13.セリア(4)
そこからはもう泥沼であった。
小細工も無しに真正面からの撃ち合い。
距離が遠いだけの単なる殴り合い。
わっちの攻撃が当たる事は無く、かといってダンチクの攻撃がわっちに致命打を与える事も無い。
ダンチクは体力と精神力を削ってわっちと戦い、わっちは魔力を削りながら、何度も来る衝撃に耐える。
果たして何時間そうしていたことか。体感時間的にはそう長くはなかったが、太陽の傾きだけが時間を教えてくれた。
なんなのじゃこの体力馬鹿は!
何度そう叫びたくなったことか。殆ど動かないわっちに対して、わっちの攻撃を避ける為に動き続けているダンチク。
頭可笑しい。あやつは疲れを知らぬのか。わっちは魔力を出しすぎて、頭がくらくらしていると言うのに。
ダンチクから飛んでくる攻撃の一発一発はたいした事が無くとも、何度もくらえばダメージは蓄積していく。
何度も脳が揺さぶられ、集中が途切れる。
苦しい時間だった。
だが、それ以上に楽しい時間だった。
あれほど無味無臭だと思っていた灰色の世界で、この戦いの時は光に満ちていた。
わっちと共に戦える相手が居て嬉しい。早く当たれ、早く倒れろと怒りが湧く。逆に、まだ倒れてくれるなと戦っている時間を少しでも長くし、楽しみたい。だが、長く続けるのはその分だけ苦痛が続く。どちらが勝つにしてもこの時間は後少しで終わってしまうだろう。それが悲しくて仕方ない。
今までの生活で殆ど感じた事の無い喜怒哀楽を全身で感じている。
互いに弾を交差させる度に、生きていると実感する。
楽しい、あぁ、楽しいなぁ。
苦しい、もう終わりにしてくれ。
ふざけるな、終わってなどなるものか。
耳鳴りが止まらない。視界が揺れる。
ダンチク。
あぁ、ダンチク。
……お主の勝ちじゃ。
顎にダンチクの一撃を受け、ついに意識を手放した。
目を開いたとき、目の前にあるのは赤く染まった空だった。
気絶をしていたのがほんの僅かな間であったことは、ダンチクの小さくもやってやったぞという高笑いと恨み節を聞いて把握した。
釣られてわっちも高笑いを上げた。
魔力を最後の一滴まで振り絞り、その上で負けた。
「あー、疲れた。わっちはもう無理。限界。ほんっと、なんなのじゃお前は」
底無しと言われるわっちの魔力を枯渇させた。この事実を聞いて理解できる魔族がどれほど居るだろう。しかもそれを人間がやったとか、数多の創作物にもありはすまい。
特別な力を持った勇者と呼ばれる者ではない。ぽっと出の(唐突に空から降ってきたのだから正しくぽっと出の)男である。
魔法の撃ち合いで考えれば非常に近い距離で、相手も手数こそ少ないながらも魔力を使って攻撃してきて、通常有り得ぬ方法でわっちにダメージを与えてきた。
笑いもする。むしろ笑いしかない。
今直ぐ意識を放り投げたい程の疲労感を誤魔化しながら、ただただ楽しかったと賞する。ならばとダンチクが人間を攻めることを止めてほしいと提案。わっちはこれを即座に拒否。
どうにも前提が違うというのが戦闘前の会話で分かっていたため、何故拒否したのかを説明してやった。
説明を聞いたダンチクは、なんとも思ってないような声色でこう言った。
「なんだよ人間最低だな」
魔族の言うことを簡単に信じてしまう人間はどうかと思う。もちろん本当のことを言っているので、疑われても困るのだが。
「もしも人間と魔族が争わなくて良い状態になれば、セリアはどうする?」
ぺっと放られた唐突な質問。
だがそれに対する答えは決まっている。何度も何度も自問したのだから。
「戦う理由が無ければ戦うことはない。大人しく我らの土地を返還し、今後一切攻めて来ないのであれば、問題ない」
戦いが長引けば、それだけ被害が多くなる。わっちが一人で殲滅しようとも、わっちの体は一つ。一箇所攻めている内に三箇所攻められてしまえばどうしようもない。
だから落とし所としては、魔族の土地を取り戻した上で、人間の王と不戦協定を結ぶことだろう。
少なくとも魔族の土地を取り戻すというのはあと少しで終わる。ただ、その土地と人間の土地が非常に近いので衝突は多くなるだろう。協定を結んだとしても、多少のいざこざは起こるはず。
まぁそれも土地を取り戻してからの話かと意識を戻す。
およそ一晩も進めば元々の領地の端までいけるところまで来ている。あまり気にしていなかったが、考えてみたら随分と遠くまで来たものだ。
