02.俺式転移事件(後編)
「話を戻すね。君には魔王を倒してもらいたい」
「まさかの王様と勇者ポジ」
前言撤回。そんな村人一人に魔王討伐とか有り得ないから。お願い聞いたら死んじゃうやつだからそれ。一人に頼むんじゃなくて軍を編成しろよ。
「普通はこんな事頼むなんて無いんだけどね。僕の想定と違って、あっちの世界における戦争の方法が大分様変わりしていてね」
俺の動揺を知ってか知らずか……多分知りながら無視してるんだろうが、ラオネはなんでもないように話を続ける。
「戦争だって?」
「そ。魔王対人ってね。王道……お約束でしょ」
そんな「好きだろ? お約束」って顔で見られても。
「マジ無理だわ。無理ゲーですわ」
戦争どころか殴り合いの喧嘩も経験したことないし、したいとも思わない平和ボケ日本人に何が出来ると言うのか。
「大丈夫大丈夫。君にはうってつけの戦闘内容だから」
何が大丈夫なのだろうか。ラオネの言っている事が一つも理解出来ない。意味分からん。日本語でおk。
「矢切君はネットスラングを日常会話で使っちゃう人かな?」
「さらっと頭の中覗くのやめろください」
神ってそんな事も出来るのかよ怖い。
「ハッキリ行って、この世界の戦争……っていうかこの魔王の戦闘は物量特化型なんだよ」
何事も無かったかのように話続けるのかよ。俺の苦悩を聞いて下さい。あ、やっぱ頭の中覗かないでください。
「物量特化に一人で挑めってか。無理ゲーにも程があるだろ」
頬をパシンと張って意識を切り替える。
物量特化と言う事は大軍を用意するということだろうか。大軍対一人。いやもう無理に決まっている。猪武者だってもう少しまともに考えるぞ。
「ところがどっこい、無理じゃない。大抵は魔王一人で来て盛大に魔法をぶっ放して戦闘終了。例えるなら、剣と魔法の……それも剣の方がメインのファンタジー世界に、画面を埋め尽くすのが当たり前な弾幕ゲーのボスがポンっと現れたみたいな」
だから、魔王さえなんとかすればイケルとラオネはグッと拳を握る。
どこらへんがイケルのかサッパリなんだが。流石神。無茶振りが手馴れてらっしゃる。
「そこで君の好きな事が生きるわけだ」
「なおさら分からん」
俺なんてちょっとゲームが好きなだけの取り柄の無い人間だぞ。……言ってて悲しくなってきた。
「まずはこちらをご覧ください」
「なぜいきなり丁寧に……ってなんだこりゃ」
ラオネが指を振ると俺の目の前にゲーム画面のようなものが展開された。
「こりゃまた……なんの弾幕ゲーだよ」
画面上に敵ユニット。そして画面全体を埋め尽くすかのような弾、弾、弾。その弾は垂直に下に向かったり斜めに移動したり、早かったり遅かったり留まったりしている。
すごく……見たことのある画面です。例えでもなんでもなく、弾幕そのものなんですが。
「これが魔王の攻撃を俯瞰で見た状況ね」
「……なるほど物量特化か」
確かに弾幕ゲー……いわゆる避けゲーなんてのは自機に対して攻撃が過剰すぎるのが特徴だ。ハッキリ言って一機に対する攻撃ではない。ばら撒いてナンボ。弾が花火みたいに派手で綺麗なのが良い。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。ゲームコンセプトとして当たり前なのだが、現実的に無駄もいいところだ。一対多の殲滅用途こそが本来の使われ方なのだろう。
「この弾の一発一発で人なんか簡単に死ぬ。それを派手に豪快に何度も繰り返すのが魔王。ほら、弾幕好きな矢切君にピッタリ」
「リアルで避けゲーしろって? 無茶な事言うな。大体現実じゃ俯瞰で見れないだろ。自慢じゃないけど体力不足で直ぐに被弾するイメージしか見えないぞ」
弾幕ゲーの敵が出てきたので、弾幕ゲーの主人公を用意してみましたって、阿呆じゃなかろうか。
俯瞰視点の欠如、運動不足による体力切れ、リアルで一瞬も油断しないための精神力、パターン把握までの試行回数、相手を撃退するための攻撃能力。足りないものだらけだ。
