第35話「舞踏6」
『メートル』=『タール』
暗殺しに来たであろう魔族に逆に奇襲を仕掛けた。
そして大体は打ち合わせ通りに進む。
俺が裏口から出て先回り、これでもかと気配を消してやった。
その後は上手いこと氷の壁で隔離、勇者たちへの手出しも出来なくしたし、そして逃げられなくもした。
(失敗した点と言えば、アルバートさんの初撃が決まらなかったことぐらいかな)
せっかくのチャンスを不発で終えた。
ただ俺からしてみれば好都合。
敵が万全であればあるほど、アルバートさんも力を出さざるを得ないだろう。
その実力を確かめさせてもらう。だがその前に————
「すいませーん、大丈夫ですか?」
勇者とその護衛の騎士たちの元へと。
団長からはフォローと事情説明をしてくれと頼まれている。
「く、クレス君……」
「魔法は外したつもりだけど、ケガはない?」
「皆大丈夫だけど……」
「なら良かった」
まず氷槍は当たらなくて済んだみたい。
この場にいる多くが驚いた表情をしているが、ともかく被害はなかったと。
あとは手短に騎士に状況を説明する。
「君、これは一体……」
「会場内に2人組の魔族を確認しました。あそこでアルバートさんと交戦しているのがそうですね」
「魔族だと!?」
「団長から指示を貰っています。まず勇者と王族の護衛を強化してください。それから増援要請を掛けて————」
この状況でどういう対応をすればいいか、既にアルバートさんから聞いている。
それらを目の前にいる騎士に伝達。
虚言でないことは一連の流れを見ていれば察し、すぐに取り掛かってくれる。
しかも氷魔法も派手に使った、段々とギャラリーも増えてくるように。
早めに対応しないと一層大事になるぞ。
「分かった! そのように動こう!」
「よろしくお願いします」
護衛たちは通信の魔道具を起動。
瞬く間に情報が共有されていく。
訓練されているだけあって対応の速度はなかなか。
演技は出来ないと団長に言われていたが、有事の際はしっかり動けるようだ。
「クレス、これは————」
「スガヌマ、話は後にしてくれ」
「お、おう」
アルバートさんから頼まれていたことは全部やってやった。
さり気なくだが、こうして勇者の傍に立って護衛の役にもなってるし。
なら後はゆっくりじっくり観戦するだけ。
外からくる言葉はシャットアウト、透過魔法を両眼に発動しその実力把握に努める。
(ハーレンス王国魔法騎士団長。もとい七天武具の使い手、どんな戦いを見せてくれるのか————)
対峙する。
目の前には人間が1人。それに対し此方は2人。
だが向こうに焦りはない。
むしろ不敵な笑みさえ浮かべている。
「断片の剣、その刀身を破砕しろ」
四方を塞がれてすぐ、魔法騎士は構えていた剣を破壊した。
殴ったり地に叩きつけたわけではない、言葉1つで刃は勝手に塵となる。
つまり目の前の人間は刃が無い、つまりは柄だけを大真面目に構えている状況。
しかしそれを笑うことは出来ない。
なにせ七天武具が1本、その能力は事前に調べてあ————
「弟!」
「なん————」
声を上げた時にはもう手遅れ。突如として弟の左腕が宙に舞う。
あまりに速い初動の一閃、鮮血が氷壁にまで飛び散る。
俺たちと魔法騎士の間の距離は10タール以上、それでも斬られた。
分かっていたはずなのに。
それでも気付いた時には奴の剣閃が炸裂していた。
「ふむ、壁を傷つけずに斬るのは難しいな」
「貴様……!」
奴の握った柄には刃がない。
しかしそれは不可視であるだけ。
あの魔剣の能力は刀身を自在に造れること。
散らした魔力を高速で分解し再生。
1秒掛からずに1タールでも10タールでも、それこそ100タール級の刃でも瞬間で生成できる。
しかも厄介なのはその刀身が見えないこと。
初め砕けさせた刃も結局は魔力の集合体、鋼のように色をつけた見せかけのもの。
あくまで魔力、金属や鉱物とは違うのだ。
「間合いを取るだけ無駄だ。行けるか?」
「承知」
初動からこんな大きく動くとは。
様子見もなにもない、敵は一刀両断で迫ってきた。
だが魔剣以上に厄介だと分かったことが1つ。
それは魔法騎士の剣捌きである。
(剣の振る動作が殆ど度見えなかった……)
