06.二乙
「……」
「……」
沈黙がその場を支配した。
「……おい」
「なんていうか、正直すまんかった」
ラオネが頭を下げる。当然だ。
あまりにもお早いお帰りである。
「言っただろう。戻すなら君が元居た場所、時間にしか戻せないって」
「それは地球に、日本に帰る時の話しだろ! ちょっとぐらい融通利かせろよ! なんで死ぬ直前に戻って生き返った直後に腸撒き散らして死ぬんだよ! これじゃ攻略不可能だろ!」
しかも今回撒き散らしたのは体の後ろ半分からである。前方は傷がない。つまり、弾が体内にある状態のギリギリ生きていたタイミングで戻ってきて強制的に治療され、生き返ったら弾が体内から外へと突き破って死亡したと。
普通ありえないだろ。なんだこのクソゲー。無敵時間もなければ死に覚えも出来ないとか。開発者どこだ。
「人生はクソゲーだって良く言うじゃん」
「本当にクソゲーにしてほしくないんですがねぇ!」
「そもそもリアルで無敵時間があるとか考えてるのがいけないのであって」
「俺からすれば回避しようのない状態だったんですがねぇ!」
「ごめんって。なんとか調整するから、許してって」
調整出来るのかよ。最初からしろよ。難しいのかもしれないけど。
「本当だろうな」
「本当本当。さて、二乙なわけだけど」
「え、今のもカウントされんの? おかしくね?」
「流石に可哀想かなって思うけど、僕も万能じゃないんだよ……」
さすがに理不尽すぎませんかね。あと一回でどうしろというのか。
「……あと一回死ぬとどうなる?」
「知らんのか? ……死ぬ」
当たり前の事を当たり前のように言っただけだった。
「唐突にパロ入れるの止めてくれますかね、日本かぶれ」
「パロはパロだと気付いてくれる人が居るからパロディに成り得るんだよ。まぁ冗談はさておき、普通に死ぬよ。死んで、輪廻の輪に入って流されて、どっかで虫けらとして産み落とされる」
「いつも最終的に最底辺になるの、どうにかならないのかよ」
一体俺に何の恨みがあるというのか。それとも神の間で行われる高度な冗談の一種なのだろうか。だとしたら分かりにくいことこの上ない。
「実際どの命がどの器になるかなんてランダムだからね。知性体である人間に生まれるっていうのは、人生最初のガチャでSRを引き当てるようなものだから」
「解せぬ」
いきなり日本のガチャゲー仕様を説明に使うとか、やっぱりラオネは日本かぶれだな。
人間がSR……。大抵のゲームはSRよりも上のSSRとかURとかがあるわけで、そう考えると、地球で最も繁殖している人間ですらSRなのは少し面白い。
低レアでも活躍出来るゲームがあったりするし、縛りプレイとかもある。俺らの人生は神から見れば、そんなゲーム動画を見ているような感覚なのかもしれない。
「まぁ人によってはSSRとか引く人もいるわけで」
「でたよSSR。たとえば?」
こういうランクも良く分からないよな。レア、スーパーレア、スペシャルスーパーレアとかもう意味が分からん。それとも凄くレア、凄く凄いレアか。……前者だな。
「異世界でドラゴンになったり、有名な知性ある魔獣になっていたり、それこそ圧倒的な力を持つ魔王になっていたり」
「魔王SSR説」
なるほど。種族値――いや、初期能力か?――が高いのは高レアということだろう。そういえば最近転生物でも人外になる作品は多くなっているというし、つまりそういうことなのだろう。
「SSRを引いたからって、その後の人生が満足行かない可能性だってあるわけで」
「え、SSR引いた時点で勝ち組じゃねぇのか」
高レアこそ至高というわけではないらしい。やはりレア種族のなかにもキャラ補正というものがあるようだ。種族ではなくキャラ性能こそ人権ということか。
ラオネが「それがね……」と言葉を続ける。
「道半ばで討伐されたり、毛皮が剥がされたり、ぼっちを拗らせたり、色々あるんだよ」
「最後の魔王だよな。ドラゴン、魔獣、魔王だよな」
「生まれてからどうなるのかって、全く分からない。だから人生って楽しいんだなって」
こらっ! 目を逸らしながら言うんじゃありません。
「お前魔王嫌いなの? それともそれだけ観察しちゃうくらい好きなの?」
「たとえば、討伐されたドラゴンの意識が、直後に討伐した人の愛剣に転生・憑依した例だってあるんだから。自分で自分を切り裂くのってどうなのって感じ」
誤魔化した!
