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 力を失ったと言われても、それはぼくのかんがえた略が使えなくなっただけだ。それ以外の特性は問題なく使える。今こうして俯瞰視点に移行出来るのがその証だ。

 セリアと戦った能力自体は残っている。

 依頼は終わった。

 つまり俺は自由である。

 いまさら日本に返せとかは言わない。帰ったとしても死ぬのだから。

 かといって、この世界の人間と関わるつもりもない。正確に言えば、人間はこの壁の向こう側にいるのだから関わりようが無い。

 魔族もそんなに悪くないんじゃないか、という根拠のない考えだけでも、まぁなんとかやっていけるだろう。

「さて、セリア」

「む、なんじゃ?」

「俺はセリアを倒した。いいな」

「うむ、ダンチクはわっちに勝った。誇るが良い」

「なら、一つだけ頼みを聞いてほしい」

「頼み? 何を頼むかは知らんが、ダンチクの言うことであれば、可能な限り融通しよう」

 よし、言質をとった!

 俺の取れる選択肢は多くない。その一つはセリアを頼ることだ。

 ラオネの元へ行くにしても、その方法が分からない。こうして魔王を倒した後に呼ばれるのか、それとも俺が死んだときに呼ばれるのか、はたまた呼ばれないのか。

 ラオネに呼ばれたならそこで改めて考えるのも有り。

 呼ばれないならこの場所で生きていくしかなく、平和ボケした日本人が保護も無くやっていけるとは思えない。

 なら、ラオネに呼ばれるまで、もしくは生活基盤を築くまで、保護してくれる人が欲しい。

「セリア、俺を君の傍に置いてほしい」

「んなっ!?」

 魔王の傍に置いてもらえば、生活基盤を築くなんて楽勝ですよ。むしろそのままニートしたいくらいだが、流石にそこまでは無理だろう。

 セリアは横で何かブツブツ呟いているが、きっと俺の生活スペースをどうするか、雇うとしたらどのくらいの給料を払い、どこで働かせるのかを考えているのだろう。ちゃんと魔王してやがるぜ。

 ところで、顔が真っ赤だ。何故赤面しているのかは分からないが、可愛い。

「つまりそれは……あぁいや、ううん、わっちとしても、ううむ、対等となるのじゃろうか」

 仮にも魔王を倒せる実力者を雇うという話だ。他に一切役に立てなくても、その実績は凄まじい。なんならセリアの暴走を止める役でもいい。そうすれば監視という仕事をこなしながら、この可愛い生物を見続けられるのだから。

 ……あ、やっぱ今の無し。毎度毎度弾幕ぶっ放されたら命がいくつあっても足りないわ。

「よ、よきゃ、よかろう! そのかわり……ダンチク?」

 噛んだ。可愛いなおい。

 どうやら結論が出たようだ。その割には声に動揺を感じられる。

「どした?」

「い、いや……なぜお主は……半透明になっておるのじゃ?」

「……は?」

 腕を上げ、手を見る。確かに、地面が透けて見えた。

「あぁ、なるほど、セリアを驚かせないよう、ゆっくりとってわけか。ラオネってば、粋な事するじゃないか」

 唐突にパッと消えるよりも、自分が消えることが分かって、相手もそれとなく分かった上で別れを言える。これが演出上とはいえ、粋でなくてなんと言うのか。

「ダンチク、何がどうなっておる。説明せよ」

 ううむ、上から目線である。であるが、上目遣いで俺を見ているセリアは何かを察しているのか、少しだけ目尻に光るものが。

「つまり、これでお別れだってことさ」

「……ぇ」

「俺は依頼主の元に戻るってこと」

「ダンチク……」

「じゃあな」

 多分、別れを告げれば一瞬だ。そのくらい、ラオネも承知しているだろう。

 セリアの叫ぶ声を聞きながら、俺はラオネの待つ、奇怪な世界へと転移した。






「――!!」

 セリアの叫び声を耳に残しながら、俺は目の前の男に挨拶をする。

「よっ、さっきぶり」

 相変わらず無駄にイケメンである。全く、折角勝って帰ってきたのだから、「これが本当の姿だよ」とでも言って美人女神の姿をしてくれても良かったのに。

「おつかれー」

「おう、おつかれー」

 パチンとハイタッチ。

 とはいえ、こういう気軽さはラオネが男の格好をしているからだと思う。許してやろう。俺は寛大なのだ。

 ……今から変わってくれてもいいのよ?

