第3話「道中」
災厄の数字の拠点から出発して20日ほど。
学問やら常識やら色んなスパルタ教育を経て今ここに。
ここといってもまだ目的地、ハーレンス王国の前の前くらいだ。
(順調すぎるぐらい順調だ。これなら住むところを探す余裕もある)
問題の入学試験は勿論受かる気でいる。
というか落ちたら鬼教官のセローナさん、それからボスに折檻、じゃなくて説教を喰らうことになるのだ。
ただ受かったら受かったらで安心はできない。
なにせ家すら決まっていない状況、しかも予定通りいけば3年は過ごすことになる予定。
宿ではなく、しっかりと住む家を探し、なおかつ街にも慣れなければいけない。
(とりあえずハーレンスまで移動しないとな、馬車を捕まえたいけど……)
早朝だけあって馬車の数は少ないものの、流石は大国の近く、田舎者からすれば十分なレベルだ。
(なんだかんだハーレンス王国は初めてだ)
同じくユグレー大陸、ビンサルク帝国やアリミナ商国には何度か行ったことはある。
隣国でありながら、踏み入る機会は無かった。
だが既に近くの町ですらこんなに発展している、流石は最盛とまで言われる時期、金の匂いがプンプンする。
(アウラさんも行きたそうだったけど、顔バレがな……)
色々と恐れられる自分たち。
指名手配も勿論されているし、懸賞金も掛かっている。
ただ新参者故に俺だけは別、9番目の魔法使い『絶氷』と呼ばれるだけ。
詳しいことは判明してない状況だ。
普段からバレないよう徹底していたからこそ。
(ただ学園に通う以上フードなんて羽織れない。だから俺も目立つと言えば目立つ。なにせ————)
ここユグレー大陸の人の特徴は金髪、そして碧眼や翠眼というのが一般的。
だが俺のは薄い青色というのだろうか、それとも銀色か。
周りが言うには銀色寄りらしいが、ともかく髪も眼も青みがかった銀色なのだ。
Ⅲさんが言うには異能の影響らしい。
そこに白い肌も相成って、体調が悪そうとよく言われる。
ただボスやセローナさん、他の女性陣は俺の容姿を誉めてくれる。
まあ正直お世辞だと思っているが。
(とりあえずあの人に頼んでみるか)
悩みどころの馬車選び、決めたのは1人のおじさんのところ。
近くに馬車はないが、服装は他の乗り手と一緒、雰囲気もそうだ。
ちなみに選んだ理由は俺と同じようにウロウロしてたから。
つまりは暇そうだったからというわけ。
「すいません」
「あ、はいよ」
「ハーレンスに行きたいんですけど、まだ空きってありますか?」
「ああ……」
それを聞いておじさんは苦い笑みを。
あれか、俺が目立つから嫌だとか?
ただ訳を聞いてみると————
「馬車が壊れたと?」
「そうなんだよ、右の車輪の軸が折れてな」
「修理は出来ないんですか?」
「今この町じゃ無理だと、もうどうしようもねえのさ」
「なるほど……」
「悪いなあ嬢ちゃん」
「いや、俺男です」
「え!? 男だったの!?」
慣れたやり取り、なんでそう俺を女と間違えるかね。
確かに面倒で切らないため髪は少し長い、だが声で分からないのだろうか?
まあ文句もそこそこに、閑話休題、馬車の話に戻る。
おじさんが言うには、なんでもこの町じゃ現状馬車の修理は不可能。
損傷はパッキリと軸が大胆に折れ、本格的な直しを入れないと厳しいらしい。
ただ修理師は偶々全員が出払っており、最短でもあと1週間待たないといけないとか。
しかし馬の食事代や荷物もありチンタラはしていられないそう。
なんともツイてないおじさんだ。
「一度その馬車を見せてもらえませんか?」
「別にいいけどよ、何するんだい?」
「もしかしたら応急処置が出来るかもしれません」
「ええーお嬢ちゃんが?」
「男です」
女だ女だと言われると若干イラっと来る。
敬語で喋っていたが、もう崩してもいいだろう。
「ちなみにここからハーレンスまで場所でどれくらいかかる?」
「きゅ、急に変えてきたな」
「別にいいだろ、それで?」
「まあ3日、4日もあれば確実だな」
なるほど4日と、十分だ。
俺たちはそんな会話をしつつ、少し離れた場所に。
そこには右に傾いた馬車が放置されていた。
身体を地面に近づけ、下から覗きこむように損傷の具合を確認する。
「随分キレイに折れてるな……」
「おう、だが軸なもんで、手抜きの処置は出来ねえんだ」
人体に例えるなら骨折、切り傷とか打撲ではない。
わかりやすい分、時間もかかるし難易度も上がる部位だ。
(でもここを固定できれば車輪は回る。いけそうだ)
「なあおじさん」
「トーマスだ」
「じゃあトーマスさん、俺がこれを一時的に直せたら————」
「直せるのか!?」
「ま、まあ、それでお願いがあるんだけど」
打開策は見つけた、これなら王国までは持つだろうっていう。
しかしタダでやるのもあれ。
ここは1つ提案を出す。
「乗せるのは俺だけにして欲しいんだ」
「つまり他の客を受けるなってか?」
「ああ。それが条件だ」
「全然いいぜ!」
もう帰れるなら何でも良いといったかんじ。
思いのほかの即回答だ。
ならこれで契約は成立、まずは一時的な直しに入るとしよう。
「ちょっと車輪部分を支えてくれ」
「こ、こうか?」
「そのままで」
「すんげえ重い、早くしてくれよ……」
言われなくとも、俺だって早く目的地に行きたいんだ。
はめたグローブが魔力を制限するものの、ある程度の魔法だったら十分使える。
使うは氷の系統、とりあえず————
「部分凍結」
車輪と軸を氷で接着する。
折れた部分を疑似的に氷で代用だ。
魔力を重ねに重ね、絶対に溶けないように念押し。
この氷はオリハルコンと同等の硬度を持つ。
車体も傾きから復活、しっかりと目の前に立つ。
「よし、これでハーレンスまでは持つだろう」
「お、おい、少年……」
「ん?」
「お前さん、それ上級魔法の類じゃねえか……?」
直るということでハツラツだったおじさんは一転、この光景に何かを抱く。
それは疑問だろうか、はたまた恐れだろうか。
(これぐらい朝飯前なんだけど、というか学園の生徒もこれぐらい出来るんじゃないのか?)