「剣に転生したことで魔剣扱いになってレアリティ自体は低くないのに、ドラゴン本人……本竜かな? としては最低最悪の出来事だろうね」
「自分で自分を解体するとか最低とかってレベルじゃねぇぞ」
「魔獣なんて生まれた直後に親が殺されて、人間に媚売って贅沢三昧」
「野生仕事しろ」
「そして魔王は永遠の中二病という不治の病」
「魔王に恨みでもあるかよ。デメリットが強すぎてレアリティ詐欺になりかねんぞ」
「それが当たり前の世界では中二病なんてなんのそのってね」
「たしかにそうだけど」
ファンタジー世界では中二だなんだって騒がれない。しかしそこに日本フィルターが入ると恥ずかしくて仕方ないというね。
「楽しむか嫌がるかは魔王次第。そしてそれを見て笑うのが神々です」
「神はゲス。ハッキリわかんだな」
「全ての神が善良な存在だとしたら人間なんか生まれてないよ」
「それ自分で言っちゃう?」
もうラオネってなんなんだろうな。神みたいな存在とは言っていたが、神だとは言っていない。笑っている神々の事を馬鹿にしたような言い方をしている。仮にも上司だろ。……あ、上司だからか。
「それはそれとして、なんとか被弾しない位置にまで戻すよ。それで、ほんの一秒くらいの間だけ、時間は止めたまま意識だけ反応させる。それで周囲の状況を把握して頑張って欲しい」
「割と難しい事を言ってくれるな」
「僕だって難しい事をしようとしているんだ。君も頑張ってくれ」
「俺にとってそもそも魔王を倒せってのが難しい事だと理解してくれ」
ラオネが言葉を続ける。無視デスヨ。
「ちなみに君を一秒前に居た場所に生き返らせるに当たって、魔王が少し前に通りがかった街が潰れる」
「待って。ペナルティが辛い」
「大丈夫。そこに人は既に居ないから。魔王が通ったときに殆ど人は逃げ出したから」
「そう言う問題でも無くて、確かに全く影響を出さずに復活は出来ないって言ってたけど」
殆ど逃げ出したって事は、全員ではないってことだ。軍人が残っていて一戦したのかもしれない。
「代わりに残っていた家畜とか魔獣とかペットとかが犠牲になったけど」
「なんでやネッコは悪くないやろ」
そんなのってないよ。
「その全ての命の上に君の命があるということを肝に銘じておいてね」
追い込み方がえげつない。さてはこいつ邪神か。そうなんだな。
「くっそ、これ以上の犠牲を出さないためにこれで決める!」
「どっちにしろ二乙だから後はないけどね」
「分かってるよ馬鹿野郎」
俺は半泣きになりながらも復活するのだった。
きらきらと光が舞い、俺の身体が復元され、周囲の状況を確認し、……どこか遠くで地鳴りがした。
「畜生! イッヌの仇!」
やってやるぜと気合を入れて、まずは周囲の弾幕を回避していく。
「ぬぅ? 当たったと思ったんじゃがの」
えぇ、当たりましたけどね! ついでに言えばもう一回腹に穴開けられましたけどねっ!