「おめでとう。そしてありがとう。矢切君。君の活躍で世界は救われた」

 仰々しい言い方だなおい。

「それはなんのゲームのエンディングを持ってきたんだ?」

「オリジナルだよ。多分」

「自信なさ気か」

 多分て。

「世に何千何万とあるゲームのエンディングを全て把握出来るはずがないからね」

「世に何千何万といる弾幕好きの一人を選んで言うことかよ」

 はっはっはっ。

 ひとしきり笑い合ってから、ラオネは真面目な顔で俺を見る。

「さて、矢切君」

 多分言おうとすることは分かっている。俺のこれからについて。真剣な話だ。

「その前に、何か祝いとかないのかよ。流石に疲れた。酒よこせ酒ぇ」

 仕事終わりの一杯が欲しい。切実に。それに神様が飲むお酒なら、特上品に決まっている。それくらいのご褒美があってもいいだろう。

 ラオネはこれ見よがしに溜息を吐いてみせた。

「はぁ……。ま、君相手に真面目な話を真面目に出来るとは思ってないし、少しくらいはいいか」

「やったぜ。なんでも言ってみるもんだな」

「まぁ、この世界では酔うなんて出来ないんだけどね」

「いいんだよ。酔うのが目的じゃなく、酒を飲むことが目的なんだから」

 最近はやれ高アルコール度数だストロングだと、強い酒ばかりが目立っているが、俺からすればそうじゃない。

 強い酒を飲んで早く酔いたいなら、洋酒でも買って飲んでいる。俺は早く酔って酩酊状態を楽しみたいのではなく、とにかく酒を長時間飲んでいたいだけなのだ。

 こっちの方がやべぇこと言っているような気がするが、とにかく美味しく飲んで長く楽しく酔いましょうと。

 飲む、酔う、寝るではなく。飲む、飲む、酔う、飲む。これが良いのだ。

「駄目人間っぷりに拍車が掛かっている気がするよ」

「だから頭の中を読むんじゃねぇよ」

 ラオネが用意した酒をとくとくと手酌で盃に注ぎ、クイッと呷る。

 トロリとした黄金色の液体が喉を通り、胃を焦がす。

 美味い。何が美味いのかは説明出来ないが、なんかこう、よく分からんけど美味い。甘みがとか渋みがとか米が麦が蕎麦が葡萄が複雑な味が繊細な味がふくよかで爽やかでさっぱりとしていて云々、そういったのは分かる人間が評価すればいい。

 美味いものは美味い。自分の気に入った味だと明言するだけでよかろうなのだ。

「お気に召したようで」

「うん。美味い」

 酒を飲めば、例え酔っていなくても多少話しにくいことも話せるもので。

 俺はラオネにも酒を向け、ラオネも肩を竦めながら盃を差し出す。

 傍に人が居るのだから、一人で飲むなど味気ない。

 まずは一献と、並々と酒の注がれた盃をカチリと合わせた。

「さて、飲みながらだけども、矢切君には幾つか選択肢があります」

「聞こう」

 一息に呷り、再び手酌で酒を注ぐ。

「一つ。僕の小間使いになる」

「それ前にも言ってたな」

 今度はペースを落として、ちびりちびり。

「二つ。どっかの異世界に放り出される」

「奴隷パターンのやつだよな」

 手の中で揺ら揺らと盃を揺らせば、波打った黄金に周囲の不可思議な風景が反射し、なんとも幻想的な水面となる。

「三つ。元の世界に戻る」

「戻った瞬間天国だよな」

 ラオネに酒を向け、二人して幻想を舐める。

「四つ。さっきの世界で魔族に白い目で見られながら頑張る」

「もっとマトモな選択肢はないのか」

「ないね」

「即答」

 驚きである。

「まぁ、なんだ」

 前置きをしながらクイッと酒を飲み込んだ。トン、と音を立てて盃を置く。

「たった数時間だけしか居なかった世界だけどさ、悪くないんじゃないかなぁって」

 少しだけ照れながら、あの世界の事を思い出す。

 赤茶けた大地。逃げ場など無いと壁に囲まれたステージ。やらかした白壁。……あれ? どこかに良かった要素あったか?

 ……顔が赤くなっているのはきっと酒精によるものだ。そうだ、そうに違いない。

「本音は?」

「セリアたんハァハァ」

「駄目だこいつ早くなんとかしないと」

 仕方ないだろ。可愛かったんだよ。素晴らしい景色パンツだったんだよ。見た目最高のヒロインだったんだよ。直情的で暴力的な解決方法に邁進するのはいただけないが、可愛いは正義なんだよ!

 好みでいえばもう少し成長してくれていれば良かったのだが、それを抜きにしても良ヒロインと言えた。

「駄目だこいつ早く」

「頭読むなって言ってんだろうが!」

 ラオネはやけに良い笑顔でふっと息を吐くと、残った酒を一気に呷った。

「まぁ、正直矢切君がその選択をしてくれて良かったよ」

「ん? どういうことだよ」

「あのイレギュラー魔王様は本当にイレギュラーの塊だってこと」

「詳しく」

 イレギュラーイレギュラーとか言われても俺にとって、何がそんなにイレギュラーなのかが分からない。行動こそ可笑しな物だったが、セリアは普通の女の子に見えた。

 普通の女の子は弾幕を使って大量殺人なんかしないって? 細かい事は気にしちゃ駄目だ。

「元々あの子には突出して魔法の才能があった。それこそ頑張れば転移だって出来そうなくらいに。魔力によって身体能力も上がっていて、反応速度も最高な状態だ。魔法の才能がある彼女の目の前で、三回以上も僕の転移を見せてしまった。その結果起こりえたのは」

