第78.5話「四番」
――正体不明。
それは謎の人物たちからなる、謎の組織である。
これまでに明らかになったのは『大賢者』と『ダンジョンマスター』のみ。
しかし彼らが何かしらの目的を抱いて、王国が召喚せし勇者4人を狙うのは確か。
そうそう、記憶を遡れば5人目の勇者……〝真野〟という人物もいた。
脳天気な5人目は、果たしてどこで何をしているのか。
もっと言えば正体不明は彼の存在に気付いているのか。
なにせ災厄の数字ですら把握していなのが現状だ。
ただ自らを〝真の勇者〟〝真の主人公〟と自負する真野少年が表舞台に出てくるのはもう少し先の話。
現在、正体不明者たちの数人はとある場所を目指している。
言わずもがな、それはもちろん勇者のいる王都と――
◆◇◆
「――姫様も人使いが荒いわ。深夜のこの時間帯は肌荒れするのに」
「――無駄口叩くな。王都はもうすぐだぞ」
選抜戦のため重鎮たちが不在となったハーレンス王国の首都。
そこに向かうは特殊な黒衣を纏った2人の男女だ。
「今回は絶好の機会だ」
「なにせ王都には勇者が1人だけ。しかも入院中なんでしょ?」
「ああ。厄介な騎士団長も今は帝都にいる。これを逃すわけにはいかない」
夏だけあって、月は出ていなくともそれなりに視界は通る。
2人の疾走は常闇を引き裂きながら、グイグイと目的地に近づいていく。
「まったく、阿久津がしっかり決めてくれてれば……」
阿久津とは、数ヶ月前に勇者を襲った男のこと。
かつては〝大賢者〟とも呼ばれた者である。
半ば勝手に出て行ったわけだが、結果的には消息不明に。
今回の2人は、形式的に言えば大賢者の尻拭いをしに来たことになる。
「おい。防壁が見てきたぞ」
「いや見えんし。アンタの視力いくつよ」
女の言うとおり、王都まではまだ結構な距離がある。
防壁を確認できたのは男の能力があってこそ。
「打ち合わせた通り、今回はできるだけ殺しは控える。魔力を押さえておけ」
「はーいはいはい。でもまだ遠いし気が早いよ。しかもどうせ警備のレベルなんて大したことないでしょ」
真面目な男の言葉に、女はゲンナリした表情で応答をする。
なにせ自分たちは〝特別〟だから。
王国の魔法騎士団長が相手ならいざ知らず、まさかそこらにいる一般兵に遅れをとるなど微塵も思っていないのだ。
「ま、ちゃっちゃと終わらせて帰りましょ」
「その通り。事は迅速に済ま――」
続いていた会話が突如途絶える。
そして同時にドンッと鈍い音がした。
コンマ数秒遅れて何かが転がるような音も。
「ん?」
喋っていた相手からの反応が唐突になくなり、女は変だと思い横を見た。
ただそこに並走していたはずの男の姿はなく、ただ永遠に続くような暗闇が広がっているのみ。
「あれ、あのーどこいったんですかー!? ちょっとー!」
足を止める。さっきまで隣を走っていた人物がいないのだ。
四方八方をキョロキョロと。
これでまったく姿が見つからないならホラーすぎる展開、しかし男は後方の少し離れた場所にいた。
暗くて見にくいが――なぜか仰向けで横たわっている。
「もー怖がらせないでくださいよ! 止まるなら止まるって言ってください!」
ヒヤヒヤしたと、急にいなくならいでと。
「ドッキリにしてもタチが悪すぎるでしょ……」
どんなに強大な力を持っていても精神までもがソレに伴うわけではない。
「まったく、そろそろ何かリアクションしてくださいよ! 無言とか怖すぎー!」
やれやれといった感じで、女は仕事を共にする相方の元へと歩んだ。
歩み、そして〝異変〟に気付く。
「え――」
そう、男が無言だったのは仕方のない話なのである。
なにせ言葉を発す口が、もっと言えば頭がないのだから。
「う、うそ……」
首から上がポッカリとなくなっている。
その首の断面はまるで巨大な鉛玉が通過したかのような、下凸の美しい二次関数図のよう。
硬直する女とは相反し、地面にはドクドクと血溜まりが形成されていく。
「な、なんで、え、攻撃!? うそ、どこから!?」
ドッキリなんかじゃない、これは現実だ。
しかし辺りを見回しても誰の姿もない。
気配を探知――これも反応なし。
「何これ何これ何これ何これ――――」
ここは平野、隠れる場所は近くにない。
どこに逃げればいいかも、どこから攻撃がくるかも分からない。
「と、とりあえず通信機を――!」
相方に構っている場合ではない。
今必要なのはその男の持っている通信機だ。
そしてすぐに助けを、助けを呼ばなくては。
しかし死体に、もとい彼の黒衣に触れようとした瞬間――
「…………は?」
ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。
鈍い音が連続で響く。
すると首なし死体は瞬く間、残った身体にいくつもの大穴を開けていく。
胴体、両腕、両脚、その指先に至るまで。
不可視の弾丸が、その身をただの肉片へと破砕分解していく。
「は、は!? ど、どこから!?」
血飛沫が女の全身を塗り上げる。
必要とされた通信機などの装備も粉々に散っていった。
男の姿はもはやなく、喋らぬ肉となって辺りに転がる。
数時間もすれば魔獣が寄ってきて捕食を始めるだろう。
「ふ、ふふふふふ、これは夢……? そう、夢だわ。だってこんなのオカシイもん! こんなの――」
特別な自分たちがまったくの無抵抗で死ぬ?