「何故ダンチクはそこに居るのじゃ? あぁ、お主は面白いの」
セリアがニコリと笑う。畜生、可愛いじゃねぇか。
「でもそれも終わりじゃ」
クルリクルリとセリアが舞う。手を振る度に何色もの弾を空中に浮かべ、ステップを踏むたびに密度が増え、回るたびに輝きが増す。とても美しい舞であったが、同時に酷く暴力的な光景。
弾の飽和にはまだ早い。まだ隙間は残っている。その隙間を埋め尽くすように魔力弾が増えて……
彼女が一つウインクをすると、一斉に発射された。
逃げ場なんて殆ど無い。
「(でも、大丈夫)」
このパターンは知っている。
セリアが横に移動しながら右に二回ステップをした時がある。一回目と二回目のステップの間。縦位置はセリアから八キャラ分下方。
「ここが安地!」
「ははっ、まさかコレを避けるか! 楽しいのぉダンチク!」
「ぜんっぜん! かーらーのー、食らえ!」
初めての攻撃。
魔力を前方に集めて魔力の弾を作り、放つ。たったそれだけの小さな一撃だ。
手を前に出す事はしない。必要なのはイメージ。ただ俺の位置から真っ直ぐ打ち出すだけのイメージ。
簡単だ。そんなの、普段から見慣れている。
音も立てずに魔力弾が放たれた。
弾は何にも邪魔される事なく真っ直ぐ進み、
「んごっ!?」
無防備なセリアの顎を撥ね上げた。
ダメージはそれほど大きくないだろう。それでも一瞬弾幕が途切れる。
「今のはウッマの分! そしてこれは……畜生、あそこに居る家畜がわからねぇ! ヌッコの分!」
今度はセリアの腹に魔力弾がぶち当たる。
「んぐぶぅ」
「さっきっから美少女が出していい声じゃねぇな!」
俺の感覚からすればセリアはヒロインなのだ。異世界で最初に出会った少女。そんなのはヒロインに決まっている。即敵対したけど、そんなのは些細な事さ。
「だ、ダンチク……なんじゃお主の『ソレ』は」
セリアが新たな弾を出す事も忘れて尋ねる。
その問いに、俺は答える事が出来ない。
「はぁ? 何の事だよ」
「とぼけるでない!」
とぼけてるのではなく、何を指して、何が疑問なのかが分からないのだが。
「何故お主の攻撃がわっちに当たるのじゃ!」
「取り乱して一人称戻ってるぞ」
「何故お主の攻撃が妾に当たるのじゃ!」
言い直した!
しかし、何故ときたか。何を持って疑問に思っているのかがさっぱりだ。
セリアは一度腕を振り、新たな弾幕を眼前に用意した。
「これだけの魔力攻撃の中、普通なら攻撃が通るはずないのじゃ。ましてダンチクのは魔力攻撃じゃろう。妾の攻撃がお主の攻撃を弾くはずじゃ!」
……あぁ、そういうことか。ようやく合点がいった。それなら簡単だ。
「だって……自機の攻撃が敵の攻撃に相殺されるなんて弾幕ゲーじゃありえないだろ」
「……はぁ?」
「そんなもん糞もいいとこだ。普通のシューティングなら弾かれるのも稀にある。でも、俺のコレは事情が違う」
ラオネが弾幕に挑む為に用意してくれた攻撃だ。わざわざ俯瞰視点を用意し、自機を大きく見せる当たり判定の誤魔化しをしているラオネが、だ。
攻撃が届かないなんてことになったら魔王を倒せるはずがない。だからラオネの準備してくれたこの魔力弾は、弾幕ゲー準拠になっていて当たり前なのだ。
逆に言えば俺の攻撃もセリアの攻撃に影響を及ぼさない。それどころか俺の攻撃が邪魔で回避ミスなんてこともありえるのだが、そこは注意するしかあるまい。
「つまり、セリアの攻撃が弾幕だから当然なのだよ!」
「なにがつまりじゃボケー!」
セリアが怒った!
ぶんぶんと腕を何度も振るい、弾速の早い弾を何度も出してくる。
おかしいな、発狂モードはまだまだ先だと思っていたのに、そんなに防御力が低かったのか?
違う、そうじゃないとセルフツッコミを入れ、まぁそれも仕方ないなと思う。
ゲームが何かを知らない相手にゲーム仕様の攻撃だからと言っても「馬鹿にしてんのかゴラァ!?」となるのも当然の話だ。
つまりHPトリガーではなく、単純に挑発からの狂気乱舞。ゲーム的システムではあるが、ここはゲームではなく現実だと教えてくれる。
発狂モードを終わらせたら倒した事にならないかなぁ、なんて、システム的な部分で考えているが、無駄だろう。
さて、この状況、どうやって潜り抜けるべきか。
気がつけば俺の周りにはいくつもの弾が隙間なく円形に並べられている。俺が多少動くとそれにあわせて弾も移動するが、大きく動いても弾は動かない。つまり移動範囲の制限だ。
もしも俺が俯瞰で見ていなかった場合、目の前に広がるのは光弾の壁である。当然何も見えないので、セリアが続けて繰り出す攻撃を避ける事は出来ないだろう。
「このっ! これも避けよるか。お主の知覚は一体どうなっているんじゃ」
いやまぁ、確かにこんなのチートだわな。
「これならどうじゃ!」
セリアが両の腕をゆっくりと横に振るうと、俺を囲んだ円形の弾が徐々に右へ右へと移動する。避ける隙間がないので、自然と俺も弾と一緒に移動し、徐々に壁の方へと近付いていく。
弾は壁と接触しそうになると接触部分のみ消滅し、さらに俺を壁へと追いやっていく。
「(あれ、これは……不味くないか?)」
こんなパターンは知らない。相手は機械ではなく人間なのだから、パターンにない事をしてくるのは当然だ。
ジリジリと移動し、ついに俺の右肩が崖に触れる。
「くそっ、せめて少しでも弾と壁に隙間があれば!」
少しでも隙間があれば、なんとかそこを抜けられるはず。一瞬だけ俯瞰視点を切ってみるが、目の前には高さ方向までも埋め尽くされた弾の壁。足元からも抜けられず、再び俯瞰視点へ切り替える。
「流石のダンチクもこれで終わりのようじゃなぁ!」
やばいやばいやばい。死ぬ死ぬ死ぬ。
俺はどうにか崖に逃げ場が作れないか、自棄になりながらガン、ガンと体当たりを繰り返す。
「わっちの勝ちじゃダンチク! 今降参すれば見逃してやらんこともないぞ」
そんなこと言って、弾の速度がまるで緩んでないじゃないか!
