第67話「帝国」
「あそこに美少女が! 美女もいる! あそこにも! あそこにもいたぞ!」
「スミス君……」
「もう少し抑えてくれ。一緒にいるコッチが恥ずかしい」
「美少女サイコォォォォォォォォォォォオオ」
「「はあ……」」
現在地、ビンサルク帝国の帝都。
帝国民と観光客が溢れる路に3人はいた。
「いやぁ帝国に来た甲斐があるねぇ」
「少し前まで愛の戦士を自称した男がな……」
「すっかり元に戻りましたね」
3人はハーレンス王立魔法学園の生徒。
スミスに加え、友人たるウィリアムとケイネルが隣にいた。
「目は覚めたぜ。俺はワドウさんと戦って正気に戻ったんだ」
「良かったよホントに。やっぱり今の方がスミスらしい」
「おう。あの人に自らの性癖を思い出させられた。真に愛したのは可愛い女の子のみだってな!」
「い、いちいち声が大き——」
「うぉお! あの人めっちゃオッパイでかくね!?」
「「……前の方が良かった?」」
紳士的かは別とし、スミスはかつての変態性を取り戻す。
それは腐の勇者と相対したお陰。
彼女の試合、変態同士の戦いは男の本能を再び目覚めさせたのである。
「しっかし帝国には初めて来たけど、街並みすげぇ綺麗だな」
「軍の強さが目立つけど、これでも歴史ある国だしね」
「中心街はかなり栄えてる。しかもこれでまだ準備の段階だ。祭りの期間に入れば凄いことになりそうだ」
「祭り……!」
「他国から商人がたくさん来て、色々楽しめるそうだよ」
各国の選抜生は既に現地入りを要されている。
大会までの日数はそれなりにあるが、当日までには様々な行事が控えている。
それに参加するのもまた役目の1つなためだ。
「お! これ美味そう!」
「あんまり買い食いするなよ」
「夜は皆で一緒にご飯食べに行きますもんね」
「わーかってるよ! それに俺は実費で来たからな。そもそもそんな余裕があるわけでもないし」
選抜生の5人は個人的なモノは別とし、ほとんどの費用は王国持ちとなる。
ただそれ以外の生徒もまた『学生割引』を使用することが出来る。
国家同士の友好を深めるのが目的だ。
こういった制度は学生たちの帝国行きを良く促す。
「にしてもウィリアムは選抜生だろ? 自由にしてて大丈夫なのか?」
「どういう意味だい?」
「いや、コウキやクレスは今いないじゃん。なんか準備でもしてんのかなと」
「うーん。特には聞いてないよ。たぶんコウキは勇者だからって理由で引っ張りだこなんだと思う」
「勇者の4人は移動からして凄かったですもんね」
「あーあのガッチガチの警備体制な。魔族でも流石にビビるだろ」
魔族の襲撃を懸念し、王国は最上級の警戒をする。
式典に参加する王族や勇者だけは移動からして厳重。
他の観光客とは完全に隔離しこの帝国に入国したとか。
「コウキ君は勇者だし、たぶんこうして一緒に街に出るのは難しいだろうね」
「良くても護衛は複数つくだろう。身分的に仕方ないさ」
帝都とは言え魔族の襲撃が無いとは限らない。
各国の主要戦力が集まるが、絶対はないのだ。
極力外出を避けるという選択は致し方ないだろう。
「まぁ僕の場合は、式典とかで勇者と会うだろうけど」
「……良いよなウィリアムは」
「コウキと会う事かい? 学園に戻ったらどうせ会え——」
