第29.5話「兄弟」
首都ハーレンスの煌びやか街並み。
そこに相反するように生まれる影、いや闇の中か。
俺たちはこの日をずっとこの暗闇に紛れ待っていた。
そしてやっと来た。
「いよいよですな兄者」
「うむ。いよいよだ弟よ」
俺たちは暗殺や拉致に特化した何でも屋。
『グランツ兄弟』の名は多くの国で畏怖されているだろう。
そして今は人間種を装っているが、正体は隠密に秀でた魔族、フクロク族の出身。
個体値は兄弟共にトップクラス、その辺の人間に見破られることはまずない。
というか相当な手練れしか勘付くことは不可能なはずだ。
(今日は俺たちにとっても大事な日だ)
今回のクライアントは『堕天の魔王』グラシャラス。
リスクはデカいが成功すれば莫大な金と名誉が手に入る。
いかんせん大仕事、流石にプレッシャーだって感じてしまう。
(まあ正確なクライアントはその魔王の補佐役、副官らしき男からなんだけどな)
依頼されたのは勇者召喚と同時期。
これまで何度も依頼を受けてきたが、あそこまで食えない男と遭遇したのは初めてだった。
まさに底が見えない。奴には人間並みの狡猾さと用心深さを感じられたのである。
結局は好条件で契約を締結できたから文句ない。
ただあの男とは出来るだけ関わりは持ちたくないというのが正直なところだ。
「ふふふ。貴族どもの驚く顔を想像するだけで楽しいですな」
「落ち着け弟、油断は自分の首を落とすことになるぞ」
「重々分かっていますとも兄者」
もう少し日が沈めば貴族たちの舞踏会が開かれる。
初めはてっきり公爵の家か王城でやると思っていたが、どうやら舞踏会専用の場所があるらしい。
想定した舞台とは違う、ただ建物の構図は既に叩き込んでいる。
仕掛けるべきポイントも大方は決めてある現状だ。
「では弟よ。作戦の最終確認をするが————」
今回の一番の目的は勇者の暗殺である。
普段はガードが固い、そして人目に付きやすい。
ただこの催しに参加することで大分接近しやすくなる。
俺たちも貴族を装って内部に潜入する。そして近づいて仕事を決めてくる。
「そして出来ることなら————」
勇者暗殺の次に目指すは上位貴族の拉致である。
求められるレベルとしては王族、公爵、そのあたりだろう。
彼らについては殺すのではなく捕らえることに意味がある。
異能持ちの姫などを生け捕りに出来たとしたら、いやはやどれだけ重い要求をすることが出来るか。
魔王からの報奨金もたんまり貰えるだろう。
「ただまずは勇者の暗殺に注力するぞ」
「ですなですな」
簡単に言えば今回の仕事、それは貴族に紛れ舞踏会に参加。
隙をついてその首を狩るというもの。
ただ物理的に首をはねても後が厳しい、毒殺や魔法による時間差の攻撃が今回は相応しいだろう。
俺たちは見つかることなく素早く退散したい。
(ただ厄介な相手もいるがな……)
最も厄介なのはハーレンス魔法騎士団の団長アルバート・シグリフォン。
自分たちとしては外回りでもしていて欲しかったが、やはり会場内に常駐するらしい。
副団長含めそれなりの手練れがいるそうで、視野を十分に広げ行動しなければならない。
バレないように仕事を決めるには大分骨が折れそうだ。
(俺たちは戦いが好きなわけじゃない。ただ金と名誉が欲しいだけ)
戦闘が無いに越したことはない。何時だってクールにスマート終わらせたい。
止む終えず戦闘に突入したら、まあその時はその時。
俺たち兄弟のコンビネーションを披露しよう。
「あとよく分からないのがあの少年だな」
「銀髪ですな?」
「うむ。優秀な魔法使いではあるようだが……」
名をクレス・アリシア。
今貴族たちの間でよく話題に上がる人物である。
その一番の理由は大賢者を名乗る男から1人で勇者を守ったことに起因する。
ちなみに大賢者が本物かどうか確証はないものの、一応こういう存在が居たらしいということは魔王に伝達した。
黙っていたことを後で指摘されるのも面倒だからな。
(まあ俺たちが言うまでもなく諜報員がこの国にも潜んでいそうだが……)
ともかく件の少年が勇者を守った。それはほぼほぼ事実と捉えて良いだろう。
しかし雇い主に報告をしようにも、彼についての情報が圧倒的に足りない。
少し気になって調べてみたのだが、素性は面白いほど普通なのだ。
ある意味であまりに出来過ぎていた。
(まさに普通の生徒のお手本とでも言うべき経歴だった)
噂になるほどの実力があるが、田舎出身故に記録はほぼないとかどうとか。
確かに一見して可笑しな点は一切ない。
ただ、どうにも引っかかる。
明確に分かったのは学園に入学してからのことだけ。
冒険者ギルドや王立の記録書庫にまで潜ったが、結局これまでどう過ごしてきたかはイマイチ掴めなかった。
「兄者、考えすぎですぞ」
「……そうだな」
「銀の少年が立ちはだかったとしても薙ぎ払えば済むこと」
「ああ、その通りだとも」
銀髪の子供が俺たちの障害になりうる?
俺の思い込みだろうか、いやきっとそうだろう。
仕事柄故に何でも疑ってしまう。
(何を気に掛ける、たかが15歳の人間ではないか)
とりあえずクレス・アリシアの存在は魔王には報告しなかった。
掛けた疑いも客観性に欠けたもの。
そもそも少し優秀な人間の子供くらいそこら辺にいるはずだ。
魔王の耳に入れるには値しないと最終的には判断することに。
(気にするな。今厄介なのは騎士団長だけ)
奴を何とかすれば俺たちの勝ち。
むしろバレないでこの一連を終わらせてやろう。
最終調整は掛け合いで。
俺は弟に問いかける。
「よいな?」
「よいとも」
「「ならば参ろう」」
重なり合う声、そう俺たちはグランツ兄弟。
暗殺に拉致に護衛になんでもござれ。
そんな中で魔王からの任せられた大仕事。
今宵はこの国の希望を断ちに行く。





