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01.俺式転移事件(前編)

 いつもの日課を終えて外に出たらトラックが突っ込んできた。

 何を言っているか分からないと思うが、俺にも何が起きたのか分からない。

 小説とかだと転移やら転生やらのお約束みたいなものだが、そんな「お約束だから」で毎回過失運転致死傷をやらされるトラックの運ちゃんには同情しかない。

 もはや何か変な力が働いていると言われた方が納得のトラック転移術。人の力ではどうしようもないはずなのに犯罪者として罰せられる運ちゃん。

「そんなわけで、そろそろ安易なトラック転移は止めた方がいいと思うんだが」

「開閉一番がそのセリフってどうなのさ」

 俺は目の前に居るそいつに声をかける。不機嫌そうな俺の視線を受け流し、そいつはゆっくりと語りだした。

「あー、矢切暖竹やぎりだんちく、二十六歳、特技無し、趣味ゲーム。特に好きなジャンルは弾幕STG」

「他人紹介ご苦労」

 俺を紹介した眼前の男を俺は知らない。初めて目にする日本人離れしたイケメンって事だけしか知らない。イケメンは内部から爆発すればいいのに。

 そして今居る空間の事も知らない。一言で言えば「なんだか良く分からない」

 真っ暗だったり、かと思えば光が沸いてきて白くなったり、縦とか横とかそういった感覚も分からなくてグルグルしている。

 見ているだけで不安になりそうな空間。見ているだけで気持ち悪くなりそうな空間。だが不思議とそういった気分にはならなかった。

「どうも、矢切君。僕はなんていいましょうかね。神?」

「なんで疑問系なんだよ。自分の事だろ」

 で、目の前に神を自称する奴が居る。これもお約束というやつだ。

「いやぁまぁ君らの言う神とは正確には違うけど、まぁ概念的に似たようなものだからね。便宜的にラオネと名乗っているよ」

 詳細はどうあれ、目の前の男は神らしい。ラオネとかなんかどっかの言葉で聞いた事があるようなないような、まぁ覚えてないという事は、俺にとって重要な情報ではないのだろう。

