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07.改善活動

 スキマワーげふん、端点移動を覚えてからは危険の無い安定的な立ち回りをする事が出来た。セリアも、俺がそういう移動を出来る事を把握したからか、より満遍なく弾幕を散らし、俺を大いに苦しめた。

 いやほら、スタミナ的には全く問題ないんですよ。でもさ、いくら安定した立ち回りが出来ると言っても、一歩距離を間違えれば死ぬって言う圧力はどうにも慣れないもので。体力よりも精神力の方が辛いのだ。

 さて、避ける分に関しては慣れも有り、ガリガリ削れていく精神を無視すれば問題は無い。

 翻って、攻めはどうだろう。

 当たり前だが、敵HPゲージなんて見えない。

 画面一方にしか撃てなかったゲームと違って、能動的にセリアの方に向かって撃とうとすれば斜めにも撃てる。つまりなんだ。ゲームでは自機の向きは一定だが、現実には一定じゃないので、自分の向いている方向に魔力弾が放たれるということだ。

 つまり、無理に相手の真正面に立ち続けなくても、セリアの場所さえ分かれば攻撃は出来るということだ。

 だが、やはり今までのプレイスタイルを変える事になるので、結局多くの時間はセリアの正面に立って弾を放っている。あと何故か真正面に向かって撃った方が威力が高くなっているような気がする。セリアの硬直時間が僅かに違うから、多分、きっと。

 ……でも、だ。とても倒せる気がしない。

 どんなに攻撃を当てても怯む時間は短いし、どんなに攻撃を避けても弾幕は変わらないし、なんなのこの体力馬鹿は。羊ってもっとか弱いイメージがあるんですけどねぇ!

 気が付けば戦闘開始から一時間が経過し、そのまま二時間、三時間と時間が流れていった。

 やがて太陽が傾き、戦場をオレンジ色に染める頃。

 俺の一撃がセリアの顎に当たり、それと同時に後ろへ倒れこんだ。

 それを見届けて、俺も身体を後ろに放り投げ、叫ぶ。

「どーだこんにゃろー、かったぞちくしょー」

 疲れすぎて語彙力が無くなっている。

「らおねのばーか。こんなんふつうしぬわー」

 まずは馬鹿神を罵倒。そうでもしないとやってられない。

 暫くすると、セリアが「あはははは」といきなり笑い出した。え、どうしたの、怖い。

「あー、疲れた。わっちはもう無理。限界。ほんっと、なんなのじゃお前は」

「なにといわれましても~」

「……楽しかった。凄く、楽しかったぞ」

 楽しさなんて俺には欠片も分かりません。やっぱ弾幕は画面を見て命の危険のない状態でやるのが良い。

「でしたら人間攻めるの止めて欲しいんですけどねぇ」

「それは無理じゃ」

「何故に」

「ふむ、わっちとここまで戦えるのじゃ。きちんとダンチクにも分かるように説明してやろう」

「馬鹿にしやがってー。いや、馬鹿だからおなしゃーす」

 セリアは「まぁ言ってしまえば単純な話なのじゃが」と前置きしてから、俺に説明してくれた。

「昔に奪われた土地を奪い返す。それだけじゃ」

「単純すぎた」

「魔族は寿命が長いからの。人間が世代交代しても、奪われた当事者はいまだに現役じゃ」

 住む場所を奪われ、魔族狩りが行われ、逃げ、必死に大きな街にたどり着いても、既にそこは飽和状態。故郷を奪われた者達はいまだに故郷に帰りたいと思っている。

 で、魔族の軍部はアホの子で、推測ではあるものの、人間とズブズブの関係になって豪遊していると。

 セリアは奪われた土地を取り戻し、その戦果を持って軍部の腐敗を無くす。

 ついでに奪い返した土地は、現状人間の国の領地であり、ただ街を奪っただけでは直ぐに奪い返される。そうならないよう、この土地を治める国を叩き潰してしまえばいいのでは。

