第72話「切羽」
「――急げ急げ」
「――あれ、替えのパンツがない」
「――は!?」
「――別にいっか」
「――いっか、じゃないだろ!」
俺は、いや俺たちは現在進行形で準備をしている。
「……あ、見つからないように奥に仕舞ったっけ」
「センは動きが遅すぎる……」
「……じゃあクレスが着替え手伝って」
「っ、ドレスの方は手伝うから! 下着ぐらいは自分で着てくれ!」
「……はーい」
ふー。
俺も慌てすぎだ、一旦落ち着こう。
約1時間前に俺とセンは森から帝都へ帰還した。
それからギルドに報告、色々処理を済ませ、なんとか俺の部屋へ。
今はお互いを見ないようにしながら、せわしなく正装に着替えている。
「……クレス、燕尾服似合うね」
「そりゃどうも……って、まだそこ!?」
「……ボク疲れた」
「いや、まだイケる。まだイケるぞ」
もうすぐセレモニーが始まる。
限られた時間の中で身体をキレイに、そして髪やら服装を整える。
(――んだが、センが全然動かない!)
女性の方がやること多いだろうに。
「そもそも風呂で寝るって、あれに時間を取られすぎた」
「……だって疲れたんだもん。……無事に食材も獲れたし」
「本番はこれからのセレモニーだ」
屋台でスイーツを食べれなかった事を切っ掛けに、俺たちは魔獣退治に森へと赴いた。
しかしそこに魔獣の姿はなく、ただ硝煙の匂いがする荒れ地が広がっていただけ。
「ギルドには原因不明と報告したけど……」
帝国もこれから本格的に調査することになるだろう。
まぁ原因はすぐ傍にまで迫ってきてるけど――
「……クレス、服」
「はいはい」
白パン白シャツ。
それでいて白髪で、肌も雪のように白い。
果てしないほどの白づくめ。
「……興奮する?」
「し、しないです」
「……顔ちょっと赤い。……ロリコン?」
「断固否定する」
「……むー」
相手は同い年でも完全幼女体型。
せ、センに興奮したら色々とマズイなのは分かってる。
平常心、平常心、平常心――――
「っ行くぞ、はい、バンザイして」
「……ばんざーい」
ドレスの着付けも一応ながら習得済み。
ただ教国は宗教を重んじる関係か、そう派手なドレスじゃない。
着付けするのも思いのほか楽だ。
(女装させられた時が懐かしい……)
自分の時は、いわゆるゴスロリ衣装だったけど。
Ⅶさんに襲われかけたなぁ。
そういえばスミスたちに女装の――
「……クレス、きつい」
「あ、ごめん」
そうだ。呆けている場合じゃない。
テキパキと仕上げていく。
「――よし、ここを締めてっと」
背中に回り紐を結う。
「っ完成だ」
「……おぉ」
鏡を持ってきてセンにも確認を取る。
問題はなさそうだ。
「……じゃあ」
「まだ動かない。このまま髪も仕上げる」
「……えぇ」
「まがいなりにも女の子なんだし、最低限は整えた方が良いよ。どうせ自分じゃやらないだろ?」
「……うん」
そこは私だってそれぐらいやる! って応えて欲しかったよ……
「センの荷物の中にも、せっかく色々と化粧道具があるのに」
「……持たされた」
「ただ化粧は俺できないし……というか教徒でもするんだな」
「……女の人は結構するみたい。ボクはしたことないけど」
まぁお前の容姿なら不必要なのも頷ける。
白銀のドレスもよくお似合だ。
素直に納得。周りから天使と称されるだけのことはあるよ。
「髪を梳かしたし、後は……うぉ!」
「……香水だよ」
「それ自分用だろ。なんで俺に掛ける……」
「……なんとなく?」
「理由はないのね。まず自分に使いなさい」
やれやれ、ガッツリ吹きかけられたぞ。
でも結構好みの匂い……だとしても男が付けるべきとは思えないが……
――それから数分。
ついにお互いの準備が完了した。
「……クレスはなんでもできるね」
「それはどうも」
「……割とガチで兄妹に見えるかな?」
並んで見るとやはり髪色が被る。
俺の方がまだ深みがあるけど、遠目から見たら大差ないかも。
「悪いな。俺なんかが兄に間違われたら」
「……全然良いよ。……むしろ嬉しい、かな」
「嬉しい?」
「……うんん、なんでもない。……そろそろ行かないと」
時計を確認。
ただ意気込んだところで手遅れ。
セレモニーはおそらくもう始まる寸前。
とういうかこの瞬間にも偉い人の挨拶ぐらいは――
「……開始まであと5分強」
「ああ。こういう行事だし、時間キッカリで始めるだろうな」
学園でやる催しとは違うのだ。
勇者がいて、貴族がいて、経済も大きく動く。
だからこそ今日のセレモニーには必ず時間通り来い、そうデニーロ先生に念を押されていた。
(ごめんよ先生)
もうダメっぽい。
「仕方ない。この際ゆっくり――」
「……あう」
「え?」
「まだ、間に合う」
ガチャリと金属音。
センが聖剣を担いだのだ。