「ふーん。で?」

「残念ながら矢切暖竹の物語は終わってしまった」

「知ってる」

「あんまり驚いてないね」

 そんなこと今更だろう。冒頭のセリフで分かるように、ある程度の事は把握している。

「目の前にトラックが来て、痛みもないまま気が付いたらこんなところに居た。ここまできたら散々ネット小説とかラノベとかで読んだ、すわ異世界転移かとでも思うわけよ」

「理解が早いのは助かるね。そこまで分かっているなら、なんで微妙に機嫌悪いわけ?」

 そんな事決まっている。トラックとか神とか散々お約束を詰め込んでおいて、この一つを外すとは何事か。

「普通こういうときって、目の前に居るのは女神って相場が決まってるだろ。なんで野郎なんだよ。気分悪いわ」

「仮にも神らしき者を前にしてその態度。いいね、嫌いじゃない」

 目の前のラオネとかいう自称神は男の姿なのだ。こんなのってないよ。

「男が主人公なんだから普通は女神だろ。フラグ立てろよ。なんのための転生システムだよ。俺にいい思いをさせるためだろ」

「君、控えめに言って糞野郎だね」

 神から褒め言葉を頂いた。照れる。

 実際俺も「それは都合が良すぎるよなぁ」と思うわけで。

「で、なんでお前はフラグビンビンな女神様じゃないわけ?」

 正直言えば目の前のコレが女神だろうが男神だろうがあんまり興味はないのだが、やはりお約束というのは大事だ。是非とも次回からは女神になってやり直していただきたい。

「この状況で「なんで俺がこんな目に」っていうのは珍しくないけど、なんで僕が女じゃないのかって聞かれたのは初めてだ」

 ラオネは可笑しそうにクツクツと笑う。イケメンが控えめに笑うと無駄に格好良くてイラッとする。

「基本的に僕は両性でね」

「は? じゃあチェンジで」

 女神になれるなら女神の方が良いに決まっている。中身がこれだと知っている分、好意を持つ事はないが、野郎より美女が傍に居た方が良い。目の保養大事。

 美人が傍に居たら萎縮してこんな風に話せないだろ、という突っ込みは無しの方向で。

「基本は女性相手に男神、男性相手には女神って使い分けているのだけど。その方が楽だからね」

「聞けよ。チェンジで」

 じゃあなんで俺には男なんだ――と声に出さずに促すと、ラオネはとても良い笑顔で答えを言う。

「君の事を覗いたら、素直に女神になるのが嫌で嫌で仕方なかった」

「ひっでぇ理由」

「それはさて置いて」

 今時珍しいジェスチャー付きでさて置かれた。

「君には違う世界へ転移してもらおうと考えている」

 はい、お約束ですね知ってます。

「異世界ってあれだろ、中世レベルのしょうもないとこに行って、「うわ俺TUEEE、ヌルゲーだわマジ」とかするところだろ」

「とりあえず君が異世界を舐め腐っているのは分かった。何で中世限定なのかな」

 ラオネが本気で分からないというように首を傾げる。そしてマジマジと俺を見た後にポンと手を叩いた。

「あぁそっか、地球レベルですら落ちこぼれな君が地球よりも優れた文明の星に転生したところで落ちこぼれることが分かりきっているからか。中世なめんな」

 俺氏フルボッコである。事実は時に人を傷付け……げふんげふん。だが待ってほしい。俺にも自論がある。

「異世界ファンタジー行って現代知識無双して俺TUEEEで奴隷チーレムが常識だろ」

「こいつぁヒデェ」

 神が頭を抱えた。神すらも頭を抱えさせるとか、流石俺。だがお約束を述べただけで、何もおかしな事は言っていない。

 ……言ってないよな? 偏っている自覚はあるが、お約束を述べるならこのくらい許容範囲だ。

 どうせ例の如く手違いで人生詰んだんだから、なるべく望みが叶うような世界に連れて行くのが筋だろう。

「そもそも何で現代知識無双が出来るって考えているの?」

「いや、出来るだろ。経済とか商品とか武器とか、日本じゃ当たり前のものが向こうだと珍しかったり」

「まず地球よりも異世界の方が下だって決め付けているのが気持ち悪いよね」

「気持ち悪い」

 酷い言い様だな。

 ラオネ曰く、複数の世界を知っている身からすると、そう言う決め付けは傲慢が過ぎるのだそうだ。

 異世界なんて観測出来ないのだから、想像が出来ない。地球よりも文明レベルが高い星なんて想像出来ない。想像出来ないのなら想像できるレベルまで異世界のレベルを落としてしまえば良い。

 そもそも想像出来ていたら、それは異世界ではなくSFとかサイバーパンクとか表現されている。そのことから、異世界特に異世界ファンタジーと言えば『文明レベルが日本よりも低い世界』と定義されていることが多いのだとか。

 暴論だし、確かに傲慢。

「それはそれとして、現代知識って言っても負け組の君は作る側ではなく使う側だよね。生産の事を何一つ理解せず、科学どころか理科の成績すら怪しかった君がどうやって知識を使うの?」

 やめてくれ。それ以上は心が痛い。何で俺の理科の成績まで知ってるんだよ。怖いわ。

「そもそも、使わない知識って基本的に忘れるよね。小学生レベルの基礎ならまだしも、社会人になってから一度も使ってない、聞き流していた高校授業の内容とか覚えてないでしょ? 仮に中世ヨーロッパレベルの世界に行ったところで、覚えてない知識や理論を実践するって無理があるよね。向こうにはネットも検索エンジンもお手軽辞書も無いんだよ?」

「何それ怖い」

 いやそんなもの無いのは分かりきっているんだが、実際に気軽に調べる事が出来ないことを想像して恐怖を覚えた。

 今の日本であれば分からないことはインターネットで調べれば分かる。だけど中世世界にインターネットは存在しないかもしれない。あったとしても一般人が気軽に使えるはずが無い。その場合、本で地道に調べるしかないが、本が貴重な時代だってあったのだ。一般人が気軽に見れるか分からない。

 そもそも文献がないかもしれない。知識が無いものは調べようが無い。そりゃ転生した時にお手軽参照出来るような設定作るはずだわ。

「現代知識無双する主人公って、実はすごいんだよ。まず学んだ事を忘れない。ちょっと興味本位で調べただけのことも何故か忘れず、詳細まで覚えている。応用力がある。足りないものを補う発想力と柔軟性がある」

 え、すげぇな知識無双型主人公。

「現代日本みたいに設備も充実してない。職人はいるけどね。当然自分だけで発想、設計、型作り、試作なんて出来るはずないから、可能な人間に仕事を振る必要がある。仕事を振るってことは報酬が必要になる。報酬っていうのは自分で用意しなきゃいけない」

 勿論現代日本でも無い設備はたくさんあるし、無い物は作るしかない。だがここで言っている事はそういうことではない。

「人を動かすって事は人間関係が何よりも大事でね。これらのことを人生半分ドロップアウトしたような社会不適合者に出来るって?」

「なんという言い分。あと俺ドロップアウトしてねぇし」

「仕事はしているけど平凡だよね」

「自他共に認める平凡だけどよ」

 認めたくないが、自分が人よりも優れていると自信を持って言えるはずもなく。普通に働いて上手く行く事もあればミスすることもある。日々に追われて新しい事を自分で提案することもなく、かといって改善活動をしていないわけでもない。