『斬る』ということは剣を上から下、もしくは右から左という風に腕を振る
だというのに先ほど弟の腕を刎ねた時は構えたまま。
微動だにせず。否、あまりに速すぎて認識できなかったのだ。
まるでかつての勇者が伝えたとされる、居合いなる剣術のようで————
「兄、者」
「うむ。お前は左方から行け」
「無理、ですぞ」
「何を言っている? 片腕などさして————」
「もう、斬られている、のです」
その言葉を最後に弟は弾けた。
比喩ではない。文字通り『弾けた』のである。
まず弟の四肢が全て切り落とされた。
腹には十文字が刻まれ、五臓六腑までもが両断されることに。
念を入れてか頭部は4等分に十字割断、数秒足らずで俺の弟は肉の塊へと姿を変えられてしまった。
「お、弟よ……」
「反応が遅い」
「貴様、何者な————」
「教えたところで意味は無い。お前もまた、死んでいる」
「な、に?」
景色が変わる。
俺の視線はいつの間にか真っ赤な地面へと向いていた。
まるで首が落ちたよう。手足の感覚も薄れていく。
なるほどと理解。俺の身体もまた弾け飛んだのだ。
「なんだありゃ……」
調査もなにも、戦いはすぐに終わってしまう。
ただ驚愕、驚愕に驚愕を重ね掛けてもまだ表現しきれない。
アレはこの国に住む人間が使うような技ではないのだ。
修羅の国、苛烈な戦場、そこで活躍する第一線の猛者の鋭さを垣間見た。
「少なくとも俺じゃ剣術で絶対に勝てないな」
刀身の長さを自在に変えられる剣。
魔力により刃を生成するため、重量に変化は無いだろう。
ただ魔力の消費量や緻密な操作、それは重い剣を扱うより何倍も難しい。
しかも刃が見えないということは間合いも取りにくい。
使用者には相当の実力が求められる。
それでも寸分狂わず魔族たちの手足と胴体、首を断ち切った。
ようはバラバラに解体、見事な手腕である。
「おいおい、一体中で何が起こってるんだよ?」
「ちょっと後にしてくれ」
「ったく、そればっかりじゃねえかよ」
俺だけ氷壁の中が見えるということで、スガヌマが内容を教えてくれと言う。
色々教えて欲しいのは俺の方だよ。
卓越した抜刀術、俺でもその動作はボンヤリとしか見えなかった。
魔族たちの実力は冒険者ギルドが定める規定でS級程度、奴等では何も見えなかっただろうな。
あれを捌くにはSS級以上の魔族じゃないと無理だ。
(にしても惨い殺し方するもんだ)
四肢を切り裂き首を断つ。それでいて頭はもっと念入りに。
まるで仕事人。騎士団長とは思えない質の高い殺しをする。
だがそれでいて全力は出していない。
本人からしたらまだウォーミングアップってところだろう。たぶん。
少なくとも剣術だけの勝負なら俺は負ける。
アウラさんあたりなら勝てるかもしれないけど。
「ほぼ魔法無し、剣の能力と技だけで仕留めたってのもな……」
団長の今の評価はとてつもない速さで剣を振れる人。
強化魔法は凄いが、他の魔法は見ていないからその点で具体的な評価はできない。
それにしても貴族たちはこの人の実力を知っているのだろうか?
明らかに可笑しいぞ。騎士団長だとしても1人だけ実力が違いすぎる。
災厄の数字でも人によっては結構苦戦を強いられそうだ。
例えば俺とか。いや俺くらいか?
「おいおいホントに気になって————」
「今度鍛錬付き合うから少し黙っててくれ」
「マジで!? やったぜ!」
呑気でいいな。お前らが教わっている人凄すぎるぞ。
もし仮に俺がアルバートさんと戦うことになったらどうするか。
(吹雪を生じさせれば刀身に雪がつく。それで剣の長さは大体分かりそうなもんだけど————)
そもそも剣術が相当出来る人。俺からすれば逆に近接戦は難しい。
あえて距離をとりまくって遠距離攻撃で押し切るのが一番だろう。
最終的には異能を使えば何とかなりそうだけど。
結局のところ剣士タイプと戦うのは相性が悪い。出来れば戦いたくないな。
(まあアルバートさんがこの王国で一番の要注意人物になったのは確定だ)
勿論ボスに報告もするし、一層調査に力も入れなくてはいけない。
魔族の介入もあった。それにアウラさんらしき人物の噂もある。
そもそも大前提に勇者という存在がいる事も面倒な事情。
「この大陸、そう遠くない内に荒れるかもしれない————」