それは可笑しな話だ。とてもとても不可思議な話である。
「わ、私は――」
しかし現実とは冷酷なもの。
女は命乞いも助けも言葉にできない上、仲間にこの事も伝えられない。
それは当然だ。
女も間もなく――口を失ったのだから。
◆◇◆
「はい不審者撃破。楽勝だねー」
王都で最も高く、周囲一帯を見渡せる場所。
それは王城の頂きである。
豪奢な建築物のトップにその狙撃手はいた。
「クレスの采配は正しかったな。オレがいなかったら警備の奴等アレ倒せんだろうし」
右手にはⅦ特製、ブラックメタルの狙撃銃が握られている。
「試作品って話だったけど、やっぱあのロリババアの腕は確かだな」
とりあえずと、再び索敵魔法を超広範囲で展開する。
「こんな見渡しの良い場所に立ったオレも見つけられねぇとは、敵さんは目が悪いなぁ」
歯ごたえなし。
しかしこれは相性とシチュエーションが良すぎたことに起因した。
近接戦闘ならば……もしかしたら倒れた2人にも勝機があったかもしれない。
転移能力者を起用し、直接この王都に乗り込むべきであった。
しかし――
「やっぱ遠距離はいいねぇ。正々堂々とかマジ怠いし」
この男は遠距離戦超特化型。
闇討ち不意打ちでの狙撃は十八番中の十八番である。
凄まじい速さであったとしても、まさか走って接近してくる不審者を逃すわけもない。
相手が普通でないことは一瞬で察した。
そして同時に、どうせ勇者狙いだと。
「違う目的だったとしたら申し訳ないけど……てか煙草うんめぇー」
仕事は終わったと判断し、ボスからくすねてきた一品を嗜む。
「Ⅰちゃんのコレはどこで仕入れてるんだ……? 聞いても教えてくんねぇし。あ、今度クレスに聞かせてみようか。クレスだけには甘いからあの人、一緒に風呂入ったとか聞いた時は流石に羨ましかったなぁ――」
クレスとⅠの一件は別の機会に。
なんにせよ、この狙撃手にとっては倒せたという事実だけで十分。
不審者たちの目的や正体なぞどうでもいいのだ。
ただ敵の可能性があったから殺した。
直感と経験が殺せと言ったのだ。
「アレが善良な市民なわけもねぇし。時間的にも見てくれ的にも。万が一市民でもまぁ……そん時はアンラッキーだったつーことだ」
吐いた紫煙がゆっくりと昇っていく。
真っ黒な暗闇に反しそれは濁った白色。
ただこの狙撃手にとっては黒も白も一緒。
夜だろうと朝であろうと狙撃は必中、悪であろうと善であろうと寛容はなし。
「もう勇者のお守り怠いなぁ。早くクレス帰ってこーい」
彼の正体は4番目の災厄、ローラン・スクイーズ。
その通り名は――欠伸主義。
誰よりも怠惰を望む男である。
どうも。東雲です。
4/1はついに『9番目』の発売日ですね。
こんなこと言ったら色んな人に怒られるかもしれないですけど、ぶっちゃけ2巻3巻がどうなるかなんて分からないです。
売れるかもしれないし、逆に爆死するかもしれない。
それでも今できる全てをこの1巻、この1冊に注ぎ込みました。
ボクと皆さんの出逢いは〝災厄〟
まだ始まったばかりだけど、いつかこの人の作品は〝最高〟と言ってもらえるような、そんな作家を目指します。
改めまして、関わってくれた全ての人に心からの感謝を。
クレスが1人でも多くの読者さんと出会い、幸せな子になってくれますように。
2018年3月吉日 東雲立風