 ……まとめるとそういうことらしいのだが、脳筋すぎない? それを考えて実行出来ちゃうセリアが異常なのだが。

 だが、ふむ。つまり、この戦いのきっかけを作ったのは、魔族ではなかったと。

「なんだよ人間最低だな」

 まぁ、人間なんて欲望の鬼で征服欲の塊みたいなものだからねぇ。ある意味納得ですわ。なんも知らない魔族が原因って言われるより、よっぽど納得出来る。人間の歴史なんて戦争の連続だからな。理由がどうあれ、戦いを起こしたのが人間側だって言われるのも納得。

 ほんっと、いつの時代も……いや、この場合どの世界もと言うべきか、人間は碌な事しない。

 まぁ魔族の精神が人間とは違うのかと問われても、俺には分からないのだが。もしも人間と同じならセリアのこの言葉の信頼性も怪しいものだ。

「それを人間であるダンチクが言うか。……いや、お主は本当に人間なのか?」

「人間ですぅ。これ以上無く人間ですぅ。人畜無害な地球人で日本人ですぅ」

「チキュウジンデニホンジンがなんなのかは知らんが、そうか、わっちと対等に戦える人間がおったのか」

「まぁねぇ……」

 言外に「魔王と張り合える人間が人畜無害なはずがあるか」と言われた気がする。

 しかし、そう考えると、無理に魔王を止める必要はないのではないか。ハッキリ言って自業自得でしょう。

 殴る資格のある奴は殴られる覚悟のあるやつだけだ。殴られたからなんだと言うのか。条約とかで決めたのならその内容で進めればいいが、そんなものはしていないのだ。

 なにより魔王を倒せ、止めろとは言われたが、魔王を殺せとは言われてないし、魔族を滅ぼせとも言われてない。こうしてセリアを一時的にも止めたわけだし、このまま争いが無くなれば依頼完了なのでは?

「もしも人間と魔族が争わなくて良い状態になれば、セリアはどうする?」

 地面に倒れたまま、ちらりと頭だけをセリアの方に向ける。

 ……セリアも倒れたままであり、なんとも眼福な光景が見られた。

 うむ、流石に自重した方がいいだろう。頭を地面に付け、空を眺める。

「む? 戦う理由が無ければ戦うことはない。大人しく我らの土地を返還し、今後一切攻めて来ないのであれば、問題ない」

「ちなみに、魔族の土地ってどの辺までなの?」

「丁度わっち等が戦った場所から少し進んだ場所かの。この谷を超えると平地になっておるのじゃが、そこまでじゃな。すぐそこじゃ」

「へぇ、すぐそこか」

「そうさな、距離的には僅か一晩でたどり着くじゃろ」

「すぐどこ?」

 この世界の少しの感覚が分からない。一晩って何よ。何キロあるんだよ。

「そもそもこの辺の土は随分赤茶けておるじゃろう。作物も育てにくいし、人間が住むには適さない場所じゃ。それなのに攻めてきおって……馬鹿なのか?」

「仰る通りで。……で、まぁ提案なんだけどさ」

 よいしょ、と立ち上がり、セリアに近付いてから手を差し伸べた

「境界線、引いてみない?」





 結局のところ、争いがなくなればそれで良いのだ。多分魔族と言う敵が見えなくなったら人間同士が争い始めると思うけど、そんなこと知った事ではない。

 人類が一つになるためには共通の敵を生み出すのが一番だとか言うけれど、共通の敵認識されたほうはブチギレても已む無しですわ。この世界に人権なんてあるか分からないけど、魔族にだって人間と同じくらい人権があって良いはずだ。

 魔王、倒しました。魔族、荒れました。大地、穢れましたでは目も当てられない。

 平和的に不干渉。それが出来れば一番良い。特に輸入とか輸出とかしているわけでもなさそうだし。

 じゃけぇ、線を引いちゃいましょうねー。

 ……簡単に出来たら苦労しない。だが、俺には一つだけ、とっておきがあるのだ。

 じゃじゃーん、ぼくのかんがえたさいきょうのひっさつわざー!(ダミ声)

