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第二十六夜 玲瓏の剣士レスターの『フラガラック』 4

 頂上付近だった。

 巨大な断崖絶壁が広がっている。

 絶壁から地面まで、軽く一、二キロ程度はあるだろう。

 絶壁の下には、濁流が勢いよく流れていた。


 グリーン・ドレスは、ウォーター・ハウスの治療を受けていた。


「あ、あ、あいつは本当に人間じゃねぇよ、なんなんだ、一体…………畜生が、あああああ……っ!」

 ドレスは悪態を付いていた。


「しかし、ラトゥーラ。よくやったな」

 ウォーター・ハウスはドレスの脚の傷を塞ぎながら、ねぎらいの言葉を少年に告げる。


「いえ、大した事なんて…………」

 ラトゥーラは、胸を押さえながら、未だ緊張を抑えられずにいるみたいだった。


「それにしても、その…………。あの敵、レスターは……。死んでしまったんですかね…………」

「それは無いだろうな……」

 ウォーター・ハウスは首を横に振る。


「どれだけ時間を稼げるかっていう話だ。だが、稼げた。頂上まで俺達は辿り着いたのだからな」


 シンディは、マイヤーレのボスを自らの手で始末するつもりだ。それは此処に来る前に事前に話し合っていた事だ。


 シンディは人を殺す覚悟を決めていた。

 自らを苦しめていた者を、マイヤーレという組織のボスを……。

 ラトゥーラは少しだけ、暗い顔をする。


「本当は、僕が姉さんの代わりにやるべきだった……」

 彼は握り拳を作る。


「ラトゥーラ。反省とか後悔はいい。俺達はやるべき事が別にあるぞ」

 暴君は、山の頂上に登ってきた者を見据えていた。


 騎士の鎧を着た玲瓏な顔の青年は、殆どダメージが無く、そこに佇んでいた。彼は顔や服に着いた雪を払い落としていた。


「何で、無傷なんだ、とか。まさか聞きませんよね? 脚は平気なのか? とか。まあ、少しだけ登ってくるのに困りましたけどね」


 レスターは標的である、三名を睨み付けていた。


「一応、聞いておく。俺の麻痺毒は効かないのか?」

「脚から瀉血してみたら、毒抜けましたねえ? やってみるものです。ふふっ」

 レスターの両脚からは、自ら血を抜いたのか、血管の辺りから血が滲み出ていた。


「ウォーター・ハウス。それから、グリーン・ドレス。それと…………、ええっと…………、…………。まあいいです。三名共、しっかり、始末しますからね」


「化け物が、畜生っ!」

 ドレスは叫ぶ。


「では、私に対しては、魔人、とでも呼んで貰いましょうか。ふふっ」


「相当にズ太い、クマムシみてぇな身体能力は褒めてやるけどよおぉ。今度こそ、この私が焼き尽くしてやるぜ」

 グリーン・ドレスは右の掌から炎を生み出していく。


「いや、下がっていろ…………、お前ら……」

 ウォーター・ハウスが言い掛けるが……。


 瞬間。

 グリーン・ドレスの右の掌が刃によって、貫かれる。そして、横に引かれて、肉をエグられる。


 更に追撃として、ドレスの胸の中心部にレスターの剣は深々と突き刺さり、いとも容易く彼女の鋼のごとき肉体を貫通させていく。ウォーター・ハウスが見る処、明らかに“『フラガラック』の空間を繰り抜く能力無し”の刺突だった。


 レスターは長剣をドレスの胸の中心部から引き抜くと、即座に近寄ってきて、炎の刃を振り回していたラトゥーラの顔面を厚底ブーツで蹴り飛ばす。そして、そのまま全身を回転させて、ショットガンのような膝蹴りをラトゥーラの左側頭部の頭蓋に叩き込んでいた。