弾幕ゲーでは避けるために大きく動くことは多くない。チョン避け(自機の体一つ分程度の移動)が基本だが、攻撃の誘導による空間の確保、強化アイテムの取得など、動くときは動く。敵を撃破しなくてはいけない状況においては、如何に敵の正面に立てるかも重要だ。
「そんな矢切君にこんなものを準備しました」
そう言ってラオネが指を鳴らすと、なにやらステータスのようなものが浮かび上がった。
「すわチートか」
お約束最高。そりゃこんな無茶振り、なんらかのチートが無いと勝てないよね。
「残念ながらチートだね」
「残念って何故」
「君みたいな人に与えなきゃいけないのが残念だよね」
「ほんとひで」
好き勝手言いやがるのな。
それはそれとして、俺は目の前に表示された文字列を眺める。どうやらステータスらしい。こういった類のステータスは後でインフレしたり整合性が取れなくなるのが常なんだから、止めておけばいいのに。
なになに、HP 10。多分直ぐ死ぬ。敵の攻撃は一撃も耐えられない。
「ちょっと待て」
「おっと物言いが付いたね。あまりにも早い。早すぎる」
「いやHP 10って」
「一行目から」
「こんなんRPGのレベル一主人公より少ないじゃねぇか」
というか何でゲームは弾幕ゲーなのにステータス表示がRPGなんだろうか。分かりやすさ重視か。無駄な親切で頭が痛い。
「他のステータスに使うためには仕方なかったんだって。むしろ一桁じゃなくてありがたがって欲しいね」
「一桁と殆どかわらねぇよ」
「いやいや、HP 1だったら腕に止まった蚊を叩いただけで死ぬから」
「弱すぎだろ」
簡単に自害出来る世界怖すぎ。
「一応10あれば一般生活に支障は無いレベルなんだよ。一桁と二桁には大きな差があるんだ」
「そ、そうなのか」
「そうなのです」
気を取り直して次の数字を見てみよう。
MP 9999。普通にしていれば尽きる事はない。
「極端すぎんだろ!」
「せめて全部見てから質問ぶつけてくれないかな。一行ごとに言われるのは面倒くさいよ」
「この半分HPに回せなかったのかよ」
「特殊なものとかに魔力は使わなくちゃいけないからね。その特殊が切れたら君なんて一瞬で乙るでしょ」
「んぐっ」
思わず言葉に詰まる。確かにシューティングにおいては特殊能力の有無は重要だ。アクションでもそうかもしれない。っていうか乙るとか言っちゃったよコイツ。
「矢切君の特異性から言えば、MPは過剰くらいで丁度いいんだよ」
「……なる」
仕方ないので続きを見よう。
ATK 5。攻撃力。蚊を倒せるくらい。よっわっ、ひっく、どうすんだよこれ。
VIT 5。防御力。子供より低い。この年になって急に虚弱になるのか? VIT 5にHP 10って紙装甲すぎんだろ。
SPD 25。動きの早さ。やや遅い。
「なんかSPDがまともな数字に見える」
「遅いけどね」
「避けゲーにおいては早すぎると事故る可能性もあるから、良し悪しだな」
MAG 200。魔術・魔法系攻撃の威力。優秀な魔術師クラス。MPとATKから分かっていたことだが、レベルを上げて物理で殴るタイプの魔術師ではないってことだな。いや、魔力が物理攻撃力に変換される杖があればなんとか。
LAK 5。運の良さ。コメント無し。あ、はい。
ST 9999。スタミナ。どんなに動いても疲れない。なるほどこれがあれば体力面は大丈夫だろう。少なくとも動けなくなって被弾なんて情けない事はなさそうだ。
特殊4個。ここだけ個数なんかい。
で、その四つだが……
魔術弾、俯瞰視点。この二つは良い。名前からなんとなく分かる。
だがなんだこの、
ぼくがかんがえたさいきょうのひっさつわざ
って。EFBか、EFBなのか。エターナルでフォースなブリザードなのか。
「それは君が自分でオリジナルの必殺技を考えて使えるようになるんだよ。ただし、やたらと恥ずかしくて長い呪文と技名が必要だけどね」
「いらねぇ」
