第58話「中間」
昨日で選抜戦の予選が終了。
16ブロックそれぞれで代表が決まった。
後は本選に行く5人を決めるのみ。
そんな上位予選はちょうど1週間後に開かれる予定だ。
「あ、クレス君が来ましたね」
「やっとだ」
「遅いぞー」
「ごめんごめん」
今日は打ち上げ、という訳でもないが皆で飯に行く。
実は予選前に約束していたこと。
息抜きを兼ねて、今回で自分たちの予選のエピソードを話そうというわけだ。
「ってまだ5分すぎたぐらいだぞ」
正午ちょうどに待ち合わせ。
集合場所には既にケイネル、ウィリアム、スガヌマがいる。
「俺が最後……というわけじゃなさそうだな」
「残るはスミスだけだね」
「アイツのことだから寝坊してるとか?」
「もう昼だよー?」
面子的には勇者と貴族がいる。
なので安全面を考え昼という時間帯に集まることになった。
そのお陰でスガヌマに表立った護衛は付いていない。
そこら辺は配慮してくれたらしい。
まあ週末かつ日中の王都、人通りも多いしな。
「とりあえず全員が優勝できてよかった」
「まあアレだけキツイ練習したからね……」
「地獄だったな……」
「そうか?」
「「そうだよ!」」
お互いの予選結果は知っている。
無事に4人全員が勝ち抜くことが出来た。
誰か1人だけ落ちるみたいな重い展開にならなくて良かったよ。
「スミスが来ないの、もしかして精神的にやられてるとか……」
「会場が会場だしな……」
「もう手遅れ……」
「ま、まだ希望は捨てちゃダメだよ!」
スミスの予選会場は色々怪しかった男子校。
俺たちは少し察するが、ケイネルが諦めるなと。
頼むからあれ以上変人にはならないで欲しいが……
「————待たせたね」
聞き慣れた声がする。
間違いない。
このタイミングでその台詞、思い当たる人物はアイツだけ。
全員が視線を声の方へと移す。
「遅れてすまない」
「スミス、なのか……?」
「当たり前じゃないか。僕の顔を忘れたのかい?」
((((僕!?))))
スミスの出立ちに全員が驚く。
確かに声や顔立ち、身体もアイツで間違いない。
しかしその口調、なぜ一人称が僕になってる?
それに加え何と言うか、オーラが綺麗なんだ。
普段は『女サイコー!!』という濁ったオーラが全開。
今は影も形もない、むしろ聖人のような清い空気さえ感じてしまう。
(もはや別人だぞ)
(本当に精神やられたんじゃないか!?)
(ケイネル……)
(前言撤回するよ。希望はないみたいだ)
振り向けばスミスが常にニコニコと。
その微笑みがいやらしくないんだ。
これは由々しき事態で間違いない。
「スミス、もしかして頭部に魔法とかくらったか?」
「いいや。特にもらってないかな」
「へ、へー……」
「どうしたんだい皆? なんだか様子が変だよ?」
((((変なのはお前だよ!))))
目の前には綺麗なスミス。
もはや掛ける言葉が見つからない。
というか逆に気持ち悪い。
まさかわざとやってるんじゃないだろうな?
「立ち話もなんだし、そろそろ行こうか」
「ソ、ソウダナ」
スミスの会場だった男子校、名は何と言ったか。
後で調べる必要があるな。
なにせあの超女好きが清く正しい人間になってしまった。
一体どんな戦いをしてきたのか。
俺たちはただ驚くしかなかった。
「そ、それじゃあ全員予選突破を記念して————」
「「「「乾杯!」」」」
乾杯と言ってもそんな大げさなものじゃない。
なにせ1週間後に王立魔法学園で上位予選が控えている。
あくまで景気づけだ。
「いやぁ皆勝てて良かったよ」
「「「「ヨカッタヨカッタ……」」」」
しかし俺たち、正確にはスミスを除いた4人のテンションは高くない。
ただただスミスの様相が気持ち悪い。
違和感しかないんだよ。
なんでそんな爽やかな笑い方するんだよ。
なんで女の人をジロジロ見ないんだよ。
「す、スミスは結構苦戦したかんじ?」
ここでケイネルが切り出す。
いいぞ。
この変化の要因、全員が気になっている。
「まあね。必死で戦ったよ」
「なるほど……」
どうやら割と苦戦は強いられたらしい。
曰く負け筋もかなり濃厚にあったと。
「でも結果的に、あの人たちと戦うことで僕は大きなものを手に入れられた」
「あの人たち……?」
「僕の予選会場に集結した愛の戦士たちのことさ」
愛の戦士って、いや普通の学生だよなそれ?