 言わずもがな、ラオネから与えられた特殊である。

 やたらと恥ずかしくて長い呪文と技名が必要だが、オリジナルの魔法が展開できるらしい。文面を長くすれば長くするほど、中二病であればあるほど効果が高くなる。さらにオリジナルと言う事は、目的や起こす事象も思いのまま。恥ずかしさに目をつぶれば割とどんなことでも出来るのが『ぼくの考えた略』である。

 というわけで、まずは何を起こせば良いのかを考える。この際、何が出来るかなんてものは考えたら駄目だ。何でも出来る全能感。それが中二的には大事。

 するべき事は簡単だ。人と魔族が関われなくする。

 そのために必要な条件を搾り出し、言葉に直し、カンペを作る。

 ……別に戦闘中じゃないんだからカンペ見てもいいでしょ。

 ……

 ……

 よし、かなりの長文になったが、完成だ。正直見返したくない。恥ずかしい。

 っと、最後にもう一文追加しておこう。こうすれば完璧だ。恥ずかしさの極致である。

「じゃあ、始めようか」

 場所はセリアが指定した昔の境界線である。一晩行ったあたりというのは、あくまで『この世界の人間の行軍ペース』の話であり(それでも俺からすれば早すぎるのだが)、セリアが俺を担いで走れば割と短時間であった。

 ……うん、担いだ。あれは担いだ。物として。いいね?

 美少女から呆れた様な目で見られて、少しだけゾワゾワしたとかしなかったとか。

「一体何を始めると言うのじゃ?」

「僕は新世界の神になるっ!」

「頭でも打ったか?」

「ひどくね」

 やはりパロはパロと認識できる人が居てこそだ。

「冒涜も良いところじゃからの」

「まぁ、やろうとしているのは神に喧嘩売ってるようなものだけど」

「わっちにくらい教えてくれてもよかろうに」

「そう言えば、もう随分前からわっちになってるけど、ええのん?」

 一晩前からである。ちょっと今更感がある。

「良い。ダンチクに見栄を張っても仕方ないからの。ダンチクはわっちに勝ったのじゃぞ?」

「そんなものかね」

「そんなものじゃ。わっちにとって、初めてわっちと対等に戦える相手と出会えたのじゃ。そいつを尊重したいと思うのは当然では無いか?」

「うーむ、なんだろうこの友人枠というか、喧嘩仲間枠というか」

 これも一種のデレなのか? デレはデレなのかもしれないけど、これ以上先に進むのだろうか。ヒロイン力仕事しろ。

「とにかく、始めるよ。後は仕上げを御覧じろってね」

 断じて細工は流々なんて言葉は付けられないが。工夫などないごり押しなのだから。

 ともあれ、俺は考えに考え抜いた言葉を口に出す。

 詠唱、呪文、言霊、言葉は何でも良いけれど、なるべく淀みなく、カンペを読む。

『我は天地を支配し、創造する者なり。我は世界を二分し、世界の真実を隠す者なり。我は代償を払い神より与えられし大魔法を具現する者なり』

 始まりの祝詞。既に顔を隠して小さくなりたい。穴があったらめりこみたい。

『我は願う。我は請う。我は命令す』

 同じような言葉を繰り返すのは基本中の基本である。意味が違うときもあれば、同じ意味のときもある。そんなのは気分の問題で、それっぽくあればいい。

『陰と陽を分断し、互いの領分を侵す事無かれ。

 大地に聳える絶壁よ、あらゆる存在を拒め。その白は全てを弾き、拒絶する。

 延々と続く白亜の壁、遥か彼方、果ての果てまで届け』

 笑いそうになるのを必死に耐える。いっそ殺せ。

 目は閉じている。今セリアはどんな顔をしているのだろう。他人の視線なんて、今は邪魔でしかない。考えないようにしないと耐えられない。

永遠とわに、永久とわに、永劫とわに、不朽とわに、無限とわに。我求めるは万古不易』

 違う漢字に同じルビを振るのも基本中の基本ですよね。あまり聞かない四字熟語のもまた良し。

『越える者には罰を、穿つ者には鉄槌を、潜る者には絶望を』

 鉄槌とか絶望とか罰とか罪とか黒とか暗黒面がなんだかんだというのは無駄に、本当に無駄に、心に響く時がある。黒い服ばかり着たり、変なキーホルダー集めたり、腕にシルバー巻いたり。

