第6話「驚愕」
「はあぁぁぁ疲れたぁぁぁ」
午前のペーパー試験をなんとか終えた。
数学も歴史も文学も出来はそこそこ、悪くはないと思う。
魔法論についても同様、記述式だったが及第点は出せるはずだ。
「あとは午後の実技だな……」
ちなみに今いる場所は不明。
現在は昼休み、持って来たご飯を食べようと。
ただ食堂を利用している人の数、あまりの多さに驚いた。
ゆっくり食事できるような環境ではない。
はたや他の教室も試験期間中で入れない。
だから人気のない所を探しに探し、此処に至る。
(というかこの学園が広すぎるんだ……)
そこらへんの小さな町と同等の面積、いや、それは言いすぎか。
ただとにかく広い、校舎は幾つも、魔法の訓練場もたくさんある。
建物だけでも凄いのに、食堂やらホールやら公園やら、校門入ってすぐには噴水なんかもあるし。
やはりハーレンスで名門中の名門、それに王立だけあって金のかけ方が凄まじい。
そんな中で俺が迷い込んだのは小さな公園? 拓けている割にはベンチも何もないところだが。
小さな小さな丘の上、芝生に腰をつく。
(実技試験の会場、最悪そこら辺の人に頑張って聞けばいいだろう)
二の次にして口に放り込む果実入りのパン、なんでもクルスという実だとか、ハーレンスの特産品らしい、若干の甘い味が広がっていく。
ここは良い、人がいない、そう思ってたんだが————
(誰か来たな)
もはや気配の感知は慣れたもの、極限までの研ぎ澄ましは身体に染みついている。
ただ殺気は感じられない。
むしろコッチにはまだ気づいてない。
敵ということは無さそうだ。
「————あら」
木々の狭間、現れたのは1人の女。
長い金髪、澄んだ碧眼、まさにハーレンス王国の特徴を真に体現するような容姿。
そして美しさという言葉の体現者にも。
顔も四肢も、全てが織り重なって完璧を創りだす。
プロポーションも相当、雰囲気も穏やかそうだ。
(ここの制服を着てる? 先輩ってことか?)
一般的に見れば超がつく美人なんだろう。
ただ俺にとって、ぶっちゃけ顔はそこまで気にしない。
見た目に囚われるほど軟な生き方はして来なかったから。
(昔から女の人にはよく絡まれるんだよなあ、ハニートラップの可能性も高いから油断も出来ないし)
ともかく、対面する女の人が着込んだのは学園の制服、白を基調としたお高そうなやつだ。
俺と同じ受験生が着てるはずもなし、つまりは2年生3年生ってとこ。
近づかれ縮まる対面距離、彼女の左眼には小さな泣きボクロがあり、容姿とよくマッチしている。
「こんにちは」
「あ、どうも……」
予想外に挨拶が、一拍置くがなんとか返す。
容姿、口調、風体からして育ちはかなり良さそうだ。
「受験生の方ですか?」
「はい」
「お昼でしたら食堂が……」
とりあえず軽くだが事情を話す。
人が多すぎて嫌気がさしたこと、飯は落ち着いて食べたいこと。
ただそれを聞いて彼女は笑い出す。
クスクスという効果音が似合う、ただ卑下するようなものはなく、純粋に、なんとも華やかな笑い方をする。
「普通の受験生でしたら、必ず食堂には行くんですよ?」
「え!? まさか試験と関係あったり……」
「いえいえ、記念ですよ」
「記念?」
なんでもはこの学園の食堂は大陸でも有名らしい。
それぐらい美味いし、そしてなによりブランドがある。
俺には良く分からないが、凡百の人間では滅多に入れない此処、そこで食事が出来ただけでも自分のステータスになるとか。
(だからあんなに人が多かったのか……)
何が何でも、そういう熱気、そういう勢いが感じられた。
間違えて入っていようものなら、俺のメンタルはきっと折れていただろう。
ただ社会的ステータスは必要としないスタンス。
事情を知っていたところで行くことは絶対にない。
「お隣、座ってもよろしいですか?」
「し、芝の上でしたらどうぞ」
これはエスコート、とは呼べないんだろうな。
ただ気にはしない、というか上手く会話を続けられるほどデキた人間ではないのだ。
会話の話題もさっきのまま。
「やはり記念の意味合いは大きいそうなので、ここで食事する方は珍しいなと」
「なるほど……」
「ふふ、私にも臆しませんし、変わった方ですね」
「いや別に、臆するようなこと無いですもん」
「え?」
「え?」
疑問符に疑問符を重ねる。
真顔で返される、何か可笑しなこと言っただろうか?