「そうじゃない! パーティーで美少女たちのドレス姿を見れて、なおかつ踊ることさえ出来る事だ!」
「きゅ、急に話を変えてきたね……」
式典という単語で連想したのか、スミスはまた通常モードに。
「会場にはウチの会長に姫様! 勇者のハルカゼさん! それに加えて戦姫や他国の可愛いところがいっぱい居る!」
「スミス……」
「羨ましい……俺も参加してぇぇぇぇえええええええ!」
行事関係に参加できるのは選抜生と関係者だけ。
いち観光客たるスミスに資格はない。
「そういや剣聖とやらの可愛さ指数はどうなんだろ……」
「「可愛さ指数?」」
「どんだけ可愛いかだよ!」
「まんまだね……」
「でも天使のような容貌って噂は聞く」
「それな! やっぱケイネルも気になるだろ!?」
「ま、まぁ……」
「ということだ。ウィリアムがこの中で一番早く会うんだ、しっかり見てきてくれよ」
「はいはい」
スミスの興奮にもウィリアムは淡々と応える。
「ただ剣聖、結構変わり者とも聞くし……」
「変人でも可愛ければ正義だ!」
「どういう理屈だい……」
「でもあれだね。女性かつ変人となると、もうクレスは出会ってたりしてね」
ふと思い出したと言わんばかり。
彼らには女性関係でとても難儀する友人がいるのだ。
「クレスはよく女性に好かれる。本人曰く少し訳アリか変わった人にだそうけど」
「まぁ顔もそうですけど、雰囲気が違いますもんね」
他の同年代とは違う、まるで氷のように冷たく鋭い印象を持つ。
雰囲気相まって容姿も端麗、人の視線を自然と集める。
ただ関わってみると意外とポンコツ。
それか天然とでも言うべきか。
とにかくそのギャップ差もまた、人を惹きつけるのだろう。
「でもアイツは恋人フラグ建てまくるからなぁ……回収できんだろ」
「恋人フラグ?」
「超簡単に言うと女と仲良くなるキッカケ? 条件を満たす? ことらしい」
「らしいって……」
「俺も正直良く分からんけど、ワドウさんがそういう物があると教えてくれた」
「「へえー」」
ニホンって所は、不思議な感性がある場所なんだと3人は思う。
召喚された勇者たちは、自国について周りに色々教えてくれる。
特にリンカ・ワドウの動きは顕著。
話を聞く所では、既に1年Sクラスには新たな宗教が生まれているとかで————
「てか今更なんだけどさ」
「ん?」
「クレス、今どこにいるの?」
「どこって……」
「ウィリアムの話じゃ特に選抜生に用事はないって言うし」
3人はこの自由な時間、帝国の観光をしていた。
スミスの言う通り、普段であれば3人の中心にはクレス・アリシアがいる。
「まぁそもそも帝国入りが別々だったしね」
「何か用事あるとかで、別便で来るって聞いたけど」
「アイツが居ないと締まんねぇからな。ちょっと強引に誘って一緒に来ればよかったかなー」
「ただ今日の夜に街に繰り出そうって約束はしてある。選抜生は宿も一緒だし、後で僕が見に行くよ」
「おう。頼むぜ」
果たして3人が探す男はどこにいるのか。
ただどうせそのうち会えるだろうと。
そんな事を想いまた歩みを進めた————
◇
「——事前に調べていたより全体的に建物がデカいな」
9番目の災厄たる俺は、現在ビンサルク帝国にいる。
何をしているか?
