12.セリア(3)
さぁ、次はどう避ける?
ダンチクがどんな動きをするのか、その一挙手一投足が楽しくて仕方ない。
個人的にはこれで終わりだと思うのだが、ダンチクなら避けるかもしれない。いや、むしろ凌ぎきって欲しい。
戦い、倒せという声と、倒れるな、避けろという二つの声が脳内に流れている。
どちらにしても、わっちは全てを用いてダンチクを倒すのみ。
ダンチクの回避が踊っているようだと表現したが、ならばわっちも踊ろう。
トントン、タタタ、クルリクルリとステップを踏む。一回転して左へトッ、トッと移動する。
一つ一つの動作に呼応するように、魔力弾が際限なく増えていく。いくつかの弾はわっちの周囲をふわりくるりと追従し、他の弾は背後を埋め尽くすかのように溜まっていく。
右へステップ。左へステップ。その場で右踵でコンっと石を前に蹴り、その石をつま先で受け止めて元の位置に蹴り返す。
惜しむべきはここが土の上であることか。もしも石畳が敷き詰められていれば、心地よいタップ音が聞こえたことだろう。
クルリと回転して準備完了。
わっちはダンチクと向き合い、全力の笑顔を向ける。
パチン。
ウインクを一つ。
背後に控えていた尋常ならざる量の魔力弾が様々な角度、様々な速度で周囲を飛んでいく。弾は壁に当たれば跳ね返り、しかし他の弾とは干渉せずに目の前を埋め尽くす。
隙間など人一人分も有りはしない。これを避けられる者など、誰も居ない。
……だというのに。
ダンチクは本当に小さな、ここ以外に殆ど無いという場所に陣取り、見事に避けきったではないか。
「ははっ、まさかコレを避けるか! 楽しいのぉダンチク!」
わっちが楽しくて仕方ないのだから、きっと相対する彼も楽しいだろう。賞賛しながら問いかける。
「ぜんっぜん!」
即座に否定された。解せぬ。
「かーらーのー、食らえ!」
ダンチクの手から何かが発射されるのを感じた。
感覚的にいえば魔力。くらえと言う位なのだから、攻撃なのだろう。
だが、無駄。
この攻撃は敵を殲滅すると同時に、相手の攻撃を相殺する壁なのだか「んごっ!?」
もの凄い衝撃と共に顎が跳ね上がった。
「!!??!?」
くらった? わっちが? 攻撃を? 何故? 意味が分からん。
動揺のあまり追撃の手が緩み、弾を作るのを忘れる。
顎がジンジンする。きっと赤くなっている。痛い。
いや、可笑しいじゃろ! なんであの壁に消されないの!? わっちの普段身に纏ってる魔力を貫通してこれだけのダメージを与えられるとか、どういうこと!?
「今のはウッマの分! そしてこれは……畜生、あそこに居る家畜がわからねぇ! ヌッコの分!」
再びダンチクから魔力が発射される。だが何が飛んできているかは分からない。
当然だ。まだわっちの前には、わっちが作り出した弾の壁が大量に残っているのだから。
「んぐぶぅ」
音もせず不意に現れた謎の攻撃に反応できず、今度は腹に痛撃。
わっちの壁を貫通する特性とダメージもさることながら、奴の攻撃の早さときたら……。ほんっとにありえない。
油断なんかしていなかった。多少弾を撃つのを止めて壁から距離もあった。なのに攻撃が見えた瞬間、わっちの腹に突き刺さっていた。
まるで意味が分からんぞ!
「さっきっから美少女が出していい声じゃねぇな!」
ええい、そんなことはどうでもいい!
「だ、ダンチク……なんじゃお主の『ソレ』は」
互いに攻撃の手を止める。何か理由があるはずじゃ。それがなければ可笑しい。理解できん。わっちを止めるなどと言っておったからそれなりに強いとは思っていたが、これは全くの想定外。
大体ダンチクの方もわっちの壁でわっちの位置など分からなかったはずじゃ。いやまぁ最初に撃った場所から動いてなかったから、それを目掛けて攻撃をしたというなら納得だが、それでも見事に二回も当てるなど……とても初戦闘の奴が出来る事ではない。
「何故お主の攻撃がわっちに当たるのじゃ!」
「取り乱して一人称戻ってるぞ」
「何故お主の攻撃が妾に当たるのじゃ!」
戦闘中なのじゃから、態々一人称をわっちから妾に変換などしていられるか!
