第6.5話「緊張」
私はクラリス・ランドデルク。
4大公爵が1家、ランドデルク家の長女。
王立魔法学園では今年から最上級生に、そして生徒会長という立場にも。
(肩書きばかりが増えますね……)
周りは私を気遣うばかり。
仮面の笑顔、そこに潜む下心。
正直うんざりする。
(今年も食堂は混んでるでしょうし、あそこに行きますか)
普段は望まぬ取り巻きがいるものの、今日は特別登校。
他の役員も巻いてきたことだし、ゆっくりと1人で食事が出来そう————
「あら?」
お気に入りの場所、シークレットなそこ。
本来誰もいないはず、しかし予想と反して先客が。
2年間過ごして初めての鉢合わせだ。
(どんな方が、って……)
そこに居たのは美しい少女、いや少年か。
青みがかった美しい銀髪、煌めく銀眼、まるで名匠が創り出した彫像。
それでいて眼光はスッと細く、氷のようなクールな印象を受ける。
(と、とりあえず挨拶しましょうか!)
貴族社会で生きてきて初めての感覚。
鍛えられていたはずのメンタルが緊張、調子が狂う。
「こんにちは」
ただ思考を停止するまでには。
向こうも私に気付いている様子、一声を出さなければいけない。
「あ、どうも」
ただ返ってきたのは、ぶっきらぼうな挨拶。
驚いた、本当に驚いた。
自分の身分からして、それ相応の対応をされると思ったから。
しかし彼は何ともないよう、まるで友人に話かけるように。
(とりあえず話題、話題を振らないと……)
その容姿に、態度に、出鼻を挫かれた。
常識と日常が一時的に崩れる。
脳をフル回転、退屈なお茶会で培ったトーク力を見せる時。
そして辿り着く、彼が受験生だと言うことに。
服装や持ち物からしてそう、ただ敢えて疑問形で振ることにする。
「っ、受験生の方ですか?」
「はい」
(噛んだああああああああああああ)
出鼻挫いてそのまま崩壊、崩れ落ちる。
仮面被ってるのはどっちの方、笑みを浮かべてはいるが恥ずかしくて仕方ない。
この面の下には羞恥で真っ赤になった自分がいる。
ただ向こうは大して気にして無さそう、というか気付いていない?
ならこのまま————
「ふ、普通だったら食堂に行きますよ?」
「え!? まさか試験と関係が……」
「いえいえ、記念にです」
ハーレンス王立魔法学園は大陸でもトップクラスの学び舎。
ここで食事出来たというだけでも自慢話になる、らしい。
記念受験なんて人もいるそうだ。
私にはまったく理解できない感性であるけれど。
ただ、それは目の前の方も同じよう。
試験とは関係無いと知り安堵の溜息をついている。
(クールな人かと思いましたけど意外と普通? というよりも可愛い?)
言動がアタフタ、なんだか照れているようにも。
見た目とのギャップさ、また興味を惹かれる。
「お隣、座ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
何もひいていない芝の上に腰を下ろす。
白い制服、長いスカートに皺がつかないようゆっくりと。
真白は王国の象徴、威厳や正義、清純潔白を表す。
話は続く、間が空かないように繋ぐ。
「————という訳なので、まさか此処に人がいるとは思いませんでした」
「なるほど」
「もともと人は滅多にこないですし」
「俺、じゃなくて僕も、迷って偶々ここに来ました」
ただ意外、思いのほか会話も弾む。
相手の顔がいいから、初めはそうだった。
ただ実際にはそうだけという訳でも。
忌憚ない、普通の会話が出来ているからだと思う。
年上と慮っての敬語も正しく使えてはいない。
彼は貴族が怖くないのだろうか?
