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第29話「既知」

「————じゃあ次は馬を造ってください!」

「————馬か、やってみるよ」


 ランドデルク邸にお邪魔し、少し前にご両親との顔合わせは済んだ。

 俺が平民だということを知っているだろうに、これでもかと丁重な扱いを受ける。

 結局挨拶だけでは終わらず夕食まで御馳走になってしまった。

 今はクラリスさんの弟、シルク・ランドデルクに氷の造形を頼まれる。

 

「はい。出来たよ」

「うわー! すごいです!」

「まあこれぐらいならね」


 夕食を済ませた後はシルク君と遊んでいる?

 自分より3つか4つ年下なだけだが、随分子供らしいというか。

 いや、大体この年頃はきっとこんなものだろう。

 リクエストされたものを氷で造ってあげる。

 特に名高き七天武具(セブンス・マテリアル)の1つを模倣してあげたらそりゃもう大喜びだった。


「凄いなあ。じゃあ次は————」

「シルク、いい加減になさい」

「か、母様……」

「クレスさんはお客人です。そう図々しくお願いするものではありません」

「でも……」

「僕は大丈夫ですよ。シルク君とせっかく仲良くなれたんですし」


 ランドデルク家の長男、つまりは次の当主に最も近い男。

 何でかは分からないがヤケに俺のことを気に入ってくれているみたいだ。

 このまま関係を深めることには十分の価値がある。

 勘違いはしないでくれ、確かにシルク君の見た目はかなり整っている。年齢相まって女の子のようにも。

 ただ俺に(ボーン)さんみたいな趣味はない、あくまで今後の立ち回りを考えてだ。


「申し訳ありません、クレスさん」

「いえいえ、今日は色々良くしてもらいましたし。それに僕は平民なんで敬語は……」

「クレスさん! 次はニヤニヤしてる姉様造って!」

「に、ニヤニヤしてるクラリスさんか、難し————」

「聞こえましたよシルク!」

「っげ! 姉様……!」


 少し席を外していたクラリスさんが飛んでくる。

 弟のお願いにはストップが掛かったようだ。

 2人はこなれた掛け合いを見せてくれる。

 姉弟、いや家族ってのは良いものだと思わせてくれる。

 今は吹っ切れているが、かつてはこの光景に憧れる自分がいた。


「こらこら、客人の前だぞ」

「「ご、ごめんなさい……」」


 父親、カルロ・ランドデルクから一喝。

 同じなのは見た目、金の髪色だけじゃない。

 謝り方もやはり姉弟、その仕草や表情はそっくり。

 最近になって分かってきたが、クラリスさんは一見優雅なお嬢様といった風体。

 だが意外とすぐメッキが剥がれる。結構感情豊かなのだ。

 現にカルロさんに怒られて急降下、相当へこんだみたい。

 

(それから四大公爵家の当主、思いのほか良い体つきをしてるな)


 情報は事前に手に入れていたが、全身像を始めるのは今日が初めて。

 全身から良い育ち感も出るが身体もしっかり作られている。

 日ごろから鍛錬しなければ成し得ない肉体だ。

 座って駄弁るだけのダメ貴族とはワケが違うみたい。

 評判が良いことにも納得だ。

  

「すまないなクレス君。君が来て少々舞い上がっているようだ」

「僕としては過ごしやすいです」

「なら良かった。それと急で悪いんだが、少し2人きりで話さないか?」

「話ですか? 大丈夫ですけど……」

「良し。ならベランダの方に行こう」


 なにやら話すことがあるらしい。

 おそらく舞踏会でクラリスさんの相手を務めることについて。

 年齢も年齢、彼女は結婚相手をそろそろ選ばなくてはいけない。

 だというのに公爵家の長女の相手が平民。

 当主として無視するわけにはいかないはず。

 反対か賛成か、どちらにせよ今から何かしら言われるのだろう。


(さて俺はどう切り抜けるか……)


 まさかクラリスさんのことが好きですなんて言うはずない。

 学園に通って理解したことだが、クラリスさんの人気は異常に高い。

 見た目は美人だし、誰にでも優しい、それでいて家柄もある。

 もしこれで設定上でも相思相愛なんて語り出した日にはどんな事になるか。

 おそらくこの国が揺れる。

 俺の素性は洗いざらい調べられるだろうし、夜道だって気軽に歩けない。


(実はクラリスさんのお願い(わがまま)に付き合ってるだけってカミングアウトする? いやそれも————)


