ」

「レスターという奴のせいで、散々、ダメージ受けましたからね」

 ラトゥーラは乾パンと魚肉ソーセージを手にしていた。


 ウォーター・ハウスはニスナスとサトクリフを一瞥する。

 

ニスナスは両手を広げる。


「俺は降伏する。能力は解除した。依頼を受けているが、どうにもマイヤーレの用心棒は性に合わない。そこを通して貰えるか?」

「いいが…………、殺し屋としてのプロ意識は無いのか?」

 暴君は素朴な疑問を口にする。

「俺は殺し屋のつもりは無い…………、能力者として目覚めたが、……俺の本業は彫刻家であり、画家だ。喰えなくてな。その際にムルド・ヴァンス様が生活の世話をしてくださった。……だが、マイヤーレの護衛は気に入らない。女子供を虐待している。だから、俺は降りた」

 そう言って、ニスナスはウォーター・ハウスに名刺を手渡していた。

 どうやら、ニスナスの工房の住所が記載された名刺らしかった。


 ウォーター・ハウスは名刺に記載されたHPアドレスを見ながら、頷く。


「成る程、お前の作品には興味がある」

「宜しく頼む、暴君、お前は芸術作品が大好きだと聞いている。酷評して構わない。俺の作品の感想をくれ」

「いいが」

「宜しく頼むぞ」

 ニスナスは暴君に握手を求める。

 ウォーター・ハウスは思わず、彼の右手を握り締める。


 周りにいた他の者達は、余りにもあっさり、二人が和解した事に愕然としていた。

 そうして、ニスナスは階段をゆっくり登りながら、その場を去っていく。


「おい、ウォーター・ハウス。毒とか感染させたかよっ!?」

 グリーン・ドレスは不満そうに告げた。


「いや…………、奴は完全に戦意が無い。それに……俺はマイヤーレのメンバー全員をぶっ殺すとラトゥーラに約束した……奴はどうやら違うみたいだしな…………」

 ウォーター・ハウスはまじまじと、渡された名刺を見て、それをポケットの中に仕舞う。


 そして。

 暴君、炎の天使、ラトゥーラ、シンディの四名は、一人残されたサトクリフをまじまじと眺めていた。

 彼は全身から汗をだらだらと垂れ流しながら、両手を掲げて降伏しようとする。


「なあ、何、睨んでいるんだよっ! 俺はマイヤーレのボスじゃあないぜ。それに、ほら、俺もニスナスの攻撃の巻き添え喰らっちまってさあ。自分の能力で大きく負傷しちまったんだよおっ!」


「知らんよ。お前、サトクリフだろ。顔写真で知っている。組織のNO2だな」

「ウォーター・ハウスさん。マイヤーレのボスである老人、エスコバーレは私が始末しました」

 シンディが告げる。


「そうか、よくやった。怪我をしているみたいだな。今、治療してやる」

 ウォーター・ハウスがシンディの負傷部分に指先で触れていく。


「さて、サトクリフ。どうやって死にたい? もう上の階には誰もいないぞ。俺とドレスが全員、殺害した」

 ウォーター・ハウスは極めて冷徹極まり無い“暴君”の表情を浮かび上がらせていた。始末対象、抹殺対象にいちるの望みも与えない顔だ。


 サトクリフは、全身から冷や汗を流しながらも、どうにかしてこの場を切り抜けようとしているみたいだった。


「お、俺だって、俺だって、マフィアなんだぜ。それに軍隊上がりだ…………、貴様らなんぞに、クソ、クソ、クソ、せっかくマイヤーレの大幹部にまで登り詰めたのに……俺が売春ビジネスの利権を全部、手にする予定だったのによおぉっ!」

 サトクリフの全身は放電していく。

 彼は自身の能力を使って、自らを電気へと変えていく。

 近くにコンセントのようなものがあった。

 サトクリフはコンセントの中へと自身の肉体を電気化させて逃れようとしていた。


 しゅっぱん、と。

 何かが、投げ付けられる。


 ラトゥーラの炎の剣だった。

 それは電気化していく、サトクリフの体内に入り込んでいき、この元軍人の屈強な男を内部から焼き尽くそうとしていく。


「あぎゃああああああああああああああああああああああああああっ!」

 サトクリフはこの世のモノとは思わない断末魔を上げる。


「ラトゥーラ。お前が始末を付けるべきだが……、お前、本当に人殺しに嫌悪感があるんだったな? お前の姉はやったみたいだが」

 ウォーター・ハウスは、ラトゥーラの黒髪を撫でる。


「は、はい。………………不甲斐ないですが」

「特別サービスだぜ」

 グリーン・ドレスは言う。

 彼女の両の拳が炎によって包まれていく。


 ウォーター・ハウスも腰元に巻き付けていた、荊を両手に巻き付ける。


「俺とドレスが始末してやるよ。この男はな」

 ウォーター・ハウスは少し楽しげに言う。


 サトクリフはどうにかして、ラトゥーラから投げ付けられた炎の剣を体内から取り出して、電気化を解除する。


 元軍人の男は居すくみながら、近寄ってくる二人の人物を見上げていた。


「じゃあな。さよならだな」

「原型無くなるまで、焼き殴ってやるよ、ケツ孔野郎」


 サトクリフは必死で命乞いの台詞を口にしようとするが…………。


 どしゅどしゅどしゅどしゅどしゅどしゅどしゅどしゅどしゅどしゅどしゅどしゅどしゅ。

 

 暴君と炎の天使。

 殺人ウイルス付きの二つの拳と、燃え盛る二つの拳。


 二人の能力者の四つの拳がありったけ、サトクリフに向けて撃ち込まれていった。サトクリフはモノ言わぬ炎の肉塊になって、壁のシミへと変わっていく。


 ウォーター・ハウスは通路の奥で気絶していた、サトクリフ以外の幹部らしき男を見つけると、男の腰元から拳銃を引き抜いて躊躇無く、男の眉間に引き金を引く。血と脳漿が辺りに飛び散っていく。

 …………、これで、この城の中にいるマイヤーレの組織の者は、全員、殺害した、という事になるのだろう…………。


「さて。ラトゥーラ、シンディ。お前らとの旅は終わりだな。……っと、その前に、ファハンのレストランに四人で向かわないか? お前らの復讐が終わった祝賀会を行おう」

 そう言って、ウォーター・ハウスは来た道へと振り返る。


「その、ウォーター・ハウスさん、後で、私の下腹部の刺青……消して欲しいです……」

 シンディはそう告げた。

「ああ、消してやる」

「それに、此処に捕えられている移民の売春婦達の救助も…………」

「あのな…………、いい加減に……、俺は正義の味方じゃあないんだが……」

 ウォーター・ハウスは両手を広げて、大きく溜め息を吐いた。


To be continued


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