「長い。今北産業で頼む」

「魔王、矢切君に、ご執心」

「流石に要訳しすぎて分からん」

 というか今北産業で通じるのかよ。ひそかにアンダーグラウンドに潜ってやがるな。

「魔王、矢切君にご執心。転移する直前にマーカー付与。この空間に居てなお、引張られてる」

「あらやだ怖い」

 ナチュラルに神に喧嘩売っていらっしゃる。

「一瞬、ここに招待しても楽しそうだなぁとか思ったけど」

「そんな事出来るのか?」

「面倒臭いから絶対にやらない」

「出来る出来ないじゃなくて、やりたくないだけかよ」

 というか、ラオネは基本的に元居た時間、場所にしか戻せないのではなかったのか。この話を聞いてると、セリアと分かれる前ではなく後に移動するように聞こえるんだが。

 疑問に思って聞いてみると、

「今は魔王によって君にマーカーが付けられているから、この場所とあの世界の時間が連動しているんだ。経過時間は一対一ではないけどね」

「なーる。だから時間経った状態で俺を戻せると」

「これだけ熱烈に君の事を引張ってくれているんだ。多分良い事だよ」

 それだけ好かれているということだよとラオネが言う。だが、そんなに好かれることはしていないはずだ。ちょっと弾幕系泥試合をしただけではないか。

 その『ちょっと』が出来る人が居なかったとしても、それで惚れるとか、チョロインもビックリなチョロさだ。

 どちらかと言えばライバル枠じゃないか?

「ラオネ、これだけは言わせて貰おう」

「なんだい?」

「イエス・ロリータ・ノータッチ」

「頭撫で撫でしてたよね」

「おぅふ」

 そういう意味では既にノータッチの信念が崩れていた。い、いやいや、ファンタジー世界だし、そんな世界での頭撫でくらいはノーカンですよノーカン!

「ちなみに彼女、環境のおかげで精神年齢は割りと低いし、過剰すぎる魔力のせいで身体も小さいけど、地球でいうところの成人年齢は超えてるから」

「つまり……」

「合法ロリ」

「イエス・ロリータ・ゴータッチ!」

 なんてこった。最高かよ。

「まぁロリって言えるほどロリロリしてるわけじゃないよね」

 確かに、幼女ではない。美少女って感じだ。後少し背が高ければ美女になるくらいのラインを保っている。

 つまり世界がセリアをロリにしていると言っても過言ではない。

「過言だよ」

「三度目の正直パンチ!」

「二度あることは三度あるガード!」

「ガキかテメェは!」

「矢切君がそれ言う?」

 男はいつまでもガキだからいいんだよ。ラオネは男なのか女なのかも定かではない神だろうが。

「……で、結局君はあの世界に行くってことでいいんだね」

「ま、な。袖振り合うも多少の縁って言うしな」

「袖振り合うも多生の縁、ね」

「ん? なんか違う?」

 生憎学が無くてな。口頭では漢字の違いなんて分からんのだよ。

「多少、多い、少ない。多生、前世、輪廻転生」

「へぇ、神様っぽい」

「僕が仏教を広めたわけではないけどね」

 そりゃそうだ。しかしそういうと、セリアとは巡り合うべきして巡り合ったと言えるのだろう。……あれ? つまりセリアとは元々縁があったというわけで。異世界に居るセリアと地球の俺との間に縁があったとはどういうことなのだろう。

 ……諺に一々反応していても仕方ないか。

「ちなみに、あっちの世界でそれに似た言葉ってあるの?」

「んー、無いわけでは無いけど、状況的には適さないね」

「なら、適した言葉は?」

「そうだなぁ」

 ラオネは少し迷ってから、敢えて新しく言葉を作るなら、と前置きをして。

「君の命も事の次第」

「そのこころは」

「成り行き任せ」

 イケメンがにこりと笑って、まるで巨人からデコピンを受けたかのような衝撃と共に、ぐにゃりと風景が歪んだのだった。






「成り行き任せで命の心配されてたまるか!」

 お後が全然宜しくない!

「ダンチク!」

「へぶっ」

 鳩尾に強烈な一撃。

 効いた……効いたぜ……。

 これは抱擁などではない。タックルだ。攻撃である。

 その証拠に俺は今衝撃によって飛んでいるのだ。これが抱擁であってたまるか。

 例え吹き飛んでいる短い時間にセリアが頭をガッと掴み、思い切り抱きしめていたとしても、これは攻撃の一種である。

 重ねて言おう。これは抱擁ではなく、攻撃である。

 その証拠に、俺の顔はムニムニと柔らかい双丘が押し当てられていたとしても、側頭部から後頭部にかけてミシミシと音がなっているのだから。

 痛い! やわらかい! 気持ち良い! 良い匂い! やっぱり痛い!

 感覚の波状攻撃である。

 良いか矢切暖竹、意識を顔面に集中させるのだ。そうすればほら、胸って押し付けられると見た目以上に素晴らしいって……

 ゴンッ!

 俺は白い壁に後頭部を強かに打ちつけ、意識を闇に沈めるのだった……。


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