 それが二、三呼吸の後、行われる。


 ウォーター・ハウスは露出した岩肌にあった、植物の蔓を引き千切って、自身の両腕に巻き付ける。トゲトゲしい即席のバグ・ナク(拳闘用武器)が出来上がる。

 彼は両手を掲げて、間合いを測る。


「お前は俺が一人で始末する」

 暴君はレスターを睨み付けていた。彼は手にした植物の蔓に麻痺毒を浸透させていく。蔓は鞭としても使えるだろう。射程距離内に入れば、即座に敵の皮膚に当てる事が出来る筈だ。


 ラトゥーラは完全に気絶していた。

 ドレスの方は、胸を押さえて出血を続ける傷口を焼いて止めようとしていた。


「…………、私も加わるぜ……。こいつは貴方一人じゃ厳しいだろ…………」

「俺一人でやる。…………、余計に此方のダメージが増えるだけだ」

 暴君はなおも、長剣を構えて、此方の様子を窺っているレスターから眼を離さずにいた。


「強いという事は美しい事ですよ。私は美しさの為に自らを鍛え上げた」

 レスターは剣をくるくると回転させていく。


「何を言っているか分からないが、俺はお前を始末する事だけを今、考えているよ」

「美の基準って、あるんですよ。私には……。それは、無駄な事をしない、という事です。戦いにおいて。それは部下や弟子に殺人の方法を教える時に強く言っています」

「ほう? 今、ラトゥーラとドレスを殺害出来たよな? 貴様、慢心していないか?」

 暴君は淡々と訊ねる。


 レスターは表情を変えない。

 彼は一撃で暴君の首を刎ね飛ばす、といった顔をしていた。


「ウォーター・ハウス。やっぱり、二人で倒そう。私は元々の(プラン)でしか、こいつを退けられないって思う」

 グリーン・ドレスはどうにかして、精神力を保ちながら、背中から炎の翼を生やしていく。


「さて。どうかな」

 ウォーター・ハウスはレスターが動くのを待っていた。


 このまま、永遠のごとき時間が流れる。

 だが、睨み合っていたのは、実際にはほんの二、三分といった処だろうか。


 先に動いたのはレスターの方だった。

 彼は問答無用で暴君の首…………、を、切り落とすフリをして、胴に狙いを定めていた。


 ウォーター・ハウスは身を捻って、レスターの斬撃を避ける。腹の辺りが、ツツッー、と、切り裂かれていく。


「ウォーター・ハウス………、無理だ。あなた一人じゃ倒せないっ!」

 グリーン・ドレスは叫ぶ。

「この私をもっと信頼してよっ! 力になれる、なあ、ウォーター・ハウスッ!」

 グリーン・ドレスは曇った顔で、自身の恋人の名を叫ぶ。

 見ていられない、といった顔だった。

 そして、暴君が制止しても、絶対にこの戦いの参戦を続けるといった声音だった。


「…………、分かった、グリーン・ドレス…………」

 ウォーター・ハウスは恋人の名を告げた。


「援護して欲しい、…………。そうだな、こいつは一人で倒せない……お前の力がいる……」

「分かったっ!」

 グリーン・ドレスは喜び勇み、炎の翼を広げて、空に舞い始める。


 レスターは剣の先を、剣を握っていないもう片方の手の指先で触れようとする。『フラガラック』の能力発動の条件だ。


 パシッ、と、レスターの左腕にツタが絡み付く。

 ウォーター・ハウスが放り投げたものだった。

 レスターの左手に『エリクサー』の麻痺毒が浸透していく。


「無駄な事を…………っ!」

 レスターは左手の指先を剣先に触れて、瞬間移動を行う。

 グリーン・ドレスは攻撃の位置を一度は見切って……いや、予測して、全身を旋回させる。


 レスターはドレスの背後へと瞬間移動していた。


「では、死んで貰いますか」

 酷薄な顔をした剣士は、容赦無く剣を振るって、ドレスの背中を切り裂こうとする。


「なあ。クソオカマ野郎。私の炎の翼は能力で生やしているんだぜ? 多少、変幻自在なんだ。そして、炎だけで飛翔しているわけじゃあない。意味分かるかよ?」

「何を?」

 レスターの剣がドレスの背中を切り刻もうとする瞬間に、レスターは自身の態勢が崩れている事に気付いた。ドレスの炎の翼が変形していっている。炎の翼、というよりも、まるで、炎の竜巻を背中から生やしているみたいだった。


