第5話「初弾」
ハーレンスにきて数日が経った。
新たな環境にもやっと慣れ始めてくる。
そして今日、ついにハーレンス国立魔法学園の入学試験を受験する日がやってきた。
今は学園へと向かう最中である。
「早く解放されたい……」
とっとと終わらせたいの一心で。
もう勉強はうんざりだ、こうしている間にも数式やら文字やら歴史やら、覚えていたことが抜けていきそうになる。
学園があるのは貴族領と市民領の狭間。
地理的に言えばこの都市の中心にあたる。
(というかやっぱり周りに注目されてる……)
やはり銀の髪や眼は珍しいのだろう。
数日前の買い出しでも同じような視線を受けた。
ただ堂々と行こう。
第一印象は大事だと散散ロレーナさんに言われたことだし。
(周りも同い歳が多そう、たぶん俺と同じ受験生もいるんだろうな)
少し前にいる少女も俯きながら歩く。
おそらく教科書を読んでいるのだろう、最後の詰め込みだ。
(って、なんか落としたぞ?)
そんな追い込み真っ最中の少女。
勉強に夢中で他が疎かに、紐が付いた小さいものを落としてしまう。
あれはお守りだろうか? 合格祈願的なやつだと思うが。
ただ気付かない、そのまま歩いて行ってしまう。
(俺がやるしかないか……)
モロに現場を見てしまった、このまま通り過ぎるのも後味が悪い。
これは練習だ練習、同世代の異性と喋る練習としよう。
なにせ今までは年上としかマトモなコミュニケーションを取ったことが無いし。
落とし物を拾い、意を決して近づく、そして話しかける。
大丈夫、別に俺は変なことをするわけじゃない。
むしろ善行、褒められるべき行為をするんだ。
「あの、すいません」
「はい————」
無難に話かける、案の定彼女は振り向いた。
誰かと話すときはちゃんと目を見るべき、それが出来ないなら目と目の間、もしくは鼻を見ろと教えを受けた。
実践、そうして対峙したわけだが、彼女は何故か途中で固まる。
まるで氷漬けにされたみたい、口は開きっぱなし、瞳孔も大きく開いている。
一見すると驚いているように、そんな変なことをした覚えはないんだけど。
「あの……」
「ひゃ、ひゃい!」
(めっちゃ噛んでるし、あれか? この人も話すのが苦手だったりするのか?)
ただ見た目は完全に都市の娘。
ハーレンスでは金髪に次ぐ色は茶髪、この人も茶髪、だから都市娘だと見当をつけた。
容姿や恰好もあか抜けているし、俺と同類には到底思えない。
「これ、落としましたよ」
「へ?」
「気付いてなかったので」
「あ、ああ、ありがとうございます!」
とりあえず拾った物を渡す。
にしても何故そんなタジタジな反応をするのか。
俺がヤバい奴に見えているのとか? それとも髪や瞳が銀色だからか、いっそ顔がダメだとか。
やはりボスたちのビジュアル誉めはお世事だったよう。
目の前の人も硬直したと思ったらなんか赤くなって俯いてるし。
(まさか怒ってるのか……? 田舎者が近づくんじゃねーよ、的な……?)
ただ俺の容姿や態度に関係ないと言うなら、考えられるのは知恵熱とかぐらい。
つまり勉強のやり過ぎ、うんそれが赤面の原因だとしておこう。
ここはポジティブに考えるべきだ。
まあとりあえず落とした物はしっかり渡せたし、もうこの場に留まる意味も無い。
「じゃ、じゃあこれで」
「え……」
まだ何かあるんじゃないかという表情、もう終わりです、もう撤退します。
これ以上向かい合うのも気まずい。
足早にこの場を去っていくのみだ。
(ただ意外と普通に話せたぞ? 気合次第では行ける気がしてきた)
なんだか変な反応をされたものの、言いたいことは言えた。
会話も一言二言だけだったが自分から話かけることが出来た。
それだけでも十分すぎる。
「よっし、入試もこのまま突っ走るぞ」
意気込みも十分、モチベーションも高まってきた。
後は結果を出すだけである。