第60話「上位」
——男子選手控え室。
「だいぶ人が増えてきたみたいだ」
「そりゃ開会式は退屈だろうし、試合だけ観たいんだろ?」
「ストレートな物言いだねえ……」
控室にいても観衆が多いせい、壁を越えて声が聞こえてくる。
今からハーレンス王国の代表を決める上位予選。
数十分前に開会式は終了した。
「まあスガヌマの言う事は分かる、俺も面倒だと思ったしな」
「だろ?」
「まったく君たちは……」
式では1時間以上突っ立っていた。
肉体的疲労は無いが、精神的にな……
観衆もそれなりにいたし、なかなかシンドイものであった。
「ウィリアムはお利巧ちゃんだ。スミスだって——」
「……」
「って聞いてないか」
「試合まであと1時間ちょっと、スガヌマもこれぐらい集中したらどうだ?」
「俺は普段通り過ごしている方がいいねー」
「でも凄い集中力なのは確かだよ」
俺、ウィリアム、スガヌマが会話する中。
愛の戦士たるスミスは座禅を組んで瞑想をしている。
俺はそんな行為を教えた覚えはない。
つまり自主的にやっているのだ。
「元々のキャラだったら絶対にしないよね」
「ああ。今頃女子の控室を覗きに行こうとか言ってるぜ」
控室は男女別。
ただ全員が既にスタンバイしているわけではない。
実際この部屋にもケンザキを含め数人の姿が見えない状態。
ちなみに俺たちはここでストレッチ中。
「スミスでこの現状、僕たちも油断できない」
「今はそうでもないけど、本番前になったら緊張すんだろうなー」
「緊張ねぇ……」
「ま、クレスはそういうの無縁だろうけど」
「ソンナコトナイゾ」
「まるっきり緊張してるフリじゃねーか!」
片言で応えてみる。
しかしどうやら通じないよう。
スガヌマがなかなかのツッコミを送ってくれる。
「——し、失礼します」
俺たちがボチボチ会話をする最中。
控室の扉がそっと開けられる。
隙間からはちょろっと金髪が垣間見えたが——
「あれ、シルク君?」
俺たちよりも、少なくとも頭1つは小さい背丈。
なにせ中等部の1年生。
ただそれでいて立派な服を纏い、彼女と似た柔らかい雰囲気を醸し出す。
何度か会ったことがある。
この子はクラリスさんの弟、シルク・ランドデルクだ。
「クレスさん!」
「っおっとっと、久しぶりだね」
「お久しぶりです!」
入口から俺を見つけた瞬間飛んでくる。
またその勢いよ。
少し屈んで全身で抱きとめる。
「えへへー。来ちゃいました」
相も変わらず天使爛漫だ。
これで男だって言うんだから凄い。
愛嬌も家柄もある子、外にはしっかり護衛の気配を感じる。
勝手に来たわけじゃないようで安心だ。
「クレスはシルク様とお知り合いのかい?」
「まあ、何度かクラリスさんの家に招待してもらっているから」
「はい! クレスさんはよく遊んでくれます!」
「なるほどー」
シルク君はよくなついてくる。
本人曰く兄が元々欲しかったとか。
ないものねだり。
お姉ちゃんしかいないからだろうか?
「この子って男なのか?」
「スガヌマ、失礼なこと言うなよ」
「悪い悪い。でもお前ら……」
「「?」」
「髪の色は違うけど、なんだか姉妹みたいだなって」
「おいおい……」
俺たちはれっきとした男。
せめて兄弟と行ってくれ。
「シルク君、勇者が俺たちのことをバカにしたきたよ」
「え、本当ですか……?」
「うん。これはもうお父さんに報告して死刑を——」
「待て待て! 冗談にしてもタチ悪いぜ!」
膝の上に座ったシルク君に告げ口する。
スガヌマの慌てよう。
どうやら効いたみたいだ。
「ところで今日は……」
「応援に来ました!」
どうやら試合前に一言声を掛けに来てくれたらしい。
その歳でよくできた子だよ……
アウラさんに見せてやりたいぐらいだ。
「試合! 頑張ってください!」
「……ああ」
純粋な声援をダイレクトに受ける。
本当にありがたいことだ。
本当に、な。
「そういえば姉様も、クレスさんに試合前会いたいなーって言ってました」
「クラリスさんが?」
「はい! なんか家でモジモジしながら呟いてるの見ました!」
「そ、そう……」
クラリスさんにも世話になっている。
だいぶ親しい人。
まだ時間もあるし、後で探してみるか。
「————愛が、訪れた」
シルク君と談笑をする最中、なんとあのスミスが眼を開ける。
そしてジロリ。
すぐさま視線を動かし俺の方を見た。
いや正確には——
「純粋な愛のオーラを感じ起きてみれば、どちら様かな?」
「え、えっと……」
「シルク・ランドデルク。クラリスさんの弟だ」
俺に頭を預け座るシルク君に興味を持つ。
そのまま吟味するように視線を上下に動かす。
「ほう。『弟』とな」
「弟、です」
「つまり男の子というわけだ」
「は、はあ……」
「シルク様、気を付けてください」
「ああ。今ちょっと頭がおかしいから」
なんで男という言葉にそこまで拘るのか。
だいぶ含みのある言い方だ。
スミスは座したままだが、ウィリアムとスガヌマが注意を促す。
変な気は起こさないと思うけど……
「こいつは友達のスミス、一応本選にも出るんだ」
「スミス、さん……」
「はい。よろしくお願い致します」
「よ、よろしくお願いします!」
タドタドしながら応対するシルク君。
なかなか珍しい姿だ。
「挨拶して早々ですが、クレスではなく僕の膝の上に来てもらえませんか?」
「へ」