「私は熱風によって、空を飛翔しているんだぜ? そして…………」

 レスターは炎の風によって生まれた、空の渦巻きの中に引き込まれた事に気付く。


「何っ!?」

 彼は空を待っていた。まるで、ハリケーンの中に呑まれたように全身が空を浮遊し、舞い上がっている事に気付く。


「こんなもの…………」

 レスターは『フラガラック』の能力で瞬間移動を行おうと、左手の指先で長剣の先に触れようとする。だが、左腕が思うように動かない。ウォーター・ハウスの麻痺毒か? だが……。


 指先は上手く動かないが、レスターはそのまま剣を持っている右手を動かして、左手の指先に剣を突き立てる。


 瞬間移動は成功して、グリーン・ドレスの腹の辺りを斬り付ける事に成功した。グリーン・ドレスは口から大量の血反吐を吐き散らしていた。


「さて。ウォーター・ハウス、後は、貴方だけですよ」


 どじゅり、と。

 レスターは両脚の太股に何かが、突き刺さった事に気付く。


 それは木の枝だった。

 まるで、レスターが先程、赤い天使に向けて放り投げたように、木の枝はレスターの脚を貫いていた。そして…………。

 どうやら、麻痺毒が両脚に浸透しているみたいだった。


 ウォーター・ハウスは距離を詰めて、レスターの下へと向かう。

 そして、左顔面に植物の蔓を撒き付けた拳を叩き込む。その後、胸、肩、腹へと拳の連撃を繰り広げていく。硬い植物の蔓がレスターの肉体に確実にダメージを与えていく。


 レスターはそのまま殴られた衝撃で、吹き飛ばされる。

 彼は自分が飛ばされた場所が一体、何処なのか気付く。


 背後からは、突風が吹き荒れていた。


 断崖絶壁だ。


 落ちれば、一、二キロの距離から遥か下の濁流の中へと落下する事になる。


「こんな…………、まさか…………」

「お前を倒すには、もうこの方法しか無いと思ってな。……ドレス…………、意識はあるか? お前がやるんだっ!」

 ウォーター・ハウスは叫んだ。


 グリーン・ドレスは何とか立ち上がり、炎の剣を生成すると。

 それをレスターの足下の地面へと向かって放り投げた。


 レスターの足下の雪が急速な勢いで溶け出していく。


「何っ!?」

 レスターの立っている場所は猛烈な勢いで溶解し始めて、流氷となって、崖の下へと流れていく。


「こんなっ! こんな下らない策で、この私を追い詰めようとしているのですか!?」

「仕方無いだろう。お前は強い。だからな」


 ウォーター・ハウスは手に、虫の幼虫を手にしていた。氷の地面で冬眠していたのだろうか。植物の蔓と一緒に掘り起こしたのだろう。幼虫は見る見るうちに、成虫へと変わっていく。それは蝿とホタルの中間のような生き物だった。おそらく、この辺りに生息している昆虫だ。彼はそれを弾丸のように放り投げる。


 レスターの腹と、左肩に命中する。


「毒虫に変えたが。別に適当に小石を投げるだけでも良かったかな」

 毒虫の牙が、レスターの腹と肩に傷を付けていく。

 レスターの全身に、まるで大量のスズメバチに刺されたかのようなショック症状が引き起こされる。


 レスターの胸に、ウォーター・ハウスの飛び蹴りが喰い込んでいた。

 レスターは即座に反撃しようとするが……。毒で身体がマトモに動かない。


 レスターは気付く。

 既に、自身は崖の上から転落してしまっている事に。


「無駄な事を…………、この私はまだ右腕が動きますよっ!」

「ああ。そうだったな」


 ウォーター・ハウスは近くにあった尖った岩を蹴りで叩き壊す。

 そして、それを落下するレスターへと向かって勢いよく放り投げる。

 レスターの身体の上に次々と岩石の破片が衝突していく。それでも、レスターは右手を動かして、フラガラックの瞬間移動を発動させる。岩石は粉微塵に消滅して、彼は再び、地上に戻っていた。


