第31話「舞踏2」
「おい、クラリス様だぞ」
「相変わらずお美しい」
「それでは隣にいる方が……」
「件の少年でしょうな」
「銀髪銀眼と聞いてはいましたが噂以上の容姿です」
「ええ。クラリス様ともお似合いですね」
遂に俺たちも会場入り。
外装から想像はついていたが凄まじく広い会場だ。
そして此処にいる貴族も相当な数。
ランドデルク家長男の誕生日を祝っての催し。
その姉であるクラリスさんの登場に彼らの注目を一点に集める。
「なんだか色々言われてますね」
「気にしなくていいですよ。大抵は流して問題ないです」
「け、結構バッサリ言いますね……」
「貴族社会で生き残って行くコツですよ。もしかして幻滅しました?」
「いいえ。僕も見習います」
「ふふ。それがいいですよ」
そりゃ全部を全部相手にしてたらキリがない。
クラリスさんみたいに多少割り切るのが一番なんだろう。
(それにしたって見られすぎだな……)
嗤われるような恰好や行動はしていない。
となれば彼らが抱くのは好奇心か、それとも公爵に対する何かしらの感情か。
「————似合ってるじゃないかクレス」
「————ん」
注目が渦巻く中、聞き慣れた声が鼓膜に届く。
振り返ればそこには俺の数少ない友人がいた。
侯爵たるコンラード家が次男、ウィリアムである。
「クラリス様、本日は————」
「堅苦しい挨拶は要らないですよ」
「左様ですか」
「なんかウィリアムが貴族っぽい……」
「ぽいって、これでも侯爵家の人間だぞ? まあ僕も今回は驚いたけど」
「驚いた?」
「ああ。クラリス様は当然ながら、クレスがそんな気合入れて来るんだなと」
俺とクラリスさんの恰好を見比べて言葉を放つ。
まあどう見てもお互いを意識した色の配色。
自分としてもエスコートはしているし、表情も出来るだけ明るくしようとは努力している。
普段を知っているウィリアムにそう思われても仕方ないだろう。
「それにしてもクレスは何処にいっても人気者だな」
「人気者って……」
「君が来た瞬間に空気が変わったよ。それと淑女たちも黄色い声を————」
「気のせい気のせい。あんまり緊張させないでくれ」
空気が変わったのはクラリスさんが登場したから。
女の人たちの黄色い声とやらは触れないでおこう。
クラリスさんがいる手前で他の女性の話をするのもな。
万が一機嫌を損ねたら大変だし。
そもそも舞踏会も始まっていない状態、知り合い以外に対応するのは後でいいだろう。
(まだ王族の姿も見当たらないしな)
騎士団長さんから言伝は得ている。
流石に挨拶くらいはと思ったが姿は見当たらない。
まだ会場には到着していないということだろうか。
「————馴染みの顔が揃っているようですね」
俺、クラリスさん、ウィリアムの会話の大三角形にまた新たな勢力が到来する。
クラスメイトのドリル髪貴族、じゃなくてマリーさんだ。
そして彼女に続いて監視対象たる彼らも。
(勇者……)
ケンザキ、スガヌマ、マイさん、ワドウさん、全員揃い踏み。
当然のことながら皆正装だ。
「マリーさん」
「クラリスさん、ご無沙汰しております」
「いえいえ」
マリーさんとクラリスさんが邂逅。簡単な挨拶を済ませる。
その後に挨拶をしていく勇者たち。
ちなみに彼らが来ることは事前に知っていた。クラリスさんが話を持ち掛けたその日に教えてくれたのである。
おそらく少しでもハードルを下げたかったのだろう。
舞踏会にはクラスのお友達もいるから怖くないよ、的な?
まあその情報は俺にとってかなり有益だったが。
「皆さん良く似合ってますね」
「ありがとうございます」
「まあクラリス様には遠く及ばないですけど」
「そんなことないですよ。リンカさんだって————」
「いや私は————」
「マリーさんの衣装もフリルが————」
女子会展開、それは男の介入を許さない。
盛り上がっているようだし、そっとしておこう。
巻き込まれたら大変だ。
ただそう感じられるのも正式に参加、間近で見られるからこそ。
(任務は監視。だけど参加者でもないのに会場入りするのは結構危険だったからな)
勇者たちがこの催しに出る以上、俺も出るしかない。
隠れて調査も出来るが、バレた時のリスクを考えるとそれを行うべきではない。
これでも俺は数字内では斥候担当みたいなもん。
暗殺や密偵の類は経験があるだけで超一級品の練度とは言えない。
クラリスさんの誘いは監視という意味でも良い話であった。
「よおクレス!」
「スガヌマ……」
「今日は顔色良さそうだな」
「いつも良いよ」
あの大賢者の一件以来、スガヌマはちょくちょく俺に話し掛けてくるようになった。
無下にも出来ないので会話には応じる。性格や趣向の調査にもなるし。
スガヌマは非常に分かりやすい性格だ。
直線的、感情をすぐ表に出す、常に元気など。
悪い奴ではない。我はそれなりに強いが他人も意見もちゃんと聞いている。
加速の異能は微妙といったが、彼の武の素質や性格が上手く作用すればかなり良い戦士になりそうだ。
「最近アルバートさんたちと組手してるんだけどよ。全然勝てないんだ」
「組み手か……」
「そういえばクレスは武術の類もやってたんだっけ? 僕もあの時に手刀で意識を落とされたし」
「それそれ! 全然見えなかったよなアレ!」
「本当に一瞬で気を失ったね。それに加え剣術も出来るし、もしかして師匠でもいたのかい?」
「ま、まあ、似たような人なら……」
「「へえー」」
