第65話「各々」
————センテール教国。
「どちらに居らっしゃいますかー!?」
「時間でございます! 出てきてください!」
ユグレー大陸が1国。
教国首都のとある教会にて。
神官の装いをした者たちはある人物を探していた。
「っく、教主様はここに居ると仰っていたが……」
「見つからないですね……」
彼らのお目当ては『20代目剣聖』
史上最年少で襲名、まごう事なき天才である。
『聖剣』と『七天武具』を所持。
今や教国の最高戦力の1人になった者だ。
「……仕方ない。アレを使うとしよう」
「アレ、ですか?」
「ああ。できればこんな真似はしたくなったが……」
帝国で開催される『選抜戦』まで期限は迫る。
そろそろ出発しなければ式典への参加は厳しい。
何としてでも剣聖は捕まえなければいけないのだ。
「物で釣りたくはなかったが、この際やむなし……!」
1人の神官が携帯していた鞄を弄り、とあるアイテムを取り出す。
そしてソレを両手で高らかに掲げる。
まさに神に供物を献上するが如く勢いで。
「剣聖様ー! お菓子持ってきましたよー!」
そう、取り出したアイテムとは——お菓子である。
「王国産の美味しい美味しいクッキーですよー! ……おい」
「あ、はい。け、剣聖様が来ないなら私が食べちゃおっかなー!!」
いい年した神官が人気のない教会で漫才のような。
傍から見ればかなり間抜けな光景である。
しかし——
「「……あ!」」
無音だった空間、祭壇の方からゴソゴソと音が聞こえたのだ。
神官たちもハッと顔を見合わせる。
すると間もなくして——
「……お菓子、あるの?」
祭壇の陰から1人の、小柄な少女が出て来た。
身長はおそらく150もない。
ただこれでも16歳、選抜戦での規定は満たしている。
「……聖剣邪魔……」
体格に不釣り合いな聖剣のサイズ。
そのためか片手で持ち、床にズルズル引きずって出てくる。
「け、剣聖様! 聖剣をそのように運ばれては……!」
「……いいよ別に。……ボクの武器だもん」
「しかし——」
「……もしかして文句あるの?」
「い、いえ」
眼帯を着用、開眼した右目だけが神官たちを収める。
黒い眼帯に相対するように、その髪は白一色。
その容貌もまた天使とまで称されることもあり、人によっては彼女を神の徒と認知する者もいる。
「……お菓子」
「あ、はい」
持っていた袋を渡す。
そしてすぐ開封、パクパクと食べ始めた。
「……うん、美味」
剣聖は大の甘い物好きなのである。
普段は放浪し、他人と関わろうとしない。
そのためこうした有事の際は、甘味を献上。
彼女を引っ張り出すのである。
「剣聖様! 近々帝国にて選抜戦が行われます!」
「……あったねそんなの」
「そろそろ出発をしないと間に合わず、こうしてお呼びに上がった次第です!」
「……ふーん」
モグモグと食べるその様はとても愛らしい。
年齢的には高等部生だが、見た目だけなら小等部生である。
ただ応答の声色は冷淡。
いや、冷淡と言うかはどうでも良いと言った雰囲気だ。
「きょ、教主様から、頼まれていまして……」
「……爺に怒られるのはメンドイなぁ……」
「そ、そうですね」
「……はぁ、御馳走さま」
瞬く間、ペロリと平らげた。
「……これもボクの仕事か」
「え?」
「……帝国、行こうか」
「あ、は、はい!」
神官たちを伴って教会を出る。
この少女の名は『セン』
史上最年少で襲名、栄えある剣聖の20代目である——
————ビンサルク帝国。
「姫。どうやら王国も代表が出揃ったらしいです」
ユグレー大陸が1国。
帝国首都の某所。
学園の制服を着用した女生徒が、デスクに鎮座する主に報告をしている。
「——ようやくね」