『高く、高く、一片の欠損さえ許さぬ不変の壁となり、世界を分断せよ。

 我が力は神より与えられし傲慢。理不尽なまでの空想を現実に示せ。

 世界を縦断し、大地を分断せよ』

 後少し。もってくれよ、オラの腹筋。

『我は命令し、請い、願う』

 序盤の言葉を逆再生。終わりへと向かう。そして最後に追加した一文を。

『我が特性たる最強魔法を代償に、眼前に顕現せよ。


 “悠久なる支配者の壁エターナルウォール・ザ・ルーラー”』


 詠唱を終え、技名を唱えると、直ぐにそれは起きた。

 俺が設定した通りに呪文が起動するかは賭けだが、その少しずつ現れていく様子は想像通り。あとは強度とか継ぎ目とかが問題なければ、この問題は終了である。

 恥ずかしかったが、恥ずかしければ恥ずかしいほど良い。ハッキリ言おう。ラオネ死ね。

 呪文自体は単純。

 まず、「自分は凄いんだぞ、こんなことだって出来ちゃうんだ」という自己暗示。これから魔法によって何を起こすかを明確にする。

 人間と魔族の世界を陽と陰という二つに分け、絶対侵略禁止宣言。二つの存在が認知出来なくするように出来ればよかったのだが、流石に人間と魔族全員の記憶を操作するのは出来ないだろう。

 いや、もしかしたら出来るのかもしれないけど、したくない。

 人間が魔族に、魔族が人間にちょっかい出せないように、でかい、長い、高い壁をつくる。どんな方法であれ、境界を越えようとすると撃墜される。どんな風に撃墜されるかは知らない。ただ、呪文の通り、上を越えようとすれば罰を与えられ、壁に穴を開けようとすれば鉄槌を下され、トンネルを掘ってくぐろうとすればなんかよく分からんが絶望を味わうことになる。

 とりあえず壊れないように補強。朽ちないように補強。こんな想像の産物を世界に創造させようとしてごめんなさい。

 そして最後。これが最も大事な事なので、もう一度願った。

 要訳:二度とこんな魔法使わねぇからなヴォケェ。

 ぼくのかんがえたさいきょうのひっさつわざ。この最強魔法を今後二度と使えないようにする代わりに、このぼくのかんがえた略を発動。仮にも神(もどきだろうがなんだろうが神は神)の一柱であるラオネから貰った特性だ。代償としては十分。……十分、だよな?

 なんだよ、悠久なる支配者の壁って。自分のネーミングセンスを疑うわ。誰だよ支配者って。俺か? 俺なわけねぇだろ。明らかにエターナルでフォースなブリザードに引張られてるじゃねぇか。恥ずかしいを通り越して埋もれたい。でもいまここで埋もれようとしたら絶望が待っているから埋もれたくない。

 白い壁は今なおせり上がっている。呪文の通りであれば、大地だけじゃなく海もずっと続く長大な壁になるだろう。

 何も無かった場所に星を一周するような形の壁が一晩で現れるのだから、大きな騒ぎになるだろう。俺の知った事ではないが。

 さてさて、人間と魔族を分断したはいいが、俺はどちら側と言えるのだろうか。

 この世界の人間でもなければ魔族でもない。ラオネからの依頼もあるので、さしずめ神の使徒か。似合わねぇ。

「……なんじゃ、これは……」

 隣から呆然とした声が聞こえた。

「俺の一世一代の、一発限りの全力」

「わっちはこんな事をしでかすような出鱈目な存在と喧嘩しておったのか……」

「出鱈目て」

 それなんて対軍○具? な攻撃を笑顔で振り巻いていたセリアにだけは言われたくない。

 まぁ、たしかに出鱈目とは思うよ。あの長くてこっぱずかしい台詞にさえ目を瞑れば、なんだって出来るんだから。相手は死ぬとかいうのも出鱈目だけど、何者にも壊せない侵略不可能な壁を作るのも相当だよね。