そもそも容姿からして私と同じ貴族とも考えたが、自分の記憶に彼はいない。
これでも貴族の付き合いは幼い頃から、これが初体面で間違いないのだ。
「私に臆さないなんて、変わった方ですね」
「いや別に、何か臆すようなことあるんですか?」
「え?」
「え?」
臆すようなことって、これでも四大公爵家なのですが。
名乗るまでもなく、知るのは当たり前の事だとばかり。
自分で言うのもなんだが、容姿はそれなり、何故かポスターを作られ困った時もあるぐらい。
この王国、例え他国の者であったとしても周知な————
「もしかして、違う大陸の出身なのですか?」
「ヘルシン大陸です。田舎から出てきたので、すいません」
確かに、銀の髪なんて特徴を持つ人を見るのは今日が初めて。
つい夢中で勝手に自国民だと判断してしまった。
聞くところによると隣の大陸から、辺境の村から1人出てきたようである。
その生い立ちならば知らないのも仕方がない。
(それにしても随分と遠い所から、凄いですね……)
私が同じ立場だったとしても、きっと家を出る勇気はない。
彼は何事も無いように笑ってはいるが、冒険者の独り立ちだって十代後半が殆ど。
それにこの学園には通学費もそれなりに掛かる。
きっと必死に働いてお金を貯めたはずだ。
「勘ですけど、貴族の方ですよね?」
「ええ。そこそこ有名な家なんですけど」
「すいません……」
「ふふ、むしろこれだけ砕けたお喋りは久しぶりで、楽しいですよ」
本心だ。本音で語っている。
ただ、彼も私が貴族だと気付いてしまう。
そのことに少し悲しさ、勿体なさを感じる。
気持ちが沈んでいく感覚。
また仮面だらけの舞踏会が始まると思ったからだ。
「僕はクレスです」
「え」
「クレス・アリシア、よろしくです先輩」
交差する視線と視線。
彼が、クレス・アリシアが真っすぐと見つめてくる。
誤魔化し無し、そして添えられる一笑。
風で揺れる銀髪、揺るがぬ眼光。
威風堂々、天衣無縫、心が疼く、突き動かされる。
クレスという存在が自分の中に刻まれる。
(っわ、私も名乗らないと……!)
当たり前の事、向こうから名乗ってくれたのだ。
本来だったら此方からでも、なにせ2つも私は年上なのだ、出遅れ感もあるが今度はこちらの番。
強く脈打つ心臓をなんとか抑える、平常心を取り戻せと自身に訴えかける。
ただ間が空いたところで彼は急かさない、待ってくれている。
静かな大気、大事なことを伝えるように。
「……では改めて」
なんとか弾き出す言葉。
今回ばかりはマナーを叩き込んでくれたメイド長に感謝しなくては。
ここぞという場面で立ち振る舞えるように。
刻み込まれたが故に、自然と出来る。
彼女の教えは確かに活きたのだ。
「私は王立魔法学園2年、クラリス・ランドデルクです」
一字一句しっかりと、今度は噛まない。
真摯には真摯で、それに彼ならきっと臆さない。
このままの関係を貫いてくれると信じて。
根拠なんてない、なんとなくそう思えたのだ。
「あ、来月からは3年生ですね。一応生徒会長も務めています」
自分の実力に自信はある。
ただ反面、やはり家柄で選ばれたことも否めない。
兎も角として、これで自己紹介を終える。
「えっと、ランドデ……」
「クラリスでいいですよ」
「じゃ、じゃあクラリスさんで」
「はい。私もクレス君と呼ばせてもらいます」
私としては呼び捨てでも構わないのに。
ただ流石にそれは酷だろう。
様付けでないだけ十分だ。
「ははは……」
「どうしたんです急に?」
「いや、僕は神様に好かれているんだなと……」
途端に笑いを、疲れているのだろうか?
それとも私と関わってしまったことを不運に感じているとか?
いや流石にそれは無い、そんなこと思う人じゃないのは分かっている。
きっと前者、筆記試験を終えた疲れ、更に私の登場で驚いたということだろう。
気苦労を負うのも道理だ。
(そ、それに、神様に好かれてるって、つまりは出会えたことが幸運でしかないって意味で……)
だってそう思ってしまう。
よく思えば小さい頃に読んだ物語みたい。
立場は逆だが、学び舎で王子と平民の女の子が出会う、それから紆余曲折を経て結ばれる。
配役が少し違うだけ、そういう意味ではこの場面に既視感さえ抱く。
(つ、つつ、つまりはクレス君は……)
戦略じゃない、仕組まれていない。
経験がないから分からない。
ただ、運命という見えない存在を体感していると私は思ってしまった。
「じゃ、じゃあそろそろ実技試験があるので……」
「あ、そうですね! 会場までの道は分かりますか?」
「……分からないです」
「なら一緒に行きましょう」
「え、あ、はい」
躊躇ったようだが、それも仕方がないこと。
なにせ身分違いという壁が。
戸惑うのも分かる。
それにあまり一緒にいるのが目立つと、彼が他の貴族に虐げられる可能性も。
接する時間帯や間合いはしっかり見極めないと。
それでも————
(今年は楽しくなりそうですね!)
今までにない程の期待を抱く自分。
あと少しで始まる新学期へと思いを馳せる。
そして同時に、クレス君が合格しますようにと切に願った。