第34話「舞踏5」
(———外へ行くのか?)
舞踏会は続いている。
だというのに勇者たちは騎士に連れられ外へと出ていく。
帰宅にしては早すぎる時間だ。
『兄者』
『おう弟よ』
『勇者たちが会場を出ていったが……』
魔道具に頼らなくても魔族には通信の手段がある。
とは言ってもそれは俺たちが魔族かつ兄弟であるからこそ。
魔力の波長を合わせ、距離を置いていた弟と心の中で会話をする。
『弟よ。勘付かれたか?』
『まさか。隠密は完璧ですぞ』
『俺も同じだ。警備にあたっている騎士たちの様子を見てもそれは明らか』
『勇者を連れて行った騎士も同様ですな。罠を張っている男の様相ではない』
護衛についている騎士だけではない。
会場にいる騎士の全てが『自然』なのだ。
グランツ兄弟、ひいては魔族が潜入していると知ったらそんな風ではいられない。
1人や2人は警戒心や不安が表に出てくるはずなのだ。
騎士団の実力を見ても、感情を完璧に隠し通せるような練度ではない。
『考えられる可能性としては、休憩ですかな?』
『休憩か……』
『だいぶ舞踏会に疲労していた様子。人ごみから出て外で一旦休むことが目的と考えますぞ』
『ふむ……』
弟の言う通り、勇者たちはこの催しにだいぶ堪えていた。
それは表情を見れば明らか。
積み重ねてきた洞察が働かずとも、誰が見ても勇者たちはヘバッていたのである。
騎士たちがそれを見かねて休憩がてら外へと出た、だとした間抜けだな。
『結論から言いますと……』
『罠の可能性は低いな』
『ですな』
それは現状の警備体制と動きを見れば確かだ。
騎士たちは分散、これから罠に嵌めようなどとは思えない。
それに騎士の数人程度なら俺たちで十分殺せる。
クールにスマートにが性分だが、外に出て隙が多いのなら好都合。
近づいて一瞬で仕留める。そしてそのまま脱兎の如くこの国を出れば任務は達成だ。
『良し。追跡するぞ』
『了解ですぞ。隙あらば……』
『殺す』
『ふっふっふ。意外と早く片付きそうですな』
俺たちの容姿は実在した貴族のもので間違いない。
昨日のうちにその貴族は殺害、俺たちがなり代わった。
しかも性格や趣向、人間関係も事前に調査済み。
周りが違和感を感じることはまずない。
初めは話しかける振りで接近、その際に一刺しが理想。
毒や道具も用意していたが瞬間で一連をやれば問題ない。
(護衛は4人で変わりなし、と)
気配を完全に消せば逆に怪しまれる。
俺は貴族を演じている最中、目立たないよう行動しつつも様相は自然に。
そうして絶妙な立ち位置を生み出す。
これがプロ、修羅場を何度も通ってきた自分だけの隠密スキル。
少しして勇者たちの姿を捉えるが、やはり護衛の数も行動も可笑しな点は見当たらない。
『弟よ。俺がまず話しかけに行く』
『では兄者に続けばいいですな』
『うむ。周囲に警戒しつつな』
『合点承知』
会場から廊下、廊下から外へ。
勇者たちは建物の入口にて腰かける。
ファーストコンタクトは自分が行く。
罠であれば周りに動きがあるはず。それは後続する弟に見張っていてもらう形。
可笑しな動きがなければ弟も俺に続いて勇者たちに接触だ。
さあ、行くぞ。
「こんな所でどうされました?」
「あ、アインス様」
「会場から出ていくのが見えましてな。つい気になって付いて来てしまいました」
アインスとは俺が変装している貴族のこと。
今はもう存在していないが。
なんにせよ対応してきたのは護衛騎士のうちの1人。
平然を装って、さも貴族らしい振る舞いで言葉を投げかける。
「もしや休憩ですかな?」
「はい。勇者様たちは初めての舞踏会ですし、だいぶお疲れのようだったので」
「なるほど。ならば気後れをするのも無理はないですなあ」
「それで団長から少し外で一息ついて来た方が良いと————」
どうやら弟の予想は当たっていたようだ。
彼らは嘘をついているようにも、演技をしているようにも思えない。
事実だ。こいつらは本気でそう言っている。
『兄者。近くに敵影ありません。魔法罠も無いかと』
『了解した。もうお前も出てこい』
疑いが確信へと変わっていく。
今、グランツ兄弟の目の前には大きなチャンスが転がっているのだと。
身体の芯が研ぎ澄まされる。
勇者の喉元も射程圏内。後は万全を期すために弟の到着を待つのみ。
そして合流したのならば————
「おや、どうなさったのですか?」
「これはこれはヘルンザ卿、今は勇者様方と休憩に興じているのです」
「ほほう。私も混ぜてもらおうかな」
ヘルンザとは弟のこと。
全て作戦通り。無事に合流が叶う。
偶然を装うがこれは必然。
袖に仕舞った刃の感触を確かめる。何時でも抜刀可能。
勇者たちは休息中にまた貴族が来たと嫌そうな顔を、安心して欲しい。
すぐに終わる————
(弟もすぐ傍に来た。仕掛けるのは今……!)