 セリアが対軍なら、俺のは何に当たるのだろうか。対界? ……ないない。

「ま、二度と使えないからどうでもいいんだけどね」

「む? 二度と使えぬとな?」

 セリアが俺の漏らした言葉に疑問を持った。さっきも一発限りの全力だと言ったのだが、驚きが強すぎて聞こえていなかったのだろう。

「そうだね。もう二度とさっきみたいな長ったらしい呪文の、むやみやたらに効果の高い魔法は使えない」

 使えないし、使いたくない。

 俺の言葉を受けて、セリアは何を勘違いしたのか、うつむきながらフルフルと震えている。

「セリア?」

「スマヌ!」

 と思っていたら急に頭を下げられた。すわどうした、ご乱心か。

「本来ならダンチクに頼らずに解決すべき問題……。そのような多大な代償を払うことなど……」

 ……多大な代償ってなに?

「その力があればこの世に敵は無し、様々な事を己が手で成すことも出来たじゃろう。だというのに、その可能性をお主に捨てさせてしまった」

 ……いや、多分こんな事がないと使わなかっただろうし、別にいらないものを捨てただけなのだが。

「そして、そこまでわっちら魔族を救ってくれた事に……礼を言う」

 んん、なんだか認識に酷い差がある。もはや困惑しかない。

 下げっぱなしになっているセリアの頭をポンと叩く。

「別に、何か大切なものが無くなったわけでもなし。構わないよ」

「無くなっておるだろうが! ダンチクの力が!」

 ガッと胸倉を掴まれた。そして顔を胸に埋められた。おおう、美少女から抱擁とか、そんなのに対処出来るほど俺の対人スキルは高くないぞ。どうすりゃいいのさ。

「使わないものは無いものと同じだし、もしも残っていても使わなかった。だから持っていても持っていなくても、どっちでもいいんだって」

 クシクシと頭を撫でる。そりゃさ、目の前で凹んでる美少女が居れば慰めるのが男の役目ってもんよ。どんなに下手でもね。

 俺が慰められるような相手じゃないとか言っちゃ駄目。本当の事は人を傷付けるって知りなさい。

 セリアの体勢は変わらない。しょうがないなぁと頭を抱え込んだ。

「セリア。俺は俺のやりたいようにした。それだけ。俺は君を止めたかった。それだけ。それが出来るように力を貰って、それを終えたから力を手放した。それだけ」

 少しだけ鼻を啜るような音が聞こえたが、きっと気のせいだ。美少女が鼻水を垂らすはずがない。そういえば俺は花粉症だったからな。きっと俺の鼻が鳴ったんだろう。ブヒッ。

「ダンチク……スマヌ……ありがとう」

「セリア。可愛い女の子は笑顔が一番ってね。だから、ほら、顔を上げて」

「む、無理じゃ……少なくとも今は駄目じゃ……」

「むむ、じゃあ強制的に上げさせよう」

「なっ、やめっ」

 頭に回していた腕、頭を撫でていた手をセリアの頬に持っていき、顔を上げさせる。

「っ」

 セリアの顔は、真っ赤に染まっていた。

「じゃから、止めよと……」

 言葉が尻すぼみになって、目も右へ左へ泳いだ。

 俺は頬に置いた手を少しだけ持ち上げて、

「ほら、可愛い」

 彼女を無理矢理、笑顔に変えた。





 これはあれだ。思春期のお年頃な女の子が、見ず知らずの男に鼻を啜っているのを聞かれたのだから、恥ずかしいに決まっている。

 俺は寛大な心を持って、ブヒッと啜れぬ鼻を啜ったのだ。




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