ウィリアムも混ざって武術の話に。
なんでもスガヌマは騎士団の人たちと組手をしているとか。
ただ結果は惨敗、まったく勝てないそう。
そりゃ戦いの無い国から来たばかり、実戦を経験した大人に勝つことは出来ないだろう。
師匠らしき人はいるといったが、大本は我流、自ら戦場で築き上げたもの。
あとは他の数字に研磨してもらったというところか。
(ただスガヌマ、最近筋肉の付き方が変わってきてる……)
スガヌマの身長はおそらく170後半。
初め見た時は無駄な筋肉が多いと思った。
ただ近頃は肉体に良い変化が、手足にも無数の傷や痕が生まれ始める。
しっかり鍛錬をしていることが目で見てわかるのだ。
確実に彼は強くなり始めている。勿論俺が負けるなんてことはないだろうが。
「それでよ、今度体術の練習に付き合ってくれないか?」
「俺が?」
「おう。同世代じゃたぶんクレスが一番だ」
「良いね。僕も見てもらいたいな」
「おいおい勝手に話を————」
「優斗も一緒に鍛錬するよな?」
「……いいや、俺は遠慮する」
「ええー勿体ねえなー」
自主練なら教師か騎士団に頼めばいいだろうに。
ただ合宿の時にウィリアムに少しは面倒見てやれるかもと言っちゃったし。
しかし自然と盛り上がっていく空気にもケンザキは冷たい反応。
あまり興味はないようだ。
(相変わらず俺への態度は変わらない、と)
初めは策士じゃないかと踏んでいた。
でも最近になってその考えはどうなのかと自分を疑い始める。
策士にしてはちょっと行動がガサツなのだ。
大賢者の時然り、授業然り、俺に対する態度然り。
今だって1人だけポツンと、悪目立ちしそうな体勢を自らする。
貴族は勇者たちをよく見てる。自演にしたって今の在り方は愚策だろう。
『あーあーあー、魔道具テスト中』
壇上に設置された拡声器に声を通す者が突然と現る。
ちゃんと使用できているかのチェックだそう。
つまり主役のシルク君と父親のカルロさん、2人はもう会場入りしているということだろう。
周りからの視線は相も変わらずだったが、ようやく注目する対象が切り替わる。
「王族の方々も来られたみたいですね」
「本当だ……」
間もなくして王族の面々も会場入り。
国王と王妃は当然ながら、第一王子、第二王子、そして異能を持つとされる姫様まで。
王族たちはやはり金髪、この国の民の特徴そのままだ。
しかし姫様の髪だけは金というよりは『白』に近しい感じがする。
自分より1つ年下、老けているとかじゃない。俺と同じ異能の影響で1人だけ髪色が違うのだろう。
(白百合の姫って渾名にも納得の容姿だ)
美人というよりは美少女だろうか。
それと何も関わりのない俺だが、遠目から見ても彼女の性格が良さそうなのは伝わってくる。
まさに姫という概念を体現する姫、あれなら民に愛されるはずだ。
貴族の男であれば政略以前に、普通に妻として娶りたいレベルだろう。
いやでも姫様だったら娶るんじゃなくて婿入りの方が正しいか?
仕組みは良く分からないが姫様、ひいては王子たちも貴族たちの反応を見るに人気は相当あるようだ。
「あ、シルク君出て来ましたね」
「ふふ。やはり緊張しているみたいです」
壇上に主役が登場。
拍手で迎え入れられる。
ただシルク君だけというわけにも、その隣には父親のカルロさんもいる。
「カルロさん、なんだか凄く立派に見えます」
「お父様は特に公私でのギャップ差がある人ですから。クレス君が来た時はかなり上機嫌でした」
「確かに、あの酔っ払い方はビックリしましたね」
「それついては本当に申し訳ないです……」
前回ランドデルク邸にお邪魔した時の事。
カルロさん、お酒に付き合ってからのダル絡みが凄かった。
印象深いのはクラリスさんの良いところ100個言えるまで帰れませんとか。
どれだけ娘好きなんだよ。まあ頑張ってやりきったけどさ。
まあ後半は泣きボクロが可愛いとかでもオッケーをくれるザルな審査だった。
それもカルロさんのいい加減さが作用してのこと。
ただ今はそんな事は嘘だったかのように思える立ち姿、貴族ってのは凄いな。
『それではこれより————』
カウロさんが何処かで聞いたことあるような定型文を述べる。
4、5分ぐらいだろうか、シルク君の一言なんかも混ぜて開会の挨拶は終わった。
そうして舞踏会が始まる。
なんだかあっという間、気づけば音楽も流れだす。
(意外とスムーズに進むもんなんだな)
もっと何十分も挨拶とか祝辞があるかと思っていた。
これが単なる誕生日祝いだからなのかどうなのか、現実は驚くほど早く展開していく。
「えっと、まずは挨拶ですよね?」
「はい。とりあえず顔合わせを……」
すぐに踊るようなことはしない。
事前に言われた通り、来てくれた貴族たちにご挨拶から。
面倒なことだがコレも貴族社会で生きていくには重要なことなんだとか。
まあ俺は完全に付き添いだし、当分はウィリアムたちと離れクラリスさんと2人で行動するんだが————
「あ、あの誰か向かって来てますけど……」
「姫様ですね」
貴族たちの波が自然と二分されていく。
その中央を歩むのは白百合とまで呼ばれる姫様。
話したいというオーラ全開で向かってくる。
進路からして目標は俺たちで間違いない。
彼女の様相を例えるのなら、大好きな親戚のお姉さんに久し振りに会える子供といったかんじ。
その表情はにこやか一点張り。王族自ら、なんだか狙っていた相手から不意打ちを喰らった気分だ。
(な、何も起きないでくれよ————)