「……下を走っても最低5分は掛かる」
加えて人がまだたくさんいる時間帯。
障害物の回避も合わせれば、10分は要するだろう。
「でも――」
センは窓をゆび指した。
「上から行けば、まだワンチャン」
「まさか……」
「……クレスなら付いて来れるでしょ?」
ニヤリと笑う。
いつもの仏頂面が何かを企む相応の子供のように。
――なるほどな。
察したよ。
「剣聖様はなかなか挑戦的な事をするんだな」
「……凄いでしょ?」
「ああ、凄いよ。しかも面白い」
「……少しでも怒られるの回避を目指す」
「異議なし。やらないよりはやる」
窓を開帳、ゆるやかな夜風が流れ込む。
風は服を少しだけたなびかせる。
靴も急いで履き本当の意味で準備は整った。
「……行くよクレス」
「ああ!」
これがセンと共同の本日ラストミッション。
切羽詰まったこのシチュエーション、白と銀の羽が勢いよく大気を切りに行く。
窓の縁に足を掛け、そして外へ――飛んだのだ。
◆◇◆
「――良い速さだすねクレス」
「――付いて行くのがやっとだよ」
無属性系統、強化を四肢に施す。
躍動する俺たちの両脚は――屋根の上を駆け抜けていた。
「――良いアイデアだよ。上から行こうだなんて」
普通の学生は思いついても実行はしないだろうけど。
「……これなら最短ルートで向かえる」
「しかも人もいないから、障害もない、と」
目指す先はセレモニー会場。
というか巨大建築ゆえ、建物自体はもう見えている。
「……クレス、足場作って」
「了解。滑らないように注意な」
屋根と屋根を飛び越える行為。
しかし時には、ちょっと厳しいなという場合も。
そこは――
「造形!」
氷製の一本道、架け橋を創り出す。
ただ本気で走っては滑るは必須。
あくまで飛び越えるための中間点、ブレイクポイントとする。
「よっ、と、」
都市の谷間、生まれた間、対岸へと渡るようにジャンピング。
氷橋がワンクッション。
一歩溜めて、また屋根へと向かわせる。
「――あそこだね」
「――ただ警備が多いぞ」
「――うん。でも説明するのはメンドイなぁ」
だいぶ目的地まで近づいてきた。
下を見れば憲兵らしき人物が沢山。
要人が集まっているんだ、ここまで来れば厳しくなるのは当たり前。
「……クレス、猶予は?」
「あと30秒、間に合えば一応スケジュール上はセーフだ」
ようは遅刻30秒前。
もうお偉いさんたちの挨拶は始まっているかもだが、それでもセーフはセーフ。
これに間に合うか間に合わないかは、大きな差がある。
「……正面突破はリスクあるよね?」
「ああ。警備を問答無用でねじ伏せれば行けるけど」
「……それは後でもっと怒られる」
「怪我人なく、損害させることもなく会場入りしたい」
「……なら窓から入ろう。……もう開いてるの1つ見つけたし」
「視力良すぎだろ……」
窓から出て窓から入る。
まるで怪盗だ、でもソレこそが直近で見つけた唯一の正回答のようにも思える。
「……七天武具を使って、その窓まで飛ぶ」
「俺は鳴りそうな罠を凍らすと」
「……良い仕事してね」
「そっちこそ。頼むぞ」
走り抜ける。そして一気に。
今度は屋根の上ではなく、足場のない宙へとダイブ。
大丈夫、心配はいらない。
「――四次元域、発動」
センの持つ指輪の能力。
ザックリ言えば「空間支配」である。
様々な条件の下でだが、人や物体を特定の場所へ瞬間移動させることもできる。
「――っ」
身体が不思議な力に包まれる。
一瞬だが無重力を味わったような……
ただ重力は再び戻ってくる、しかも目の前には――
「っもうここまで!?」
俺とセンはあったはずの距離をすっ飛ばして着た。
横に押し出されるような形、開いた窓に突っ込んでいく。
「――凍結っ!」
人感の魔導具、それは俺が凍らせ対処。
サイレンが鳴る前にストップ。
壊れてはいない。後で溶けて元通り。
「っ間に合った!」
放り投げられた玉のよう、下降線を描いて会場へ。
そこには煌びやかな衣装を包んだ人々、豪奢な食べ物や美品がある。
まだ宙にいる俺たちには気付いていないようだが……
「クレス、体力尽きた」
「え!?」
「力が入らな――」
指輪を使ったせい、センがノックダウン。
喋れているようだがガックリと首を傾ぐ。
いやこの状態でそんなことを言われても――!
(もう着地まで1、2秒! このままだとセンが……!)
相当な高さ、落ちれば骨の数本では済まされない。
しっかり着地できない今、もし打ち所が悪ければ最悪死ぬことも。
「――スイーツ、食べたかったな」
「――このタイミングで言う!?」
意外と余裕あるんじゃないか!?
だがツッコミを重ねる間もなく、現実は訪れる。
グダッったセンと共に、まだ俺たちに気付かぬホールへと落下した――
次回は日中に間に合うよう努力します。