第48話「氷神」
主神エルレブン————
彼女は氷属性において最上の主神という位置づけだ。
『氷』や『美』、『戦』を司るとされる。
もちろん世界中に彼女を崇拝する者がいる。
信者たちは彼女のことを気高く理知的で、美しい女神と思っているらしい。
「————らしいって何よ。本当のことじゃない」
「————そうか?」
「————そうよ」
エルレブン、通称エルが否定をする。
俺の考えは全部お見通し。
ほぼほぼ同化状態、こうして肉体を持たせても筒抜けなのだ。
「人間! きさ————」
「黙りなさい」
「……っ!」
「今はクレスと話しているの。2人の愛の時間を邪魔しないで」
「愛の時間て……」
「だってそうじゃない。私と貴方はずっと一緒だもの」
愛が重い。黒いオーラ出てるって。
もうお分かり、俺の異能は『神』である。
ケンザキの神の加護みたいに間接的なものじゃない。
俺は神を所持していると言える身だ。
制約や限度はあるものの、人の身でありながら主神の力をフルに使える。
まあエルに他の属性を封印されたりもするけど……
「本当に久しぶりの現世。気持ちいいわ」
「辺り全部氷漬けだけどな」
「最高じゃない」
「ですか……」
始まりの森、辺り一帯は全部氷に変っている。
その中でも映える青みがかった銀色。
彼女の長い髪も、万物を見据えるような瞳も、全て俺と同じ色をしている。
格好は白銀のドレス、似合ってるけど場違い感が凄い。
肌は真白、年齢は人でいうところの20前半ってとこか。
「自分では18だと思ってるんだけど」
「いやキツイだろ」
「そこは『そうだね。エルは相変わらず綺麗だ』って言うべきところ」
「ソウダネ。エルハキレイダナー」
すると得意げに銀の長髪をヒラリと上げる。
身長も170ないくらい、俺と大差ない高身長だ。
美人という言葉概念を超越する風貌、そりゃ女神だからな。
容姿が完成されすぎて表現ができない。
それでも彼女をなんとか表現すると、クールビューティーってかんじだと思う。
ただかなり嫉妬深いけど……
あとこれでかなり人間くさい。
食べ物の好き嫌いだってある。虫も嫌いだ。あと炎も嫌い。
まあ神格が強すぎるので頻繁に現界はできないけども。
「女神ホールド!」
「ちょ……!」
「クレスしゅきしゅきー」
「はあ、主神とは思えないな……」
魔族を一喝した時のオーラはどこ行ったんだ?
そんなに抱き着くな。
台詞からして知能レベルがかなり下がってるぞ。
しかも普通に良い香りがする。
なんでこうも俺は色んな人に抱き着かれるのかね……
「いい加減にしろ人間!」
魔族の男が遂にキレる。
そりゃ戦闘中に敵がイチャイチャしてたら怒りも覚えるわな。
そろそろ目の前のことに移るべきか。
「エル。周囲に敵は?」
「いないわ」
「了解」
エルがいないと言うならいないのだろう。
つまり本当に魔族は1人でここに来たと。
ますます謎が深まるな。
ついでにプライドが高いのか逃亡することはなさそう。
まあ俺たちに出会った時点で勝敗は決しているけど。
「神だかなんだか知らねえよ! 人間如きの魔法で————」
そんな小物の典型みたいな言葉を吐くなよ。
聞いてるコッチが恥ずかしいわ。
あと人間だけじゃない、この俺には神もいる。
魔族が紫の魔法陣を編み出す。
なるほど。発動速度はそれなりに早いな。
「クレス」
「ああ」
俺とエルの身体を魔力が循環する。
2人で今を共有、2人で1つの生命体へ。
彼女といつ出会ったなんて分からない。
気付いた時にはもう傍にいたんだ。
家族を失った時も、災厄の数字に入った時も。
エルは数字以外で信用できる数少ない存在だ。
「「絶氷界」」
解き放つこれが異能、神の力だ。
既に氷漬けだった世界、そこに青銀の魔力を重ね掛けする。
一層煌めく周囲、だが具体的な変化は見られない。
そりゃそう。
これは表面上にではなく、この世界の根本に干渉する力なのだ。
林間合宿の時に唆されて使いそうになった技でもある。
「あ、あれ……?」
「物体だけじゃない。俺は魔法だって凍らせられる」
「おま————」
「そして、時間さえも凍らせるんだ」
マグマの如く溢れ出る魔力。
神の数ある御業の1つ、世界凍結が発動する。
それは周囲一帯を凍らせる。
この場でいま呼吸をしているのは俺とエルだけ。
後は彫像のように固まる。
指名手配書に書いてある通りだよ。
災厄の数字の9番目、『絶氷』は————
文字通り全てを凍らせる。
「……やっぱ魔力消費が半端ないな」
「だからもっと一体化すればいいのに。事前に交わっておけば……」
「それ性交ってことだろ」
「ええ。古来より神降ろしは男女の交わりが重要とされるわ」
真顔で重いこと言ってくれるね……
確かに魔力を共有する以上、性行為が一番手っ取り早い。
しかしそう簡単にできるものでもない。