ザリッと赤茶けた大地を踏みしめる音がして、
「境界線、引いてみない?」
ダンチクが手を差し出しながら、そう問うた。
……やはりこいつは頭が可哀想な男なのかもしれない。
一晩進めば領地の端。それはあくまでわっち基準である。
後ろにはダンチクがひいこら言いながらフラフラ歩いている。先ほどわっちと戦っていたときは全然疲れた様子を見せなかったくせに、なぜただ歩いているだけでこうなるのか。意味が分からん。
ともあれ、ダンチクは遅かった。このままダンチクに合わせて歩いていては一晩どころか二晩経ってしまうかもしれぬ。
なによりわっちがこの速度に合わせるのは苦痛であった。
「なぁ、ダンチクよ」
「……っ、な、なに、か……?」
声を出すのも辛そうである。解せぬ。こやつにとってはわっちとの戦いのほうが楽であったとでもいうのか。
「遅い」
その瞬間の愕然とした顔ときたら、思わず噴き出さずにはいられなかった。
「じゃからの」
ダンチクの後ろに回りこみ、姿勢を低くする。
「な、なにを……ふぁ」
腕をひざ裏にあてがい、ぐるりと回すようにして体制を崩す。ひっくり返りそうになるダンチクの背中をもう片方の手で支え、勢いを殺すようにふわりと受け止める。背中の腕を脇にまで伸ばして固定。
「うむ、これで行こう」
遅いならわっちが抱えて走ればいいじゃない。
「うわぁ……」
「どうかしたか?」
「いや、これが世界間ギャップというものかと」
たまにダンチクはよく分からないことを言う。……たまに? まだ会って間もないのだから、そのペースで言うと頻繁に、なのかもしれない。
「まさか自分よりも小さな女の子にお姫様抱っこされる日がこようとは……」
きゃーと感情のこもらない声で声を上げている。ついでに顔を隠しているのは何故なのか。
「?」
ちらりとダンチクを伺う。ダンチクを抱えている都合上、ダンチクの顔はすぐ近くにあった。
「む」
なかなかにくすぐったい。
……何故じゃ? むずむずと、なにやら言い知れぬくすぐったさがある。
ダンチクの顔は隠されているが、完全に隠されているわけではなく、なぜかは知らんが赤らんでいた。
歩き通しで熱でも上がったのかと思った。釣られてわっちも熱が上がったように感じた。
「??」
先ほどから、なんなのだろうか。だが、不思議と気分は悪くない。
「では行こう」
「あらやだ格好いい」
うむ、わっちは魔王じゃからな。可愛いのではなく、格好良いのだ。
ダンチクも諦めたのか、「よろしくおねがいしまーす」とわっちの耳元で呟いた。
ほんの少しだけ思考が纏まらない頭で、わっちは今までの遅れを取り戻すかのように駆け出した。
宣言通り一晩……を大幅に早めて、わっちらはその場所に辿り着く。
まるで境界線のように大地と緑がはっきりと分かれていて、いささか、いやかなり不自然な場所であった。
地図を取り出し、今居る場所とかつての国境がどのあたりだったかをダンチクに示す。
「じゃあ、始めようか」
「一体何を始めると言うのじゃ?」
ここに着くなり胸元に仕舞ってあった紙と筆――それは何かと聞くと、ダンチクは嬉しそうに「でぃすいずあぺん」と言った――を取り出し、何かをツラツラと書いていた。
なんでもわっちに運ばれながら考えていたんだとか。随分余裕があったようで、イラッとしてしまった。
その紙を片手に、ダンチクは不可思議な体勢で動きを止める。
「僕は新世界の神になるっ!」
「頭でも打ったか?」
可哀想だ可哀想だとは思っていたが、まさかここまでとは思わんかった。
もっとも、ダンチクのやることじゃ。わっちには想像も出来んことをやらかそうとしているのは想像に容易い。
何をするのか分からないのに、その結果についてダンチクなら納得出来てしまうのは不思議なものだ。それだけあの戦いの中でわっちが覚えた驚愕は強かったということだ。
「わっちにぐらい教えてくれてもよかろうに」
拗ねるように呟くと、一人称がわっちになってるけどいいのかと聞かれた。……今更じゃな。
色々な理由から構わないと告げると、「喧嘩仲間枠」と称された。
むむむ、なにやらこう、変にムカムカしてきたぞ。
兎にも角にも、ダンチクがその何かを始めるようだ。
今は何が起こるのか、その目でしっかりと見させてもらうとしよう。
……
……
……
……
…………は?




