第4話「入国」
「————うおぉすげえ!」
トーマスさんの馬車にのって丁度4日目。
日が真上に昇った頃、俺はついにハーレンス王国へと到着した。
眼上に佇むは巨大な門、遠目からでも確認で出来ていたが、間近で見るとすさまじい大きさ。
高すぎて見上げていると首が痛くなってくる。
流石は大国の中心都市、その凄さを改めて感じることに。
「今日は空いててよかったぜ」
「何時もは混んでるのか?」
「おうよ。いつもは入場待ちの馬車で長蛇が出来んだよ」
確かに、今はスイスイと進んでいる。
審査が甘いのかと思っていたが、単純にラッキーらしい。
『そこで止まれー』
ここでもう門の寸前に、やはり審査はやる、というか思いのほか厳重だ。
勇者のことで他国からの刺客を警戒しているのかも。
まずはトーマスさん、それから俺の方に。
ただ事前に書類も証明書も用意はしてある、勿論勘繰られそうなことは偽造してあるが。
そもそも王立学園を受ける身、その受験票だけでもある程度の安全は確保できる。
『よし、通っていいぞ』
(まずは第一関門クリアと)
何か言われるでもなく無事に入ることを許される。
進行、つい荷台から顔を出してしまう。
そこには俺の見たことのない活気ある、華やかすぎる街が広がっていた。
「どうだ? ビックリしたろクレス?」
「なんだこれ……」
「田舎から出てきた奴は皆驚くよな」
同大陸のビンサルク帝国は、軍国だけあって、潤っていながらも武骨な感じがあった。
アリミナ商国も栄えてはいたが、此処は美しさも兼ね備えている。
ハーレンス王国の中心都市ハーレンス、見渡す此処はまさに理想の城下街だろう。
レンガ造りの家が隙間なく立ち並び、売店なり居酒屋なり宿屋なり、よくわからない店までひしめき合う。
中心の大通りもそうだが、あらゆるところに人、人、人。
人の海とでも表現しようか、そこから活気という熱気が凄まじい。
「んじゃ広場につけるぜ」
「あ、ああ」
馬車は入ってすぐ、噴水のある広場へと。
そこには他と比べものにならないくらいの馬車が。
しかも市民だけではなく、武器を携えた連中、冒険者の姿も多く見受けられる。
(これだけの大都市だったら、冒険者ギルドも相当な規模なんだろうな)
ただざっと見た感じ、そこまで強い冒険者はいなそう。
冒険者全体の質は高そうだが、ビンサルク帝国の一枚下といったところ。
いやはや、自分の冒険者時代が懐かしく思える。
そんな思い出に浸る暇もなく馬車も終着、この4日間の移動も終わりを迎える。
「ほいお疲れ、到着だ」
「いよいよか……」
「なんだ緊張してるんのか?」
「まあ多少は」
別に短期の仕事だったらこんなドキドキはしない。
だが学園は3年間を通してだ。
しかも久しぶりの一人暮らし、懐かしさとか期待とか不安とか、色々混ざってもう良く分からない。
「そうだ、運賃は20000ビルスだった————」
「2000でいいぜ」
「は?」
「修理のお礼だ、特別料金だぜ」
曰く一人暮らしをするなら金はとっておけと。
修理のことも有るっちゃ有るが、最後の最後でカッコいいことをいうおじさんだ。
「頑張れよクレス!」
「……はは、そうだな、何時までも臆してはいられないか」
別れの時だ、災厄の数字以外でここまで話すのは久しぶりだった。
宿なり法なり食べ物なり、色々なことを聞くことも出来たが、それを踏まえても楽しい移動に。
魔法も丁度良く4日間持ったことだし、契約も同じように凍結魔法もそろそろ溶け始める時だろう。
「じゃあな、トーマスさん」
「おう! 達者でな!」
囚われるには早すぎる、俺の心臓は氷で出来ている。
これもまた1つの出会いと割り切るだけ。
ただ手は軽くだが振ろう、また会える日を楽しみに。
トーマスさんと別れて向かうのは宿である。