でもこの状態を持続させるには相応の……
「————ん」
突然。
エルが俺の身体を優しく、でも強く引き寄せる。
そして唇に唇が触れる。
自分が神であることを主張するような傲慢かつ情熱的なキスだ。
神様にだって心臓がある。互いの鼓動が伝わるほど身体が密着するのだ。
その柔らかい胸が自分の胸板で軽く潰れる。彼女の腕が背中に回る。
そして同時、凄まじい魔力量が身体に流れてくることに。
「……っ強引だな」
「……そう?」
「……そうだよ」
久し振りのせいかだいぶ激しい。空気を求めて何とか離れる。
ただ文句を言おうにもまた口を塞がれる。
何度も繰り返した手法とはいえ慣れるものではない。
「……もっと……」
「……っ」
気付けば舌も入れてくる。
濡れた唇、重なる舌と舌、音をたてて交わる唾液に魔力が乗る。
頭が痺れる。エルの装いはもう魔力供給というよりも私欲が先行している。
女となった女神はここまで美しいものかと心底思う。
止まったこの世界において、語るのは口であっても言葉でない。
更にエルが腰に回していた手、それを下の方に————
「……ストップだ」
「いつもここまでじゃない」
「も、もう十分に回復した」
俺の氷魔法はエルが補助している。
そのお陰で氷魔法を極められたと言ってもいい。
ただ強力なものほどメンテナンスが必要だ。
いわば魔道具に潤滑油をさすみたいなもの。
この行為はそれに当たる。
ただ強力な魔法を使っている時にやって意味がある。
性行為ならともかく、キス程度だと現場でやるしかないのだ。
「今回はアウラさんいないし、視線は気にしなくて良かったけど……」
頻繁に必要ではないとはいえ、普段はアウラさんがいる。
なんとか毎回頑張っていた。
なにせ俺が数字級の魔法を使うにはこの行為が不可欠。
もちろん集中するだけでもできるがアレは物凄い時間が掛る。
エルの言う通り肉体接触が一番手っ取り早いのだ。
恩恵は大きい。監視のせいで錆びれていた魔力庫が再び輝きだす。
「頬が赤い。でもいい加減手を出してくれて————」
「俺はお前をそういう目で見てない……」
「それ、臆してるだけじゃないの?」
「……」
エルは俺にとって不思議な立場にいる。
幼少期から共にいることを考えれば姉や、もしくは母とも捉えられる。
だが彼女に母性や家族愛を求めたことはない。
ただ異性として見れるか、それは未だに分からない。
エルは俺を求めてくれているけど————
「そろそろあの爆裂娘と差をつけようと思ってたのに……」
「爆裂娘? アウラさんか?」
「私の絶氷界も強引に突破できるし、炎使いは嫌いだし、それ以外にも————」
エルはあんまりアウラさんのことが好きじゃない。
たまに顔を合わせてはよく喧嘩を吹っ掛けている。
まあアウラさんはそれに気づいてないけど……
それでも炎の主神を倒したぐらい強い人。
氷を司るエルにとっては相性が最悪なのだとか。
あと熱くなった顔も気持ちもなんとか落ち着ける。
まだやらなくてはいけない事がある。
「さてと、それじゃあ魔族の方を何とかしなくちゃな」
「もう殺していいんじゃない?」
「まだだ。ここに来た理由が気になる」
目の前には凍った魔族が1体。
補給は済んだが世界凍結も楽じゃない。
事は迅速に済ませる。
造形、手には氷の斧を創り出す。
その斧で————
「よっと————!」
魔族の両腕両脚を粉砕。
四肢は氷の粒となって辺りに飛び散っていく。
支えを失い地面に転がるその身体。
大丈夫、流石に転がったくらいで砕けはしない。
「絶氷界、解除————」
時間が再び流れ出す。
ついでに展開していた氷を全て魔力に分解、元の自然界に戻す。
何時もだったらほったらかしだが、後で調べられるのも面倒だからな。
銀色から一変、鳥たちが囀る緑の世界が蘇る。
「お、俺は……」
「久しぶり」
「人間っ! お前は何をし……て……?」
地面に転がったままの魔族は気付く。
己の身体に四肢がないことを。
手足をもがれた今、逃げることも挑むことも叶わない。
「痛みは無いだろう。痛覚を凍らせてある」
「ば、化物か……」
「酷いこと言うわね。ねえクレス?」
「うーん……まあそう言われても仕方ないことやってるからな……」
なんであれエルも満足しただろう。
基本は外に出れない身だからな。
偶然だが、魔族を敵と見立てることができたし。
曰く外野が居た方が燃えるそうだ。
まあ俺としても魔力庫が最盛期に戻った気分。
落ちていたケイデンスが一気に回り出した。
やろうやろうと思っていた目的は無事に達成される。
スミスたちがまだ拠点についているかも怪しい時間。
騎士団の応援は当分ない。監視もいない。たっぷりと尋問できる。
この際魔界の情勢も把握したいところだ。
「それじゃあ質問タイムといこうか————」