なんだよそれ。中学生じゃねぇんだぞ。大体避けゲーで悠長に長くて恥ずかしい詠唱とかしてたら死ぬわ。恥死とかではなくガチで被弾するわ。
あと残りの一つ、端点移動ってなんだ。ゲームならまだしも現実世界に端なんてないだろ。
「それからこれはオマケだね」
ラオネが指を振ると、その指に追従するように光が現れた。その光を今度は指でピンと弾く。光は俺の額に吸い込まれるように近付いてきて……
「んごっ」
巨人から強烈なデコピンを食らったような衝撃が額を襲った。
「いてぇ! なんだこれ! どんな嫌がらせだ!」
「いやぁ、普通に特殊追加するのはなんとなく気に入らなかったから」
「そこは普通でいいだろ! 神様らしくしとけば良かったんだよ!」
「で、追加された特殊だけど」
「聞けよ」
ラオネに神らしさがまるで無い。気が楽と言えばそうなんだけど……何々? ……威圧感か。
「相手に自分の大きさを錯覚させるんだ。これで相手は『ほにゃらら斬りが完全にはいったのに』となる」
技名を言わなかったことだけは評価する。が、神に必要な評価ではない。
「ついでに俯瞰視点で見ると自分からでも大きく見える」
「オイ」
自分の大きさを誤認するとか致命的だろ。邪魔だろそのスキル。
「ぶっちゃけ当たり判定を小さくさせたいってだけのスキルだよ」
「ついに当たり判定とか言い出しやがった」
確かに弾幕では「今明らかに当たったけど実際の見た目よりも自機の当たり判定が小さくて掠りセーフ」みたいなこともあるけど、それをリアルでやられてもどこまでセーフなのか分からなくて怖いだけだ。トライアンドエラーで把握出来るならまだしも、命は一つであるし、なにより痛いのは嫌だ。
「俺になんのメリットも無いとか、攻略させる気あるのかこいつ」
明らかに楽しんで特殊スキル付与してますよね。
「世界を救うという話を攻略とか言っちゃう君にはこの程度の扱いが妥当かなと」
「言いよる」
「それから一応二回までは僕の権限で復活出来るようにしておくよ」
「二乙までは可、か。再プレイ不可とかゲームとしてはクソもいいとこだけど、現実としては相当良い扱いだな」
ここまでくると本当にゲームみたいだな。賭けるのは命ってところを除けば。
「それで、そろそろ準備はいいかな」
「まだって言っても送るくせに」
「良く分かってるね」
説明も受けたし、そろそろだろうなとは思っていた。
短いながらも神と気軽にやり取りしてるとか、今朝までの俺からは考えられない。というかラオネ話し易すぎ。まるで十数年来の友人を相手にしているような感じだ。
「そもそもこっちにゃ準備という準備なんかねぇよ。身体一つで送られるだけだしな」
「とりあえず君がどれだけ戦闘を回避しようと頑張っても関係ないレベルで巻き込まれることは確定しているから、そのつもりで」
「先手を打って逃げ道を潰すとか、それが神のすることか?」
多分こんな風にラオネと話すことはもう無いんだろう。いやもしかしたら一乙したときに話すかもしれないけど、やるからにはノーミスクリアを目指す。そう何回も会ってたまるか。
「神のような存在、だからね。ぶっちゃけ一人の人間より一つの世界」
「わーぶっちゃけたー」
「それじゃ、矢切君。君が魔王を止めてくれることを願っているよ。君の特殊能力は魔王を相手にすることに特化したものだ。魔王以外にはまともに戦えないと思うが、そもそも他の相手と戦うことにはならないと思う」
「急に真面目な顔した。そんな顔出来たのか」
「それじゃあ異世界全国魔王退治の旅に、行ってらっしゃい」
「急にバラエティっぽく」
ラオネが俺の額を突いた瞬間、ぐにゃりと風景が歪んだ。
まじめに送り出すつもりは無いのか。重苦しい雰囲気で送り出されるよりマシかもしれないが。
「それじゃ、世界を救ってみますかね」
もともと歪んだ世界だったが、その歪みに違う色が浮かんでくる。
青い空に大地の色。赤茶けた土がどんどん迫り……
「へぶっ」
俺は顔面から着地した。