宿というかは賃貸の家に近い。
学生寮もあるらしいが、殆どが相部屋制、それではもしもの時に動きが制限される。
雑に描かれた地図を片手、トーマスさんにおススメされた場所へと向かう。
(学園からも近いし、家賃もそこそこ、一番は裏通りにあるってところだな)
災厄という体面的にも、目立ちたくないという精神的にも。
大通りから細道、細道から裏通りへと。
ただそれでも人の姿は多い、闇は感じない。
裏通りというか、庶民の町という表現が似合うかもの。
「————ここか」
長期間の滞在に向いているという宿『グリーン』
なんとも爽やかな名前、造りは木造、3階建て、窓の数的に部屋は9といったところ。
ただ洗濯を干してあるのはその半分ほどしか。
人が少ない所、どうやらその要望は叶いそうだ。
穴場というだけある、教えてくれたトーマスさんには感謝をしなくては。
年季の入った扉を開ける、迎えたのは————
「いらっしゃい」
「あ、どうも」
出迎えたのは女の人、というかおばあちゃん。
結構な歳を召していそう、番台に座るもののなんか常にヨロヨロしている。
「宿泊ですかな?」
「はい。長期で住めるところを探してまして」
「ほほう、学生さんじゃろ?」
「まあ、入学試験すらまだ受けてないですけど」
「っほっほっほ、ここに若い子が来るのは何時振りかねえ」
なんだか身の上話、というか昔話を喋り始めた。
つまるところ、俺みたいな若い客が久しぶりに来たもんで嬉しいとか。
ただ穏やかな口調、印象は優しいおばあちゃんといったところ。
「じゃあ王立魔法学園に?」
「とりあえず受かる気ではいます」
「はぁ、凄いねえ」
こちらの事情も伝えつつ、いわゆる世間話も。
こういう人だったら普通に、気楽に話すことが出来る。
ただ今から行こうとするのは若さの集団、年寄りなんていないのだ。
「じゃあとりあえず1年間の契約で」
「はいはい、分かったよ」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。困ったことがあったら何でも言ってくださいな」
ニコニコ顔のおばあちゃん、ヘンリーさんは快く部屋を貸してくれるそう。
身分証も見せようとしたが、全然正体とかを気にしてない。
そういうのは危ない、心良いから詐欺に騙されないといいが。
とりあえず今日からはここが新たな拠点、新たなスタート地点。
(風呂は共同、飯は当然だけど自炊、買い出しは大通りでと)
色々と教えて貰った後は契約金を支払い、いよいよ部屋へ。
急な階段を上がって最上の3階へと、1つの階層に部屋は3つあるそう。
ただ3階にだけは偶々住人はいない。
つまりは3階に住まうのは俺だけに、本当にツイている。
「301、ここだな」
鍵穴に渡された鍵を挿入、ガチャリと音を立て開帳。
そこには年季は入っているもののキレイに清掃された、木造りの部屋があった。
年月の経過が生み出す絶妙なコントラスト。
窓は通りに向いて1つ、面積はそんなに、ただ1人で暮らすには十分だ。
「予想してたけど何にも無いな。ベットやら机やら買ってこないと……」
キッチンは小さいが各部屋に1つずつ。
魔力を通せば炎がつくコンロ、旧式だが使える範疇には。
食料の保存に関してもかなり古い魔道具が、俺が手入れすれば使えるようになるだろう。
(なんだか感慨深いな)
ここで暮らすという実感がフツフツと湧き出す。
色んなことに気を配りだす。
何もかも自分でやってきた人生、同じだと言うのに、何かが違う。
言葉では上手く言い表せないが、心が良くも悪くもざわついている。
「ただ一番はまず試験、これで落ちたら笑い話にもならないぞ」
送り出された、部屋を借りた、俺はここに来た。
試験まであと数日、残された時間を有意義に使わなければ。