 可も無く不可も無く。俺よりも優秀な人間は幾らでも居る。ガキじゃないのだからその程度の事は分かる。

「そして最近の読者は失敗を許さない」

「メタいメタい。っていうかお前絶対日本の娯楽読みまくってるだろ」

「そんな平凡な君は銃の原理と作り方、部品点数、整備の仕方とか分かる? 銃が駄目なら車でもいいよ」

 無視ですよ知ってた。

「銃とかざっくりの形しかしらねぇし、内部構造なんて興味ねぇよ。車も同じだ」

 なんとなくふわっとした事は知っていても、詳しい事は何一つ分からない。大体こんな部品があって、ある程度の原理を知っていても、構成する部品にどんなものがあってどんな役割があるかまで知らない。

「興味ないジャンルなんてそんなものだよね」

「でもまぁそれを魔法とかで工夫して向こうで代用品を生み出すから知識チートって言われてるんだろ」

「そんな発想、工夫、応用を一朝一夕で出来ていたら君はこんな平凡な人生を送ってないよね」

「仰る通りで」

 ぐうの音も出ない。確かにそんな事が出来ていたら俺はもっと製品開発に関わっていただろう。

「まぁ散々駄目出ししたわけだけど」

 世の中甘くない。空――ここに空と言う概念があるか分からないが、とりあえず鈍色に光る上方向――を仰ぎながら、なんとか現実との折り合いをつける。

「君に行ってもらうのは結局その中世だの魔法だのって場所なんだって思うとムカつくよね」

「理不尽な怒りだなおい」

 もうコイツは何がしたいんだよ。今までの会話全部無駄か。

「で、君にしてもらいたい事なんだけど」

 ラオネは漸く本題に入れるとでも言いたいのか、溜め息を一つ吐いてからそう言った。

 してもらいたいこと。つまり依頼だ。転生とか転移して放置が基本じゃなかったのか。

「あのね、何の為にトラックに轢かれる直前の君を呼び出したと思っているの?」

「え、俺死んでないの?」

「死んでないよ」

 衝撃の新事実。俺氏まだ生きてた。やったぜ。

「でもさっき物語は終わってしまったって」

「あのままなら人生終わっていたよね」

 あ、はい。確かに衝撃もなければ痛みも無かった。死んだと勝手に考えていたけれど、そうか、死んでないのか。そういうことならトラックの運ちゃんも過失運転致死傷の罪に囚われないんだな。

「……ならちょっと場所をずらして復活とか」

「そんな都合のいい事出来るわけないじゃん。戻すなら君が元居た場所、時間にしか戻せないよ。だから仮に戻ったら戻った瞬間に人生終了」

 なんでも今この時点で俺の居た世界は、すでに俺が居なかった世界として普通に動いているらしい。当然事故なんて起きてないし行方不明者も居ない。

 俺と言う存在が簡単に消されたことに嘆くべきなのだろうか。

 で、その俺が存在しない世界に俺が戻れるはずが無く、戻すためには俺がいた世界の事故が起こる瞬間の状態に戻す必要があるらしい。

 神というのも中々融通が利かないものらしい。というかちょっと弄ろうとすると大きく弄らざるを得なくなってしまうんだとか。

 例えるなら蟻の考える大きな変化も、象からすれば「え、そんな事あったの」程度の変化なのだ。俺の「ちょっとくらい移動させてくれ」という願いは、ラオネからすれば「砂漠のどこかにある特定の砂粒を他の砂に干渉することなく一ミリ動かしてくれ」と言っているようなものらしい。

 そりゃ無理ゲーですわ。

 いや、それでも特定の砂を世界から取り除くことは出来るんだから、ひょっとしてラオネは凄い奴なのではないだろうか。

「とは言え、手違いで死んで異世界行くくらいなら、ちょっとくらい見返りがあっても……」

 俺がそう呟くと、

「え」

 ラオネが「何を言っているんだ、こいつ」と言うような顔をした。

「え?」

「いつから手違いだと思っていた?」

「わりと最初から。違うの?」

 どうやら前提が違ったようだ。

「だってお約束じゃん。本来なら死ぬ予定ではなかったのに、ってやつ」

 こちらの手違いで死んだのだから、ちょっと色を付けて転生させてあげる。ついでにちょっとお願いをするとかいうアレ。

 俺の場合死んでいないが、死にそうになった。手違いであんな出来事が起きてしまったが、なんとか死ぬ前に召喚することが出来たんだ……って感じかな。

「矢切君お約束大好きだね。君があんな事になったのは全くの自業自得だから安心して異世界に行って下さい」

「えぇ……」

 どうやら俺はどう足掻いてもあそこで死ぬ運命だったらしい。あれ、ってことはラオネってば俺の命の恩人ってことだよな。

 ……命の恩人の言う事だ。ちょっとくらいならお願いってのを聞いてやってもいいかもしれない。


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