「……観光とかこつけた調査です、ってな」
ちなみに王都に残ったケンザキの監視は、Ⅳさんが代行してくれている。
「俺はこっちに集中……」
帝都は選抜戦も相まって、王都並みに人が行きかう場所になる。
あと数日したらもっと人が増えるだろう。
「つまりは不審な輩も紛れ込んでくるってこと」
不測の事態、どんな事が起きても可笑しくない。
それに加え俺は監視やら大会やら。
こうして実際に街を歩き、地形把握、主要建物の位置や構造を目視で確認している。
(本当は夜も調査に充てたかったけど、スミスたちと夕飯食べに行く約束したからな……)
人間関係の方も、あんまり蔑ろにすると怪しまれる。
適度に関わっておいた方が賢明だ。
それに、案外楽しみにしている自分もいて——
「スミスも元に戻ったし、まぁ戻った所で問題も多いんだけど」
女好きな所は相変わらずだ。
「あ」
幾つも並ぶ出店の中で面白い食べ物を発見。
どうやらミルクと砂糖を配合、凍らせたものらしい。
俗に言う氷菓子? 勇者たちが言うには『アイスクリーム』とやら。
王国では見ず、自分の人生としても今回が初見だ。
「すいません」
店員であろう若いお姉さんに声を掛ける。
「はい! いらっしゃ——」
「……? 1つください」
「あ、は、はい! ちょ、ちょっと待ってくださいね!」
なぜそんなテンパる……
ま、どうせ珍しい髪色に驚いたって所か。
ただそこまでオドオドする必要もないだろうに。
「ど、どうぞー!」
「……あの、やけに大盛りのような……」
「サービスです!」
さ、サービスですか……
さっき買ってた人の3倍ぐらい量があるぞ。
「代金は……」
「いりません!」
「え」
「サービスです!」
「いやいやいや」
無料にするサービスは流石にないだろ!
あまりに美味しすぎる状況で——
(まさか毒入りか————!?)
密かに潜入していた暗殺者、それが店員に化けて静かに俺を殺そうとしている?
いやだが待て、そもそもコッチの正体が露見しているはずがない。
気配だってセーブしてるんだぞ。
「そ、その代わりにですね、1つお願いが……」
「お願い?」
「あ、握手をしてください!」
「???」
どうやらタダにする条件があるとか。
それが握手?
怪しい。怪しすぎるんだが——
「ま、まあ握手くらいは……」
「っ! ありがとうございます!」
「じゃあ……」
了承するとパッと顔を輝かせる店員さん。
警戒したがまずプロじゃない、というか素人。
握手したところで俺の命を取られる心配はほぼない。
タダになるならと極普通に手を握る。
「はぁあ、もうこの手を一生洗えない……」
いや洗ってくださいよ。
曲りなりにも飲食店なんですから。
「こんな美少年に巡り合えた神に感謝を……」
ただ本人は満足しているようだし。
とりあえず貰う物は貰った。
ただかなりの大盛り、気を付けて運ばないと——
「って、うおっ!」
お姉さんにお礼を言いつつ振り返ったその時だ。
自分の身体に誰かがぶつかる。
こっちの不注意、手に持った物に集中していて足元が疎かだった。
そして——
「…………あ」
体勢を崩したせい、持っていた大盛りアイスがボロっと下に落ちる。
それは俺とぶつかった小柄な少女、その頭に落下した。
べチャッと嫌な音。
脳天直撃、少女の白髪にアイスが見事に乗る。
「……」「……」
あーあーあーあーあーあーあー。
やっちゃったぁぁぁぁぁぁ
「……やってくれたね」
「ご、ごめん!」
「……あま、……ベチャベチャする」
おそらく10歳程度? の容姿。
溶けて白い液体となったアイスを舐め取る姿は、少々犯罪的なナニカを感じる。
(あまりに小柄なもんだから反応が遅れた?)
ただ疑問視する点も。
俺は周りの気配に対し常に敏感になっていた。
どうしてこの子だけには気付けなかったんだろう?
「……これは高くつくよ」
すると少女はズルズルと引きずっていた黒筒? に手に掛ける。
その中にはギラリと輝く立派な真剣が。
「も、もしかして剣聖様!?」
ブワッと身の毛がよだった時、同時に店員のお姉さんも反応。
彼女が放ったその呼称に俺も絶句する。
「この子が剣聖……?」
それにしてはあまりに幼い風貌。
剣聖とは教国において最強の戦士とされる存在だ。
しかも今世において剣聖は20代目、選抜戦の代表でもあり、俺と同い年で——
「……アイスをボクの頭に落とすとは、大罪を犯したね」
「っ!?」
柄に手を掛ける。
まさかこの場所で抜刀するのか!?
多くの人が行きかうここで!?
ただ少女の目は本気、揺るぎはない。
「————その罪、己が身で支払ってもらおう」