ダンチクは何が分からないのか分からないと言った顔をしている。わっちは顔を赤くしながら、ダンチクの攻撃の理不尽さを説明してやる。
「これだけの魔力攻撃の中、普通なら攻撃が通るはずないのじゃ。ましてダンチクのは魔力攻撃じゃろう。妾の攻撃がお主の攻撃を弾くはずじゃ!」
説明用に一度魔力の弾を準備し、自分の弾と相手用の弾で種類を分ける。それを互いにぶつけると、互いに消滅した。今度は自分の弾を大きくしてやると、相手の弾だけが消えた。自分の弾を小さくすると、相手の弾は消えないが、三つほど弾が当たった段階で消滅した。
ダンチクの攻撃のように、双方どちらの攻撃もすり抜けるなど、本来はありえないのだ。
わっちの攻撃が互いに干渉しないのは、特性を考えて干渉しないよう自作したからである。これだけの密度で放っているのだから、互いに干渉して都度消えていたら攻撃になどならん。
そう説明されても、ダンチクは顔色一つ変えずに、だからなんなのか、それがどうしたのかといった顔をしている。
話が通じぬ!
「だって……自機の攻撃が敵の攻撃に相殺されるなんて弾幕ゲーじゃありえないだろ」
「……はぁ?」
話が通じぬ……。弾幕ゲーだからありえないとはなんじゃ。弾幕ゲーとはそもそもなんじゃ。それだけで説明出来るはずがない。
「そんなもん糞もいいとこだ。普通のシューティングなら弾かれるのも稀にある。でも、俺のコレは事情が違う」
ぶつぶつと、はじき判定が云々とか言っておるが、そんな小さな呟きまで拾っていられぬ。
事情が違うからなんだというのか。魔力攻撃なら魔力攻撃らしくしろと。なんでも魔力だから、魔術だから、魔法だからで片付けられると思うな。
「つまり、セリアの攻撃が弾幕だから当然なのだよ!」
「なにがつまりじゃボケー!」
まったく結論が理論に基づいておらんではないか馬鹿者!
感情の高ぶり(主に理屈に合わぬ理不尽に対する怒り)によって周囲にいくつもの弾を生み出し、次々とダンチクに向かって撃ち出していく。
ことここに至って、ただの単調な早いだけの攻撃でダンチクを倒せるとは思っていない。前後左右から様々な攻撃をしても倒せなかったのだ。当然だろう。
ならば攻め方を変えよう。
ダンチクが魔力弾を避けると、その後方で魔力弾を止める。その後も、ダンチクの周囲を埋めるようにして弾を密集させていく。
円形にダンチクを取り囲み、それを何層にも重ね、高さ方向も十分に。
ダンチクの詳細な位置が分からなくなるが、それがどうした。少なくとも、あの狭い円形の中に居る事は確かなのだ。それに、大雑把ではあるが、ダンチクの持つ魔力の場所を感知すれば、ダンチクが左右へ移動したかどうかくらいなら分かる。
弾にも少々細工をした。
今ダンチクの周囲にある弾は、いつも使う魔力弾ではない。
通常使っている魔力弾は、わっちの魔力とは反発せずに通り抜けるようにしてある。
ほぼ百パーセント有り得ぬ事だが、ダンチクの魔力がわっちの魔力と殆ど同じ”色”をしていた場合、ダンチクの魔力が通り抜けることも有り得ると考えたのだ。
まぁ、これは殆ど有り得ない事だろう。なぜなら、わっちはダンチクが魔力を発射した時、わっちの魔力とは明確に違うことを感じ取っていたのだから。
わっちの『同一人物からの魔力攻撃は干渉しない』という特性を持たせた魔力に対し、ダンチクが何らかの特性を持たせて、わっちの魔力の干渉を誤魔化した。こちらの方が有り得ぬ理論の中では、まだなんとかギリギリ有り得そうだ。
……いかんな。有り得るとか有り得ぬとか考えすぎて、有り得るとはなんなのか、有り得ぬとはなんなのかよく分からなくなってきた。
ともかく、今ダンチクを囲っている弾は、わっち自身の弾が当たっても消滅するということだ。これならばダンチクの攻撃も通り抜けないだろうという仮説である。
この中を攻撃するには、取り囲んでいる魔力弾の一つを選んで射出するしかない。そうすると弾一つ分隙間が生まれるので、これを防ぐ為にわっちが魔力弾を一つ補ってから射出することにした。
手を振り、魔力弾を一つ、補充。補充した部分から押し出されるように、中のダンチクに向かって魔力弾を射出。
