第70.5話「各々3」
「――ッ」
鋭い痛みが全身を走る。
スライムとしてあった体積は縮小、失った魔力も体力も相当のものだ。
「な、なんなんだ、あの化物は……」
フラフラとよろめく男。
彼はとある魔王の臣下、四天王の1人とされる魔族である。
「消耗が激しい、回復を……」
転生者でもある男は、数刻前に『災厄』と遭遇した。
そして――打ちのめされた。
スライムには物理無効をはじめとした、様々な特性がある。
ただ紅蓮の女はそれら全てを『火力』だけでねじ伏せた。
「あの圧倒的なパワー……俺が転生者じゃなかったら危なかった……」
自分はただのスライムではない。
特性だけでなく、異世界人だけに与えられる特典? を有している。
(早々に撤退を選択したのは正解だった)
消耗は激しいが、まだ余力がある。
しかし部下の魔族や、集めていた魔獣のほとんどが灰となった。
もはや帝国へ奇襲を仕掛ける大軍は残っていない。
「――だがこのまま帰るわけには」
ここで挫けるような柔なメンタルではない。
「元いた会社の方が、100倍、辛かったわ、」
スライム男、ターナカはとある場所で動きを止める。
魔力が流れる地脈、ここで回復を図ろうというのだ。
相当な距離を逃げてきた、もう追撃はないだろうと踏んで――
「ただあの女、言動からして勇者の仲間というわけは……っぐ」
久方ぶりに味わう痛み。
スライム故に傍から見ても変化はないが、苦痛に表情を歪める。
「このままでは、終わらない――」
日本で働いて培った精神。
どんなにつらくても、たとえ本当に死にそうになっても。
「必ずノルマは達成する……!」
帝国の奇襲はたった1人になっても行う。
そしてその弊害となるならば、次こそあの炎の災厄を打ち負かす。
今度は、相応の対策をもって――――
◆◇◆
「お、アルカ様が帰られた」
帝都へと向かう、とある老夫婦の馬車。
用心棒の帰りに主人の方が声を上げた。
ちなみにアルカとは、5番目の災厄たるアウラの偽名である。
「たっだいまー!」
「お帰りなさいませ」
「急に走って行かれましたけど、何かあったのですか?」
馬車はさっきまで停車中。
それを囲むように炎の円陣が展開されていた。
自分がいない間に襲われないための処置だった、しかし災厄は戻ってきたので粒子となって消える。
「んーいや、なんか怪しいヤツがいてな。それを倒してきた」
「おお!」
「いや、倒したっていうか……撃退?」
「それでも凄いです」
「まぁ……」
素直に賞賛する老夫婦に対し、災厄は微妙な顔をしていた。
なにせ一撃で屠るつもりで臨んだのだ。
確かに多少手加減はした、それでも相手はなかなか手強くて仕留め損なう。
「アイツがいたら――」
逃がすことなく、確実に首を獲れただろうに。
「アイツ?」
「ああ。私の相棒だ」
「ほほぉ。剣士様の相方ですか」
「うん。凄い……可愛いやつ?」
いや、可愛いの一言で締められるほどの人物ではない。
強くて、頼りになって、そして自分と同じ。
性格や趣向は異なっても、その本質は確かに重なるとアウラは知っている。
それはクレスも同じだった。
「私はソイツを探しにこの大陸に来たからな」
「話を聞くに、なんだか恋人を探しにきたみたいですね」
「恋人……?」
「あ、いや、ごめんなさい。つい……」
老いてもなお同じ女だからか、妻の方が思ったことをつい言葉に出してしまう。
それに対してアウラは不思議そうな面持ちに。
珍しくナニカを考えているようだが――
「んー分からん。とにかくアイツは私の相棒だ!」
数秒の思考も、彼女の雑な性格に払われる。
「その相棒さんは、どこにいらっしゃるので?」
「聞くところによると、ハーレム王国? みたいな所だ!」
「ハーレンス王国ですな」
「それだ!」
もはや目的地の名すら明確ではない。
なにせロクな下調べもせずに、この大陸まで追いかけてきたのだから。
「ただ今の帝都は選抜戦を開催しています。王国の方々も沢山いますし……」
「もしかしたら、そのお方も帝国に来ているかもしれません」
「うむ! まぁそのうち会えるだろう!」
そのうち会える。
自信満々に宣言した。
これには何の根拠もない。ただ――
「何となく会える気がする! 私の直感がもうすぐだと言っている!」
彼女のシックスセンスは相当なもの。
また相棒としての経験も、彼が近くに居ると告げたいた。
◆◇◆
「エリザさん」
「ん、来たか」
災厄の数字、その本拠にて。
デスクに鎮座するは『Ⅰ』のエリザ。
事務員かつ秘書役の『Ⅱ』が、ボスに対しとある報告をしていた。
「彼女から報告です。アウラさんの魔力を探知したと」
「ようやくか……」
「まさか裸一貫で飛び出すとは思いませんでしたね」
「アイツの破天荒ぶりには賞賛だよ」
共に苦い笑みを浮かべる。
エリザの吐く紫煙が、ヤレヤレという想いを表すようにフワフワと昇っていく。
「最近吸い過ぎです」
「そうか?」
「健康第一! 気をつけてくださいね」
「ああ」
灰皿には何十本と萎れた煙草が突き刺さる。
エリザは言わずもがな重度のスモーカーであった。
それを諭すが、エリザはまた新たなモノを咥え火を付ける。
セローナは仕方ないと言った表情で、報告を続けた。
「位置的には帝都からそう遠くない場所です。あと……」
「他に気になることが?」
「ええ。どうやら高位の魔族の反応もあったと。魔王ほどではないそうですが……」
「ついに魔族も本格的に出しゃばってきたと」
「その可能性が高いです」
セローナが指摘するのは件のスライム男のこと。
百戦錬磨の彼女らが、魔族の存在に気づくのも当然と言えば当然。
「話は戻しますが、帝都付近でアウラさんの魔力を探知。そしてそのまま――」
「6番目の災厄、消失神殿が後を追っています」
更新遅れて申し訳ないです。
そして沢山のSSネタ提供、ありがとうございました。
圧倒的支持があった『あの話』はまず採用しました。
近いうちに改めて告知をしようと思います。