なんだか禁忌の魔法にでも触れた気分だ。
これ以上踏み込んでは行けない気もする……
「そして僕は悟ったんだ。愛とは清く美しいものに宿ると」
「ほ、ほー」
「かつては女性の胸や尻に踊らされていた。でも今の自分にそれは必要ない」
「「「「……!」」」」
お前がエロを捨てるというのか!?
驚愕。
俺たちの間に電撃が奔る。
しかしスミスの瞳は澄みきっている。
コイツは本心で語っているのだ。
「————あ」
つい声を漏らしてしまう。
何故か。
それはスミスの背中に強者特有の世界観が見えたから。
コイツの後ろには花々が咲く草原が広がっていた。
魔法の極みに近づいた俺だからこそ分かる。
(あのスミスが1つの極地に至ろうとしてる————!)
自然と分かってしまう。
実力は数字には及ばない。
でもスミスは『極』へと確かに近づいている。
そこは選ばれた者しか到達しえない領域だ。
「僕の魔法は愛を知り、そして進化したんだ」
「進化ねぇ……」
「ちなみにその愛ってのは、具体的になんなんだい?」
「説明するのは難しい。僕が教わったみたいに教えようか?」
「それはどういう……」
「肌と肌をすり合わせるんだ。毛穴と毛穴が繋がるくらい深く。つまり僕の身体で熱く抱きしめて————」
「え、遠慮しておくよ!」
なんて恐ろしいことを言うんだ。
あとスミスは元々特殊な魔法を使っていた。
悟りを開き始めたこの状況。
果たしてどんな進化を遂げたのか。
俺にはまったく分からない。
そして、底も見えない。
(今の状態、もはや学生の域を超えたか————?)
下馬評はひっくり返る。
俺も油断すれば、負けるかもしれない。
「ふふふ。皆に僕の力を披露するのが楽しみだよ」
もはやラスボス感さえある。
今のスミスと相対したらどうなるか……
個人的には勇者以上に当たりたくないな。
「あ、じゃあスガヌマ君は予選どうだったの?」
「お、俺か?」
「うん」
「こっちはだな————」
ずっとスミスに話を振っているのもあれだ。
ここからはそれぞれの予選エピソード。
「正直面白い話はない。スムーズに勝ち上がって気付いたら終わってた」
「まあスガヌマなら楽勝か」
「強敵っつー強敵がいなかったからな」
異能も使わないで済んだらしい。
魔法についても強化だけで押し切れたとか、上位予選も行けそうだな。
「ウィリアムは?」
「僕は決勝で少し手間取ったけど、特に問題はないね」
ウィリアムについても同様。
放課後の自主練で結構仕込んだからな。
この3人とマトモに戦えるのはワドウさん、あとたぶんケンザキぐらい。
下位予選の結果は予定調和だった。
「クレスはどうだったんだい?」
「……まあ普通」
「クレスこそ楽勝だろうよ」
「苦戦する姿が思い浮かばないもん」
「そうだねー」
楽勝、苦戦、そんな言葉がはまるような試合じゃない。
ただの作業だった。
いつもだったら薄れる記憶。
しかし昨日の事だというのに、忘れるどころか一層深く覚えてしまっている。
「クレスは決勝に行くだろうし」
「僕たちはまず5位以内を目指すところだね」
決勝には行かないんだ。
途中で棄権する気なんだ。
皆は当然の事のように言う。
近い内、俺はその期待を裏切ることになる。
裏切ってそのまま、逃げるんだ。
「ワドウさんとケンザキさんも駒を進めたみたいだし、なんだかうちのクラスばっかりだね」
「16人中6人だもんなぁ」
「1年生にしては大快挙らしいよ」
「全ては愛のおかげ」
「それはちょっと違うような……」
なんだかんだと盛り上がるこの場。
やっぱり、みんな上位予選に行けて嬉しいんだな……
「どうしたよクレス、急に黙って」
「……考えごとしてた」
「ほー」
「たいした事じゃない、さ」
関係ない。
切り捨てろ。
俺はただ冷静沈着に事を運ぶだけ。
上位予選ともかく本選に進むなんて愚の骨頂。
トーナメントの組み合わせがどうであれ。
俺は必ず負けるんだ————