ただ直したものは直した。
約束は守ってもらう。
「お前じゃなくて、俺はクレスだ」
元々顔も年齢も性別さえもバレていない身、だから偽名は使わない。
それに絶対無いだろうが、バレたらバレたでこの任務を放棄できるし。
「————さあ、ハーレンスまでよろしく頼むよ」
「道理で、クレスは王立の魔法学園に通うんだな」
「まだ試験は受けてないけど」
「いやいや、あんだけ魔法が使えりゃ絶対受かるさ」
問題はペーパーテストの方なんだよ。
荷台に乗りながらも一応教科書と睨めっこ。
ただトーマスさんとの会話、それから馬車の揺れで頭がこんがらがる。
「にしても珍しい容姿してるよな。違う大陸の出身か?」
「ヘルシン大陸」
「へえ、田舎から出てきたってとこか」
「まあそんなかんじ」
嘘はついてない、俺はヘルシン大陸の辺境生まれに間違いない。
現在では地図上にも存在しない村。
そういう点も身元のガードの固さに繋がっているのかも。
(この髪や瞳の色も、他大陸だからで一応の言い訳になるし)
ただ、原因が異能のせいでなんて言えない。
内容に関わらず持っているだけで注目度は上がる、というか調べつくされる。
それで引き込まれる、自国の戦力にしたいのだ。
「ほんっと、今年の魔法学園はすげえなあ」
「今年の?」
「知らんのか? 勇者だよ、勇者が召喚されるんだ」
時期も時期、国民にも召喚のことは行き渡っているらしい。
更に聞いていくと、王国は既にお祭り騒ぎだとか。
「あの勇者たちも学園に通うって話だから」
「勇者、たち?」
「おうよ」
「待て待て、どういうことだ?」
可笑しい、ボスからは勇者は1人だけだと聞いてる。
それになんで勇者がもういるみたいな言い方をする?
「勇者は5日前に召喚されたぞ」
「ええ!?」
「しかも1人じゃなくて4人もだ」
「ええええええええ!?」
おいおい、全然事前情報が違うぞ。
召喚はもう少し先と聞いていた。
ただトーマスさんも嘘をついてる感じはしない。
本当に事実だけを喋っている。
そもそも俺に偽の情報を渡す意味も無いし。
「うちの姫様は流石だよなあ。あの伝説を成し遂げちまった」
「よ、4人……」
「確か男が2人、女が2人だったかな」
「女もいる……」
「全員が学園に通うって話よ」
(男はまだいい、女? 女だと!? しかも2人も!?)
だって監視するんだぞ。
同世代と関わる機会も滅多にない上に、そこで異性の登場。
ましてや合わせて4人、どんどん難易度が上がっていく。
「どうしたクレス? 顔色悪いぞ?」
「元々だ……」
「吐くんだったら外にしてくれよ」
「ああ……」
今回ばかりは本当に気分が悪い、もう1人で出来る容量を超えている。
そもそも俺はコミュニケーションが苦手だ。
最近はだいぶマシになったが、根暗と言われても否定はできない。
とりあえずボスに一報送らなければいけないだろう。
「つまり今年の王立魔法学園には勇者4人、それから四大公爵家のどっかの娘さんもいるって話だったな」
「ああーああーああー」
「唐突に耳を塞いでんなあ、そりゃ同世代に越えられない壁がいれば普通そうなるか」
(違う、そういうことじゃない)
越えられない壁って、実力の面でだろ?
俺が嫌なのはその濃すぎる面子、勇者が4人、そこに四大公爵の1人もオマケでついてくるってこと。
何が良い経験になるだよ、絶対面倒なやつだぞ。
単純に考えて調査対象4倍だし。
報酬も4倍になるんだろうなこれ? もしくはリタイヤを認めてほしい。
「まだ情報は出てねえけど、その5人はSクラス確定だろうな」
ハーレンス王立魔法学園のクラス分けは実力によって決まる。
貴族制も残ってはいるが、確かな実力主義。
ただ血統や家庭教師のこともあって、上のクラスにはやはり貴族の方が多いそうだ。
ボスからは何処であれ同じクラスに行けと命令されている。
つまり俺はSクラスを目指さなければいけないと。
(どうせリタイヤは許してくれない、まあ粘ってはみるけど……)
あの人の性格は理解しているつもり。
途中で投げ出すのを嫌う人、泣き落としは通用しない。
つまりは駆り出されたまま続行だ。
「俺生きて帰れるかなぁ————」
主に精神的な意味で。
今回ばかりは流石に不安になる。
絶氷と呼ばれようとも、魔法を極めようとも、人間関係だけはやはり苦手なのだ。