呼ばれた通り、応対した彼女は姫である。
周りからは『戦姫』と称される。
若干18歳ながら、そのダークパープルの髪には威厳すら感じる。
「詳しく」
「はい。まず5人中2人は件の勇者です」
「2人だけ? なんだか少ないわね」
記憶が正しければ勇者は4人いたはずだ、そう姫は問うた。
「勇者の内1人は完全後衛役のため不参加、もう1人は……」
「もう1人は?」
「公には規定違反で失格と発表されましたが、内容は一般学生が力でねじ伏せたと……」
王国にももちろん帝国の使者は在中している。
予選の様子も本国の方にすぐ伝達されるのだ。
「つまり、勇者はただの学生に敗北したという——」
「っふっふっふ」
「姫様?」
「その人、ただの学生なんかじゃないでしょ」
「…………相対した勇者は現在入院中。審議の結果、彼が出場となったそうです」
「勇者を病院送りか、面白いじゃない」
浮かべる笑み。
心が踊ってワクワクが止まらないと言わんばかり。
「その勇者を倒したって人の名前は?」
「クレス・アリシア。王立所属の1年生です」
「知らないわね……」
「出身はヘルシン大陸。相当辺境の出らしく、大した情報は得られませんでした」
「ヘルシン、か。私たちもあそこには随分手を焼かれてるし」
ヘルシンはこの世界でもトップクラスに荒れた大地。
戦争が絶え間なく行われる場所。
ここで育てば、それは大抵普通じゃない。
「ちなみに勇者2人と彼以外については?」
「1人は貴族、1人は平民、正直興味を惹かれる点はないです」
「あっそう。なら注目すべきは……」
「前者3名でしょうね」
戦姫たる彼女は選手でもあるが、同時に採掘者でもある。
より良い人材を発掘し、それを自らの軍に加えるのだ。
「色んな意味で、私にとってはこの選抜戦は最高の舞台ね」
「はい」
「ただ勇者の2人には王国の息が掛かっているし、まず目を付けるとしたら——」
「クレス・アリシアでしょう」
「ええ! 個人的にも興味があるわ!」
試合は無しになったとはいえ、実力は証明されている。
後は自分の眼で見極めるだけと彼女は言う。
「それとあくまで備考ですが、相当な美男子とか」
「……そういうの良く聞くわ。大したことも無いのに格好つけて」
「まあハードル上げるだけですもんね」
「顔は特に気にしないけど、どうせ誇張して報告してるだけよ」
顔詐欺は正直よくある。
会ってみたら、聞いていた人と全然違うという。
戦姫自身にそういった経験が多々あるため、報告された容姿については特に気に留めない。
「ちなみに、商国の連中は?」
「例年通りです。だいぶフザケてますね」
「……そう」
気に留める事はないと報告者は言う。
「教国についても調べましたが、やはり剣聖だけ別格だと」
「でしょうね。彼女たぶん勇者以上に強いんじゃない?」
「そこまで詳しいことは……なにせ予選会をやってないですから……」
「ん、いいわ。本選で確かめるとしましょう」
大方彼女の予想通りだったよう。
強いてものイレギュラーは王国の『クレス』なる人物だけであった。
「最も重要なのは力量よ。他の事なんて後回しでいい」
帝国は実力至上主義。
力があれば上までのし上がれるし、無いならただ従僕するだけ。
ここはそういう場所だ。
「面子については了解したわ。詳しい事は資料で確認する」
「御意」
選抜戦まではまだ日にちがある。
その間に式典やパーティーも。
国友円滑化を計るだけあって、ただ戦えば良いと言うわけではないのだ。
「たっぷりおもてなししないとね——」
まだ若いながらも、ビンサルク帝国の中核に位置する。
そんな彼女の名は『ローズ・エーベルング』
戦の天才と称された、帝国が誇る若獅子である————
毎回投稿遅れてスイマセン。