確かに目の前にいる人物は相当な美人、人当たりも良さそうだし。
泣きボクロもマッチして年上の女性特有の魅力が全面に出ている。
(いや待て分かったぞ……!)
つまり、私は年上なんだからもっと敬え。
この人はそう言いたいんだ。
物腰が柔らかいが故にこんな遠まわしな言い方。
戦闘で鍛えた観察眼と直感が無ければ、危うく気付かないで終わるところだった。
「すいません先輩、もっと敬うようにします」
「ええっと……」
「もっとですか? 先輩じゃなくて先輩様? それとも————」
「そ、そういうことではありません!」
どうやら俺の敬語は通用しないらしい。
そりゃ育ちも育ち、似非敬語しか使えないんですよ。
周りにいた年上も変人ばかりだったし。
「私のこと、ご存知ないですか……?」
「全然知らないです」
ただ振ってきたのは言葉使いではなく自分について。
そりゃ名前すら聞いてない現状。
知る知らない以前の問題である。
それともこの国じゃこの人は超有名だったりして。
知っていて当然的な有名人。
まあこれだけ見た目が良ければあり得る話なのかも。
「でも俺、じゃなくて僕は、違う大陸のそれも辺境から来た田舎者なので」
「た、確かに、髪も瞳も初めて見る色ですね」
「はい、無知なものですいません」
とりあえず、この人が貴族だったらまずい。
というか絶対貴族だ、だって高貴なオーラを感じる、その存在自体が輝いているように見えるのだ。
無礼者と呼ばれ、要らん厄介に巻き込まれるのは勘弁。
ただ幸運なことに、この人は優しそう。
このまま田舎という単語を連発して押し切るとしよう。
「勘ですけど、貴族の方ですよね?」
「ええ。そこそこ有名な家なんですけど」
「すいません……」
「ふふ、むしろこれだけ砕けたお喋りは久しぶりで、楽しいですよ」
その後も少し話題を変えて話をする。
彼女は生徒会の役員だとか、試験を手伝うため今日は登校したらしい。
(ここの生徒会って相当エリートだよな……)
なんだか悪い予感がしてくる。
監視の任、目立ちたくないの心は大前提に。
この人、予想以上の大物な気がしてきた。
「食堂は混んでいて、私も偶に此処で食べるんです」
「ま、まあ人がこなそうな感じは」
「ええ、1人になりたい時はうってつけですね」
(貴族の関係には下心が付きもんだし、この人もやっぱ疲れるんだろうなあ)
しかも生徒会役員とまでなれば、別格中の別格に。
というか、今更ながらこの人の名前を聞いていない。
貴族事情には詳しくないが、面識を持ってしまった以上忘却は出来ない。
なにせこの学園に受かる気しかない。
先輩という立ち位置として必ず彼女は固定されるのだ。
「僕はクレス、クレス・アリシアです」
名乗るなら自分から、これ常識。
ご丁寧にどうもと返され、相手のターンを待つ。
つまりはこの人の名前を聞いておこうというわけ。
(何時もだったら名乗らず逃げたい場面、だがしかし、人間ってのは謎があれば調べたくなるもんなんだ)
変に隠せば詮索意欲を増させる結果に。
ここは堂々と名乗っておいて、そしてこの場限りの関係に、そういう作戦だ。
「では改めて」
俺の素人な挨拶とは違う、座っていた腰を浮かせ、まさに極みの礼をせんと。
こんな田舎者には勿体無いくらいのを出される気が。
俺でも自然と立ってしまうほど、そんな空間に変貌。
さっきよりも高い視線での対面だ。
(どうせ姓を聞いても絶対分からないけどな。それこそ王族、四大公爵家でもない限り————)
この国の王族と、それに追随する、貴族トップの四家ぐらいは知っている。
ただそんな大物がこんな場所で飯など食わないだろう。
それに俺みたいな奴相手に、どんな物好きだって話。
変に緊張もしない、流すつもりで耳を傾ける。
「私は王立魔法学園2年、クラリス・ランドデルクです」
「……え?」
「来月からは3年生に、一応生徒会長も務めているんですよ?」
両手はスカートの端を軽く上げ美しい一礼を、その後にはニコリと1つ。
絶対に無いと思っていた最悪のオチと共に。
こんなことがあっていいのか、彼女の笑みとは裏腹に俺は引きつった笑みを。
「よろしくお願いしますね、クレス君」
なんと金髪揺らすこの人は四大公爵が1家、ランドデルクのご令嬢。
そして彼女は生徒会というエリート集団のトップ、つまりはこの学園のボス。
神様はどうして俺にこんな出会いを寄こしたのか。
俺の任務は予想を超える出来事ばかり。
入学しなくとも、既に波乱の物語は始まっている気がした。