――南無三!
壁に体当たりをしながらこれから来るであろう痛みに耐えるよう、ギュッと瞼をきつく閉じる。
「……ッ!」
あぁ、これで三乙。すまんなラオネ。俺には魔王を倒すなんて不可能だったんだよ。
「……!」
どう考えても一瞬で身体が無くなってしまう。こんな目を瞑るだけの抵抗なんて無駄なんだろう。でも痛いのはやっぱり嫌だ。
「……」
時間が妙に遅く感じる。体感時間的には壁にぶつかっていてもいいだろうに。あぁ、これが死ぬ前の一瞬が引き伸ばされる感覚ってやつなのか。
「……」
なら、少しくらい目を開けてもいいのかもな。もしかしたらセリアが攻撃を止めて助かるかも知れないし。
パチリと目を開ける。
「……え?」
目をきつく閉じていたからか、俯瞰視点が解除されており、自身の目から情報が入ってくる。
身体が斜めに傾き、地面に激突。ゴロリと一回転。
「なぁぁぁ!?」
次いで、耳からも情報が入ってくる。
「は? え?」
「なんでお主はそこに居るんじゃぁぁ!?」
情報を整理したい。
まず、左側に壁。
うん、まずこの時点で意味が分からない。
俺ってばさっきまで右肩で壁に体当たりしていたはずなんだけどね?
次に叫ぶセリア。
うん、俺が知りたい。
俯瞰視点を再起動。
すると、先ほどまで居た位置の反対側の壁近くに俺が居る事が分かる。
「……いやいやいや」
わけわかめ。
ともかく今一つだけ分かる事は……
「奇跡的、ゲームオーバー回避!」
ガッツポーズ。
セリアの攻撃が右側の壁に集中していたためか、今この周辺には弾は全く無い。そしてセリアも驚いているため、新たに攻撃を放つ様子が無い。
今のうちに起きた事を把握するべきだ。
まずセリアの攻撃は俺の全方位を埋める攻撃だった。仮にその攻撃が迫ってくるのであれば、先ほどのセリアの言葉ではないが、魔力攻撃同士が接触し、あるいはすり抜けていても、逃げる隙間が生まれていただろう。
だからセリアは隙間を作らないまま右側に移動させる事を選んだ。壁に当たる直前に弾を消したのも、消さずに留めていたのではやがて留めた場所に魔力攻撃が集中して当たり、イレギュラーな隙間を生むのを恐れたため。
どちらにしても壁に追い詰められ、逃げられないのだから、その内弾で圧殺される事になる。
俺は何とか隙間を少しでも作ろうと、壁に体当たりをする。
ガン、ガン、ガン、と三回。
……いや、実際には三回目の衝撃は無かったので、二回目と三回目の間でこの現象が起こったと分かる。
まるで画面の端から画面の端へワープしたかのような……うん? 確かそんな事が出来る弾幕ゲーがあったような気がする。
「あ」
そういえば、一つ。一体何だよコレと言っていた特殊があったのを忘れていた。
――端点移動
そういうことかよ! どう考えてもスキマワープです本当にありがとうございます。割と本気で。
とにかく、謎は全て解けた。
これならまだ戦える。
俺は気を取り直して、全力の魔力弾をセリアにお見舞いしてやった。
いくら力を籠めても威力は変わらないんだけどな。