第38.5話「裏側2」
「つまりあの魔族を仕向けた魔王が誰かは結局分からずと」
「はい」
ランドデルク家主催の舞踏会に魔族が奇襲を仕掛けてから数日が経過。
慌てた空気もようやく落ち着きを見せ始めた。
そんな中、魔法騎士団長より今回の調査結果を聞く。
此処には王たる自分とアルバートだけ。
人の眼は気にしなくていい。
包み隠さず今回の話をしてもらうが、やはりその結果は芳しくないようだ。
「元々グランツ兄弟はどこかに属しているわけではありません。むしろ孤立していたと言えます」
「孤立……」
「仕事は全て2人でやるのがポリシーだとか。今までの事件を鑑みてもおそらくその通りなのかと」
「単純に金で雇われただけというわけか」
この世界に魔王は複数存在している。
魔族の多くは自分にとっての王を定め、そしてその者だけに従って行動する。
弱肉強食が大根底にある魔界、自らの命を守る意味でも普通は魔王の庇護下に入るのだ。
だがグランツ兄弟は珍しい独立型のスタイル。
ギルドにも彼らは危険指定魔族として認定されていた。
「死体も調査しましたが、これといった発見はありません」
「そうか……」
私たちは魔族の侵入を許した。
あまつさえ勇者たちのすぐ傍まで近づけてしまう。
勇者は未だ発展途上、正直に言えば実戦で動けるレベルではない。
もちろん魔族自体の隠密能力も高かったということなのだろうが————
「こんなことは言いたくないが、貴族の中に内通者がいる可能性はないか?」
「ないと断言はできません。ただその可能性は低いと思われます」
「グランツ兄弟の2人だけで挑むというポリシー故にか?」
「それもあります。加えて現場の状況から鑑みても————」
アルバートが言うには内通者がいればもっと彼らはスムーズに動いていたはずだと。
少なくとも即興で行った誘導に引っかかることはなかった。
現場を体感したアルバート、直接手を下した者だからこその判断もある。
「しかし騎士団長がいて助かった。あやうく勇者の首を獲られるところだった」
「確かに仕留めたのは私ですが、クレス君の助力があったからこそです」
「……クレス・アリシアか」
「はい。素晴らしい魔法使いです」
勇者召喚は何もハーレンス王国だけで行ったわけではない。
多方面から様々な支援があってこそ成り立った。
そんな政治的な意味もあるが、第一には魔王たちを倒すために呼んだ存在。
こんなところで失うわけにはいかないのだ。
「彼の氷魔法を間近で見ましたが、いやはや感服しましたよ」
「君といいランドデルク家といい、クレス・アリシアは随分と人気者だな。まあ私も会って納得したがな」
「ほほう、王もですか」
報告時の神妙な顔つきは一転。
私の言葉に対し興味深そうな表情をする。
噂の人物、舞踏会で少しだけ言葉を交わすことが出来た。
外見は銀髪銀眼という珍しい容姿。
ただそれ以上にオーラがある。達観した者、至った者、そういう別格の人物が持つ特有の威圧感。
そして凡百の人間はそれに惹きつけられるのが世の理————
「これまで話を聞かなかったのが信じられんよ」
「まあ出身があのヘルシン大陸、更には辺境の地のようですし……」
「戦乱の大陸か————」
クレス・アリシアの出身はヘルシン大陸だとか。
あそこは数十の小国家が乱立、常に戦争が起こっている場所だ。
政治はあってないようなもの。育児や教育がマトモに出来る環境ではない。
今も1国が滅び、1国が誕生しているのやもしれん。
彼が原石であろうとも、荒れる戦場でわざわざ採掘に興じる戦士はいない。
「学費や生活費も自力で稼いでいるようです。週末にギルドで依頼を受けているのを確認しています」
「そうか……」
「私個人としては経済的支援をしてあげたいですね」
この学園に来れたのが奇跡とも思える生い立ち。
なんでも普段は1人で依頼を受けているのだとか。