「愛を感じたいのです」
「お、お断りします」
「ふふ。残念ですね」
ふふ、ってなんだよ。
普通に怖いわ。
シルク君も若干引いてるし……
スミスが目覚めた以上、ここに長居は危険かもしれない。
「シルク君、今日はもうこのへんで」
「あ、はい」
「今度はゆっくり、また遊びに行くよ」
「っ分かりました!」
名残惜しそうだがこれで埋め合わせ。
彼のためにもこの場を離れてもらう。
「なんだもう行ってしまうのか……」
「お前が不審すぎるかだっつーの」
「愛を持って接してるだけのことさ」
「そろそろ病院行きを考えた方が良さそうだね」
「僕は不憫だなぁ」
手を振りながらシルク君は去っていく。
とりあえず少し喋れただけでも良かった。
クラリスさんの事も聞けたし。
「それじゃあ俺はクラリスさんの所行ってくる」
「おーう」
「愛」
「了解。10分前には戻ってきなね」
俺は生徒会長探しの短い旅へと。
果たしてどこにいるのか————
『それではこれより、1回戦第1試合を始めます!』
実況のアナウンスが会場に響く。
それに相対するように観衆も大きな歓声を上げる。
上位予選の会場のボルテージは最高潮だ。
「凄い観客の数だな……」
「何千人、もしくは万にまで行くかな?」
「さあな。ただ客の数もやばいけど、それを収納できる施設がある学園ってのも十分やばい」
勇者であり友人であるコウキと共に、僕は試合を観ていた。
といっても観客席でじゃない。
選手や関係者だけが入れる待機場みたいな所。
ちなみに王族や上位貴族は一番上の特等席にいる。
『1回戦の選手を紹介! まずは前年優勝者のキルレット・オイゲン!』
アナウンスが指し示すは屈強な男。
王立魔法学園の3年生だ。
僕たちにとっては先輩。
実力は確か。
それを知っている観客も大きな声援を上げ鼓舞している。
『対するは同学校の1年生! スミス・ケルビン!』
初戦はまさかのスミスから。
しかしスミスの表情も風体も自然体。
まったく緊張していない様子だ。
僕だったら既にメンタルがやられてそう……
「スミスの時だけやけに野太い声援が多いな」
「あれは……件の男子校の生徒たちだね……」
「まじで? ガタイ良すぎんだろ」
嫌でも目に入る。
観客席には制服をピチピチに着たマッチョな集団がいた。
周りの一般客も若干距離をとっている。
「ただスミスはあの人たちを予選で破ってきたわけだよな」
「ほんと素直に凄いと思うよ」
もしかしたら下位予選で一番の激戦区。
優勝したスミスには尊敬の念すら抱く。
「それと、クレスの奴はまだ来ないのか?」
「だね。見当たらないよ」
クレスは結構前にクラリス様に会いに行った。
しかしなかなか帰ってこない。
まあ彼の場合は1回戦の最終試合だ。
そんなに急ぐ必要はないと思う。
「とりあえず、クレスの分までスミスを応援してやっか」
「うん。皆で本選に行きたい」
それに仲間と言えどスミスの今の実力が気になる。
あれだけ人格が劇的に変化した。
一体どんな進化を遂げたのか——
『試合時間は10分! 攻撃魔法は第5階梯まで! 武器は支給されたもののみ!』
相手を倒すか判定で勝つか。
審判の最終チェックも終わりいよいよ試合に移ろうとしている。
『10カウントで始めます!』
一定のリズムを刻む。
僕もスガヌマもつい黙ってしまう。
観客も同様だ。
試合の開始を見守って無言となる。
『4、3、2、1————!』
しかし体感すれば早いもの。
遂にカウントは1秒前にまで進んでいた。
固唾を飲む。
自分の戦いではないのに心臓が高鳴る。
『——試合、開始!』
そして遂に、1回戦の第1試合が始まる。
「「「「「——————」」」」」
観客も今までの沈黙を打ち破り一気に叫ぶ。
その音量に会場さえ震えてしまう。
ただそれに一番鼓舞されたのは試合をする2人だ。
きっとそう。
またそれを証明するように3年生の方、ギルレット先輩は凄い勢いでスミスへと迫っていく。
「おいおい! 動けよスミス!」
「先輩はもう来てるよ!」
僕たちの声は届いているのか。
なんとスミスは自然体で開始位置に立ったまま。
ブラリと手を下ろして先輩の接近を見ている。
「っ大丈夫かアレ!?」
コウキも隣で声を荒げる。
友達とはいえライバルの関係。
個人の作戦はもちろん聞いていない。
一体スミスは何を考え————
「心は空、心は海、心は地」
もう接触寸前の両者。
するとスミスは胸の前でゆっくりと手の平を合わせた。
合掌。
そして静かに詠唱をしている。
「遅い! この勝負もらった!」
「心は、愛で満たされるもの」
ギルレット先輩はスミスを制空圏内に捉える。
その手に握った模擬剣も既に振りかぶった状態。
それでもスミスは眼を瞑り合掌の姿勢を崩さない。
その雰囲気はいっそ神々しささえ感じる。
「ウィリアム……」
「ああ……」
僕たちは一緒に鍛錬をしてきた。
スミスのよく使う魔法も知っている。
彼の得意とするのは複合魔法。
一番はなく、色々な属性を混ぜて戦うスタイルである。
「スミス、一体いくつの属性を……」
スミスの身体には様々な魔力の色が宿る。
神色自若の装い。
そして遂に開眼。
敵をギリギリにまで引き込み、その魔法を発動した。
「その身をもって愛を知れ。絶愛魔法、森羅万象————!」
最近厳しいお言葉を頂きます。
週2回の更新はできるよう頑張ります。