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第28話「刻印」

「————なんだか普通、ですね?」


 黒の手袋はダメということで白へと乗り換える。

 少し粘ってみたがこの場で試してみないといけない空気。

 というわけで一気に取っ払った。

 左手ともかく、右手の甲には『Ⅸ』刻印が————


「肌キレイですねえ」

「真っ白で羨ましいです」

「特に病気ってかんじはしないですけど……」

「少し晒すくらいならいいんですけどね。ずっと素肌でいるとマズイんです」

「「「へえー」」


 傍から見れば俺の右手は普通の右手で間違いなし。

 手の甲に刻まれたはずの数字は何処にも見当たらないのだ。

 そりゃそう、世界から恐れられる組織の一員がワザワザ目立つ痕を残すはずがない。

 数字の刻印は特別仕様。

 仕様としては、それなりの魔力を故意に注入することでようやく数字が浮かび上がるというもの。

 だから手袋は念のための代物、言わばオマケ。

 無くたって本人がその気にならなければ数字は手甲に現れない。


数字(ナンバーズ)を騙る奴もいるからな。この魔法刻印を行えるのは(ボス)だけだ)


 数ある刻印魔法でも間違いなくナンバーワン。

 認められた者だけがこの特殊な印を身体に刻む。

 そこに魔力を流せば唯一(オンリーワン)の発光をして浮かび上がる。

 逆に言えば故意に魔力を注入しない限りはタダの素肌で間違いない。


(まあ一度刻んだらもう元には戻せないけど)

 

 固い覚悟があってこそ。

 そして覚悟と同じぐらいに俺のスタンスもまた定まっている。

 学園での数十日で俺の立ち位置がブレブレになった? 

 そんなわけ。

 今回の目的は唯1つ、勇者を監視調査することだ。つまりは任務第一主義。

 あの人達に恩返し。達成のためなら大抵のことはやるつもり。

 それが例え大賢者との戦闘だろうと貴族とのお遊戯でも、重要な線を越えなければ全てが仕事の範囲だ。

 

「やっぱり白の方がいいですね」

「はい。これで決まりでしょう」


 ようやくこれで完成。

 公に出れる恰好にはなったはず、この人たちの感性を信じよう。

 流されたわけじゃない。

 具体的な性格や趣向が無いのが俺という人間。

 根底には冷えた心臓がある、ただそれもまた成功のためなら炎の中に投げ入れよう。


「それでお会計なのですが……」

「私が払いますよ」


 おそらく相当な額になっている。

 俺が平民とはカミングアウト済み、店員の口調が渋っているのもそれが起因する。

 だが間髪入れずにクラリスさんが払う宣言。

 初めは自分で支払うと伝えた。ただ向こうからしてみれば今回のことは仕事に等しいと。

 面倒なことに付き合わせる報酬にして欲しいと言われた。


(クラリスさんには一人暮らしって伝えちゃったからな……)


 しかも田舎から出てきた者だとも。

 本来だったら俺が支払って貸しを作っておきたかったというのが正直な感想。

 だが15歳の田舎者がそんな金に余裕あるのも可笑しな話。

 結局のところ今回の依頼の報酬としてこの服が渡されることとなった。


(もう平凡な生徒を突き通すのは厳しい。乗れるところまで乗っていこう)


 当初は隠れ隠れの学園生活を送るつもりだった。

 だがここ最近は目立ちすぎてしまう。

 反省点は多いが、もう平凡と言い張るのには無理があると自分自身でも察している。

 そしてこのままなし崩しで進めばロクなことにならないとも。

 だから敢えてこの国の懐まで潜り込むことに。

 あくまで優秀な生徒を演じることに上方修正。

 学園でも社会でもせいぜい優等生として過ごさせてもらおう。


「あ、クレス君。この後の事なんですけど……」

「ご両親への挨拶ですよね」

「申し訳ないんですが宜しくお願い致します」

「頑張ります」


 衣装一式の支払いを終えた後はクラリスさんの家へ向かう。

 つまりは四大公爵家当主の元へと。

 今回の舞踏会の主旨はクラリスさんの弟の誕生日を祝うというもの。

 準主役の相方を務める以上、彼女に近しい存在には顔を合わせておくのが道理だろう。

 むしろ向こうさんから俺に会いたいと言ってるようだし。

 王族といい公爵といい、最近は縁が多い。

 苦手なコミュニケーションが増えるが、心に仮面をつければ耐えられる。


(この調子ならハーレンス王国の内部調査に着手してもよさそうだ)


 中途半端が一番よくない。

 どうせ関わるのなら手に入れるモノは多い方がいい。

 外観見る限りは国力は相当あるようだし、今の内から探りの手を出しておけば3年後には良い結果が出そう。

 こういう地味な作業は俺みたいな比較的まだマトモな人間が請け負うべき。

 いかんせん自由な人が多すぎる組織、少しでもボスの負担を減らせれば幸いだ。


「なんだかやることが増えてきたな……」

「どうしました?」

「いや、なんでもないです」

「そうですか。じゃあそろそろ行きましょう」


 クラリスさんは本当に良い人だと思う。

 彼女だけでなくマイさんやスミスたちもそう、感化されつつあった自分がいたのは確かだ。

 だが既に1周回った。

 その笑顔に心から応えられなくて申し訳ない。

 この眼は覚めたよ。


(あんな手紙を貰ったんじゃな……)


 災厄の数字(ナンバーズ)の本拠から俺宛てに一通の手紙が昨日届いた。

 業務連絡ではなく、ただ此方の生活と任務を頑張れというものだったけど。

 いつも以上に研がれたのはそれが原因。

 真に信じているのはコッチ、その期待こそ裏切ることは出来ない。

 この任務は必ずやり遂げる。それだけがいま命を紡ぐ理由。

 この生き方、このスタイル、別に理解されようなんて思ってないよ。


「「「ありがとうございました!」」」


 送り出されて豪奢な店を出る。

 皆知らない、この白い肌の下には見た瞬間に凍り付く数字があるってことを。

 だが何時かは知ることになるのかもしれない。

 俺はこれから貴族の世界で踊るが、本当の意味で踊らされているのは果たして誰なのか。

 これから公爵と謁見、上手く立ち回わって新たな接点を生み出そう。

 俺はあの人達とより長く生きるために、恩を返すために、敢えて今を使うのだ。

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