「舞踏会の件、もう少し報奨金を増やしても良かったかもしれんな」
「まあ大賢者の時にもそれなりに渡しましたから。当分は大丈夫だと思います」
「……彼には活躍してもらってばかりだ」
王として本当に申し訳ないと思ってる。
大賢者、舞踏会、どちらも本来であれば騎士団が対応すべきこと。
彼がいくら魔法を使えようとも身分は学生だ。我々が護らなくてはいけない存在に間違いない。
最終的に金を渡せば良いという話ではないのだ。
「早く勇者たちが成長してくれれば……」
「異能を掌握するのには長い時間が必要です。ただ魔法と体術に関しては順調にレベルアップしているかと」
「それなら良いが、近い内に選抜戦もある。醜態は見せられんぞ?」
「心得ています」
数ヵ月後には本選出場者を決める予選が開かれる。
支援系のマイ・ハルカゼはまだしも、他の3人にはそれなりの結果を残してもらわなくてはならない。
騎士団も鍛錬を強化している。
順当に行けば悪い結果にはならないはずだ。
八百長で進ませても魔王には勝てない。ましてや同年代の戦姫や剣聖にも敵わないだろう。
やはり実力で勝ち取るしかないのだ。
「だが勇者が強くなるまでは我々が護るしかあるまい」
「そうですね。警護体制もだいぶ見直しました」
「襲撃があったばかり、魔族による再撃がすぐに来ないと信じたいが……」
護衛を強化したのはいいものの、アルバート級に敵対者を察知できる者が何人いるか。
事実グランツ兄弟の時、その存在に気付いたのは団長だけだった。
王城にいる間はまだ良い。
問題は学園での警護、廊下に何百という騎士を常に待機させる?
それはコスト的にも立ち回り的にも現実的ではない。
シンプルな対策は並みの魔族を容易く屠る魔法使い、それを少数でも教室内に置くことである。
「騎士団長、もう1度学生生活を謳歌する気はあるか?」
「あの案ですか……」
「百の騎士を配置するより、騎士団長を1人置いた方が良いと思うのだ」
「前も言いましたが私は指揮官であり、王の身を第一に護るものです。代理は立てられません」
「で、であろうな……」
勇者たちのすぐ傍に強者が1人か2人いるだけで環境は大きく変わる。
クレス・アリシアという有望株もいるが、彼の真の実力がどれほどかは未だ分からない。
より実力が確かで絶対の信頼が置ける人物が必要だ。
たださきの理由でアルバートには断られた。
それでも私は別の人物に心当たりがある。もし彼女らを勇者の傍に置くことが出来たのならば。
しかしこの案はすぐには使えない。他国との会談を重ねた上で起用を判断すべきだ。
「……まあこの策は後々考えるとしよう」
「そうですね」
「まずは選抜戦だ」
「はい。勇者の仲間もこれを機会に見定めましょう」
魔王討伐に向かう勇者のパーティー、それは4人だけと決まっているわけではない。
優秀な魔法使いがいれば仲間にし、そして共に魔王殲滅を行ってもらう。
その筆頭候補としては帝国の戦姫、教国の剣聖だろう。
他にもクレス・アリシアのような原石がいるかもしれない。
今回の選抜戦は一層厳しく見られることになる。
「何事もなく進めばいいのだがな————」
大賢者という謎の存在、魔族の奇襲。
少し前にはこの大陸に災厄の数字の5番目らしき人物が侵入したとか、教国の使者からはそう伝えられた。
直接戦闘は無かったが、国境の砦を体当たりでぶち抜かれたそうだ。
一瞬の出来事だったようだが、真っ赤な長髪と巨大な剣だけなんとか確認。
しかしその後の行方は分からない。慎重に捜査にあたっている状況である。
「そう上手く事が運ぶかどうか————」
様々な事象が渦巻く。
これは騒乱の予兆だろうか。
それでも明確な何かに追い立てられているわけではない。
しかし嫌な圧迫感を感じてしまう。
城内にようやく落ち着きが見られても、少なくとも私の心はまだ揺れていた。