瞬間で流す魔力。
自然体でありながら漲るパワー。
それはスピードに転換する。
呆けた騎士の目の前で、ついに仕込んだ刃を————
「氷槍」
「っ!?」
仕掛けようとした勢いを急停止。
膨大な魔力を感知した。
感知したと思ったらそれは既に氷の雨となって。
鋭利な刃が迫ってくる。
常人では反応出来ないスピード、しかもそれでいて俺たちにしかマークが定まっていない。
すぐ近くにいる勇者や騎士には当てない。つまりは狙い撃ち。
凄まじい氷魔法の練度があって為せる技である。
「弟よ!」
「おうとも!」
なんとこれは罠であったか。
攻撃停止、すぐさま体勢を立て直し退避行動。
高速の世界に突入、経験と技術が回避を可能にする。
弟に声を掛け合致、勢いよく飛んで間合いを取る。
「————流石に今のじゃ倒せないか」
建物の入り口からではない。
広い庭園、離れの茂みの深い所から声がする。
現れるのは銀色を体現するような魔法使い、いや少年だ。
「造形、氷壁」
少年が呟くと魔方陣が展開。
それと同時に巨大な壁が出現する。
壁は四方八方に登場、俺たちと勇者の間も隔ててしまう。
裏口から出て予め潜んでいたのか。だとしても何故自分たちがその存在に気付かなかったのか分からない。
まさか十数年しか生きていない人間が紛れの魔法を極めた? はたまた己の気配を完全に遮断できる技法を持つのか。
しかし魔法の練度からして常人ではない。しかもこれは————
「檻、か」
「兄者……」
「ああ。閉じ込められたな」
右、左、後、氷の壁が俺たちを囲むように展開された。
残されたのは少年が立つ前方と頭上だけ。
月明りだけがこの場を照らす。
ただ少年を早々に倒せば————
「兄者! 上ですぞ!」
「次から次へとっ!」
頭上より1人の騎士が落ちてくる。
その手には剣が握られている。
落下に合わせた重い一振りが迫っていた。
「嘗めるな……!」
防御陣を展開、衝撃を流して上からの奇襲を対処する。
ただカウンターを返す間もなく襲ってきた騎士は後退。
少年とは逆の位置、俺たちの背後を取るポジションへと。
挟み撃ち、そういう構図だ。
「魔法騎士団長アルバート・シグリフォン……!」
「魔族にも名を覚えられているとは、光栄だ」
「貴様……!」
「悪いが此処で死んでもらう」
「兄者」
「ああ。まさか見破られていたとはな」
変身を解いて元の姿へと。
自分たちが一番戦いやすい恰好へ。
それにしても魔法騎士団長、その実力は調査した時点で脅威ではなかった。
だがしかし————
「倒し損なってるじゃないですかアルバートさん」
「安心してくれ。今から決める」
「……そうですか、なら取り合えず閉めますよ」
銀髪の少年、確か名はクレス・アリシア。
大賢者の一件でそれなりには調べた。
ただ彼はこの場からすぐに退場、氷の壁を生成して残されていた一辺を塞ぐ。
外界を臨むことが出来るのは月が映える天上だけ、東西南北は氷壁に覆われた。
(凄まじい魔法の発動速度、式の組み立てからしてモノが違う)
魔族だからこそ彼の手腕が桁違いだと分かる。
ハーレンス王国、勇者以外にもこれだけ出来る男が居たのか。
年齢を考えれば氷魔法の申し子と言っても過言ではない。だからこそこの壁を破壊することも容易ではない。
それに加え————
「さてと、これも仕事なんでな」
「魔法騎士……」
「クレス君がこれだけの舞台を整えてくれた。後は私がやるだけだ」
アルバート・シグリフォンは改めて剣を構える。
しかもそれは普通の剣にあらず。
この大陸に7本しか存在しない代物、名を七天武具。
1000年前の勇者の武器、その破片が再利用された大業物である。
魔剣としての価値は計り知れない。そしてその威力も。
「兄者」
「分かっている」
だが俺たちはグランツ兄弟。
どんな戦場も逆境も2人で切り抜けてきた。
ただ今回の任務は失敗で間違いない。そう認めざるを得ない。
ならば今取るべき行動は自分たちの命を守ること。
つまりはこの場から何としても脱出する。
「七天武具が1つ、これが断片の剣だ————」
人数で有利なのは此方。
早々に倒して壁を破壊するなり、上から逃げてくれる。
「「俺たちはグランツ兄弟、闇に紛れ生きる者————!」」
 