 炎の弾丸がレスターへと投げ付けられていた。

 グリーン・ドレスが放り投げたものだった。

 レスターは再び衝撃で、崖の向こう側へと転落していく。

 彼は右手の動きと、剣さばきが作る風だけで自身の肉体に点火した炎をかき消していた。


「ほう、ドレスの炎を消したか…………、なら、これもやるよ」

 暴君が冷酷な口調で言う。

 レスターの両脚にツタが絡み付いていく。そして、全身にも、植物のツタや蔓が巻き付いていく。彼は何とかそれを引き千切ろうとするが。


 既に、自身の肉体は再び断崖から落下している事に気付いた。

 彼は再び、剣を振ろうとする。


 どしゅっ、と。

 弾丸のような速度のある木の枝が、レスターの右の掌の下の手首を貫通していた。確実に手根骨と腕骨の辺りをエグり取っている。神経が上手く行き届かない。レスターは右手に持った長剣を取り落としていた。


「なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 レスターは思わず叫んでいた。

 既に、自身の肉体は転落場所より二百メートル落下していた。


「そのまま転落死しろよ。もしくは滝の水に呑まれて溺死しろ。もう二度と、俺達の処へ戻ってくるなっ!」

 ウォーター・ハウスは彼を忌々しそうに見下ろしていた。


 レスターはすぐに冷静な思考に切り替える。

 左手、両脚は暴君の生成した麻痺毒によって、マトモに動かない。

 グチャグチャに骨折した右手を使って、懐のスマートフォンを取り出す。


 そして、スマホでメールを発信する。

 自分が敗北した事を、マイヤーレのボスの代理人であるサトクリフとムルド・ヴァンスに連絡を入れたのだった。


 そして更に落下しながら、スマホで電話を掛ける。


「ああ。すぐに取ってくれて良かったです。もうすぐ、私はこのまま転落死する可能性がありますから。ニスナス。『最初の本』。後は宜しく頼みましたよ」

 そして満面の笑顔で、彼はスマホを再び懐に仕舞った。

 ……仕事用だけでなく、プライベート用のスマホを小型飛行機の中に積んでいて良かった、と、彼は安堵の溜め息を漏らした。


 そして、氷漬けの断崖絶壁を見ながら、既に遥か遠くに離れていた暴君へと笑顔のまま叫んだ。


「では、暴君っ! 私が生きていたら、個人的にもう一度、戦いませんか? 今度は、貴方が、ムルド・ヴァンスから奪われた腹を所有している全力の状態で戦ってみたいっ!」


 もうすぐ、落下先の濁流は近かった。

 空からは、追加とばかりに、次々にレスターへ向かって岩石やら何やらが雨あられのように降り注がれてきた。



「二度と貴様とは戦うかっ! このまま溺れ死ねっ!」

 ウォーター・ハウスは珍しく大声を出して悪態を付いた。

 そして、負傷している炎の天使と、倒れて気絶しているラトゥーラの方を見る。


「この旅で最悪の敵だった。…………、クソ。やはり、連中、最後の最後で隠し玉を…………、俺は奴の顔を二度と見たくないぞ」

 ウォーター・ハウスは珍しく、かなり消耗した顔をしていた。


「まったくだぜ……。最悪だ。…………、オロボンで出会ったペド野郎の老人や、メリュジーヌで出会った薬漬けのクソ女よりも、あのカマ野郎…………」

 グリーン・ドレスは地面に横たわって、改めて自身が重傷を負っている事に気付く。……やはりウォーター・ハウスと付き合っていて良かった。……彼が傷を治せなければ、自分達は何度も全滅している…………。

 暴君は、赤い天使の傷の手当てを行っていく。


「じゃあいくか。今度こそ全員でマイヤーレの城の中に、シンディが無事だといいがな」

 ウォーター・ハウスは気絶しているラトゥーラを担ぐと、渓谷の中間地点にあるマイヤーレの本拠地へドレスと三人で向かう事にした。

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