第43.5話「彼奴」
「なんでこんなことに……」
俺の名は真野 彰吾。
勇者召喚に巻き込まれた者である。
異世界ラノベでいうところの最強枠だ。
つまりは真の主人公、華やかな毎日を送る————はずだった。
「獣人たち強すぎだろ……」
ケモ耳娘たちがいるとされるモノール大陸に来た。
そこには二次元でしか存在しなかった可愛い子たちが沢山いたさ。
だが人間は見下される傾向にあるのだろうか、ロクに相手にされない。
バーで手を出そうとしたらゴツイ男どもにリンチを喰らう。
もちろん異能で戦おうとした。
それでもアイツらのスピードが速すぎて、魔弾がまったく当たらなかったという……
「しかもあり金を全部取られた……」
身ぐるみはがされボロボロで町を出た。
修行前にと少し寄っただけなのに。
神様は俺を特別扱いしているんじゃないのか?
普通だったら何かしなくでも美少女たちが寄ってくるはずなのに。
「だって異世界! 異世界だぞ!」
独白が続く。
なんでこんな目に会わなくはいけないのか。
あれか? 修行をしていないのが悪かったり?
それでもやっぱヒロイン1人は欲しいじゃん。
旅のお供的なポジションの奴だ。
「全然ダメだな俺……」
魔法は全然使えない。
何故ってそりゃ習ってないからだ。
ケンザキたちは学校で習うらしいが、正直余裕だと思ってたよ。
しかしラノベみたいに上手く使えない。
現にこうしてボコボコにされたし。
「大人しく1人で練習するしかないか————」
また町に近づいたらどうなるか分からない。
今は目的もなくただ道を行く。
金なし、食料なし、知識なし、このまま行けば普通は野垂れ死ぬ。
だが俺は真の主人公だ。
ご都合主義、もしくは主人公補正できっと良いように事が運ぶはず。
根拠は無いが、そうなるしか俺が生き残る術がない。
「しっかし自然ばっかだなあ」
王国はまるで中世ヨーロッパの街並みを想起させた。
だがモノール大陸は全体的に自然が多い。
やはり獣人や精霊ばかりが住んでいるからだろうか。
そのうち美少女ドラゴンとか出てきてくれないかなあ……
定番じゃん。どっかにいるだろ。
「————あれ?」
神様がなんとかしてくれると信じテキトーに歩いていた現在。
視界の端に金髪の女? の姿が映ったような……
立ち止まり傍の森の中を注視する。
モンスターじゃなかったと思う。
「待てよ……これはまさか……」
遂にヒロインとのイベントが来た!
だってそうだろう。
なんでこんな場所に女の人がいるのか。
絶対に訳アリだ。
それを俺が一緒に手伝ってあげる、すると彼女はメロメロ。
ハーレムに一歩近づくぞ。
「ゆっくり近づこう————」
神様から与えられたご褒美回だと分かってはいるが念のためだ。
呼吸音も小さく、静かに動く。
すると少し先から女の人の声が聞こえてくる。
きっと視界に映った人だ。
「————パパっと着がえましょう。今回は耳や尻尾も必要だし」
耳や尻尾? 何を言ってるんだ?
いや、重要なのは前半部分だ。
『着がえ』とその人は言っていたと思う。
つまりこれはヒロイン手に入れつつ、その裸も見れるというラッキースケベイベントだったのだ。
なんてツイているんだ……
据え膳食わぬは男の恥、ここは躊躇なく一気に飛び込む————
「って、アレ……?」
「なによアンタ」
「お、おっさん……?」
声からして美女が美少女だと確信していた。
だが茂みに飛び込んだ先————そこには半裸の中年おっさんがいた。
何故! 何が起きた!?
頭は少し禿気味、そして小太りの低身長。不細工ではない。
日本でいうところの冴えないサラリーマンみたいな、そんな中年男が目の前にいる。
しかも半裸で。なんてものを見せてくれるんだ……
「いけない坊やね。アタシの着がえを覗こうだなんて」
「は……?」
「服にこだわり過ぎて気配探知を忘れてたわ。失態失態」
「え、え?」
可笑しいぞこのおっさん!
見た目は確実に中年男、だけど声だけ女なのだ。
き、気持ち悪い……
しかもその手には女性ものの服が握られている。
絶対にサイズも違う。
「お、女の人は……?」
「女?」
「さっきここら辺に女の人の姿が見えて……」
「あー」
噛み合ってなかった会話、向こうだけが納得する。
俺はさっぱりだ。
まさかこの男があの女性を殺したとか? 死体はもう隠したのか?
おいおい、俺のご褒美回は何処に行った?
「アタシの真の姿も見られたわけだし、まあ記憶を消すしかないわね」
「き、記憶を消すだと!?」
「当然。クレスちゃんみたいに可愛くもないしー」
「っ魔弾の————」
「遅いわ」
一瞬、脳が揺れた。
アレ? どうなった?
目の前、あのおっさんの姿は無い。
倒れる身体、すると背後から消えたおっさんの声がする。
「————まああんな所で着がえたアタシが悪かったのよねえ」
「なに、を……」
「お詫びとして少しお金置いてくわ」
朦朧とする意識。
もうおっさんの言葉も入ってこない。
なんとか振り返ろうとする。だけど目線を動かすだけで精一杯。
ただ最後に垣間見る、その男の左手甲には『Ⅷ』という数字が刻まれていた。
それは8番目を表す。
まさかこの男が噂に聞く————
「あれ……?」
途端に目が覚める。
なんだか長い間眠っていたような……
ここは一体どこだ?
「森、か……?」
周囲は木々で囲まれている。
まだ暗くはない。ようやく日が沈み始めたってかんじの時間帯だ。
「いって————!」
頭痛が酷い。
さっきまでこんな痛みは無かった、って可笑しいぞ。
『さっき』って何時だっけ?
町を追い出されたことは覚えている。
途方にくれて歩いていた、それからの記憶が一切ない。
こんな所で休憩をとった憶えもないぞ。
それと自分の傍に謎の小袋が落ちている。なんだこれ?
「誰かの落とし物ってことも……っお金!」
なんと小袋の中にはお金が入っていた。
そして俺は気付いた。
これこそ主人公補正なのだと。
だってこんな所に誰かが金を落とすなんてまずない。
神様が金欠の俺を見かねて支援をしてくれた、これしか考えられん。
「やっぱ俺は主人公なんだなあ」
もう記憶を思い出す必要も無い。
きっと直接渡せなくて、こういった強引な手に出てしまったのだろう。
大丈夫ですよ神様、俺は感謝こそすれど怒るなんて絶対しません。
「……成り上がりっぽくなってきたぜ!」
今は落ちぶれの時期だったのだ。
つまりこれからがテンプレの始まり。
劇的なサクセスストーリーが爆誕するぞ!
「はーはっはっはっは! 異世界サイコー!」