じわりじわりと追い詰めるように、何度も、何度も何度も何度も……
……当たった感じはしない。
「このっ! これも避けよるか。お主の知覚は一体どうなっているんじゃ」
ダンチクから魔力が放出され、わっちに向かってくる。
「(もう、なんなのじゃこれぇ)」
なんとか避けるが、本当に理解しがたい。魔力弾の特性を変えても関係ない。ダンチクからわっちは見えていないはずなのに、真っ直ぐに飛んでくる。たまに避けられない時だってある。
「これならどうじゃ!」
単発で狙おうとするから当たらないのだ。いやもう単発がどうこうってレベルじゃないくらいの密度で攻撃しているが、それでも一個一個の隙間があったから避けられたのだ。
なら、この密度のまま押しつぶしてしまえばいい。
この密度の魔力弾をそのまま中央に向けてしまうと、互いに干渉して消滅してしまうだろう。そうすれば思わぬ隙間を生み、ダンチクが抜け出してしまうかもしれん。
考えにくい事ではあるが、もう何度も覆されている『考えられぬ』である。であれば、下手に弾を減らすこともない。ダンチクを壁と弾で包囲し、逃げ場を完全になくし、弾同士が干渉する要素を減らした上で押しつぶせば良い。
両手を縦に並べ、目の前から大きな岩をどかすように、腕を横へ横へとずらしていく。腕の動きと同期するように、弾は円形を保ったまま壁へと向かう。
壁に接触した弾は消す。そうする事で包囲が徐々に狭まっていく。
「くそっ、せめて少しでも弾と壁に隙間があれば!」
ダンチクの焦った声が聞こえ、なるほどコレが正解だったかと手をグッと握りこんだ。
「流石のダンチクもこれで終わりのようじゃなぁ!」
楽しい戦いであったが、それもこれで、今度こそ終わりである。
だが、まぁ寂しい気持ちもないわけではない。いや、多分にある。
わっちとここまで戦えたダンチクじゃ。ダンチクが居れば、わっちの暇で暇でどうしようもない現状も変わるのではないか。
衝撃と共に顎が跳ね上がる。口から血が流れ、自然と笑みが浮かぶ。
最後の抵抗か。こうやってわっちに攻撃を集中すればこの包囲が無くなるとでも思っているのか。
ダンチクのように回避は出来ない。つくづくあの男の異常さが際立つ。
やがてダンチクの攻撃が止み、ガン、ガンと壁を叩くような音が聞こえた。
「わっちの勝ちじゃダンチク! 今降参すれば見逃してやらんこともないぞ」
少しの間返答を待つ。
……
……
……返事は無し、か。
ならばもう良い。弾を一気に壁へと押しやり、ダンチクを潰した。
弾を消し、ダンチクの居た場所に視線を向ける。
後には何も残っていない。当然だ。あの密度の高魔力弾を浴びせたのだから。
「……」
戦いは終わったのだ。幾ばくかの寂寥感と共に振り返る――
「強い男じゃっ、なぁぁぁ!?」
――振り返るのもそこそこに目を見開き、驚愕に叫び声が上がる。
「は? え?」
反対側の壁側にダンチクが居た。
「なんでお主はそこに居るんじゃぁぁ!?」
まるで意味が分からんぞ!
何故ダンチクが生きていて、しかも逆側の壁に移動しているのか。考えられるのは転移であるが、そんな魔力は感じなかった。どういうことなのじゃ!?
「奇跡的、ゲームオーバー回避!」
お前は何を言っているんだ!?
決めポーズとかしている暇があれば説明を求める。
……いや、まて。一つだけ思い当たる事があった。
こいつが現れたときのことじゃ。
あの時も魔力はまるで感じられなかった。つまり、発動も感知出来ぬ転移を自在に使えると言うことか。
それを考えればあの三度のブレ……あれも転移であったのかもしれない。
なんというでたらめな男か。
誤算も誤算、こんなの考え付くはずも無い。だが……だが、しかし……。
これで、この戦いをまだ続けられる。わっちはまだ、ダンチクと戦えるのだ。
楽しい、楽しい、戦いを。
わっちと並び立てる男との戦いを。
あれほど焦がれた戦いを。
あれほど望んだ対等を。
「ぁ」
笑みが浮かぶ。
視界が細まり、僅かに滲んだ。
そして……
顎を跳ね上げる衝撃と共に、目尻から汗が飛んだのだ。




