09.エピローグ
結局のところ、俺はセリアと共に生活をしている。人間ではあるものの、いつの間にやら魔王補佐という立場になっていた。
セリアが逃げ出したり落ち込んだりしたときに追いかけたり励ましたり、無茶苦茶な案を出した時のストッパーとして機能しているのだが……俺みたいな一般人がそこまで口を出していいのだろうか。っていうか素人に何を求めているのか。
とにもかくにも、休憩時間。
セリアは俺の横に座りながら、ペシペシと肩を叩いている。特に意味はない。
「はいはい、イチャイチャしたいのは分かりますけど、休憩終わりです。仕事しましょうねー」
リアルメイドさんがセリアの頭を撫でながら諭している。
先ほど休憩時間と言ったな。あれは嘘だ。休憩時間は五分前に終わっている。
「ええい、頭を撫でるでない! なぜ撫でるのじゃ!」
何故って、可愛いからだろう。
フシャーと髪を逆立てるようにセリアが威嚇。ここに来た当時と比べ、随分と雰囲気が変わったものだ。
「ご近所の奥様に、こうすると喜んでくれると聞きました」
「あの野菜売りめが、余計な事を!」
俺と出会う前に「頭を撫でてきた」というおb……お姉様方のことだろう。
「だから、仕事しましょう? ね?」
「いーやーじゃー、今日はもう疲れたのじゃー。ダンチク成分が足らんのじゃー」
「いや、仕事はしようよ」
なんだよダンチク成分って。いや、俺もセリア成分が足りないと思うときはあるけど、さっき補給したばかりじゃないか。
「ダンチクの鬼ぃ、悪魔ぁ、ロリコン」
「最後のそれはセリアが可愛いのが悪い」
「にゃふ」
セリアが誰の目にも分かるくらいふにゃりと破顔した。可愛い。ほっぺたうにうにしたい。
あと俺の影響で悪い言葉を覚えているな。俺はロリコンじゃない。好きな女の子が小さいだけだ。それにセリアはロリと言えるほど幼くない。小さいのと幼いのは別物。分かる?
月日が経っても魔力の影響で見た目と身長が変わらないらしい。なので、俺が年を取る分だけ年の差が離れて見えることになるだろう。その時は事案として通報されるやもしれん。
「ほら、いちゃついてないで、仕事仕事」
「うむ、わっち頑張る」
「単純だなおい」
セリアの雰囲気が変わったというのは俺だけの感覚ではない。メイドさんも常々噂しているのだ。むしろメイドさんの方が以前のセリアを知っている分、より感じていることだろう。
曰く、最近のセリアは前のように張り詰めた感覚がなくなり、非常に可愛らしいと。
魔王に対する評価としてはどうなのだと思うが、以前の評価を聞く限りでは、とても良い傾向だろう。
何せ近寄りがたい、怖い、魔力にあてられて気持ち悪くなる、魔王様の側使いはしたくない等々、散々なものだったのだから。
それに比べれば可愛いと言いながら頭を撫で、あしらいながら仕事してくださいと言うくらい……威厳は無くなったかもしれないが、健康的である。
魔王様に変化があった! なにが原因か!
そんな疑問は一瞬で消え去った。
なんでも、男を連れてきてから変わったのだと。
まるで俺がセリアを変えたみたいな言い分であるが、それは違う。セリアは元々あんなものだ。性格を変えていたのはセリアを取り巻く環境が悪かったせいである。
この城から一歩外に出れば、明るく元気なセリアこそ素の姿。だからおばs……お姉様方に愛でられていたのだろう。
仕事に対し嫌だとかダンチクーとか言って逃げようとはするものの、その仕事も以前とは比べ物にならないほど捗っている。
それもそのはず、この状況はかねてからセリアが望んでいたものだからだ。
腐敗した魔族を潰し、その仕事を王が引き受ける。人材を一から教育し、引き受けさせてもいい人材を見つけ、その人材に仕事を渡す。
以前なら滞っていた仕事がどんどん流れていく。下の者からすれば、万々歳。
そんでもって割りと俺に意見を求めてくる。素人に何を求めているのか。大事な事なので以下略。
さてさて、以前のセリアが荒れていた原因の一つとして、魔力の溜め込みがある。
魔力を溜め込みすぎると気持ち悪くなったり、攻撃的になったり、腹が痛くなったりと色々不都合が出るらしい。それを聞いて一瞬女性ならではのあの症状かよと思ってしまったが、これは野郎にも起こりうる魔力持ち共通の悩みらしい。
戦争に行ってある程度消費されたおかげで安定しているという見方もあるが、安定の一番の理由は俺が側にいることだろう。
俺としては止めて欲しいものだが、これがなくなったら困るのもよく分かる。
魔力が溜まったのなら、思い切り発散すれば良い。つまり、命を賭けた弾幕ゲーを週に何度か繰り返しているのだ。
そうしてひとしきり暴れた後に、身体を寄せ合って話をし、じゃれつき、英気を養う。
「早く後継が出来れば、わっちらは仕事に追われずにすむのではないか」
とは、ふとした時に出たセリアの言葉。当然それは本心ではない。
「つまり早く子供が欲しいと」
早く後継を作って隠居、思う存分いちゃつきたいと。
「なっ、ち、ちがぁ、いや、違くは、いやいや、いやいやいやいや」
正確には何歳なのか分からないが、成人を過ぎてもこれである。なんとも初心ではないか。
なお、実際に手を出すには至っておりません。健全などつき合い……じゃなくて、お付き合いをさせていただいております。
「ところでダンチク」
「なんでしょう、魔王様」
「手を、握ってほしいのじゃ」
「……仰せのままに。お姫様」
まぁ、なんだ。
なんだかんだ、楽しい日々を過ごしている。
あの日ラオネが転移させてくる直前に言った言葉を、今でも覚えている。
あまりにも小さくて、あまりにも一瞬だったけれど。もしかしたら、ラオネは聞こえないと思っていたかも知れないけれど。
ラオネがにこりと笑って、風景が気持ち悪く歪む中、あいつの口元は確かに動いた。
――あの子を、よろしくね。
セリアがラオネにとっての何なのかは分からない。何か縁があったのかもしれないし、ただのイレギュラー同士、仲良くやれよという意味だったのかもしれない。
ラオネの事は知らないことばかりだ。でも、それでもいい。
恩人の頼みなら、聞いてやらんこともない。
……
……
……ごめん、嘘吐いた。
ラオネの頼みなんか知ったことか。
いいか、ラオネ。
お前に言われるまでもねぇ。
ニヤリと笑みを深めながら、重厚な扉を開く。
「そんなわけで、安易な王位継承は止めた方がいいと思うんだが」
「開閉一番がその言葉ってどうなのじゃ」
まだまだこの国には、問題が山積みなのだ。
これにて本編は終了です。
けれど、セリア視点で少しだけ続けます。
拙者、同じ場面を別視点で見るの大好き侍で候。