 クラリスさんはまだ結婚したくない。

 だが貴族という社会で生きる以上タイムリミットはある。

 義理立てはしたいが、第一は任務と自身の安全。

 幾つか返答パターンは練ってきているが、どれが一番有効にヒットするのかは定かでない。

 そんな中ついに(くだん)のベランダに到着、特に肌寒さも感じない。

 だが違う意味で気持ちが引き締まる。ここからが本番。

 カルロさんが座った後、俺も向かいあう位置にある椅子に腰をかける。


「さてと、ようやく君と2人きりで喋れるな」

「そうですね」

「クレス君の噂は最近よく耳にする。アルバートの奴もベタ褒めだったぞ」

「アルバート、魔法騎士団長さんですか?」

「ああ。アイツと俺は魔法学園での同期なんだ」


 曰く俺のことは騎士団長から色々聞いたと。

 入学試験然り、合宿然り、自分が感じた印象に至るまで。

 随分と褒めちぎってくれたらしい。

 程々で良い。そこまで評価は上げて欲しくないんだが。


「単刀直入に聞くがクレス君、君はクラリスと付き合っていないんだろう?」

「へ?」

「あれでもウチの娘は分かり易くてな。これでも十数年面倒を見てきたんだ」

「……」

「まだ結婚はしたくない、だから相手を頼まれたといったところか?」


 ブラフじゃない。

 その瞳は確かに真実を見抜いている。

 これが子の親、愛娘のことなら何でもお見通しか。


(こりゃダメだ。すいませんクラリスさん)


「はあ、そうです。僕は頼まれました」

「やはりか……」

「騙すようなことをして申し訳ありません」

「君が謝らなくてもいい。むしろ娘の我儘(わがまま)で今に至った、此方こちら)が謝罪したいくらいさ」

 

(そして思いのほか軽い反応だな……)


 てっきり何かしら昂った感情を示すと予想していたが、意外と淡白。

 しかし明確に分かっていた上で娘の行動を止めることはしなかった。

 その理由は————


「クラリスには自由に生きて欲しい。結婚相手だって自分で決めてもらいたい」

「自由……」

「公爵が言うべき台詞じゃない。だがこれが父親としての素直な想いだ」

「なるほど、じゃあ無礼を承知で。カルロさん、カッコいいこと言いますね」

「はっはっは! 誉め言葉ありがとう!」


 つまりはこの芝居を黙認する。

 そういうことだろう?

 しかし何故よりにもよって俺なのか。

 何処かにもっと扱いやすい貴族の相手(フェイク)がいるだろうに。

 いかに俺の評判が良くなっていようと、身分は身分だ。


「実は君の事は最近仲が良い(・・・・)友人という形で話を通してある」

「通すって……」

「王族とかその他諸々にだな」


 クラリスさんにとってとても仲の良い友人という風に噂を流した。

 だから厳密にいえば付き合っていないし、そもそもお互いに好意を持っているかも分からない状態に見える。

 だがそれでも貴族たちは強く口出しすることは叶わない。


 (なぜなら————)


 カルロさん曰く、それはクレス・アリシアが曖昧な存在であったからこそ。

 確かに身分は平民だが、学園始まって以来の天才、しかも魔法騎士団長や元S級冒険者のお墨付き。

 つまり将来は実力で上に来るかもしれない男。

 平民だが今一番侮れない者、そういう風に周りには伝えたそうだ。

 しかも最近じゃ元々ホットな話題であったとされる俺、噂話が大好きな貴族たちはカルロさんが言う間でもなく理解していたそう。


(天才って言われるのは何だかあれだけど、結局はこの人の役に立ったわけだ)


 クラリスさんの隣には曖昧な存在がいる。

 各要人が認める、確定に限りなく近しい不確定要素。

 結局のところ未だ彼女に結婚を迫ることは出来るが、それでも俺が抑止力くらいにはなるだろう。

 あえて状況をゴチャゴチャに。これでクラリスさんの結婚話を少しは先延ばしすることが出来るはずだとか。


「策士ですね」

「これも娘のため。君の立場を利用することになってしまうが……」

「クラリスさんにはお世話になっています。これぐらい構いません」

「そう言ってもらえると助かる。近い内にお礼もしよう」

「別にいいです。お礼に釣られて手伝うわけじゃないので」

「ふっふっふ。真っすぐだなクレス君は」


 しかしこんな立ち位置になるとは予想していなかった。

 どう転がっても可笑しくない。難しい立場だと思う。

 

(だけどランドデルク家には貸しを作れそうだ)


「君になら、本当に任せても良さそうだな」

「本当に?」

「いや愚問だ。さあ戻ろう、酒は飲めるかい?」

「お酒は、まあ少しだけなら……」

「おお! やはりクレス君とは良い語らいが出来そうだ!」

「そ、そうですね……」


 俺の背中をボンボン強く叩く。

 それが親愛に起因すると分かっている。

 しかしお酒を飲むまでに至るとは。


(楽に全部が運べるわけじゃない、か……)


 この後は話にあった通りカルロさんのお酒に付き合うことになる。

 しかし結局のところ先に酔いが回ったのは誘ったカルロさんの方。

 公爵も酔っぱらえばただの人間。

 愛娘たるクラリスさんがどれだけ可愛いかを俺は長々と聞かされることとなった。

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